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招集

 帝国騎士団本部へとペテルシア軍による侵攻の疑いがあるとの一報が、とある騎士候補生からもたらされたのが三日前の事。

 その報告がただの騎士候補生一人によるものであれば、騎士団本部は動かなかったかもしれない。

 しかし、その騎士候補生が上申してきた報告書に、公爵令嬢の一筆が入っていたとなるとその意味は変わってくる。

 ましてや、その公爵令嬢の名前が勇者として名高いレティシア・ヴァン・メイヴィスであれば――。


 軍を整えるのに二日、ネストの街までの距離が騎馬でおよそ一週間。

 歩兵を含めた帝国軍本隊の編成が成される中、報告書に上がった敵勢力が小規模であることから、まずは機動力に優れた騎兵を中心とした五百騎による先発隊が編成されようとしていた。

 そしてその彼らの中にはウィンとロックの姿もあった。






『渡り鳥の宿木』亭での1日の仕事を終え、騎士学校の寮へと帰ろうとしたウィンに、ぶつかってきた人物がいた。


「うわ!」


「――ウィン、ウィン!」


「誰……って、アベル!?」


 身体中を垢と砂埃にまみれさせて、頬は痩せこけながらも目だけは異常なまでにギラつかせて、ウィンを押し倒しかねないほどの勢いですがりついてきたのは、この宿の次男坊でアベルだった。

 そのあまりの変貌ぶりは、幼い頃からの付き合いのあるウィンですら、一瞬誰だかわからなかったほどだ。


「ウィン! ウィン! 頼む、助けてくれ! リッグスさんたちが、俺の仲間が!」


 ウィンの両肩に置かれたアベルの手――ウィンが思わず顔をしかめる程の力が込められていた。

 しかし、ウィンはその手を振り払うことはできなかった。

 目の下にできた隈――もうアベルが何日も寝ていないのがわかる。

 それに一体どれだけの期間、食事を摂っていないのであろうか。

 アベルとはこの宿の裏庭で剣を合わせた時が最後に会った記憶だ。

 あの時の姿から、思わず絶句してしまう程に恐ろしくやせ細ってしまったアベル。

 だが、その手に、そして両目に込められた力――それはあの日のアベルのそれを遥かに上回るもので、ウィンは振り払うことも目をそらすことも出来なかった。


「落ち着け、アベル。何があったんだ? 説明してくれないとわからない」


「ち……くしょう……畜生っ! ペテルシアだ。ペテルシアの軍がいたんだ!」


「ペテルシア? ペテルシアってあの隣国の? ペテルシア軍と出会ったのか? アベルは冒険者の盗賊団の討伐隊に参加したんじゃなかったのか?」


「ペテルシアの奴らが盗賊団に扮してやがったんだ! くそぉ……俺は伝達という役で逃げることしか……逃げることしかできなかった。あんなに……あんなに……俺は一人前になったはずなのに……リッグスさんや仲間は残って……絶対に死ぬってわかってるのに ……俺は何でこんなに……ちくしょう……ちくしょう……」


 ウィンにすがりつくようにして涙を流すアベル。

 リッグスにはウィンも冒険者ギルドに出入りし始めた頃から世話になっていた。

 まだ幼い子供であったウィンとレティシアに、冒険者として手引きをしてくれたこともある恩人だ。

 アベルと同行した他の冒険者達の中には、リッグス以外にも知っている者達もいる。

 そう簡単に死ぬような彼らではないと思っているが、ペテルシアの騎士となれば百戦錬磨であるリッグス達であっても分が悪いだろう。

 

 ネストの街近郊の村ということは、最悪彼らはもう――。


「騎士団に報告する。アベル、落ち着いて最初から話してくれ」


 泣き崩れそうになるアベルの身体を支え、『渡り鳥の宿木』亭の食堂へと入る。


「ウィン? どうしたんだい、その酔っぱらいは……ってアベル!?」


 ウィンに支えられて入ってきたボロ屑のような男が、自分の可愛い次男坊だと知ってハンナが悲鳴を上げそうになり――ウィンの視線を受けて口を手で押さえて言葉を呑み込んだ。

 ――ウィンの送った視線。

 幼い頃からウィンを知っているハンナですら初めて見たウィンの強い意思の込められた視線。

 ウィンから放たれている、タタごとではない気配。

 妻の上げた声に気づき、表へと出てきた亭主のランデルも思わず足を止めて息を呑んだ。

 酔っ払った冒険者や傭兵達と時には拳で渡りあう彼ですらも、ウィンの放つ雰囲気に圧倒されてしまい、変わり果ててしまった息子に近づくことができない。

 夜も更けていたが、未だ酒を酌み交わしていた客達も、その異常な雰囲気を察知して静まり返ってしまった。


「ウィン……お前……」

 

