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出撃準備

前話、少しばかり改定を施しています。

「さて、お前達。そのままの姿勢で良い。聞け」


 でっぷりと膨らんだ腹を揺らしながら、もう一人の長身の騎士を従えて歩いてきたロイズは、胸を張ってウィン達四人の前に立った。

 部下となったウィン、ロック、ウェッジ、リーノの四人が上官に向けて敬礼する。彼らに頷きながら答礼を返すとロイズが口を開いた。


「私がお前達の上官となるロイズだ。階級は見ての通り十騎長。そして、こっちが副長のケルヴィン十騎長だ」


「よろしくお願いしますね、みなさん」


 副官として紹介されたケルヴィン十騎長が一礼する。

 ロックによってヒキガエルハゲデブと呼称され、始終渋面を浮かべているロイズと違って、柔和な印象と細い目に理知的な光を宿した優男だった。

 

「まず、簡単に確認をしておく。この小隊に与えられた役割は、斥候などの哨戒任務だ。少数にて本隊より先行し、索敵を行い、敵を発見した場合は速やかにその情報を携えて本隊に報告する。この隊に配属されている以上、斥候術や隠密術は騎士学校で学んだということだな?」


「はい。訓練は受けました」

 

 四人を代表してロックが答える。


(むしろ、お前の方が斥候とかできるのか?)


 ロックの頭の中にそういう言葉がよぎるも、口には出さない。

 

「よろしい。それでは、行軍開始まではまだ時間があるが、その前に――」


 ロイズは一列に並ぶ、部下たちを睥睨すると一つ大きな溜息を吐いた。


「まあ、事前に自身が配属される場所が通達されていなかっただろうからな。准騎士の三人。金属鎧はどうしても音が出る。斥候任務は隠密性が重要となるからな。装備課へと赴き、騎士用の革鎧を受領して来い。それとそこの、平民――いや、ウィン騎士候補生」


 ロイズが不機嫌そうに眉をひそめた。


「お前のその格好もどうにかしろ」


「は?」


 思わず、目線を落として自身の姿を確認するウィン。彼は元々、金属鎧を身に着けておらず、最初から革鎧を身に着けている。他の四人と違って、特に問題のある格好ではないと思われたのだが。


「そんな小汚い格好をしおって。この栄光あるレムルシル帝国騎士団の名を汚す気か?」


 くたびれたシャツとズボンの上から、使い古された革鎧。金属鎧の三人と比べても、いや、ロイズやケルヴィン、それに恐らく自分たちと同じ斥候の任務に就く騎士達が身に着けている革鎧と比較しても、みすぼらしさは際立っていた。

 歴戦の騎士であれば、使い込まれた鎧には数多の傷が刻み込まれている。それは仕方がないことであるし、それは戦績でもあって、誇ってもよい傷だ。

 しかし、ウィンが身に着けている鎧は、どこの戦場で拾って来たのかといえるほど損傷の激しいものであった。


「帝都を進発するときには、多くの臣民達が我らの雄姿を見送るのだ。そんな中で貴様のようなみっともない鎧、姿格好では、我ら騎士団の恥だ。お前も装備課へと他の三人と共に赴き、新しい装備を受領してこい。ああ、それからお前の場合は剣もだ。なまくらな使い古しの騎士剣でなく、新品を受け取ってこい。ケルヴィン、装備課へ案内してやれ」


「はっ。しかし手続きの方は?」


「配属される部下の名前に、この平民の名前が載っているのを見つけた時点で、すでに手続きはしてある。私の名前を出せば話が通るはずだ。後は任せる。行軍開始まで時間がない、急げ」


「はっ」


 ロイズは結局、彼らと顔を合わせてから一度もその苦々しい表情を崩すこともなく、踵を返すと彼らの下を離れた。


「平民騎士が部下にいるとか、貧乏くじを引いたものだ……」


 ぶつぶつと呟きながら、他の――恐らくは自分たちと同様、斥候の任に就くと思われる部隊の騎士へと歩いていく。


「はいはい、皆さん注目、注目」


 その後姿を、戸惑うようにして見送っていたウィン達は、パンパンと手を打つ音で我に返った。

 ロイズに後を任されたケルヴィンがにこやかな微笑みを湛えていた。この男も騎士という言葉から連想される、規律、厳格といった格式ばったモノからは、程遠い印象を与える男だった。


