授業1-2
前回の続きです
彼に主導権は渡さない、先手を握る!
コーネリアは炎に包まれた剣を横薙ぎに振るう。
さすがにその剣をまともに受け止める気はないのか、ウィンは長剣で弾いた――が、逆にウィンの剣のほうが大きく弾かれてしまった。
体勢を崩しかけるウィン。
先程までとは違い、コーネリアにもウィンの動きが追える。
《縛鎖》の魔法が効果を現しているようだ。
コーネリアは一歩踏み込むと、胸元を狙った突きを放つ。
ウィンは右手だけに持った剣を振って、コーネリアの突きを払いのけると地面を蹴って間合いを取る。
剣でコーネリアの攻撃をいなす度に、ウィンは強い衝撃を感じていた。
コーネリアの一撃が重い。
ほぼ同じサイズの長剣を使用しているにもかかわらず、コーネリアの剣の威力は大剣並の重さを持っていた。
魔力強化をした剣を使わずにまともに受け止めたなら、叩き折られていたかもしれない。
剣が纏っている炎も厄介だった。
鍔迫り合いに持ち込まれると、ウィンをその熱気で焼くだろう。
この炎は術者には影響を及ぼさないので、コーネリアは熱さを感じない。
それに、強化魔法によって筋力も強化しているコーネリアと、まともに力比べをしても、ウィンの分が悪かった。
コーネリアが自身の優位を確信してか、さらに積極的に攻勢に出る。
連続で斬撃を振るう。
それを大きく、まるで踊るように躱して時に剣で弾いていなすウィン。
身体の動きを阻害されているのと同時に炎の熱気によって、ウィンは反撃を考慮したギリギリでの見切りをすることができず、防御に専念していた。
彼ら二人の均衡した攻防は、いつまでも続くかのように思えたが――
ついにコーネリアの攻撃の手が一瞬止まる。
一気呵成の連続攻撃は、体力の消耗も激しい。
コーネリアが一瞬苦しそうに顔を歪め、顔を上げると大きく息を吸った。
その一瞬の隙を見逃さず、ウィンは一気に間合いを詰める。
地を這うように低い体勢から、鋭い踏み込みとともにコーネリアに迫ると、その喉元に剣先を突きつけていた。
コーネリアの身体から力が抜けるのを見て、ウィンはゆっくりと喉元に突きつけた剣を引いた。
「私の完敗です……」
「君の方こそ炎の付与魔法なんて珍しいモノ使えるなんて。貴重な経験をさせてもらったよ」
ウィンが右手を差し出すと、コーネリアもそれに応えて握手をかわす。
「剣技だけで圧倒されるなんて思いませんでした。それに二戦目は、私の体力が切れるのを待っていたのですか?」
「体力には自信があるんだ。でも俺にも余裕はなかったかな。相手の動きを妨害する魔法。冒険者が使っているのを見たことはあったけど、もし最初の一撃目で体勢を崩された時、次の攻撃の踏み込みがもう少し深かったら負けてたかもね」
コーネリアはふっと小さく笑った。
「同じ候補生とは思えませんね。教官だと言っても驚きませんよ? 魔法を使って戦ったら、正騎士よりも強いのではないですか?」
だが――
「いや、俺は……」
不意に顔を曇らせたウィンを見て、コーネリアは失言を悟った。
「俺は魔法がほとんど使えない。才能がないからね」
「才能って……」
「だから、俺は剣だけは誰にも負けないつもりで鍛えてる。どれだけ魔法の訓練を積んでも、魔力がなければ使える魔法というのは限られてしまうし、それに本当に才能がある人には絶対に追いつけない。だけど――」
ウィンは腰の剣に手を添える。
「これだけは、訓練を積み重ねればある程度は上達するし、戦い方次第では魔法を使える人間にも勝てる」
先ほど浮かべた表情は消え、そのウィンの瞳に宿るのは強い意思の光。
その言葉を吐いた一瞬、コーネリアは気圧される。
そこには同い年の少年であるにも関わらず、自らよりもずっと先を行く者がいた。
気に呑まれ言葉を失うコーネリアだったが、すぐにウィンは柔らかい笑みを浮かべた。
「でも、三度も連続で試験に落ちちゃってるけどね。そろそろ終わりみたいだし、教官の元へ行こうか」
見ると、周囲の生徒たちもアルドの元へと集まり始めていた。
三度も落ちたという話しは聞いていたが……。
コーネリアは先を歩くウィンの後ろ姿を見つめる。
