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迫る影②

「……という状況だ。すまんが、俺達だけじゃあ時間を稼ぐので精一杯だろう。一刻も早く逃げてくれ!」


 トルクの村の中央に建てられた集会所。

 そこに深刻な顔をして集っていた冒険者達の動きが急に慌ただしくなってきた。

 飛び出すようにして村の中を駆け出していく冒険者達。

 彼らのほとんどが悲壮感に満ち鬼気迫る形相を浮かべていた。

 集会所を囲むようにして冒険者達を見ていた村人達の間にも、事情は分からないが何か良くないことが進行していることは理解できた。

 先ほどからそこかしこで不安を口にする者も出始めている。

 彼女もまた、そんな村人達の中で不安を隠すことができずに側に立っている父親の腕を抱き締めていた。

 どういった状況になっているのか聞き出したかったが、忙しそうに走り回ったり怒鳴り声を上げて何やら支度をしている冒険者達に、村人達は声をかけることができない。

 ただその様子を歯噛みしながら見ているしかなかった。

 そのうちに集会所の中から冒険者達のリーダーとして、この村に訪れた時に紹介された男が村人の前に立った。

 ようやく状況を知ることができると口々に説明を求める村人達に、リッグスと名乗ったその男は簡潔に説明を始めた。


 この村を目指して、盗賊団が向かってきているということ。

 規模は二百人規模。

 中にペテルシア軍と思われる集団がいたということ。

 すでに偵察に出した冒険者に犠牲者が出ているということ。

 戦力的に見て勝てるとは到底思えず、この村を捨てて隣町であるネストへと逃げたほうがいい。


「俺達に故郷を捨てろと?」


「わしらを守るのがお前達への依頼だろう!」


 せっかくここまで育てた作物を、生まれ故郷を捨てて逃げろと言うリッグスに、血相を変えて声を荒げて詰め寄る村人達。

 

 だが――


「黙れ!」


 リッグスの一喝に、村人達が一瞬で黙り込んだ。

 冒険者の集団――それも普段は違うパーティーに所属している者達すらも束ねている男である。

 そこにはただの村人達とは厳然たる格の違いがあった。

 口をつぐんだ村人達を見回した後に、リッグスは口を開いた。


「いいか? 文句を言っている暇はないし、文句を聞いている暇もない。本音を言えば俺にはお前達を説得する手間すら惜しい。だから言うぞ。はっきり言って、俺達だけでは盗賊団というかペテルシア軍に勝てない。死にたくなければ逃げろ。命がけでネストへと走れ。生きていれば故郷へと戻ってくることができる。だが死んでしまえばそれまでだ。俺から言えることはそれだけだ! 選ぶのはお前達だ。後は好きにしろ。じゃあな!」


 まくし立てるようにして、一息に告げるとリッグスは踵を返して他の冒険者達の元へと走って行く。

 それを村人達はただ呆然と見送っていた。

 何か声をかけるといったこともできない。

 リッグスの背中から漂う、鬼気迫る気配。

 走り去るその背中が、彼の言っていることが冗談などではなく、本当に状況が切迫していることを如実に物語っていた。


「お、おい……どうするんだ?」


「とにかく言われたとおり、逃げたほうが良さそうだ」


 ノロノロと重い足取りで動き出す村人達。

 皆の表情には未だ、信じられない、嘘ではないのか? といった疑問の色が浮かんでいたが、それでも言われたとおりに避難を始めるべく動き出した。

 

「お父さん?」


「あ、ああ、俺達も逃げる準備をしようか」


 彼女が腕を引っ張ると、呆然としていた父親も歩き出す。

 家へと戻り、母親にも事情を話す。

 母も正直信じられないといった様子だったが、父親が荷車を持ち出してきて荷物を括りつけ始めると手伝い始めた。

 彼女も支度を始める。

 とはいえ、決して豊かとはいえない村である。

 そう大した荷物があるわけでもない。

 すぐに準備が終わってしまった。


 そうだ! 作物の種とあと何かお金にできるものを……

 

 生活用具を積み込んでいる両親を横目に、彼女は農作物や山で採ってきた山菜などを保存してある納屋へと向かった。

 避難がどれくらいの期間長引くかわからない。

 話では他国の軍隊が混じっているという。

 占領でもされてしまえば、すぐにここへと戻ってくることは叶わないだろう。

 下手をすれば、ネストの街からも逃げ出すことになるかもしれない。

 まだ煎じ終わってない薬草の束や薬となる木の根、それから丸薬などといったあまり嵩張らない物も荷台へと積み込んでいく。

 雑貨屋や薬屋等で換金することができるからだ。

 そう高く売れるとは思えないが無いよりはマシだろう。


 そうこうするうちに、他の村人達も逃げ出す準備が整ったのか、ネストの街へと続く道へと人が集まりだした。

 

