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幕開け3

 森の一角で爆発音が響き渡った頃――


「おいおいおい……何の冗談だよ、これは!?」


 目の前に立っている男――ジェイドにレギンはうろたえた声を出す。

 コーネリアもまた、事態の急変に戸惑っていた。

 森の中を行軍中、射掛けられた数多の矢は、先導していた騎士たちと、最後尾を歩いていた騎士たちが狙ったものであり、不意をつかれた彼らは全身のいたるところに矢が刺さり倒れていった。 

 突然の事に自体を把握できず、ただ呆然と立ち止まった彼らの前に、木々の合間から、弓矢や槍を装備した兵士達と鎧を身につけた騎士達が整然と姿を現す。

 彼らはその騎士達の中に、見知った顔を見出した。

 それは彼女達二班とは別の方角に行軍していたはずの一班を先導していた騎士達であった。

 ただし、学生はジェイドのみだったが。

 それに騎士達も木々によって遮られどれだけの数がいるのかは把握できなかったが、少なくとも砦を出発した当初よりも増員されていた。

 もちろん兵士達も出発した当時には、従軍していなかった。

 彼らの武装は弓矢に槍。

 明らかに対人用の装備だ。


「何のつもりだ? ジェイド・ヴァン・クライフドルフ。お前がやっていることは反逆行為だぞ?」


「反逆か……」

 

 レギンの問をを鼻で笑い飛ばすジェイド。


「クーデターを起こそうとしたのは、そこで死んでいる虫けらどもだ。レインハートでは情報を掴んでいなかったのか?」


「何だと!?」


「おかげでこうも簡単に事を運ぶことができた。クーデターを起こした間抜けどもに感謝だな」


「どういう意味だ?」


「奴らに全ての罪を被ってもらうということだ」


 ジェイドがゆっくりと剣を掲げると、周囲を包囲しているジェイド率いる兵士達が槍を構える。

 高まる殺意。 

 明らかにレギン達を殺す気だった。


「クーデター起こした連中の代わりに、私がお前を始末しよう」


 レギンは素早く周囲に視線を走らせる。

 二班に所属する学生達は、この急変した事態と殺気によってすっかり萎縮してしまい、役に立ちそうにない。

 自分の取り巻きながら、情けなくもあるがこの状況では仕方がないか。

 そもそも、彼らが使えたとしても戦力差は覆りそうにない。

 全体を見ることができないためどれくらいの戦力をジェイドが率いているのか把握はできなかったが、少なくとも百人を超える戦力はありそうだ。


 最低でも二十倍の戦力差である。


 となると、ここから逃れるために取るべき手立てはただ一つ――。


 レギンはジェイドを見据える。

 二人の距離は十歩程度くらいか。

 何とかジェイドへと近づいて、奴を人質にしてこの場を逃れる。

 しかし、この場を逃れたとしてその後はどうする。


 騎士達の躯へと視線を落とす。


 彼らは砦に配属されていた騎士だ。

 ジェイドの語った話が事実であれば、砦はクーデターを起こした者たちが占拠している可能性が高くなる。

 森の中を潜伏しながら帝都まで帰り着き、騎士団上層部へと報告したほうが良さそうだ。

 幸い、レインハート侯爵家は騎士団での発言権は大きい。

 しかるべき対応が取れるはず。


 それに――


 レギンは自分のすぐ近くに立つコーネリアへと視線を向けた。

 命の危険にさらされているというのに、泣き喚きもしない精神力は大したものだ。

 震えて命乞いの声を漏らしているレギンの取り巻き達に、爪の垢でも飲ませたくなる。

 

 レギンは再びジェイドへと目を向けた。


 これはピンチでもあるが、チャンスでもある。

 ここでうまく立ち回ることができれば、大きな手柄を手にすることができる。

 正騎士どころか、騎士団の幹部にも抜擢されるかもしれない。


 それどころか、至尊の地位への道すらも――


 レギンはさっと計算を巡らせる。


「仕方がない。勝てない戦いはしない主義なんだ。投降しよう……」


「思ったよりも、潔いが……投降したところで、生かしておくとでも?」


「レインハート家の長子だぞ、俺は。俺とお前が手を組めば、できることは広がると思わないか?」


 両手を挙げてジェイドへと歩き出す。

 一歩、二歩、三歩……後、もう少し近づけば――


 レギンは格闘術にも自信がある。

 昨年度主席は偶然などではない。

 事実、彼は騎士団の隊長格とも互角以上に渡り合える実力を誇っていた。


 ――ジェイドを人質にして帝都まで帰り事態を報告すれば、俺は一躍英雄だ。

 

 内心ほくそ笑みながら、四歩、五歩と距離を詰める。

 