直接戦ってみた彼女には、彼が噂されているほど落ちこぼれとはとても思えなかった。
なるほど――あれが最近噂に聞く勇者の師匠、ウィン・バードか。
騎士学校の教官――アルドは、自身の元へと集合してくる生徒たちの中から、ウィンとコーネリアの二人を見ていた。
生徒たちの模擬戦闘が開始されてから、アルドは最も遠い場所で模擬戦闘を行っているウィンとコーネリアの二人を注視していた。
本来、彼の立場的には全体を平等に見なければならないのだが、一部の者だけとはいえ噂となっている者がいるのだ。
気にならないほうがおかしい。
アルドの合図と共に始められた模擬戦闘。
生徒達は、セオリー通りに自己強化の魔法を使用してから開始した。
それはウィンとペアを組んでいるコーネリアも例外ではない。
アルドの位置からでも、わずかにコーネリアが淡い光を帯びたのを確認できた。
だが、対するウィンに動きはない。
魔法を使わずにただゆっくりとした動作で剣を抜いただけだ。
ただその動作は、他の生徒達の群を抜いて洗練されたものであり、歴戦のアルドから見ても様になったものであった。
ウィンは、剣を右手に握ってぶらりと下げたまま、じっと立ち尽くしている。
対峙するコーネリアの自己強化が終わるのを待っているのか。
アルドは昨年、ウィンのクラスを担当していない。
昨年にウィンを担当した同僚の教官からの情報と、彼が記した報告書からでしかウィンのことを事前に知ることができなかった。
それによると彼は自己強化の魔法を、魔力不足により使用することができないと記載されていた。
あれは事実だったのか。
訓練用騎士剣に魔力を通したり、もしくは最低レベルの魔法に関しては使用できるとあったものの魔法実技の成績は地を這うものであった。
事実、コーネリアが自己強化を終えようとしているこの時も、ウィン自身は魔法を使用する気配すら見せない。
しかし――
コーネリアが剣を構え先に仕掛けたにもかかわらず、逆に間合いを一気に詰めて主導権を握ったのはウィンの方だった。
一瞬で間合いを詰めると、斬撃を浴びせてコーネリアに防御させる。
そして少し鍔迫り合いに持ち込まれたものの、ウィンは一度間合いを取るついでにコーネリアの体勢を崩し、もう一度一気に間合いを詰めると斬撃を繰り出した。
コーネリアの持つ剣を狙ったその斬撃は、見事に彼女の手から剣を弾き飛ばしたことで決着が着いた。
コーネリアが呆然としているのが見える。
恐らくウィンの剣閃がまるで見えなかったのだろう。
アルドであっても、自己強化の魔法を使用していなければ、同じように剣を弾き飛ばされて終わるのではないだろうか。
そう思わせるほどの、圧倒的な剣速だった。
見ていて良かった。
少しでも他の生徒を見ていたら、恐らく見逃してしまうところだった。
それほど他の生徒達の模擬戦闘に比べて、レベルが段違いのものであり、わずか短時間で決着してしまった。
当人たちもそう思ったのだろう。
どうやら再戦するつもりらしい。
コーネリアの身体をまたうっすらと光が包み込む。
さらに先程とは違い、構えている剣が炎を纒った。
付与魔法か!
アルドは思わず目を見張る。
騎士学校ではあまり人気がなく、目にする機会の少ない魔法だ。
さらにコーネリアが魔法を使用する。
一瞬、ウィンの身体を赤い光が包み込む。
どうやら何らかの魔法をウィンに掛けたようだ。
こういった戦い方は、主に少数で魔物を相手にする冒険者達がよく取る戦闘方法だ。
もちろん、騎士団でも魔物を相手にすることがある。
特に強大な力を持った魔物には、相手を弱体化させる付与魔法を使用する場合もあるが、その役目は宮廷魔法使い達の役目であり、騎士達が使うことはない。
コーネリアもまたウィンと同様、騎士達の戦い方からは逸脱した戦い方のようだった。
ウィンが何らかの弱体化魔法によって戸惑っているうちに、コーネリアが先手を取る。
ウィンは、コーネリアの剣を何とか弾くも、大きく体勢を崩されてしまった。
そこにコーネリアが突きを放つが、踏み込みが浅くうまく受け流されてしまう。
