定期巡回討伐任務
騎士学校に所属する准騎士の資格を持つ学生は、騎士団から任務を受けることがある。
その一つに定期巡回討伐任務があった。
内容は、山岳地帯や森に潜むゴブリンやオークといった妖魔や、低級の魔獣の討伐。
魔王が勇者によって倒され、高位の魔族や魔獣達の動きは見られなくなったものの、そういったものに関係なく低級の妖魔達による被害は多い。
そのために、騎士団は年に二度ほど定期討伐を行っていた。
この任務、准騎士となった学生たちの実戦経験を積むにも丁度良い。
今年、准騎士となったロック・マリーンにも任務への参加命令が下されていた。
「というわけで、ウィン。おれと同行な」
「何がというわけでなのか知らないけど、俺は仕事があるしそれ以前に准騎士ですらないよ?」
意気揚々と部屋に戻ってくるなり、ロックは先に部屋に戻ってきていたウィンに言い放った。
「定期巡回討伐任務って、実施される場所によってはひと月も拘束されかねないじゃないか。授業はどうするんだよ!?」
「どうせ学科はある程度は点取れるだろ? 実際に任務に就いて、実戦経験を積んだほうが訓練しているよりもいいんじゃないか?」
「それはそうだけどさ」
何せ四年目だ。
座学に関しては、試験である程度の点を取ることはできるだろう。
ロックは上着をベッドに放り出してから、壁に立てかけてあった剣を手に取ると床に座り込んだ。
手にした剣はウィンが普段使用することが多い訓練用騎士剣ではなく、帝国軍正式騎士剣。
剣身にびっしりと付与魔法文字が刻み込まれているそれは、対魔物用に帝国騎士団が正式装備としている魔力剣である。
ゴブリンやコボルトといった妖魔、もしくは野生動物たちが瘴気によって犯されることにより生まれた低級な魔獣たちは、人間や動物と同様に繁殖することによって数を増やす。
そうして生まれた魔物は物理的な肉体を持っているため、通常の武器による攻撃も通用する。
しかし、魔王や高位の魔族によって生まれてきた中級以上の魔族、魔獣たちは瘴気の塊に核が与えられて生まれた存在であるため、物理的な方法でダメージを与えることができない。
彼らにダメージを与えるには、魔法による攻撃か、または魔力を込められた武器を使用するしかない。
古来より人間同士の戦いでは有効である弓矢や槍が、対魔物には有効でない理由がここにあった。
付与魔法という魔法もあるが、矢の一つ一つに魔法を掛けるのは効率が悪く、武器に戦闘中に付与するにしても効果時間の長さの問題もある。
そこで、剣身に直接文字を刻み込む手段が取られているのだが、その剣に使用されている鋼もまた、魔力の伝導効率を良くするために特殊な精製方法が用いられている。
戦闘時における間合いが広く、人間相手には使い勝手の良い槍はその多くの場合、柄が木製であるため魔法文字を刻むことができない。
柄そのものまで精製した金属で造り出された槍もあるにはあったが、重量の問題やコストなど様々な問題があり、あまり一般的ではなかった。
無論、伝説の中には強力な魔槍も存在はしていたが……。
帝国軍正式騎士剣は、魔力を剣身に纏わせて切れ味と強度を上昇させるだけの、魔力剣の中では最も安価なものであったが、准騎士以上でなければ国から与えられることがない。
ロックはまだ未使用で新品であるその剣を、それはもう大切に扱っていた。
今も剣を磨きながら口元を緩ませているロックを、ウィンは羨ましそうな表情を浮かべて見つめている。
自分用の騎士剣を授けられることは、憧れの騎士への第一歩であるから。
「でも、俺は魔法の実技関連の教科は全滅に等しいから、せめて点が取れる体術関連の教科には出席しておきたいんだけど? それと、生活費も稼ぎたいし、仕事に穴を空ける訳にもいかないし」
ウィンは授業を終えた後は『渡り鳥亭』で今も働いている。
夜のピーク時の配膳係が主な仕事であるが、急に長期抜けられては仕事に厳しいハンナに相当文句を言われてしまうに違いない。
最悪、クビになってしまう。
そうでなくても、ここの学費は高い。
