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鳥カゴ

改定しています。大筋はあまり変わってないと思います。

 帝国騎士団本部からウィンに召集命令が下ったと聞き、レティシアもまた当然のようにウィンについていくつもりであった。

 彼女は騎士ではないため、帝国の正式な軍事行動であるこの作戦には本来招集されることはない。よって、彼女が選んだ手段は、ウィンの従者としての立場。

 貴族、騎士となれば自前の兵や従者を従えて戦場へと赴くことはよくあることである。

 さすがに高位貴族の姫君が従者になるというような前例はなかったが。


 しかし――。


「レティシア、お前が戦場に行くことは許さん!」


 支度を整え、ウィンの下へと赴こうとするレティシアを呼びつけた者は、彼女の父であるレクトール・ヴァン・メイヴィスであった。 

 貴族の姫としては化粧気もなく、着飾りもしていない末の姫に、レクトールは思い切り渋面を浮かべていた。


「ましてや平民の男風情の従者としてだと!? お前は公爵家の立場を何だと考えているんだ!」


「公爵家の者として赴くのではありません。弟子が師匠に従うことに何の不都合があるのでしょうか?」


「不都合だらけだ!」


 レクトールが椅子から立ち上がると、黒檀の執務机を拳で叩きつけた。

 そのままの姿勢で暫くの間、レティシアを睨みつけていたが、やがて一つ溜息をつくと椅子に再び深々と腰掛ける。


「いいか、レティシア。今のお前は勇者として世界中の者が注目している。そのことは理解しているな?」


「はい」


「当然のことながら、お前の身許はすでにこの近隣諸国で知らぬものはいない。いや、遠方の交流がない国々や、他種族の者にも名は知れ渡っているだろう。我が家名を高めてくれたことと合わせて、父親として誇りに思う」


「…………」


「それゆえに、お前にはこのレムルシル帝国有数の名門貴族であるメイヴィス公爵家の第三公女という立場を自覚する必要がある。その平民の男が勇者の師匠だという事が知れ渡ることは別に構わない。事実であるならば仕方が無いことだ。できることなら、どこか高名な武芸者――お前の家庭教師を務めていた男爵殿が師であると各方面には伝えたいところだが……」


「私の師はウィン・バード以外に存在いたしません」


 事実、家庭教師を勤めていたあの男爵殿から何かを教わったという記憶はない。

 かつて幼かった頃のレティシアは、とにかくじっとすることが出来ない子供であった。

 人一倍、好奇心が強くすぐに興味を持った物へとフラフラと行ってしまう。それは勉強している時も同様で、家庭教師と共に本を読んだり字を書いている時にも、つい窓から見える空飛ぶ鳥を眺めてしまったり、庭に咲く草花へと興味が移ってしまった。

 そこを本から目線を上げた家庭教師によってこっぴどく叱られてしまう。

 しょんぼりとしているレティシアに対して、罵詈雑言を浴びせた後、午後は基礎剣術や体術の訓練へと移り、そこでも木剣を握らされると、散々体中に打ち込まれた。

 いつまでも勉学に身を打ち込まない、そして身につかないレティシアに対して家庭教師を勤めていた彼にも鬱憤が溜まっていたのかもしれない。

 組み技であれば、地面に転ばされ――いや、あれは転ばされるというよりも、叩きつけられると言った方が正しいか。

 体中がアザだらけだった。

 レティシアに骨折を負わせたり、直接見える所へはアザや傷を――後に残るような怪我させていないことを考えると、案外あの男爵殿は腕が良かったのかもしれない。

 結果として、レティシアは上の兄姉と比べて落ちこぼれであるとの烙印を押され、公爵家の鼻摘み者扱いされるようになってしまった。

 レティシアの世話係の侍女が、彼女の身を清めたり、着替えを手伝う際に怪我に気づき報告はしたものの、家庭教師によってレティシアの注意力散漫なことが原因であると説明されていた。

 兄姉は男爵の指導の下、公爵家の者にとって満足できる教養を身に付けていたという実績があったため、それをレクトール達が鵜呑みにしたのだ。


「公爵家の姫君がどこの馬の骨とも知れない男――勇者の師匠といえど、若い平民の男に付き従っているなどと社交界で噂にでもなってみろ。公爵家はおろか、我が帝国の威信に傷がつくわ!」


「馬の骨とか――いくらお父様でもおにい……私の師に対しての暴言は絶対に許さない!」

 

 レティシアは、レクトールの一言に思わず激昂する。

 もしも、あの家庭教師だった男爵が、集中力の乏しかったレティシアに対して根気強くゆっくりと初歩の初歩から勉学を、剣術を、体術を教えていけば、あるいは勇者としての覚醒は早かったかもしれない。

 しかし、現実に彼女に本を読む楽しさを、魔法を覚える楽しさを、身体を動かす楽しさを教えたのはウィンだったのだ。

 レティシアにとって一人ぼっちだった世界に、一筋の光を差し込んでくれのは、ただ一人の――。

 想いと、そして怒りの込められたレティシアの視線に、レクトールは思わず一瞬ひるみかけたが、父親としてどうにか体裁を取り繕おうと、声を絞り出す。


「い、いいか、レティシア。お前がどんなにその師匠である平民の男のことを想おうと、住んでいる世界が違いすぎる。周囲から認められない関係は不幸を呼び込むぞ?」


「認められない?」


 レティシアが薄らと微笑を浮かべて見せた。


「誰に認められる必要があると言うのです? 今の私に、師であるウィンを除いて誰か意見が出来る者がいるとでも?」


「と、とにかく、従軍することは私が許さん。確かにお前は勇者として選ばれ、畏れ多くも皇帝陛下の御前で頭を垂れずとも良い立場となったが、それでもお前は私の娘だ。メイヴィス家の当主である私の言う事には従ってもらう」


