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貴族と平民と

「おーい、ウィン」


 准騎士としての任務(正騎士達の雑用という名の仕事) を終えたロックは、赤い絨毯が敷かれた宮殿の廊下にポツンと一人所在無さげに立っているウィンを見つけて声をかけた。

 その声にウィンが弾かれたように振り向くと、手を振ってくる。

 ロックの姿を認め、明らかにホッとしたような表情が浮かんでいた。


「仕事は終わったのか」


「ああって、あれ? レティシア様は一緒じゃないのか?」


「コーネリア様の侍女って方が来て、先に連れて行かれたんだ。別の案内を寄越してくれるってことだったんだけど……」


「それなら待ってたほうがいいな。下手に動きまわると、入っては行けないところに行ってしまいそうだ」


「だよな。宮殿なんて初めてだし、落ち着かない」


 不安そうに周囲を見回すウィン。

 レティシアと一緒の時は気にならなかったが、一人で待っている時の心細さ。

 所々に立って警備している宮廷騎士達から向けられる視線が気になって仕方がない。

 不審者として連行されしまうのではないだろうか?

 そういう考えが頭の中をよぎる。

 

 実際の所、彼らはすでにウィンが勇者の師であることは知っており、その噂の渦中の人物が目の前にいたので、ただ注目していただけなのだが――。 


「しかし、皇女殿下にお茶に誘われたというのに、宮殿へ騎士学校の制服で来る奴はウィンくらいだろうな」


「俺が他に服なんか持ってるわけが無いだろ。持ってたら、以前の祝宴の時にも着て行ったさ。一番まともな服がこれだったんだ」


「だから言えば、貸すか何かしてやるってのに」


「俺が着たら、服ばかり目立って中身が添え物になるよ。ロックが着ているのは正騎士の礼服?」


「そうそう。准騎士だから徽章がないけどな。准騎士なんて、所詮雑用係だよ」


「それでも羨ましいなぁ。凄いなぁ」


 アホか。


 ロックは内心で友人に呆れてしまった。


 本当に凄いのは、身分や外側の服装じゃなくて、平民で特に強い権力もないくせに、こんな宮殿へ招待されているようなお前のほうがとんでもないんだ。

 上級貴族でもないと、貴族ですら招かれることは無いってのに。

 この鈍感野郎が! そこに気づけ!   


 本気で羨ましそうな表情でロックの礼服を見ているウィン。

 今の状況がどれだけ凄いことなのか――イマイチ把握しきれていない友人に、ロックは苦笑を返した。

 