『渡り鳥亭』での仕事以外でも、休日を利用して冒険者ギルドへと顔を出して雑用や簡単な依頼をこなして稼ぎを得ているウィンにとっては、長期拘束されるこの任務は遠慮したかった。
だが――
「ああ、でも金に関しては心配しなくてもいいぞ?」
剣を磨く手を止めると、その刃の輝きに満足げに一つ頷き、ロックは剣を鞘に戻した。
「多分、数日中にお前にも命令書が届くと思うし」
「は? 何で?」
「この任務の参加予定者にウィンの名前があったから」
「何で!?」
確かに、騎士候補生といえどもある一定以上の実力があると判断されれば、騎士団から任務の命令が下されることがある。
候補生といえども、騎士団からの――つまりは帝国からの正式な任務とあれば、准騎士でなくても報奨が出る。
そういうことであれば、ウィンにとっても金銭的な問題はなくなってくるし、正式な命令となればさすがに仕事は休まざるを得ない。
とはいえ――
「今までこういった任務が俺に来たことなかったのに」
「評価が上がってきた証拠じゃないか?」
この騎士学校に通っている生徒たちは良血の子女である。
貴族同士、富裕層同士の婚姻により高い魔力の持ち主が揃っているこの学校では、魔力の低いウィンの総合的な評価は低いものであった。
騎士の中には、戦場において兵士から叩き上げで昇進する場合も多いので、全ての騎士達が魔力が強いというわけではなかったが、騎士学校に通っているウィンにとっては魔力の低さは不利に働いていた。
「そうか……そうだといいな」
魔法の実技関連では壊滅的な成績だが、それ以外の学科に関してウィンはそこらの貴族たちよりも成績がいい。
授業を真面目に受けてきていたし、そうでなくても四年目だ。
接近戦においても、身体強化した相手とも互角以上に渡り合うことができるようになっている。
ロックからしてみれば、どうしてウィンが准騎士になれないのか、おかしく思えるものだ。
「まあ、見ている人は見ているってことだろ」
「俺の他にも候補生で参加する人はいるのか?」
「何人かいたような気がするぞ。だけどウィン、これは任務だけど場合によっては准騎士に昇格するチャンスでもある」
ニヤケた口元を引き締めると、ロックはウィンへと向き直る。
騎士候補生、准騎士という身分であっても彼ら二人は学生である。
任務とはいえ、実習という側面もあるが――
「本物の戦闘になるんだからな、戦果を上げることができれば騎士への近道となる」
ロックの言葉通り、戦果は何よりの実績となる。
「わかってる。だけど、焦り過ぎて功に逸らないように気をつけるよ」
その翌日、ウィンに令状が届く。
ロックの言ったとおり、それはこの定期巡回討伐任務への参加命令であった。
帝都シムルグと隣都市クレナドを結ぶ街道。
定期巡回討伐任務を拝命したウィンは、ロックや准騎士となった学生達、そして正騎士数名と共に馬を進めていた。
未熟な学生が混じるこの小隊は、比較的危険の少ない帝都に近いこの周辺が割り当てられている。
そして辺境などの人の手が入りにくいような場所へは、正騎士で編成された小隊によって討伐が行われていた。
ウィンたち参加している学生は二十人。
それに帝都から派遣されてきた騎士四名に、現地の砦から六名の正騎士が加わって一つの小隊となる予定だった。
一行は馬を進めながら街道を進んでいく。
どこか緊張気味の学生達とは違い、さすがに正騎士たちは余裕の表情だ。
時折雑談を交えながら、歩を進めていく。
ウィンはロックと馬を並べて進めながら、前を歩く正騎士たちの姿を見た。
先頭に立つ正騎士はナジェルという貴族出身の正騎士であり、この小隊の隊長であった。
三十半ばくらいだろうか。
長身で痩躯なその身を新品同様な鎧で身を包んでいる。
その横に若い正騎士がもう一人轡を並べ、その後ろにジェイドが一人馬を進めていた。
こういった任務に、彼ほどの上級貴族の子息が参加するのは非常に珍しい。
騎士学校の広場に集合した際に彼の姿を見たときロックが非常に驚いていたのを思い出す。
「おいおい、何でジェイド様が参加してらっしゃるんだ? 竜でも出てくるんじゃないだろうな……」
