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貴族と平民と②

盆中にちょこちょこ書いて、なんとか投稿。

「何の騒ぎですか?」

 

 レティシアの放った透き通るような声。

 周囲が静寂に包まれていく。

 どこか透明感と清楚な印象を与える水色のドレスに、そのほっそりとした肢体を包んだレティシアが、ゆっくりとウィン達のほうへと歩いてくる。

 祝宴の時に身につけていたドレスとは違って、今日は親しい知人だけで集まる茶会であるためか、決して華美ではない程度の銀糸によって刺繍と装飾を施され、光が零れ落ちるようにきらきらと輝く彼女の金髪によく似合っていた。

 貴族の姫君として正装していた時のドレス姿も眩しいものであったが、あの時よりも装飾を控えめにしていることで、レティシアの生来の美しさをより際立たせていた。

 それに付け加えて、宮殿という場所が持つ独特の荘厳な雰囲気が後押しして、まるで地上に舞い降りた女神のように彼女を演出している。

 貴族達、あるいは騒ぎに気づいてこちらを見やっていた者達の視線が、すべてレティシアへと集まっていた。

 美しい貴族の姫君達に見慣れているはずの彼らでさえも、思わずため息をこぼす者もいるほどだ。

『渡り鳥の宿木』亭や、騎士学校での普段のレティシアを目にしている筈のウィンとロックの二人ですらも、自分達を囲んでいる貴族達のことを忘れて見とれてしまった。

 

 まるでこの場所だけ時間が止まってしまったかのように、静寂だけが周囲を支配する。

 誰もが息を呑んでレティシアの動向を見つめる中で、彼女はゆっくりとウィンの傍らに寄り添うように立った。


「レティ?」

 

 ウィンの左腕にそっと手を絡めてくるレティシア。

 困惑したような声を上げるウィンに、レティシアはにっこりと微笑んで見せる。

 だが、エルステッド伯を振り返ったレティシアの顔からは微笑みが消え、そのエメラルドの宝玉のような瞳には、冷たい怒りの色が浮かんでいた。




 ――コーネリア殿下より、レティシア様をお先にお連れするよう仰せつかってございます。

 

 宮殿に到着して、コーネリアの侍女に出迎えられそう告げられると、レティシアは一人だけ先に案内された。 

 こういう場所に慣れていないウィンを一人置いていくのは少し心配だったが、コーネリアの事は最近出来た友人として信用も置けると思っていたし、所々に立っている警備の兵士達も。ウィンとレティシアが一緒にいる所を見ていたので、不審者として拘束されることはないだろう。

 案内された先ではコーネアリアと共に十名近い侍女達と、きらびやかなたくさんのドレスが彼女を出迎えた。

 コーネリアが普段は動きやすい服装を好むレティシアの為に、ドレスを用意してくれていたのだ。

 実は、レティシアは公爵令嬢という高貴な貴族の姫君でありながら、ドレスをあまり持っていない。 

 子供の頃はともかくとして、勇者として旅立ってしまった後、ドレスなど身に付ける状況にはいなかったからだ。

 もちろん、仕立てようと思えば幾らでも仕立てることはできる。

 公爵家に出入りする服飾職人に下命すれば、幾らでも仕立てることだろう。

 だが、レティシア本人があまり着飾ることを好まないため、彼女の衣裳部屋は公爵令嬢としてはかなり寂しいものとなっていた。

 

「レティシアさんがそういう服装を好むのはわかりますが、たまには女の子らしい格好をして、ウィン君をドキッとさせちゃいましょう」


 そう悪戯っぽい笑顔を浮かべるコーネリアに、レティシアも断りきれずに承諾した。

 ドキッとさせるという言葉にちょっと惹かれたというのもある。

 瞬く間に侍女に取り囲まれ、あっという間に着替えさせられてしまった。


「まあ、なんてお美しいのでしょう!」


 流石に慣れた手つきで素早くレティシアを着飾らせた侍女達が、口々に賞賛の声を上げる。

 

「本当にお美しいですよ?」

 

 さらにはコーネリアにまで、にこにこと断言されては、普段はあまり服装にこだわっていないレティシアとて悪い気はしない。


「ちょっと迎えに行ってきます」


 ――お兄ちゃんに可愛いって、言ってもらえるかなぁ?