 特に間近でウィンの纏う気配を受けたアベルは、呆然とその顔を見つめた。


『渡り鳥の宿木』亭の下働き。

 自分達兄弟にとって使いっ走り。

 騎士になるという分不相応な夢を見ながら、万年騎士候補生止まりの落ちこぼれ。


「落ち着いた――って、アベル大丈夫か? 相当疲れてる所悪いけど、事情を話してくれないか?」 

 

 アベルはウィンが纏っている雰囲気に、リッグスや村に残った歴戦の冒険者達と通ずる凄味のようなものを感じ取っていた。

 これまでアベルはリッグスや周囲の冒険者達がウィンの事を高く評価していることを僻んで、いつも何であいつばかりという思っていた。

 しかし、ウィンがその身体に纏う雰囲気を肌で直に感じ取り、どうしてリッグス達歴戦の冒険者達が彼のことを評価しているのかを理解することができた。

 初めて宿屋の下働きではなく、いまだ騎士候補生止まりではあるが、騎士を目指しているというウィンの姿を見た気がした。


「……頼む」

 

 流れる涙を拭い取り、アベルはゆっくりと事情を話す。

 リッグス達から託された、トルクの村での出来事を話していく。  

 アベルから事情を聞き出したウィンはすぐに騎士団本部へと走った。

 リッグス達、幼い頃より知る彼ら冒険者達がアベルに託した貴重な情報。

 そして疲労困憊によって変わり果てた姿になりながら、ウィンへと繋げてみせたアベルのために――。




 



 

 

 騎士団から従軍するよう命令書が届き、ウィンとロックの二人は騎士団本部の建物の前にある広場へと訪れていた。

 植え込みなどかつての宮殿の庭園の面影を残す騎士学校がある建物周辺とは違い、練武も行えるようにただ灰色の石畳を敷き詰めただけの殺風景な広場。

 ウィンはその無骨な印象を与える景色を見て、本当に自分に招集命令が届いたのだろうか、何かの間違いではないだろうかという思いが浮かびあがってきた。 ウィンの中で不安と緊張感が増してくる。

 広場へと近づくと、胸に帝国騎士団の紋章である双頭の獅子のエンブレムが刻み込まれた白銀の鎧に身を包み、腰には騎士剣を帯びた正騎士達が待機している。


 ウィンは足を止めてしばらく呆けてしまった。

 目の前に整然と並んで待機している騎士達。

 別に武装している彼らを初めて見たわけではない。

 あの、定期巡回討伐任務の際にも武装した騎士達とは行動を共にしていた。

 それに、砦へとロックと共に突入した時はザウナス将軍に与したアルド教官を始めとした騎士達と剣も交えている。

 だが、軍事行動の一環とはいえ学生の訓練も兼ねた定期巡回討伐任務とは違い、今日の集合は敵性勢力の排除を目的とした帝国の軍事行動。

 騎士達の間に漂う緊張感がウィンにも否応なしに感じ取れた。

 

 今――目の前に子供の頃に憧れた騎士達の姿が、ウィンの前に広がっている。

 いまだ、学生の身分であり騎士候補生でしかなかったが、遠いと思われていた世界――そこへ、ウィンは足を踏み入れようとしている。

 

「お? あっちに学生達が固まってるわ。行こうぜ」


 ロックの声にウィンは感激の世界から我へと帰らされた。

 准騎士や騎士候補生である学生達が集まっている一角へと歩き出したロックに慌てて追いつく。

 

「ごめん。ちょっと感動してた。ロックはよく平気だよね?」


「感動? まあ、わからないでもないけど。でも、今までだって行軍訓練とかで似たような雰囲気を味わったことあるだろう?」


「いやいやいや、全然違うよ! 何だか、こう、さあ? 緊張感というか、こう一本芯の通った空気というか……」


「ふーん、言われてみればそうかも。ちょっとピリピリした空気が漂ってるな。まあ、戦いになれば死ぬかもしれないし」


「そうだよな。これから戦いに――戦争に行くことになるのか。戦争になればこの中から死ぬ人も出てくるんだよな」


 ロックは横を歩くウィンを見た。

 ウィンの剣技はずば抜けている。

 それはあのザウナス将軍の事件の際に、散々見せつけられた。

 魔法が使えず、身体強化されていない状態であるとはいえ、多数の先輩騎士達を相手にして無双して見せた凄絶なまでの剣技。

 最強の勇者であるレティシアが、ウィンのことを師と呼ぶ理由の一端を見せつけてくれた。

 だが、それはあくまでも騎士達が魔法が使えない状況であったからだ。

 ウィンの剣技は馬上戦では意味を為さない。

 そして集団戦においてもだ。

 攻撃魔法の飛び交う騎士同士の集団戦においては、ウィンが身につけた技術は役に立たない。

 なら、今回の作戦で彼に与えられる役割は――。

 