「やめろよ……縁起でもない」
ロックが思わずそう言ってしまうのも理解できてしまうウィンだった。
だが、彼が参加したからか、今回の任務には珍しく貴族階級の准騎士が多く参加していた。
彼らもまた、新品同様な鎧で身を包んでいる。
だが、不思議なことに彼らはジェイドに話しかけることもなく、ジェイドも一人で歩を進めていた。
彼が取り巻きに囲まれずに行動しているのは珍しい。
ジェイドは学生ではあるが正騎士の身分を持ちこの任務に就いている。
何かと権力をチラつかせ、嫌な奴だとロックが評価していたが、任務になると態度を改めるのかと少し感心する。
先輩騎士二人の後方を、ただ前を見つめジェイドは馬を進めていた。
「ナジェル隊長、この辺りには野盗が出るという噂があったんですけど、襲ってきたりしませんよね?」
ウィンたちの前を歩く学生の一人が声を掛けた。
「正騎士の我らと、学生とはいえ武装している集団に襲撃をかけるような野盗はいない」
学生の声にナジェルは振り返ると答える。
「そもそも野盗の類は金を持っている商隊などを襲うものだ。武装勢力を襲撃しても何の得にもならんだろう」
「な、なるほど」
「心配するなよ」
ナジェルの横に並んでいた二十代半ばくらいの若い騎士が、緊張感を漂わせている学生達を振り返ると、剣を抜いて天に掲げてみせた。
「野盗だろうと、魔物だろうと討伐してしまえばいいんだ」
剣をひと振りすると、学生達に笑みを向ける。
「みだりに剣を抜くな、イルス」
それを見て厳しくもよく通る声が、一行の後方から届く。
彼ら一行の殿で誰とも話さずに歩を進めている正騎士最後の一人――アルドだった。
そう、この小隊には教官であるアルドもまた参加していた。
教官たちも正騎士である。
他の三人の鎧とは違い、使い込まれて傷だらけになった鎧に身を包み、周囲に気を張っているその姿は明らかに他の三人からは浮いている。
「遊びじゃないんだ。油断せずに前を向いて先導していろ」
アルドの指摘にちっと舌打ちをして剣を納めるイルス。
「それが戦場での心構えというやつかね? アルド」
ナジェルが後方を振り返ると、アルドを睨みつける。
「さすがに前線から帰ってきた歴戦の騎士殿のお言葉は重みがあるな。だが、イルスはみんなを鼓舞するために剣を抜いたんだ。それをしたり顔で注意するのは、俺を無視した越権行為だな」
アルドは下を向くと黙り込んでしまう。
それを見てナジェルは嫌な笑みを浮かべてイルスの肩を一つ叩く。
若い騎士もまたアルドをちらりと一瞥すると笑みを浮かべた。
「なんか、こういうの嫌ですね……」
ウィンの隣に馬を進めて囁いてきたのはコーネリアだ。
彼女もまた騎士候補生であったが、今回の任務に選抜されていた。
騎士候補生でメンバーに入っていたのはウィンとコーネリアの二人のみ。
自然と彼女もまた、ロックやウィンと行動するようになっていた。
元々、彼女も他の生徒達から避けられているようだから、そうなるのも自然であったが。
「教官も大変だよな。あの人は前線で手柄を立てて騎士になった、平民出身の人だから」
コーネリアとは逆の位置に馬を並べてロックが囁く。
「でも、こういう人間関係を現場に持ち込むなよ。ジェイドが大人しいのが救いだわ」
中央出身の貴族騎士と前線帰りの平民出身騎士との確執が見え隠れする。
そんな中でもジェイドだけは沈黙していたが、他の准騎士達も貴族出身者が多いためか、どちらかというとナジェルやイルスの立場に好意的のようだ。
普段、彼らを怒鳴りつけているアルドが逆にやり込められているのをみて、ほくそ笑んだりしている学生もいる。
いつしか先ほどの会話で多少親近感を持てたのか、学生達の中にはナジェルやイルスに話しかける者も出てきた。
そんな彼らから離れるようにウィン達は馬をアルドの前――後方へと位置づけた。
アルドの様子を伺うが、彼はあれ以来一言も発することなく馬を進めている。
どことなく嫌な雰囲気を感じながら半刻も進めたとき、前方に無骨な石造りの小さな砦が見えてきた。
そこが、この小隊の拠点となる予定の砦であった。