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思惑

二話連続で投稿しています。

 その男は黒檀作りの机から立ち上がると、ゆっくりと窓辺へと歩み寄った。 

 入学式から一月経ち、ようやく男の仕事も一息が付けるようになったところだった。

 採光窓越しに見える訓練場を眺める。

 そこでは今日も騎士を目指す生徒たちが訓練に明け暮れていた。

 しかし、入学式直後に訓練に出ていた人数より、かなり生徒の姿が見えなくなっている。

 

 ここ近年ではよくある当たりまえの光景。

 

 入学直後の生徒達はまだここでの雰囲気に慣れていないため、どんな生徒であっても真面目に訓練を受けているが、それが一月も経過するとこのザマだ。

 男は深く溜息を吐いた。

 前線から中央へと戻されて三年。

 今、彼に与えられた役職は地位こそそれなりに高いものの、軍そのものには全く影響を及ぼすことのできない立場であった。 

 要するに左遷である。

 前線での任務の際に趣いた村で、若い娘を暴行しようとした騎士を軍令に基づき処分したところ、男は中央へと呼び戻されてこの役職を与えられたのである。

 後で知ったことだが、その暴行を働いた騎士は、とある門閥貴族の系譜に連なる者であった。

 あまりにもあからさまな左遷であり、腹立たしくも思ったが、頭も白くなってきたこの頃。後進を育て、あのようなバカを生み出さないことも老兵の務めかと無理矢理に自分を納得させることにしたのだが。

 しかし、ここで見た現実は、最前線で命を掛けてきた彼には信じがたいものであった。

 派閥間の抗争、密告、更には贈賄、横領などなど様々な不正が横行していた。

 それはこれからの帝国軍を担うはずの騎士学校の生徒たちも例外ではなく、特に本来であれば模範とならねばならぬはずの貴族の子弟たちが、率先して不正を行っている始末。

 そして恐ろしいことに、いずれ彼らが、帝国軍の全騎士団を束ねていくことになるのだ。

 いや、今現在の騎士団の首脳部もまた、同様だったのだろう。

 彼らは親がしてきたことの真似をしているにすぎないのだから。

 この中央の実態を、彼が前線で共に戦ってきた戦友たちが見たら、どう思うのだろうか。

 戦火から最も遠いこの場所、中央からの下される命令のもと、彼の指揮に従って多くの騎士達、兵士達が戦いへと赴き死んでいった。

 彼は結構な戦巧者であったが、勝ち戦であっても犠牲者をゼロにすることはできない。


 多くの命が散っていくのを見た。

 最後を看取ってやった者達もいる。


 だが彼らに死ねと命令を出した者たちは、ここで家族に囲まれ、贅沢な暮らしを送っている。


 それが一概に全部が悪いとは言わない。

 後方支援という仕事の重要さも理解している。


 彼らが自分達の仕事をきっちりとこなした上での事であれば、多少の贅沢は目をつむろう。

 だが、現実には前線に送られるはずの補給物資や食料、資金は彼らの横領によって必要な場所に届く頃には相当量が目減りしており、前線は少ない物資で耐えるしかなかった。

 もちろん、いま眼下で訓練に明け暮れている生徒達もいたように、真に帝国を守ることを思い騎士を志しているものたちもいる。

 だがそういったものはごく少数であり、大抵の場合、彼らの身分は低く中央に残ることはできない。

 前線へと送られてしまうだろう。

 成績優秀者が中央に残るという建前だが、結局のところ贈賄によって成績などどうとでも操作できてしまうのが現実だった。


 これではダメだ。

 帝国に未来はない。

 

 魔王という生きとし生ける者に対する脅威が存在している間は良かった。

 大陸にある全ての国々、種族が一丸となってこれに対抗した。

 だが、その脅威が取り除かれた今、今度は人同士、民族同士の争いが表面化してくる。

 現に隣国ではすでに軍備の増強が図られているという情報を得ていた。

 いつこの国へと侵攻してくるかわからない。

 人間とは実に欲深く度し難いものだと思う。

 つい先日まで共通の敵を相手に手を組んで戦っていたというのに、魔王という脅威がなくなったとたん、同じ種族同士で戦争をしようとしているのだから。

 そういえば――

 あの勇者となった少女。

 この騎士学校に特待生という形で入学したと知った時は驚いた。

 彼が勇者を見たのは三年前の辺境――オーガによって蹂躙されようとしていた村へ、指揮官として騎士団を率いて行った――彼にとっては最後の出撃となった時だった。

 先遣隊を送ったものの、偵察部隊からもたらされた情報によって推測されたオーガたちの群れの規模は、最初に一報があった時よりも大きなものであり、彼は村と先遣隊の全滅を覚悟していた。

 だが、彼らが村へと着いたとき目にしたもの――そこには夥しい数のオーガたちの死体と、その中心に立つ冷たい目をした少女。

 そして、その少女を遠巻きにして眺めている先遣隊の騎士達と村の人間たちだった。

 少女は彼が到着するのと時を同じくして到着した、彼女の仲間達と思われる二名と合流すると、彼とは一言も言葉を交わすこともなく立ち去っていった。

 後になって先遣隊からの報告、村人達からの聴取によって、少女が勇者レティシア・ヴァン・メイヴィスであったと知ることができたが、彼にとってもあれは忘れられない光景となった。


 勇者が見せたあの時の冷たい目。

 そして駆けつけた時に見た村人たちの恐怖の感情――その対象は、村を助けてくれたはずの勇者へと向けられていた。

 

