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レティシアの思い

前半は説明回なので、読み飛ばしていただいても結構です。

 シムルグ騎士学校の教室はかつての宮殿を改装しているためか、天井が高く柱や壁も荘厳な作りとなっている。

 かつて帝国の官僚や騎士団が会議を行う際に使用していた講堂であり、少し高く作られた壇を中心にして、扇状に机と椅子が配置されており、後方へと下がるに連れて席が高くなるように作られていた。

 帝国の宮殿として機能していた時代には、ここで多くの戦略や戦術が議論されていたのであろう。

 が、現在は騎士団の参謀や士官といった幹部たちが座っていた席には、生徒たちが座って勉学に励んでいた。

 今日、この講堂では新年度初回の講義ということで、新入生を主な対象とした魔法の実践についての基礎を行うことになっていた。

 だが講堂内は新入生のみならず、准騎士の資格を持った上級生の姿も多く見受けられた。

 すでに席は埋まり、立ち見の生徒たちもいる。

 彼らの目当ては壇上に立つ少女。

 かつては帝国の将軍、もしくは参謀が立ち、学校となった今では教官が立つ場所。

 そこに立っているのが、今では世界で一番有名な少女――レティシアだった。

 教官に請われて教壇に立つことになったのだ。

 

「私達が魔法を使う際にあたって特に重要とされるのが、いかに素早く魔力を魔法へと注ぎ込むかということと、明確なイメージを持つことができるかということです」


 柔らかい微笑を浮かべ、耳に心地よい透き通った声が講堂の中に響き渡る。


「皆さんの多くがこの学校に通うまでにも魔法を習ってきたかと思いますが、ここでは復習も兼ねて実演してみたいと思います」


 レティシアは、教壇から一段低い位置に立っている本来この講義の担当教官に一度頷いてみせると、右手を前に差し出した。


『我、火の理を識りて、火を灯す』


 レティシアの指先にロウソク程の小さな火が灯る。


「物理系魔法において最も基礎となる魔法の一つ、『灯火』の魔法です。呪文の第二節にある『火の理を識りて』とは、術者本人が持つ火への知識……つまり、熱、光、色、形状などのこと。この言葉はどの魔法においても、ほとんどの場合で定型文となっています。では、この魔法に魔力を注いでみましょう」


 レティシアの人差し指に灯った炎が一瞬で人の頭ほどの大きさに膨れ上がる。


「……凄い」


 生徒達の誰かがポツリと漏らす。

 その一言を皮切りに、講堂内に感嘆の溜息や賞賛の声が溢れた。

 炎が瞬きするほどの速さで膨張する。

 完璧な魔力制御が行われている証だ。


「魔力を注ぐ量を減らせば魔法の効果を減らすこともできます」


 人の頭程の大きさから、レティシアの握りこぶしの大きさにまで一息に炎が収縮する。


「そして、使い終わった魔法は魔力を注ぐのを止めてしまえば消滅します」


 右手を振ると、炎は一瞬で掻き消えた。


「このように魔法は注ぐ魔力によって効果が変化します。魔力量に関しては、生まれついての素養があるのでどうしようもないのですが、魔力を注ぎ込む速度は訓練によって速くしていくことができます。魔法戦闘では魔力量だけでなく、この魔法効果を高める魔力の注入速度もまた大きく影響してくることを覚えておいてください」


 生徒たちは真剣に話を聞き、メモを取ったりしている。


「では、次の段階に移りましょう――『我、火の理を識りて、火球と為す』」


 今度はレティシアの手の平の上に、最初から人の頭大の大きさの炎が球状となって具現化した。


「先程との違いは呪文の第三節。ここで術者のイメージを言葉にすることで固定化し、魔法を具現化します。ここで重要なのは、イメージを上手く出来なければ魔法の発動は失敗してしまうということです。知らない現象をイメージしようとしても、具現化させることはできませんからね」


 レティシアは右手の掌を上に向けたまま、頭上へと掲げる。

 と、同時に火球がぼんっという音と共に二周り程大きく膨れ上がった。


「いま、灯火の魔法を膨張させた時と同量の魔力を、この火球に注ぎ込みました。十の魔力を使う魔法に十の魔力を注ぎ込めば二十の効果が。二十の魔力を使う魔法に十の魔力を注ぎ込めば、三十の効果を持つ魔法を使うことができます。わかりましたか? 魔法は注ぎ込む魔力の量が同等なら、最初に選択する魔法も重要となってきます。もっとも、より大きな効果の魔法を最初から使用する場合、魔力を集中させるのにも時間がかかりますので、状況に応じた魔法を使用する必要があります。以上、魔法の基本でした」


 再び、火球を掻き消すとレティシアは一礼する。

 それと同時に拍手が沸き起こり、講堂を埋め尽くしていく。


「すげぇー!」


「きゃー、レティシア様―!」

 

 怒号のような歓声と止まらない拍手が講堂を揺るがす。

 レティシアは小さく微笑みを浮かべるともう一度深く一礼すると、壇上を降りようとした。

 と、その彼女の視界――講堂の採光窓から庭園を改装した訓練場が入る。

 そちらでは別クラスの新入生たちの実技の授業が行われていた。

 はっきりとは見えないが、そこではウィンもまた参加して剣を振るっているのだろう。

 一瞬、足が止まりかけたが、レティシアは何事もなかったようにゆっくりと段を登り、講堂の最奥部の席へと向かい腰を下ろす。

 レティシアが降りた壇上には、本来この時間を担当する教官が登り、今のレティシアの魔法に対する補足説明を行われようとしていた。

 そのため、先程までざわめいていた講堂内に静けさが再び舞い戻ってくる。

 だが、生徒たちの多くは教官の説明よりも。後方に座ったレティシアの方へと意識を傾けていた。

 その一方でレティシアは教官の話を聞き流しながら、窓の外へと目を向ける。

 視線の先で実技訓練を受けている生徒たちの中にいるであろうウィンを思いながら。





「ごめん、レティ……レティシア……様、ロック。ちょっと先に行く」

 