「さっきから宮廷騎士の人達の視線が気になるんだけど……」


「不審者と思われてるなら、とっくに俺達は連行されてるさ。気にするな」


「宮廷騎士か……」


 近くに立っている宮廷騎士を盗み見るウィン。


「憧れだな。近衛は無理だろうけど、宮廷騎士団に入りたい」


「まあ、大丈夫だろう。多分、なれる。というより、下手すると近衛にされる勢い」


「そうかな?」


「皇女殿下と公爵令嬢というお二人の後押しがあれば、何とでもなりそうだからな」


 皇族としては、勇者であるレティシアをこの国に縛り付けておきたいところだろう。

 それにはウィンを手元に置いておくほうが都合が良い。

 これまでの経緯を見てきても、レティシアがウィンの傍を離れるとは考え難いからだ。

 問題は、それを面白く思わない貴族達がいるかもしれないといったところか。


「平民からの騎士採用を見送るっていう噂、本当なのかな」


「人手不足だから、それは無いと思う。ただ、宮廷騎士団とか近衛騎士団へ配属されるかどうかは微妙といったところだと思う」


「さっき、俺なら近衛にもなれるかもって言ってなかったか?」


「ウィンは別だ。勇者の師匠、自覚しろ?」


「そんなもんか? それにしても、案内係はまだかな……っと」


「失礼します。遅くなりまして、申し訳ございません。ロック・マリーン様とウィン・バード様ですね」


 居心地の悪さに小声で話していた二人に、侍女と思われる女性が声を掛けてきた。


「皇女殿下よりご案内するよう、仰せつかってございます。どうぞこちらへ」


 二人は顔を見合わせると、侍女の後について歩き出す。

 宮殿という平民にはまるで縁の無い場所。

 たまに、この宮殿内で働いている思しき人とすれ違うが、誰も彼も自分たちよりも地位の高い人物であるはずだった。

 まだ、ロックは社交界などで高位貴族の家を出入りしていたため耐性があったが、こういう場所の経験値が少ないウィンは圧倒されてしまい、息苦しさすらも覚えていた。

 どことなく漂う荘厳な雰囲気に、二人は無言で侍女の後について歩く。

 広大な宮殿内をしばらく歩いていると、前方から複数人の笑い声と話し声が聞こえてきた。

 貴族だろう。

 使用人の服ではない。

 きらびやかなまでに豪奢な服を着こんだ青年貴族達だった。

 侍女が廊下の脇に避けて道を開ける。

 ウィンとロックもそれに習い脇へと退いた。

 そのまま一礼してすれ違うかと思ったが、貴族達の一人が三人の前で立ち止まった。


「おい、見ない顔だな。侍女、こいつらは何だ? 新しい使用人か?」


「いえ、コーネリア殿下のお客様でロック・マリーン様と、ウィン・バード様です」


「なんだ、平民じゃないか」


 名前を聞いて、顔をしかめる青年貴族。

 

「平民? なんだって皇女殿下に招かれてるんだ?」


 青年貴族の声を聞いて、他の貴族達も戻ってきた。 

 ロックは彼らにバレないように小さく舌打ちをする。


 ――面倒臭いことになってきた。


「待て。マリーンって言えば、あの商家のか」


 知ってる奴がいるのか。

 

 ロックは一歩前に出ると、深々とお辞儀をする。


「はい。マリーン家の次男でロックと申します。皆様にはいつもご贔屓にしていただいております」


「おお、御父上殿にはこちらも世話になっている」


 まだ二十代であろうに、まるでヒキガエルのようにでっぷりと太り、頭のてっぺんが少々寂しくなっている貴族が、マリーン家と聞いて相好を崩して手を差し出してきた。


「これは、エルステッド伯爵閣下。お久しぶりです」


 うへぇ、汗で手がにちゃにちゃするぜ。気持ちワリィ。

 

 内心で悪態をつきながらも、ロックは顔だけは幼い頃から培った作り笑いを浮かべて握手を返す。 

 この辺りはさすがに商家の出身。

 家を継ぐ気は全くなかったが、それでもこの程度の芸は仕込まれ済みだ。


「こちらはあのマリーン家のご子息のロック殿だ。彼の御父君には我が家も随分と世話になっていてな」


「若輩者ですが、どうぞ皆様におかれましてはよろしくお見知り置きください」


 ロックは胸に手を当てると、丁寧に作法に沿ってもう一度深々と頭を下げた。

 それに対して、貴族達は傲慢な態度で頷くのみ。

 どうやら、ヒキガエルハゲデブのエルステッド伯爵がこの青年貴族達の中では、一番格上のようだった。

 となると他の連中は子爵か男爵、もしくは長子ではなく準男爵か士爵位を持つ者といったところだろう。

 ロックのおぼろげな記憶が確かであるなら、伯爵位ということでエルステッド伯爵家の宮中序列は高かったが、主要な派閥には属していなかったはずだ。

 自慢は領地に構えている大層立派な屋敷。

 宴などでは何かとその屋敷について自慢していると聞いたことがある。

 そのくせ金には窮しており、貴族として豪奢な服は着ているが同じ物を着用していることが多いと、陰口も耳にしていた。

 こういった選ばれし者と自負する者の中でも、立場がより低い者は、自分達よりも弱い者達を何かと見下したがるものである。

 案の定、彼らの中の一人がウィンに目を向けた。


「おい、貴様は何だ? 名乗りたまえ」


「騎士学校生のウィン・バードと申します」


 ロックを真似て、ぎこちなく頭を下げる。

 

