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  籠の鳥、雲を慕う 作者:七月 優
第一章 籠鳥雲を乞う
No.43 四年間ぶんの思い -リュファス編-seize

 夢を見た。

 真っ白な、真っ白な世界だった。

 ふと、誰かがほほえみかけた、気がした。

 振り向くと、俺と同い年か、少し上の少女がいた。

「大丈夫、こっちだよ」
 優しくて柔らかい落ち着いた声だった。

 顔はおぼろげではっきり分からない。

「君は・・・・・・?」
 夢の中の俺が訊ねた。

 その質問に少女は笑って俺を見つめ返すだけだった。

「ほら、こっちだよ、もう少し。頑張って、リュファス」

 握られたては思ったよりも冷たくて、しっとりとしていた。

 なんで、俺の名前・・・・・・?

「また、会えるよ。いつか、絶対、だから、忘れないで」

 君は、誰?

 彼女の声で満ちた瞬間、まばゆいばかりの光が差した。




















 体がだるい。頭も痛いし、歯も痛い、どこもかしこも痛い。目は目やにか何かでくっつき、上手く開けられない。
 どうにかひっついた重たいまぶたを開こうとしていると
「ようやくお目覚めか・・・・・・」
 冷ややかな声が飛んできた。
 目を開き視界がくっきりしてくると、俺は強い光の方向に顔を向けた。そこにいたのは昨日俺をここから救い出そうとしてくれた、サウリだった。
 開け放たれたカーテンから漏れる光が、やけにまぶしく感じた。
「だからいったろ、逃げろって」
 サウリが俺に背を向けたまま、カーテンをきれいに端によせ、窓を開け放っていった。
 振り向くと、俺に同情のような、なんともいえない苦痛そうな表情を向ける。
 口が渇き、嫌な味が広がっていたが、
「本当にその通りだった・・・・・・。昨日は助けようとしてくれてありがとう、逃げられなくてごめん・・・・・・」
 何とかそう口にした。その言葉にサウリは嘆息をもらすと
「どういたしまして。まだ完全に薬抜け切れてないだろ? 無理すんな。昨日の今日だし、ゆっくり休め」
 諭すように俺にいう。
「・・・・・・どうして?」
 独り言のように俺はつぶやいた。サウリは何も言い返さず、じっと俺を見ていた。
 そんなサウリから、視線を外し、天井を見つめながら
「どうして、あんなこと? いや、一体どうなってるんだ? この教会。あの女一体何者なんだよ?」
 まだ昨日のことが信じられなかった。夢だと思いたい。でも、これは夢じゃない。あくまで現実だ。
「・・・・・・ちゃんと、説明する。もうお前もここからしばらく逃げられないと思うから」
 サウリの諦めを通り越したような、はっきりとした声が耳に響く。
「ちゃんと説明するから、まずは体調を元に戻すのが先決だ。少しでもいいから何か口にしろ。食べるもの持ってくるから」
 そういってサウリはさっさと部屋を後にしていってしまった。



 しん、と静まり返った部屋に俺は一人になった。ベットの上で、右手を天井に向け突き出す。

 ほんと、なにしてんのかな? 俺・・・・・・。

 苦笑いするしかない。今はもうどうしようもない。

 よくよく自分の無力さを痛感する。今まで、どれだけ人に頼り、守られてきたのか思い知る。普通が一番なんていうけれど、今となってはそれが本当だと思う。普通の、ありふれた生活にこそ、何気ない幸せがあって、それ以上なんて望みすぎてもこうして逆に身を滅ぼすこともある。
 もし・・・・・・、もし、あの列車に乗って旅行なんて行こうとしなかったら・・・・・・。
 こんなことにはならなかったのに。
 結果論でしかないけれど、そう思わずにはいられない。
 もし、なんてきりがない。
 あのまま、逃げていれば、バルブロに出会わなければ・・・・・・。アガパンサスに残っていたら・・・・・・。

 それでも、きっと正解なんて分からない。結局、先のことなんてどうしようもないのだ。

 左腕で目をこすった。悲観的になったて、過去なんか変えられない。分かってる、分かってるけど。やっぱり納得なんていくわけがない。どうして、俺がこんな目に・・・・・・?