 四年前に開いてしまった距離。

 かつてのそれは物理的なものであったが、今度のそれは彼女とウィンとの立場的な距離。

 思わず溜息をこぼしてしまう。


(昔はこんなこと悩む必要なかったのに……)

 

 幼かったあの頃、レティシアは一日のほとんどをウィンの側で過ごしていた。

 それが神託という彼女にとっては寝耳に水な奇跡によって、周囲が勝手に彼女を勇者として祭り上げ、彼女は最も居心地の良かったその場所から引きずり出されてしまった。


「レティシア、お前の力を見せてくれないか」


 レティシアが勇者だと宣告されたその日、彼女は父親であるメイヴィス公爵の言うがままに力を見せてしまった。

 両親、兄姉、身の回りの人々から無視され続けていた彼女が、生まれて初めて家族から期待をされたのだ。

 十歳というまだ精神的にも未熟な彼女が、思わず調子に乗ってしまったのを誰が責められるであろう。

 全力でもって自己強化の魔法を使用する。

 相手の騎士が剣を構えたのを見て取ると、全力で一歩目を踏み込む

 ドンッという音ともに、爆発的にレティシアは加速すると、ようやく剣を掲げて防御の構えを取った騎士の持つ剣に自らの剣を叩きつけた。

 一合。

 レティシアが剣を振り切ると、同時に騎士の手から剣が叩き落とされる。

 地面に剣が落ち、レティシアの相手を務めた騎士が地面へと尻餅を着く。

 その音は不気味なまでに静まり返った周囲に響き、その音であまりにも桁違いなレティシアの実力を見せつけられ呆然としていた一同がようやく我に返った。

 

「お、おお、凄いぞ、レティシア。お前は我がメイヴィス家の誇りだ」


「母も嬉しいですよ」

 

 何とか声を搾り出し、言葉を掛けてくる両親。

 嬉しくて笑顔で振り向いたレティシア。

 だがそこには言葉とは裏腹に、恐怖の色を浮かべた人々が立っていた。

 両親だけではない。同じく立ち会った兄姉、公爵家の従僕、騎士団幹部、教会関係者達の誰もが笑顔を浮かべて彼女の力を絶賛しつつも、その瞳には怯えの色があった。

 相手をしてくれた、恐らくは騎士団の中でも指折りの実力者であろう騎士隊長の立場にある男は、地べたに尻餅を付き、大量の汗を掻きながら恐怖の色を浮かべた目でレティシアを見上げていた。

 

 レティシアを取り巻く環境が劇的に変わったあの日以後、彼女は幾度となくその目を見ることになった。

 そして理解することになった。

 どれだけ多くの人々を救おうと、どれだけ多くの村や街を救おうと、どれだけ多くの国々を救おうとも、人は己の理解を超えた存在を受け入れることはできないのだと。


 そして、ウィンがどれだけ自分に取って、どれだけ大切な存在だったのかということを。


 子供の頃から、彼だけは彼女のあるがままを受け入れてくれていた。

 ウィンが気づかなかっただけかもしれない。

 彼はほかの子供達と遊ぶことがなかったから。

 でも、人は自分よりも優れた才能を見せつけられたとき、ほとんどの場合はそれを妬んだり、または拒絶してしまうものではないのか。

 現に旅に出たあとに出会った多くの人がそうであったのだから。

 そんな中で彼だけは、彼女を妬むでもなく避けることもなくただ――


「レティはすごいなぁ。きっとすごい騎士になれるよ!」

 

 例え勇者になる前であったとしても、自分より遥かに高い才能を見せられたにもかかわらず、嫉妬ではなく素直に賞賛の眼差しを向けてきた。

 これがどんなに凄いことなのか。

 勇者となって初めて思い知らされた。

 彼には適わないとさえ思った。

 だからショックだった。

 彼が『勇者』とか『公爵第三公女』だとか、彼女自身が望んでもいない立場によって、彼女から離れていこうとしていることが――。

 恐らく自分がレティシアの側に立つには相応しくないなどと考えてのことであろうが、彼女に言わせればそれこそとんでもない考えだ。

 『勇者』としてでもなく、『公爵家の姫』としてでもなく、彼女を利用することもなく、敵対もすることもなく、ただの憧れの人物として見ることもない人物は、もうこの世界ではウィンただ一人だけだろう。

 そんな人物を自分が手放すわけがない。


 世界中の人々が彼を私に相応しくないと言うのなら、私が彼を認めさせてみせる。

 

 まだこの学校に来て日が浅いが、彼を取り巻く環境は酷い。

 生徒たちの多くが彼の陰口を叩き、嘲笑していた。

 ロックからの話を聞けば、どこか試験も不正されているような印象を受ける。


 もしもそれが真実なのだとしたら――。


 レティシアはゆっくりと目を閉じ、顔を伏せて、周囲には見えないように小さな笑みを浮かべる。

 きっと後悔することになるだろう、この自分を敵に回すことになるのだから。

 


魔法の説明、ヘタですみません。


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