「冒険者が数人、ネストの街へと走ったらしい。領主様とあそこに駐留している帝国の軍に増援を頼むんだと」


 父親が顔見知りの村人と話している。

 ネストの街は騎士団が駐留している砦を中心にして発展していった新興の街だ。

 数年前に魔物の群れが押し寄せた時に滅ぼされた周辺の村や街の人間が、避難したその砦を中心として築き上げた小さな街だった。

 この地方の領主もまた、治めていた街が滅ぼされてしまったため、ネストに居館を移していた。

 そのため、ネストには領主の軍と砦に詰めている騎士団の二つの帝国軍が駐留していた。

 領主の軍と騎士団を中心とした帝国軍が増援に駆けつけてくれれば、思っているよりも短い期間で故郷へと帰ることができるかもしれない。

 リッグスから話を聞いたときに比べて、多少村人達の間で多少楽観的な空気が漂っていた。

 現在ほとんどの冒険者達は、ネストの街とは逆側の山道の方へと集っている。

 渋る村人達をどうにか説得してから家屋をいくつか破壊して、簡単なバリケードを構築したりしていることから、盗賊団はその山道を下ってくるのだろう。

 彼女は母親の隣に座り込みながら、黙ってその光景を見つめていた。

 幼いころから見続けた風景が変貌していくことに寂しさを覚える。

 

 ふと、彼女の目に一人の若い冒険者の男の子がネストとは違う方角へと馬を走らせて行くのが目に映った。

 同い年くらいの少年だった。

 馬を走らせていたため、あっという間に木々に隠れてしまいその姿を見失ってしまったが、何だか彼が泣いているように見えた。

 気のせいかもしれない。

 走る馬の背に乗った人間の表情なんて、一瞬で見れるわけがないからだ。


「あっちは帝都の方角だ」


 馬が走り去った方角を見つめている娘に、父親がぽつりとつぶやく。


「領主様は帝都へと行かれてしまってから、もう何年も帰られていないらしい。こんな時期に、こんなことになるなんて……」


 領主不在の領主軍とネストの街の帝国の騎士達が、どれだけ動いてくれるのか。

 増援を呼びに行ったという情報を得て、多少は気持ちを持ち直したものの募る不安に村人達は黙々と足を運ぶだけになる。

 ネストの街までは女子供に荷物を抱えているとはいえ、休憩をしながらでも強行軍で進めば昼過ぎにはたどり着くことができるはずだ。

 それに、先触れとして先行した冒険者達が街へと伝えてくれていれば、街側で避難してくる村人の受け入れ準備もしてくれるだろう。

 街によっては避難してくる民を拒否することもあると聞いたことがあるが、この地方の領主は領民に対して手厚い庇護を与えてくれている。

 そういう事態には陥らないだろうという安心感はあった。





 村を出てどのくらい経ったか。


「騎士だ……ネストの街の連中だ」


 日も高く昇り、体力のない子供や年寄りを交代で引いていた荷車に乗せて歩いてきた村人達の一行。

 その中程で彼女は俯き加減になりながら、ただ地面だけを見つめて歩いていたが、先頭の方を歩いていた村人が上げた声に頭を上げた。

 確かに前方に馬に乗った人影が複数見えた。

 かなりの人数のようだ。


「た、助かった。ネストの連中だ……」

 

 安堵の雰囲気が一行に流れる。

 彼女も思わず全身から力が抜けてしまうくらいに、ほっとしてしまった。


 ネストの街へは父親に連れられて、彼女も何度も赴いたことがある。

 主な目的は村の作物を売って得た現金での買い物だ。

 大抵は自給自足できるし、定期的に訪れる行商人から購入したりすることができたが、どうしても街でないと購入できない物もある。

 そこで年に数回は街へと行くことになるのだ。

 新興の街であるため、帝国の他の都市に比較すれば圧倒的に小さな部類の街であったが、新興であるがゆえに活気のある街だ。

 それに、彼女が知る街はネスト以外では魔物によって滅ぼされてしまった旧ネストしかない。

 だから、他所から来た者達にとってネストは小さな街であっても、彼女にとっては憧れの街で在り続けた。

 買い物にはそれなりに時間が掛かるので、行きつけの安宿に泊まることになる。

 街での買い物は彼女にとって、村の収穫祭と並んで年に数回ある数少ない楽しみの一つだった。

 そして彼女にとってネストはもっと強烈な思い出がある。

 







 四年前のあの日――この辺り一帯を襲った魔物達の群れ。

 あの時も今と同じように両親と、そして村人達と一緒にネストの街へと逃げ込むことになった。

 山から森から溢れるようにして襲い掛かってくる魔物達から逃れ続け、命からがら砦の中へと逃げ込んだ。

 だが、その砦の中も惨憺たる状況だった。

 そこかしこに、重篤な怪我を負った人々が寝かされうめき声が聞こえる。

 中にはすでに事切れている者もいた。

 この時代、人の死は珍しくないとはいえそれでも、これほど多くの死を見ることはない。


 迫る死の恐怖。


 砦の外から聞こえる逃げ遅れた人々の断末魔の悲鳴と、魔物達の咆哮。

 砦の中に満ちる半狂乱となった人々の悲鳴と、力のない呻き声と泣き声。

 そしてそんな人々を叱咤し続ける生き残った騎士達。

 騎士達は何とか生きながらえるための手段を模索しようと、戦える者は力を貸して欲しいと叫んでいた。


 その光景を抱きしめてくれる両親の腕の中で、彼女はただ見ているだけだった。

 まだ子供でしかなく、力のない彼女はただ怯えて震えているだけ。


 だが、そんな彼女の前に一人の少女が現れる。

 

 人々から勇者と呼ばれる少女――に。

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