その後もコーネリアが攻撃を繰り出し続けたが、その疲れによって息が切れてしまった隙を狙われ、結局ウィンがコーネリアの喉元に剣を突きつけて勝利した。
一戦目に比較して、コーネリアの優位が目立ったものの、冷静に捌き続けたウィンの完勝であった。
だが、アルドにとって印象的だったのは、そのウィンの勝ち方ではなく、彼の剣技と身のこなし――あれを更に化物にすると、勇者が使う剣になるのか……。
まるで長剣と踊っているかのような彼の動きは、かつて目にした勇者の姿を思い出させるものであった。
三年前、アルドは騎士団の辺境任務に就いていた時に、人食い鬼の群れの討伐任務へと趣いたことがある。
そこで勇者レティシアが戦う姿をその目にすることができた。
国境近くに存在する、とある村。
そこを数十匹ものオーガの群が襲った。
アルド達騎士団は急報を受けて駆けつけたものの、先遣隊である小隊では到底どうにもできない数であった。
村を放棄して村人たちを避難させようにも、恐らくは逃げる途中で追いつかれてしまい虐殺されてしまうだろう。
アルド達の先遣隊の隊長は自身達が囮としてこの村に残り、村人たちが避難する時間を作ることを選択することにした。
とはいえ、小隊の人数は僅か十名。
オーガは元々、人をはるかに上回る強靭さと力を持っており、通常であれば正騎士が二人か三人で連携を取り、ようやく一体を相手取るのがセオリーとなる。
例え彼らがここで奮闘したとしても、村人達が逃げきれるかどうかは運となる。
それでも、ただこの村に篭って援軍が来るのを待つよりは可能性がある。
決死の覚悟で、騎士たちが村人たちに村を捨てて逃げるように説得し、迎撃をするための柵を作るなどの準備をしていたそんな時――勇者レティシアは現れた。
彼女もまた、オーガの群の急襲の話を聞きつけ旅の途中に単身で立ち寄ったのである。
彼女は騎士団に村人達と共に村を護るように言いつけると、すぐさまたった一人で村の外でオーガ達が襲来するのを待ち構えた。
当初、騎士団の誰もが彼女が一人で戦うことに反対した。
いくら勇者であるとはいえ、彼女もいまだ幼い女の子である。
女の子が戦っているのを、誇りある騎士が見守るなど断じてできない。
先遣隊の小隊長がレティシアに詰め寄った。
しかし――
「気持ちは嬉しいのだけど、私は一人で戦える。それに、あなたたちには守らなければならない人達がいるでしょう?」
彼女の視線が村の人々に向けられる。
不安そうにこちらを見ている子供達や女性、それに年寄りたち。
戦える男たちは最初の襲撃時にオーガと戦って死んでしまったか、もしくは騎士団に協力してオーガの侵入を少しでも防ぐべく柵を作っていた。
確かに彼らを守ることが任務であったし、いざとなれば当初の予定通りに彼らを逃がすための戦力も必要だ。
それでも言い募ろうとする彼らを、レティシアは笑顔を浮かべてその言葉を遮る。
「心配しないで。最低でも皆が逃げ出せる時間は作ることはできるから」
そう言い残して村を囲む急ごしらえの柵から出て行ってしまったレティシア。
今にして思えば、その笑顔は透明で――どこか壊れてしまいそうな笑顔だったように思う。
そして、日が落ちかけた夕刻――森から湧き上がるように続々とオーガ達が姿を現した。
先頭に一際大きなオーガがいる。
群のボスなのだろう。
レティシアはそのオーガに向かって歩き出す。
手にしている武器は右手に下げた長剣だけ。
当時、十歳かそこらの幼い女の子が身の丈に近いような剣を下げて、身の丈三メートル近いオーガへと歩いていくのである。
アルド達騎士団は後方で村人達と共に、その後ろ姿を見守ることとなった。
どうしてあの時、もっと強く彼女を引き止めなかったのか。
彼女から一緒に戦うことを拒絶され、見守ることしかできない騎士達の誰もがそう思った。
群のボスに命令されたオーガ数匹が彼女に殺到する。
その盛り上がった腕の筋肉、原始的な棍棒のような武器は、人を容易に挽肉へと変えてしまうだろう。
その凶悪な武器が一斉にレティシアへと振り下ろされようとして――何事もなくレティシアはその中を進んでいった。
――は?