「なんだ、平民か」


 舌打ちしつつ、顔をしかめるエルステッド。


 こいつらも平民が騎士になることを気に食わないタチか。

 

 貴族階級には多い感情。

 ロックはどこか冷たい光を浮かべて、エルステッドを見る。 

 実家で培った、商売人としての人を――エルステッドや、その取り巻きの貴族の青年達の器を観察する。

 貴族だから、平民だからと生まれた身分だけでその人物の能力を見誤るようでは、取引を続けたとしても利があるかどうか。

 ロックがその気になれば父親に告げて取引を絞り、干上がらせることも可能だろう。

 商家でありつつも、マリーン家にはそれだけの力がある。

 例え、実家の商売は継がないとしてもマリーン家の人間として、そして雇用している使用人達のために、不利益な相手との取引は避けたい。


「平民が騎士候補生とは……嘆かわしい世の中になったものだ。ここは宮殿だぞ? 平民や騎士候補生が来るような場所ではない。早く帰りたまえ」


「お待ちくださいエルステッド伯爵閣下。彼らは皇女殿下の御友人というこで、殿下がお招きいたしました」


「皇女殿下が?」


 ウィンに変わって返答した侍女に、貴族達は一斉に顔をしかめた。


「殿下は何を考えていらっしゃるのか。宮中にこのような素性の知れぬ者を招き入れて。何かあったら、どうなさるおつもりか」


「殿下は外での生活が長かったですからな。その辺りはしっかりと教育係にしていただけねば、困りますな」


「おい、そこのウィンとか言ったな」


 彼らを代表するかのように、エルステッド伯爵がウィンの前に立つ。


「いくら皇女殿下からのご招待とはいえ、平民が宮殿へ参上するとは思い上がりも甚だしい。何か理由をつけて断るのが筋ではないか?」


 おいおい、皇女殿下からのご招待を平民が断るほうが失礼じゃないか?


 作り笑いを浮かべつつ、ロックは内心で思わずツッコミを入れた。

 

「いえ、ですが皇女殿下からのお招きですし、断るのも失礼かと」


 ウィンもロックのツッコミと同様の反論を返す。

 が、どうやらそれが気に食わなかったらしい。

 エルステッドの顔が赤くなった。


「皇族方の前で粗相でもしてみろ。平民といえど、不敬罪を適用してくれる。それと貴様――」


 ウィンが腰に帯びていた短剣を指さした。


「宮中で武器を帯びていいのは、高貴な方々と近衛だけだ! その程度の常識も弁えぬのか!」


「いや、これは……」


「そちらの短剣に関しては問題ないと、我々が判断していますし、すでに殿下よりもご許可は頂いております」


「そういう問題ではない! 侍女風情は黙っていろ」


「素性の知れぬものに武器の所持を認めるとは、皇族方に何かあったらどうする気だ!」


「もしや、この侍女も……」


「近衛に知らせたほうが良いのではないか?」


 ウィンを庇う侍女にも掴みかかりそうな勢いでまくし立てる貴族達。

 いつの間にか騒ぎに気づいた人々が遠巻きに注目していた。

 所々に立っている近衛騎士達も騒ぎに気づき、こちらに向かって歩いてきている。

 

 やっぱり、厄介なことになった。

 

 ロックは内心で舌打ちをする。

 もうこうなったらコーネリア様か、レティシア様を呼んで取りなしてもらうか。

 ロックがそう思い、誰かに二人のどちらかを呼べないか頼もうかと考えたその時―― 


「何の騒ぎですか?」


 ロックがまさしくいま、呼びに行こうと思っていた人物の一人――レティシアが少し怒りの表情を湛えそこに立っていた。

 盆週間に突入するため、更新が止まります。申し訳ございません。

 記念すべき1000万PVもこのままだと盆中に更新してしまい、その瞬間を見逃してしまいそう……この盆を乗り切るために、感想などどうぞよろしくお願いします。

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