 間もなくウィン達もここへ来るであろうが、着飾った姿を一刻も早く見せたくてレティシアはついつい出迎えに向かってしまった。

 そしてドキドキしながら、ウィンを見つけてみれば――

 

 レティシアの機嫌も悪くなろうというものであった。





 レティシアの心の中を知らず、エルステッドが丁寧に頭を下げる。


「これはお目にかかれて光栄ですな、メイヴィス第三公女殿。私はロイズ・ヴァン・エルステッド。陛下より伯の地位を授けられているものです。以後、お見知り置きを」


「初めまして、エルステッド伯爵。それで、これは何の騒ぎでしょうか?」


「なに、そこの素性の知れぬ平民が身分不相応にも宮殿に紛れこんでいたので、立ち去るように告げていたところですよ」


 頭を下げながらもエルステッド伯のその視線はウィンの左手に絡めたレティシアの右手に注がれていた。

 取り巻き達の顔にも動揺の色が浮かんでいる。

 その言葉にレティシアは、一つ大きく息をつく。

 自身の中の怒りを抑制するために。


「エルステッド伯爵閣下」


 それでも、声音に混ざる冷たさはごまかすことができない。


「この方は、私の師であるウィン・バード様です。素性が知れぬわけではありませんし、彼が私の師であることは、皇帝陛下もご存知です」


「なに!?」


「勇者の師だと?」


「そういえば、平民の少年であるという噂は聞いていたが……」


 レティシアの言葉に、口々に驚きの声が上がる。

 クーデター集結の祝宴に参加していた貴族達は、その多くが上級の貴族や力を持つ派閥の貴族達、そして功を挙げたものであった。

 力の弱い貴族であるエルステッド伯達は招待されなかったのであろう。

 彼らの顔色が青くなった。


 皇帝陛下すらも認めた『勇者の師匠』

 帝国にとっても、重要な人物となる可能性が高い。

 遅まきながら、彼らは侍女の言葉を思い出す。

 

 ――彼らは皇女殿下の御友人ということで、殿下がお招きいたしました。


 そして勇者本人であり、高位貴族であるレティシアの――師と弟子という関係以上の親密さを伺わせるその仕草。

 先程までの発言と態度が、下手をすれば皇族に次ぐ圧倒的家格と権力を持った公爵家にまで睨まれかねない行為だったことに、ようやくにして気がついたらしい。 


「そういえば、勇者の師匠は皇女殿下のご学友でもあるという話でしたか」


 だが、取り巻き達が驚きの声を上げて、先程までの自分達の態度に悄然としてしまいながら、恐る恐るレティシアとウィンを見比べている中で、ただ一人エルステッド伯だけが表情を変えずにレティシアに話しかけた。


 へぇ、さすがに弱小とはいえ派閥の頭ってところか。


 ロックは内心でエルステッド伯の評価を多少見なおした。

 そういえば、先程から怒りを湛えたレティシアの視線を受けているにもかかわらず、彼はそれを真正面から受け止めている。

 見た目は美しい少女ではあっても、一国を相手にできる力をその華奢な身体の内に秘め、宮中序列においても上の立場の人間。


 取り巻きの貴族達の前で、つまらない見えを張っているのだろうか。

 だが、そうだとしてもなかなかの胆力である。


 ――外見に惑わされて見くびりすぎていたか?


 ロックはエルステッド伯について、詳しく調べてみようと考える。

 

「本日、師と私は、コーネリア殿下にお招きされて参りました。彼がここにいても何も問題は無いかと思いますが?」


「ですが、その腰のそれはどうか? 皇族方にお会いするというのに、凶器となりえるものを持ち込むというのはいかがなものか?」


「この短剣の事でしょうか?」


 ウィンが腰に帯びた短剣。

 エルステッド伯が指差すそれを見ると、レティシアは殊更にっこりと微笑んだ。

 そして、絡めていた手を解きウィンへと振り向くと、ドレスが皺になるのも顧みずに、恭しく跪いて彼の腰から短剣をゆっくりと抜き取る。

 勇者であり公爵令嬢であるレティシアが、平民にすぎないウィンに対して恭しい態度を取ったことにも周囲のざわめきが起こったが、彼女の次の発言が更に大きなどよめきをもたらした。


