* * * * *
えっと、私多分兄弟いないんですけど。
私は、見知らぬ彼に手を引かれながらそう何度も心の中でつぶやいていた。この国には珍しい
セミロングほどの髪の長さの少年。背や見た目からして年上だろう。さらさらと流れる黒髪、こげ茶の瞳。かつて住んでいた故郷の近くには黒髪、茶色の瞳は多かった。完璧なこの国の言葉を使っているが、他国から来たことはすぐ分かる。
頭二個分ほど上の高さの身長に、細すぎずたくましすぎないその背をただ見つめた。
少年はこの国の料理を振舞う一般的な飲食店のカウンターに連れて来ると、さっと私の裏に回り
「さ、早く払って家帰ろうぜ」
明るい口調でそう言った。
「えっ?」
私が訳が分からずそう言うと、背中に硬い鋭利なものが当たった。
そして、ようやくはめられたのだと気づいた。
「ずいぶん似ていらっしゃらない、ご兄弟ですね」
店長が勘鋭くそう言うが
「よく言われます、それで、お支払いはいくらですか?」
にっこりとつくろった笑顔に
「あ、あぁ。一万三千六百ユルだ」
私は肩掛けかばんからすぐに財布を取り出し、支払いを済ませると
「どうも兄がすみませんでした」
軽く一礼し、その店を出た。
少年はすぐに逃げるだろうと思われたが、しばらく後ろからついてきて
「何でだよ?」
訳が分からないというような声が飛んできて
「何がです?」
私は振り向いた。
そこでようやく少年の顔をちゃんと見ることができた。整った顔立ち、でも瞳は鋭くいかつい目と
言えるような目をしていた。健康的な色の肌に、旅行者ではなさそうなモノクロのシンプルな格好。
「普通少しは抵抗するもんだろ? 何でそんな平然としてられんだよ?」
少年は右手を額に置き、目をつぶり嘆息をもらした。
「なんで、何でしょうね?」
私は苦笑いで逆に聞き返してしまった。
「お前、ほんっと変な奴」
「人を脅しておごられるような人に言われたくないです」
私はそれは冷たくいった。
しんとなった空気の中、少年は
「悪かったな、でも俺だって好きでこんなことしたんじゃねぇんだよ」
「じゃあ、なんでです?」
首を傾げる私に
「それは、その、一緒に食べてた友達に財布貸して、そのままそいつらが食事代支払うのは俺なのにそれ持ってどっかいっちゃったって言うか」
しどろもどろ言う彼に
「それは災難でしたね」
「あぁ、まったくだ」
彼は溜め息一つ。
「脅して悪かったな。でも助かった、この礼はするから」
「そういって、お祭り終わったらこの国出ていくんですよね?」
私のその率直な質問に
「なんで他国から来たって分かった?」
彼は少し驚く。
「確かに言葉は少し訛りあるくらいで完璧なんですけど、この国でそんな髪長くしてる人いない
ですもん」
「なるほどなぁ、てかお前も少し訛りあるじゃん」
彼の指摘に
「あなたと話してるからですかね、ちゃんと標準語も話せますよ」
私が完璧な標準語で返すと
「・・・・・・リュファスだ」
彼は、ぼそりといった。
「はい?」
私がつい聞き返してしまうと
「だーかーらー、俺の名前はリュファスだ。お前は?」
頭をかきながら言う彼に
「それ、本名ですか?」
失礼だと思ったが、聞き返してしまった。
彼もそれには、カチンと来たのか
「正真正銘の本名だっつの。信用できないだろうけどさ、この礼は出国前に必ずするから、お前も・・・・・・、本名じゃなくていいからなんか呼び名言えっ!」
一気に言った彼に
「え、っと、セラフィーナです」
その迫力に負けうっかり本名を言ってしまった。
「で、住所か連絡先教えて。金返しに行くからさ」
あちゃー。それは流石に無理だって。個人上ってか、職務上。どうしよう・・・・・・。
「別になんも悪いことしねぇから。んな怪しむなって」
「そ、そうじゃなくて・・・・・・。私、その」
い、一体どうすれば・・・・・・。そう思って横を向いた。目に入るのはさっきの、ケーキ屋さん。そうだっ! 私の中でこの考えが頭にひらめいた。
「お金は返さなくていいですから、そこのケーキ屋付き合ってください!」
私はケーキ屋を指差していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
店内は、案の定女ばかりだった。しかし、カップル連れも多く、それを見てほっと胸を撫で下ろした。
それにしても・・・・・・。俺はどのケーキを食べようと目を輝かせている、確かセラフィーナ
とか言う少女を横目でちらりと見た。本当に変わっている。いきなり脅されて金払わされた