 レクトールが自身の執務用の机の上に置いてあった呼び鈴を鳴らす。

 部屋の扉が開き、公爵家に使える従僕たちがぞろぞろと入室してきた。

彼らの手にはやたらと立派な額縁に収められた肖像画と思われる絵画が抱えられていた。

 入ってきた従僕の人数は六人。

 一人あたり五枚から六枚の絵画を抱えているため、およそ三十枚から四十枚近くある計算だ。


「全てお前の下に持ち込まれたお見合いの相手の肖像画だ」


「お見合い……!?」


 レティシアの脳裏に先日コーネリアに見せられた、数々の若き貴族達の肖像画が蘇る。


 「我が帝国だけでなく、近隣諸国の王家や名家がこぞって肖像画を贈って寄越した。どんな相手でも選り取り見取りだ」


「お父様。これはどういう事でしょう? 私はお見合いをするつもりなどございません。私にはすでに心に決めた方がいらっしゃいますので」


「それは、さっきから言う師匠という平民のことではないだろうな?」


 レクトールの言葉に思わず俯くレティシア。

 先程までの怒りの気配から羞恥へと、首筋までほんのりと赤く染めたその姿は、年相応の少女のものであったが、父親であるレクトールは、レティシアの態度を見て再び渋面を作った。


「以前から陛下がお申し出になられていたアルフレッド皇太子殿下との件もある。陛下もこの話には大いに乗り気であらせられたのだ。他国の王侯貴族からではなく、まずはアルフレッド皇太子殿下との見合いが先だろうな。とはいえ、お前が気に入らねばお断りすることもできる。本来であれば皇太子殿下とお見合いをした後にお断りをするなど許されないことではあるが、ことお前に関しては別だ。何せ勇者という常識外の存在だからな。勇者という肩書きはそれほどに重い。私はお前が私の娘であることを誇りに思うぞ」


 レクトールはレティシアから視線を外すと、部屋の隅に控えている従僕たちへと顔を向けた。


「レティシア。お前には公爵家の人間という立場もあることを自覚しなさい。お前達レティシアが外へと出ないようにしっかりと見張っていろ」


「畏まりましてございます。旦那様」


「力ずくでこの屋敷から逃げ出そうとか浅はかなことを考えるんじゃないぞ? お前の為にも、師匠であるというその平民の少年のためにもならんからな」


「お兄ちゃんに手を出したら――!」


 再びレティシアの声に怒気が籠る。しかし、今度はレクトールも怯んだりはしなかった。ただ、厳しい表情を浮かべたままレティシアの顔を見るだけだ。


「連れて行け」


 ただ一言告げると、レクトールは執務机の上に広げられた書類へと目を通す。もうこれは決定事項だとでも言うように。

 レティシアは父親をしばらく睨んでいたが、退室するよう促す従僕たちに従い立ち上がると部屋の外へと歩き出す。退室する間際に一度振り返ったが、レクトールは末の娘を一顧だにすることもなく、その表情を伺うことはできなかった。


(どうしよう? お兄ちゃん)


 力を行使すれば、この世界にレティシアを抑えられるものは存在しない。

 だが、単純な力ではなくレティシアを縛り付けてくる鎖は彼女自身の勇者としての名声と、公爵家第三公女という立場。

 ウィンと貴族としての立場を比べたら、レティシアとしてはウィンへと圧倒的に比重が傾くが、しかし、レクトールの言った、


『お前がどんなにその師匠である平民の男のことを想おうと、住んでいる世界が違いすぎる。周囲から認められない関係は不幸を呼び込むぞ?』


 この言葉が彼女に応えた。自身が決して望んだわけでもない地位が、レティシアとウィンとの間に高い障壁となってそびえ立っている。


 自室へと戻り一人になると、レティシアは窓の外を見る。見上げれば空高く一羽の鳥が飛んでいくのが見えた。

 何もかも投げ出したい。

 勇者としての名声も、公爵家の姫としての立場も。

 だが、それはもう無理な話だ。

 彼女の功績は良くも悪くも後世にまで語り伝えられてしまう程の偉業――。

 レティシアがその気になれば、ウィンを連れて他国へと逃げるという選択肢もある。そうすれば、少なくとも公爵家の姫君であるという立場は捨て去ることは出来る。他の貴族の姫君たちと違って、どのような生活環境であっても生きていける自信もある。

 だがそれは、ウィンのこの帝国で騎士となる夢を諦めさせることになる。

 レティシアが頼み込めば、あの優しい青年はレティシアと共に歩んでくれるだろう。しかしそれは、ウィンの夢を諦めさせることにつながる。それはレティシアの望むところではなかった。

 再び籠の中の鳥のように自由を失いつつある自身を振り返り、レティシアは大空をどこまでも自由に羽ばたいて飛べるあの鳥を羨ましく思い見つめ続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、物語としては面白いんだけど、人間兵器とも言える勇者が慕っている人を、ただの労働力として扱ってるのはあまりに頭が足りなさすぎじゃないですか? 頭が足りない人がいるのも分かるけど、唯の一…
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