 ――あと少しでこいつに飛びついて……。


 帝都の市民たちが自分の名前を湛える声が聞こえるようだ。

 そして、彼の傍らに佇んでいるのは美しく着飾ったコーネリアが――


 彼の幸せな未来予測は、しかし六歩目にして終わりを告げた。


 彼の額に突き刺さった一本の矢――。

 額から彼の頭蓋を貫通し、後頭部まで矢尻が突き出ている。

 目を見開いたままレギンは後ろへと倒れた。


 即死だった。


 学生達はもう声も出ない。

 ただ、無言で足を震わせ、その光景を眺めていた。


「見事だな」


 弓を持ち、彼の傍らに進み出てきた初老の騎士にジェイドは声をかけた。

 騎士は胸に手を当てて、ジェイドに礼をする。


「申し訳ございません。ジェイド様を囮にするような真似をさせてしまいました」


「構わん。お前の腕は信頼している」


「もったいないお言葉です。ですが、万が一逸れるということも考えられましたので、このような手段を取らざるを得ませんでした」


「身の程知らずにも、どうやら私を人質にでもして逃げるつもりのようだったから、捕まってみるのもまた一興だったかもしれん」


「それは正直我々が面倒なので、勘弁していただきたいものです」

 

 顔をしかめて、主に苦言する老騎士にジェイドは上機嫌で笑って見せた。


「それで、先ほどの爆発音はどうした?」


「方角から見て、四班の方角かと」


「ちっ……」


 その報告にジェイドは舌打ちをする。

 どうやらクーデターを起こした馬鹿どもが先に動いたようだ。

 四班はあの目障りな平民が所属していた班だ。

 どういうわけか勇者と親しげなあの平民を利用して、勇者を手に入れようと思っていたのだが――


 この計画の情報を手に入れたとき、ジェイドはすぐに自らの息の掛かった准騎士達をこの任務から外すように名簿に工作を施した。

 更に、砦にクライフドルフ侯爵家の息のかかった人員を少しづつ増員。

 その彼らとともにジェイド自身も一斑に配属となるように工作。 

 そしてクライフドルフ侯爵家の政敵に連なる者たちばかりをこの任務へと着任するよう取り計らった。

 この機会を利用して、彼らを皆殺しにしてもらい、このクーデターを画策した愚か者達に罪をすべて被って貰う。


 貴族が直系の跡取りを失う痛手は大きい。

 ともすれば、家の断絶にも繋がる。

 無論、次男や三男といった長子以外の者達もいるであろうが、それでも家に大きなダメージを与えることができる。

 クライフドルフにとって、これは大きな利となるはずだ。

 勇者は自分と親しくなった平民を無視することはできないだろう。

 ジェイド側で奴を手に入れて、そこを足がかりにして、取り入るつもりであったが――


「ふむ、全てが思い通りにとはいかないか……」


「ここは、レインハートを始末したということで良しということにしておきましょう」


 部下の言葉に鷹揚に一つ頷いてみせる。

 レギン・ヴァン・レインハート侯爵公子は、レインハートの長子。

 クライフドルフの長子であるジェイドとは、同年代ということもあり、何かと比較されることが多かった。

 間違いなく次代の騎士団長の座を争うことになる相手であったのだが、ジェイドの手をそれほど煩わせずに脱落させることができた。

 勇者を意のままに操るための手札を手に入れることはできなかったが、これ以上を望むのは欲張りというところか。

 ならば、当初の予定を変更することにしよう。


 ジェイドは固まって震えている学生達へと目を向けた。


 この貴族とは思えない、無様な連中も始末しておかなくては。

 どうせ罪は全て奴等に被ってもらう事になる。

 ゴミは早めに始末するとしよう。


「父上たちは?」


「すでに帝都を抜け出され、領地へと参られております」


「よし、では我らも手はず通りに行動する!」


『はっ!!』


 ジェイドの命令に槍を高々と天へとかざし、彼の前に整列した百名にも及ぶ騎士達が唱和する。

 そしてすぐさま、この場にいる味方ではない者達の殲滅に移った。


「助けてくれ!」


「こ、殺さないくれ……」


 命乞いをする学生達を次々に槍で始末していく部下たちに背を向けて、ジェイドはゆっくりとコーネリアへと歩いていく。

 彼女は身動きもせず、ただジェイドをまっすぐに見返していた。


「さて、抵抗しなければ危害は加えません。貴女には我々の旗頭となっていただく」


 本来であれば、この娘もクーデターを起こした連中に罪を被って貰って始末する予定だったが、事情が変わってしまった。

 学生達を始末し終えたジェイドの部下たちも、彼を先頭にして背後に集まっていく。

 ジェイドは芝居がかった動作でゆっくりと片膝を地面へと着き、コーネリアへと頭を垂れた。


「貴女には万が一に備えて我らと共に、我がクライフドルフ侯爵領へと来ていただきます。自体は流動的でございます。ご同行願えないでしょうか? 殿下」


 コーネリア・ラウ・ルート・レムルシル。

 帝国第一皇女であり、皇位継承権第二位の彼女の前に、形だけは完璧な礼をして見せながら、ジェイドは冷たいを笑みを浮かべた。

  

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