ってのに、そんなやつと今からお茶しませんかなんていうやつこいつぐらいだと思う。
ほんとに変なやつ。でも、・・・・・・まぁいっか。
「お客様、ご注文はお決まりになりましたか?」
店員があいつにそう聞くと
「ユファスさんは、どうします?」
あいつが俺に振り向いていった。
「えっ、いや俺は・・・・・・」
頼まないんですかと、子犬のような目で見られ、俺は仕方なくざっとショーケースを見渡し
「じゃあ俺は、ザッハトルテで」
「あと、ピンク芋のモンブランとミスキーナッツのロールケーキとチョコレートシフォンを
お願いします」
女って・・・・・・。俺は甘いものは嫌いじゃないが、こういう甘党の女は本当にある意味
すごいと思う。
「店内でお召し上がりになりますか?」
「はい」
「お飲み物はいかがいたしましょう?」
「私は紅茶で、ユファスさんはどうしますか?」
「あー、俺も紅茶でいいや」
「茶葉はどうなさいますか?」
茶葉まで聞くのかよ。めんどくせぇな。
「ダージリンでお願いします」
「俺も」
聞かれる前に俺が言って、店員にテーブル番号を言われ、席に着いた。運良く店の奥の端の
テーブルで、俺は奥の店内を見渡せる椅子に座る。そしてあいつも座り、店員がまだ来ないことを
確認して
「あのさ、俺の名前覚えてる?」
いきなり訊ねた。さっきから突っ込もうとは思っていたのだが、本人のために言えずにいたこと。
「ユファスさんですよね?」
そう、それなんだよ。
「お前、リュとユ区別できないんだな」
笑いを必死にこらえながら言って
「えー、言ってますよ、り、ゆ、ユって」
あいつは本当に困りながら言う。それがあまりにもおかしくて、
「いや、言えてないから」
俺はにっこり言ってやった。
しかし、そう言ってからあいつはうつむいてだまってしまった。あちゃー、からかいすぎた。
そんなところにあいつが楽しみにしていたケーキがやってきた。
「ごゆっくりどうぞ」
店員が去ったのを見計らい
「ま、まぁ、この国には多いんだって」
そう俺がでたらめを言うと
「確かに、言語学的にもそうらしいですけど、それがいざ自分だと恥ずかしいですよ。自分が
田舎からの出だって分かっちゃうじゃないですか」
少し頬を紅潮させていうあいつに
「勉強してんだ、学校楽しい?」
言語学と聞いてそういった俺に
「いえ、学校行ってないんですよ。しゅじ、知り合いから聞いたんです」
「へぇ、そういや首都出身じゃないって、出身どこなの?」
何気なく聞いた一言に、あいつは少し黙り、紅茶に砂糖を入れかき混ぜながら
「シテーヌ地方です」
ゆったりとした口調で言った。その言葉に俺は目を見開き
「俺はジュレだ・・・・・・」
つい口から言葉がこぼれた。無意識に口から出てしまった言葉に、思わず口をふさいだ。
仲間にも、ドレットにすら言わなかったのに。
「そうなんですか、だからですかね。その髪と目の色、なんか懐かしくて。そうか、ジュレ。
お隣に住んでたんですか」
身近なつながりに驚きつつ、目を細めながらあいつは言った。俺は何とか平生を取り戻そうと
「お前の髪色は、あっちじゃ珍しい、よな」
「はい、そうですね。・・・・・・あの、食べないんですか? もしかして、甘いもの
嫌いでした?」
全くケーキに手をつけずにいた俺に、心配そうにあいつが言って
「あ、いや、レモンティーにしようか、ミルクティーにしようか迷ってて。甘いものは別に
嫌いじゃない」
「そっか、よかったー」
ほっとするあいつ。それを見て
「おまえさー」
「あの、そのお前ってどうにかなりませんか?」
俺の言葉を遮ってあいつが言う。
「えっと、セラフィーナ。なんか、いいづらいな・・・・・・」
「セラでいいですよ、みんなそう呼んでますから」
「じゃあ、俺はユファな。さん付けなしで」
「でも、ユファスさん、年上だし・・・・・・」
「ユ・ファ! そういやお前、12、3ぐらい?」
「・・・・・・15です、今年16」
ふてくされたようにセラは言った。
「いいじゃん、女は若く見られたほうが、まぁ俺も似たようなもんだけど」
「何歳なんですか?」
「今年18」
「確かに、18には見えませんね」
目を丸くするセラに、
「ま、お互い童顔同士、将来損はしないだろ」
俺が笑って言うと、あいつもつられて笑った。やっぱり、こいつ、言いそびれたけど、
結構笑うと可愛いじゃん。周りから見たら、俺らもある意味カップルみたいに見えるのかね。
そう思いながら、レモンティーを一口すすった。
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