 報酬もなく、ただ一言の感謝の言葉を掛けられるでもなく、ただ恐怖を込めた視線だけを向けられていた彼女の心境はどのようなものであったのだろうか。

 本来であれば、まだ遊びたい盛りであろう年齢だ。

 だが、彼女にそれは許されない。

 守るべき者たちから恐怖され、拒絶されているにもかかわらず、彼女はなぜ戦い続けたのだろうか。


 物思いに耽る彼を我に返らせたのは扉を叩く音だった。


「開いているよ。入りたまえ」


「はっ! 失礼します」


 室内に入ってきたのは、中央に戻された時に再会したかつての部下だった男。

 彼よりも一足先に中央へと戻ることになった男だ。


「手はずは順調かね?」


「閣下の思惑通りになるかと思われます」


「そうか……」


 男は深く椅子に腰掛けると、目を閉じる。


「関係ないものも多く巻き込んでしまうだろうな」


「閣下……」


 深い溜息と共に呟いたその言葉には、どこか疲れが宿っていた。


「この計画、今からでも見直すわけにはいかないのでしょうか? 今、この学校にはかの勇者がいます。もしかしたら、彼女が――」


「それでは間に合わない」


 部下の気遣うような言葉を男は遮る。


「確かに彼女は動くかもしれない。不正を許すような人物ではないであろうし、それだけの力も持っている。だが!」


 力強い言葉とともに、男が顔を上げた。

 その目に漲る力強い光と気迫に、部下だった男が後退る。

 例え現役を退いたとしても、騎士として長い年月を戦場で過ごしてきた男の目であった。


「我ら騎士団の問題をあの勇者に背負わせるつもりはない。これは我らの問題だ」


 本来であれば、魔王の相手も騎士団がするべきだったのだ。

 それをあんな年端もない少女へと、世界の命運を丸投げしてしまった。

 自らの不甲斐なさに怒りを覚える。

 この上、彼女の手を煩わせるという恥の上塗りをするわけにはいかない。


「閣下がそこまで仰られるのであれば、もう何も言いますまい。ですが、もう計画は動き出しました。閣下はここで抜けられることもできます。後の事は我らが……」


「何を馬鹿なことを」


 部下の申し出を笑い飛ばす。


「私は指揮官だ。お前たちのな。指揮官は作戦の最後まで見届けて責任を取ることが仕事なのだよ」


 その言葉に部下だった男は深く一礼をすると、身を翻して退出する。

 男はその背中を見送ると、誰もいない部屋の中で一人呟く。


「勇者よ、貴女はこの国に戻ってくるべきではなかった。この国は腐ってしまっている。故に、貴女がこの国の敵となる前に、私が先に弓を引かせてもらおう」









「父上」


「おお、ジェイド。首尾のほうはどうだ?」


「抜かりなく。金を掴ませて、班編成はこちらの思いのままにさせてもらいました」


 帝都にあるクライフドルフ侯爵家の屋敷。

 その当主であるウェルトは息子であるジェイドと共に食事を取っていた。

 食卓に並べられている豪華な食事――前線では決して食べられないものばかり。

 その料理に齧り付き、上等な葡萄酒で流し込みながらウェルトは話を進めていく。

 

「こちらの動きは気づかれていないのだな?」


「はい。こちらが潜り込ませた密偵の話では、計画に変更はなく、予定通りに行動するとのこと」


「そうかそうか」


 その言葉にウェルトは満足そうに頷くと、再び葡萄酒を煽る。


「しかし、父上。見事な計略ですね。あの男の計画を利用して、皇室に打撃を与えるこの策」


「ふん、戦場帰りだからどうだというのだ。中央での戦い方は前線のような、野蛮な腕力だけの戦いではないのだということを思い知らせてくれる」


 騎士団内の一部に不穏な動きがあるということを、ウェルトは既に把握していた。

 伊達に騎士団内でのし上がってきたわけではない。

 彼の持つ権力を以てすれば、すぐにでも鎮圧することが可能であったが、彼はこの計画を利用して皇室にも打撃を与えるつもりだった。


「だが、良いのか? あれを殺しても?」


「問題ありません。私の興味は既に勇者へと移っています」


 ジェイドはうっすらと微笑みを浮かべた。

 

「確かに惜しい気持ちもございますが、勇者に比べれば何ほどのものがあろうかと」


「お前がそういうのであればいいだろう。だが、勇者は手に入れることができそうなのか?」


「以前にも申し上げましたが、勇者といえども所詮は小娘。しかも、社交界慣れしていない。私にお任せください」


 ジェイドはグラスを掲げると、父のグラスへと軽くぶつけた。

 ちんっという軽い音が室内に響く。

 グラスを傾け、中の葡萄酒を飲み干しつつジェイドは勇者のことを思いやる。


 確かに美しい娘だ。私の伴侶に相応しい。


 ただそこにいるだけで醸し出される高貴な気配。

 圧倒的な存在感。

 そして類希なるその美貌。

 妻となる女について美醜はどうでも良いと思っていたが、あの姿を見て是が非でも自分のものにしたくなった。

 あの娘を支配したいと思った。

 そういえば、あの勇者はちょくちょくウィンという名の平民と親しくしていると聞く。

 ちょうどいい。

 准騎士にあの平民と親しくしている男がいたはずだ。

そいつを利用して、この計画にあの忌々しい平民も巻き込み始末してやろう。

 虫けらは増える前に殺すのが一番だからな。


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