「とりあえず、隊長の言われる通り、まずは装備を整えましょうか。装備課へと行きますので、ついてきてください」


「あ、あの……」


 まるで引率する教師のような振る舞いで彼らの先に立って歩こうとするケルヴィンに、ウィンが恐る恐る声を掛けた。


「ウィン君でしたか? 何か質問でも?」


「はっ。自分は騎士候補生であるため、騎士剣の受領などは出来ない規則だったと思うのですが」


「ああ、そのことですか」


 ケルヴィンは一つ頷いた。


「その点に関しては問題ありません。というよりも、これから戦場へと出向くのに規則だの何だのとは言っていられません。生き残るためには良い装備に良い配置……まあ、配置に関してはなかなか選択できませんが、それでも装備や物資に関しては出来ることはしておきたいですからね」


「はあ、そういうものなのですか」


「他に質問があれば伺いますよ?」


 終始にこやかな表情のケルヴィンに、学生達四人が顔を見合わせる。


「まあ、正直学生である君達が訓練任務以外の実戦に赴くことなど、ここ数年と無い事態だったので、色々と戸惑いはあるかと思いますが、死なない程度に頑張りましょう。そのためにはまず装備です」

 

 先に立って装備課へと歩き出しながら、ケルヴィンは軽い口調で四人に向かって話しかける。


「あの……並ばなくていいのですか?」


 装備課のある建屋の前には、出撃直前だというのに長蛇の列が出来ていた。予備の装備品を受け取りに来ている者達だろう。だが、中には招集をかけられて武具を引っ張りだしたら、剣や鎧に錆が浮かんでいたという者もいるようだった。彼らの顔には焦りの色が見える。

 その列を横目に見ながら、どんどんと前へと進んで行くケルヴィンに、リーノがおずおずと問いかけた。

 まるで順番を抜かして行くような彼らを睨み付けてくる騎士もいる。

 

「構いません」


 それをまるで無視して、歩いていくケルヴィン。

 驚いたことに、中には彼よりも上官である百騎長の徽章を着けている騎士もいたが、ケルヴィンはまるっきり無視していた。


「……全く、どうなってるんだろう? これからもう出撃するというのに、まだ準備が終わってないとか……」

 

 思わずこぼしたウィンのつぶやきに、「そうですね」とケルヴィンが頷いた。


「前線の騎士達とは違い、帝都を守る彼らには危機意識の不足が顕著に見られるようです。そして、危機意識の高かった騎士達の多くは、あの事件によって一線から身を引かされてしまいました。そのことに、騎士団上層部にいるどれだけの人間が危機意識を持っているのでしょうか……」

 

 後半はどこか独白混じりの声音――ケルヴィンの言葉は、周囲が騒音に満ちている中で、妙にウィン達の耳に残った。


「不安にさせてしまいましたか? ですが、安心してください。私達の隊長であるロイズ隊長は、口では平民騎士が混じっている、貧乏くじを引いたなどと言っておられましたけど、ああ言いながらもしっかりと仕事はこなされる方です」


 長い順番待ちにイライラしているのを隠し切れない彼ら騎士達の態度に、少しだけ嘲笑して見せたケルヴィンは、彼の後ろについてくる新人騎士である部下達へ顔だけを向けた。

 

「そもそも新人騎士とかならともかく、戦場へ向かうというのに、今頃装備課に押しかけて順番待ちなどしている事がおかしいのです。いいですか? 生き残るためには事前準備をしっかりとしておかなくてはならない。戦場では準備を怠る者から先に死んでいきますからね!」






「なあ、ロイズ十騎長とケルヴィン十騎長のこと。どう思う?」


「うーん、あたしは断然ケルヴィン十騎長が好みだなあ」


「誰も、リーノの好みは聞いてないって」


 質問を投げかけたロックが苦笑した。

 長蛇の列をまるで無視して装備課へと案内された四人。

 ケルヴィンがロイズの名を告げると、確かに装備課の係りの者はすぐに荷物を持って来ると、ウィン達へと渡してくれた。

 それぞれの包みごとに木製の名札が括り付けられており、ウィンの包みにはそれに付随して一振りの真新しい騎士剣と、帝国騎士用の丈夫な黒地のシャツとズボンまで用意されていた。

 幾ら手配してあったからと言えど、まるで特別待遇をされたかのようで、順番待ちしている騎士達の視線は怖い。

 ケルヴィンはどういう神経をしているのか、まるで気にしていなかったが、学生の身である四人にはそれがきつく、包みを受け取るとそそくさと装備課を離れた。

 四人は手頃な場所で包みを開くと、真新しい革鎧を身に着けながら、少し離れた所に立っているケルヴィンに聞こえないような小さな声で話していた。


「うーん、思っていたより、イメージしていたのとは違うけど、ケルヴィン副長からはやっぱり騎士としてのオーラがある気がする。でも、ロイズ隊長はねぇ」


 腰の剣帯に騎士剣を収めながら、着替えるのを待つケルヴィンへと目を向ける。


「正直、がっかりしたかな。あれで三十ちょっとって言うんでしょ? あのお腹周りとか、あれで本当に戦えるのって感じ」


「ウィンはどう思う?」


 受領したばかりの真新しい騎士剣に見入っていたウィンが、剣から目を離すとロックへとどこか思案するような表情を浮かべた。

 