惨劇を予想して目を閉じてしまったり、悲鳴をあげそうになった一同が思わず目を疑ってしまった。
一拍の間を置いて――オーガ達の腕が、脚が、首が鮮血を飛ばしながら胴体から転げ落ちた。
誰もが何が起きたのかわからなかった。
ただ、レティシアは群れの奥へ、奥へと歩いていくだけである。
ただそれだけにも関わらず、彼女の前に立ち塞がったオーガ達の身体がバラバラに分解されていくのである。
あまりにも非常識な光景。
よく見るとオーガがバラバラになるその一瞬、レティシアの身体がぶれて見える。
それが何を意味しているかを悟ったとき、誰もが戦慄を覚えた。
つまり、彼女は遠く離れた位置にいる騎士たちですら、通常では捉えきれない速度でオーガを屠っているのだ。
見ていた騎士達の背中に冷たい汗が流れる。
殺戮を撒き散らすちっぽけな幼い人の牝に、オーガたちは数で圧殺しようと更なる数で襲いかかる。
しかし――
迫ってくるオーガが振るう巨大な棍棒を掻い潜り、その両腕を切り飛ばすと、返すその刃で首を飛ばす。
背後から横殴りに振られた棍棒を、地を蹴り、首を飛ばされて傾いできたオーガの身体を足場にしてさらに宙高く舞い上がると、空中にて身体を反転。背後から襲ってきたオーガの首もまた切り飛ばし、さらにそれを足蹴にして、次のオーガへと斬りかかる。
止められない。止まらない。
踊るように死の舞踏を舞う少女。
全身に返り血を浴び、無表情にオーガを薙ぎ倒すレティシア。
そして、群れの中央――一際体格の良い、群れのボスと思われるオーガへと一気に迫る。
低い体勢で懐に潜り込むと、両脚を切断。
そのまま股の下を掻い潜ると、地を蹴って反転し首を切り飛ばした。
どうっと倒れるオーガリーダー。
一瞬――静寂が訪れる。
ただ、歳に不相応な冷徹な目をして、地に伏せたオーガを見下ろすレティシア。
剣をひと振りして刃に残った血を飛ばし、ゆっくりと顔を上げると、残った周囲のオーガたちへと視線を移す。
その視線に、闘争本能しかないとされるオーガ達ですら恐怖を覚えたのか、ついには算を乱してレティシアが来た村とは逆の方向へと我先へと逃げ出した。
勇者レティシアがオーガの群れを追い払った。
村は救われた。
だがしかし、その場にいた騎士達、村人達の誰もが動くことも喝采の声を上げることもできなかった。
ただ、目の前の光景を作り出した少女――勇者レティシアが怖かった。
本来、圧倒的な殺戮者であるはずのオーガを、虫けらのごとく屠ってしまった。
同じ人としての所業とは思えない。
村人、騎士達の恐怖を感じたのか、彼女もまた村へと一度視線だけを向けると、それ以後は振り返ることもなくただその場に留まる。
やがて、彼女の仲間と思わしき迎えが来るまで、彼女は一歩も動くことはなく、村に立ち寄ることもなく去っていった。
今でもアルドは鮮明に思い出す。
死の舞踏を踊った美しくも、どこか儚げな印象を持ったあの笑顔。
だから、昨日の入学式の際に見せたレティシアの笑顔を見て、彼は心底安堵した。
彼女も普通に笑える人間であったと。
そして同時に不安も覚えた。
恐らくあの戦いは彼女にとって、数多の戦闘の中の一つでしかなかったはず。
凄惨な戦場を掻い潜ってきた彼女にとって、今のこの騎士学校はどう映るだろうか。
ウィンの実力は魔法の成績に関しては芳しくないものとはいえ、間違いなく候補生レベルのものではない。
それにも関わらず、彼が試験に落ち続けているのは、ある高位貴族の意向が絡んでいるという噂を耳にした。
騎士団内に絶大な力を持つ貴族からの指示であると。
もしも、一貴族の意向によって不正がまかり通っている事が知られたら――
恐らくはこれまでも様々な不正が行われてきているだろう。
試験結果を金で買うなどといった話は、氷山の一角に過ぎない。
権力を使用して、気に入らない人物を騎士とさせないようにする妨害は、ウィンに限らず過去にも幾度となくあったに違いなかった。
これまではそういったこともうまくいっていた。
しかし、今回それが行われている相手があのウィン・バード。
勇者の師匠だと噂されている人物である。
この事実を知った時、勇者レティシアはどう動くのか。
人とは思えないあの力が、この帝国に対して振るわれたりしないだろうか。
彼女は勇者であると同時に、皇位継承権すら持つ公爵家の令嬢でもある。
この国の最高位貴族の一人だ。
さすがにそこまではしないと思うが……
アルドもまた、辺境任務から戻って来て騎士学校の教官として就任した際に、不正がまかり通っていることに唖然とした。
兵士からの昇格によって騎士となった彼にとって、この騎士学校のぬるま湯のような姿勢は憤りを覚えた。
だが、現実には贈賄によって試験結果が左右されてしまう始末である。
アルドとしてはせめてもの抵抗として、訓練を厳しくして生徒たちを指導する。
これまではそうするしかなかったが、これから何かが変わるかもしれない。
そして、あの勇者レティシアが師匠と崇敬する人物――ウィン・バード。
彼が自分の生徒となった。
一体何を持って、あの勇者がそこまで彼を慕うのか。
それもまたアルドには興味を覚えてならないのだった。