「この短剣は私が我が師に贈ったもの」


 抜身の刃に刻み込まれた刻印をエルステッド伯達に見せつける。


 この国の紋章――すなわち、皇族の紋章。

 そして反対側の刃にはメイヴィス公爵家の紋章。


「こ、これは……!」


 それまで少なくとも表面上は平静を取り繕っていたエルステッド伯も、短剣の刻印に目を剝いた。


「この短剣は私が生誕した際に、陛下が私に賜ったもの。皇位継承権を持つ者の証です」


 エルステッド伯は絶句してしまい、言葉が出ない。


 そんな大層な物を、俺に渡してたのか!


 一方のウィンも絶句。


 傷一つつかないとはいえ、武器として振り回し、あまつさえ攻撃魔法に向かって投げつけて誘爆までさせてしまったこともある。

 手入れは丁寧にしていたとはいえ、ある意味、国宝にも匹敵する物を結構ぞんざいに扱っていたあれやこれやのことを思い出す。

 

 ば、罰せられたりしないよな?


 思わず冷や汗を浮かべるウィンに、短剣を投げつける修練に付き合ったロックも同情の視線を送る。

 

「これは私の彼に対する信頼の証ですから」


 微笑みかけながら短剣を差し出すレティシア。

 それをウィンは食い入るように見つめつつも、手を伸ばせない。

 先程まで、何の気なしに腰に帯びていた短剣が、国宝級の品物だったのだ。

 触れることすらためらってしまう。

 しかし、レティシアはまた柔らかい微笑を浮かべると、ウィンに短剣を取るように視線で促した。

 仕方なく、ウィンはこれまで以上に慎重に短剣を受け取ると、腰の鞘へとそっと納める。

 この短剣による魔法迎撃はウィンの奥の手の一つ。

 どうしてもという時には使わない訳にはいかないが、今後は訓練では絶対に使用しない、そして手入れはより一層入念に行うことを心に誓った。

 

「……そういうことであれば、持ち込むことを認めるしか無いでしょうな」


「では、皇女殿下をお待たせしていますので」


 侍女が頷き、エルステッド伯に深々と丁寧に一礼をすると、先に立って歩き出す。

 ウィンは自分を睨みつけてくる貴族達にどうしたものかと、オロオロしていたが、それを見かねてかレティシアがウィンの腕を再び抱え込むと引っ張って歩き出した。

 とりあえず、頭を下げるだけ下げて連れて行かれるウィン。


「痛い痛い、あと、胸が当たってるって」


「うるさい! お兄ちゃんは黙ってついてくればいいの!」


 ウィンを強く引っ張りながら、歩いていくレティシア。

 二人の後ろ姿に少し苦笑すると、ロックもエルステッド達に一礼して後を追おうとしたその時――


「――まだ子供。そして弱点となるか?」


 思わず振り向くが、すでにエルステッドは取り巻き達を連れて逆方向に向かって歩き出しており、その表情は窺えない。


「どうした? ロック、置いて行かれるぞ?」


「ああ、今行くよ」


 もちろん、案内の侍女が皇女の客であるロックを置いて先に行ってしまうということはないだろうが、そう返答を返す。

 訝しげにこちらを振り向いているウィンとレティシアに追いつこうと足を早めながらも、どこか不気味な思いを抱いてもう一度エルステッド伯達を振り返ったが、すでに角を曲がったのか姿がなかった。


 家に戻って、親父や兄貴に奴の噂とかを聞いておくか。


 親友、そしてその幼なじみの少女の障害にならないとも限らない。

 そしてレティシアと対峙して見せた、意外なほどのエルステッド伯の胆力。

 足早に二人を追いかけつつも、外見に騙されてはいけない危険性のある人物としてロックは、ロイズ・ヴァン・エルステッドの名前を己の記憶に強く刻み込んだ。

 

次話は今週中にアップ予定です。

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