(――先行しての偵察要員ってところだろうな、やっぱり)


 いわゆる斥候である。

 索敵は非常に重要であるが、反面従事する者は危険度も高くなる。

 とはいえ、ロックから見てもウィンが斥候要員というのは適材適所だ。

 身体強化魔法が使えないウィンは軽装であり、相手と剣を合わせるのではなく見切ってからの攻撃を得意とする。

 それゆえに彼は金属鎧を身につけず、隠密行動には長けていた。

 相手の体勢が整わない内に、その驚異的な身体能力に頼って行われるウィンの奇襲は、十分に通用するはずだった。


 だがウィンのその能力を生かすも殺すも上官が有能な人物であればの話だ。

 

「二人共遅い! こっちこっち~」

 

 学生達の集団へ近づくとウィンとロックに向かって、小柄な少女がブンブンと手を振り回して声を掛けてきた。

 その傍らには学生達の集団の中でも、頭一つ抜けて背が高い少年が立っている。


「よ、ウェッジ。それと……リーノだっけ?」


「ひどいな~。あたしの名前、覚えてなかったの?」


 腰に手を当て、下からロックを睨みつけてくる小柄な少女の名前はリーノ、そして際立って背の高い少年の名前がウェッジという。

 二人共、昨年度次席のロックと同様に准騎士選抜試験において好成績を修めており、准騎士の資格を持っていた。


「一応覚えてたじゃないか。俺は可愛い娘の名前だけは、きちんと覚えているんだ」


「はいはい。それと……」


 無意味に胸を張るロックを押しのけて、リーノはウィンの正面に立つと顔を見上げてきた。

 

「ウィン君って、あのウィン君なのかな?」


「あのっていうのが、何を指しているのかわからないけど、多分そのウィンじゃないかなぁ?」


 レティシアも小柄だが、彼女は更に小さいなと思いながら答えるウィン。


「やっぱり! ねね、ウェッジ! やっぱり、彼がそうだよ。ほら、最近噂になってたレティシア様のお師匠様っていうウィン君だ」


 飛び跳ねるようにしてウェッジの傍らに駆け戻ると、彼の腕を引っ張りながら嬉しそうに話しかけるリーノ。

 ウェッジは彼女の頭に手を置いて苦笑を浮かべている。

 身長差も手伝って、その様はまるで親子のように見えた。


「相変わらず無口な奴だなウェッジ。それでリーノ。俺達に何か用があったんだろ?」


 ロックの質問にリーノはウェッジの腕から手を離してウィンとロックに向き直る。


「二人が来るのが遅いんだよ。さっき通達が会って、あたし達同じ班になるみたい」


「へぇ。俺達学生だけで班を作るのか?」


「ううん。さすがに学生だけってことはないみたい。ちゃんと正騎士二人が加わる事になってたよ」


「そうか」


「てことは、この中では騎士候補生は俺だけか……」


「候補生っていうけど、レティシア様のお師匠様なんでしょう? ここに集まってる皆はもう、君のことを侮ったりしてないよ」


 リーノの言葉にウェッジが頷く。

 そういえば、今日はウィンいつも受けている嫌な感じの視線がない。

 無視されているというわけではない。

 普通に周囲に溶け込んでいるといった感じか。


「ねね、ウィン君がいるってことはレティシア様もいらっしゃるの?」


「いやあ、さすがにレティは来ることが許されないんじゃないかな? 騎士というわけでもないし」


 目を輝かせて聞いてくるリーノにウィンは首を振った。


「そっか、残念。話しかける好機だと思ったのに……」


「そういえば、ジェイド達は? 他の上級貴族のお坊ちゃん達の姿も見えないけど?」


「あの人達は安全な本隊と一緒でしょ。ここに集まっているのはあたしもウェッジもそうだけど、騎士階級の家の出か下級貴族、主流を外れてる家の者ばかりだよ」


「まあそうだよな」


 少数でしかない先遣隊は当然のことながら、危険度が高くなる。

 そんな中に上級貴族の子息たちが配属されるはずもなかった。

 そして――。


「やっぱり、そういう部隊に配属される騎士も主流を外れた者がなるべきだよな」 

 

 

 ロックは溜息をこぼしつつ、自分達に向かって真っすぐ歩いてくる男に目を向ける。

 正騎士が二人だ。

 恐らくは自分達の班長となる人物だろう。

 四人は横一列に並ぶと、上官となるであろう二人に敬礼する。


「ちっ、平民がこの私の部下になるとはな……」


 露骨な舌打ちを隠すでもなく、その男はウィン達四人の前に立った。

 白銀に輝く鎧に身を包むのではなく、どこかはち切れそうな感じの軽騎士用の革鎧に身を包んだエルステッド伯爵――ロイズ十騎長が渋面を作って立っていたのだった。   

 

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