「正直言って、ロイズ隊長への初対面の印象は悪かったんだけど……」


 どこか平民騎士を見下したかのような言動。それに、騎士という身分でありながら、蓄えられている腹回りの贅肉。騎士に憧れているウィンから見て、どれも理想には程遠い。

 宮殿で会った時から四人に合流した時までの心証は最悪に近かった。


 しかし――。


「でも、外見からあまり良い印象を持っていなかったけど、仕事は出来る人だということは良く分かった」


 研ぎ澄まされて、陽の光をギラギラと反射する騎士剣に再び視線を落としてウィンは呟いた。

 握り、重心。そして刃の鋭さ。

 どれも、ウィンの為にあつらえたかのようにしっくりと来た。

 装備課で受け取り、許可を貰ってから剣を抜いてみると、すでに刃は鋭く研ぎ澄まされ丁寧に磨き込まれていた。

 正式採用されている騎士剣ではあるが、大量受注の上に大量納品のため、普通は受領後に自ら刃を研ぐなどといった手入れが必要だった。

 しかし、この剣はすぐに使用しても問題無いほど丁寧な仕事が施されている。

 試しに魔力を通してみると、淡く魔法文字が輝きを放った。

 何本もの訓練用騎士剣を振ってきたが、これほどウィンと相性の良かった剣は一本も無い。


 それに――。

 

 身を包んでいる、真新しいシャツとズボン。そして真新しい騎士用の革鎧。

 革鎧はウィンの体格に合わせて、すでに調整が施されていた。


「そういえば、そうね」


 リーノもしげしげと自身の身に着けている革鎧を見下ろす。

 女性としても小柄な彼女の体格に合わせた革鎧。特に何も考えずに身に着けていたが、まるで彼女にあつらえたかのようにしっかりと調整されていた。

 同じように長身のウェッジの革鎧も調整が施され済みである。

 

「こういう事務的な仕事に関しては有能な人物なのかもしれないな」


 ロックも、ロイズに対する評価を改めた。

 どう贔屓目に見たとしても、悪徳貴族のお手本ですと言った人相と体型だったが、こうして与えられた装備品への下準備、特に出撃前による補給物資や軍需物資の確認などで殺気だっている装備課に対して、これだけの根回しを施して見せたロイズ十騎長の事務能力に関しては、上方修正せざるを得ない。

 恐らく、部下としての配属される自分達の詳細が伝えられた時点で、騎士学校へと問い合わせたのではないだろうか?

 騎士学校には当然のことながら、彼らの身体能力、成績などといったありとあらゆる情報がある。その情報を引き出し、すぐに装備課へと依頼したのだろう。 だからこそ、この出撃前の混雑し殺気立つ装備課で、段取り良く装備品を受け取ることが出来た。

 それだけでなくウィンの為に、ロイズは規則を犯してまで、騎士剣を用意している。

 平民に偏見を持っているようではあるが、こと軍人として任務に赴く際には、貴族平民関係なく公正な人物なのかもしれない。

 優れた武器、装備品の支給は部隊全員の生存確率を上げることにも繋がる。

 そのことをよく理解しているだけでも、どうやらロイズは上官としては当たりのようだった。少なくとも、あの長蛇の列に並んでいた百騎長や十騎長に比べたら――。

 ロイズの鈍重そうな見かけに反して、その素早い手腕には瞠目せざるを得なかった。

 何より、友人であるウィンが与えられた騎士剣を嬉しそうに、ためつすがめつしているのを見ると、ロックも嬉しく思えて来たし、ロイズへの評価も上がるというものだろう。

 あの定期巡回討伐任務の際も、ウィンの身分は騎士候補生であったため、受け取った騎士剣は借り受けただけのものだ。

 しかしこの任務で、身分は騎士候補生のままだとしても、騎士剣は正式にウィンへと授与された。しかも、ウィンの為にしっかりと調整された状態で。

 

(後は、ロイズ十騎長の指揮能力と人格が伴っていれば言うことは無くなるな)


 この分だと、案外指揮能力に関しても期待が持てそうであった。 

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