 開け放たれた窓のほうから、鳥のさえずりと子どもたちの声がかすかに聞こえてくる。
 子どもたちは知っているのだろうか? いや、知らない。理由は分からないけど、そんな気がする。

 大きく深呼吸すると、ドアをノックする音がして
「入るぞ」
 声と同時にサウリが入ってきた。
 どうにか、上半身を起こす。今まで味わったことのない痛みが、体を走った。そんな俺の苦痛の表情を見てか
「あんまり無理すんな。あんな毒盛られて普通半日じゃまともに体がいうこと利かないさ。でも・・・・・・、もしかしたらお前少しは耐性あるのかもな。たいていのやつは吐くか熱出すかするのに・・・・・・、まぁ、そんな耐性あってもうれしくないか」
 お盆に食事を載せながら、サウリが俺の隣に来た。お盆の上には、おかゆのようなものが載っている。湯気を立てているそれを見ると、気分は優れないものの垂涎する思いがこみ上げてくる。
「・・・・・・、アイヤが作ってくれたんだ。もしかしたらこうなるんじゃないかって。あとで礼いえよ。解毒作用のある薬草とか入ってるし、味もお墨付きだ」
 小さな土鍋には、緑と白のコントラストが広がっていた。どうやら、麦か何かの雑穀も混じっているらしい。お盆を受け取ると、俺は土鍋の横においてあった匙を手に取った。そして、匙をかゆの中に突っ込み一すくいして、息を吹きかけて熱を冷ました。ゆっくりとそれを口に運ぶと、
「うまい・・・・・・」
 思わず声がもれた。俺のその様子を見てサウリが満足げに
「だろ? 体調が悪いときは、だいたいアイヤのこれ食べれば治っちまう」
「薬草が入ってるとかいうから、あんまりおいしそうな気はしてなかったけど、すげーうまい」
 俺の正直な感想にサウリはほほえむ。
 そこまで味は濃くなくちょうどいい塩気。また、何でだしをとっているのかさっぱりとした味が口に広がる。薬草は苦味も何も感じず、米や雑穀と一緒にするすると口に入れられる味になっていた。
 もくもくと食べる俺にサウリは何もいわず、食べ終わるのを待っていてくれた。
 

 食べ終わると
「ごちそうさまでした」
 満足以外の何もなかった。
「・・・・・・、ほんとお前が丈夫過ぎんのか、アイヤの料理がすごいのか」
 サウリが呆れていった。
「病み上がりとは思えねぇな」
「俺も正直驚いてる・・・・・・」
 窓の景色を見ながらぽつりともらす。
「・・・・・・、なんでこんなとこにきちまったんだよ」
 俺の心を代弁するかのように、サウリがつぶやいた。
「俺だって、俺が、聞きたいさ。・・・・・・、でも、ただ、アガパンサスにはいられなかったんだ。どこか遠くに、誰も知らない遠くに逃げたかった。そして気づけばここに来てしまっていた」
 気づけば勝手に口が動いていた気がする。
「そっか・・・・・・。お前も同じか・・・・・・」
 聞こえるか聞こえないかの声でサウリがいった言葉に
「え?」
 思わず聞き返してしまう。
「いや、なんでもない。そういや、目が覚める前、なんかようやく落ち着いてたみたいだけど、いい夢でも見たのか?」
 はぐらかすようにサウリが話題を変えた。
「あぁ、なんかすごい安らぐ夢だった」
 真っ白な空間、おぼろげな記憶の彼女・・・・・・。
「無意識と意識って知ってるか? 夢では現実と反対のことがよく起きるらしいぞ。なんでも、夢の中で彼女とデートしていて彼女から『今日すっごく楽しいっ!』とかいわれると、現実の実際のデートでは彼女が何かしら楽しくないと思ってることがあるからだとか・・・・・・」
「なんかやだな、そういうの」
「ほんと、皮肉なもんだよな」
 微苦笑するサウリに
「・・・・・・確かに、そうかも、な。あんなことがあったから、あんなちょっと不思議だったけど、いい夢見たのかも」
 ため息混じりにそう返すしかなかった。




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