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  籠の鳥、雲を慕う 作者:七月 優

 少し残酷な描写があるかもしれないので、ご注意ください。
第一章 籠鳥雲を乞う
No.31 四年間ぶんの思い -リュファス編-quatre





『かけ、おち・・・・・・』












 どうしたのだろう? 駆け落ちがそんなに珍しいんだろうか? それともまさか俺同情されてる?
 
 いろいろなことが頭をよぎる。

 俺の親が駆け落ちしたことを知ると、たいていのやつらは話のネタにし、冷やかしたり、同情されたりもしたけど、ちゃんと分かってくれる人もいた。
 もういろいろいわれるのは慣れっこだけど、おっさんはなにをいうやら・・・・・・。















「おっさん?」
 俺がいてもたってもいられなくなり話しかけた。
「え? あ、そうか、駆け落ち・・・・・・」
 それでもまだなにかおかしいおっさんに
「そんなに驚くことかぁ? そんなに珍しい?」
 俺は微苦笑する。
「そうだな、びっくりした。お前、両親は馬鹿だと思うか? 駆け落ちして?」
 おっさんは唐突に聞いた。
「いや、そう思う人もいるだろうけど、実際いわれたことなくもないけど、お互いなんだかんだいって喧嘩も多いけど仲いいのは知ってるし、なにより後悔してないって二人が思ってるのも知ってるから、馬鹿だとは思わない。それだけ本当に好きだったんだなぁって思うよ。まぁ、両親も子供もその分いろいろ苦労したけど」
 俺は苦笑いしながら答える。そんな俺を真顔で見ながら
「普通に親のもとに生まれたかったって思うか?」
「そりゃできることならそうして欲しかったけど、選べないじゃんそんなの、親も子もさ。どんな親のもとに生まれるのか、どんなこどもが生まれるのか、そんなのはなから選べるなら世界中のやつが今頃苦労してないって」
「そりゃそうだ」
 おっさんが笑った。
「お前、両親嫌いか?」
「そりゃ、嫌いじゃないっていえばうそになるな。金はないし、おまけに頭も悪くて勉強もろくに教えてもらったこともない。でも、あいつらが俺の両親である事実はどうあがいても変わらないからな」
 あきれたようにいうと 
「お前みたいな子どもがいて、二人は幸せだな」
 おっさんはしみじみとそういってチョコを口に投げ入れた。
「はぁ、今までの話聞いてて何を根拠に? あいつら俺なんかが子どもで絶対後悔してるって」
 吐き捨てるように言うと
「いいや、そんなこと親は思ってないさ。お前はやさしいな。自立したいっていってたのだって、正直親のことも考えてるからだろ?」

 俺は何も返さず、窓の風景を見るふりをする。
「俺がなんでこの国出たと思う?」
 もう残り少なくなったチョコから手を休めおっさんはいった。
「さぁ、向こうのほうがいろいろいいからじゃないの?」
「確かにお前ぐらいのときは俺もそんな風に思ってたな・・・・・・。俺はな、ずっとこの国で生きて死ぬんだと思ってた。そんなある日、俺に結婚の話が持ち込まれたんだ。相手は幼馴染で金持ちの家の出の女性だった。でも、俺は彼女を友達にしか思ってなかった。彼女もそうだったに違いない。」
 昔のことを懐かしむようにいうおっさんを俺はじっと見つめた。
「それでどうしたの?」
 俺はあまり興味なさそうに訊ねる。
「俺には幼馴染がもう一人いてね、その人は病弱で、身寄りのない女性だった。なにがあってか、俺たち三人は仲がよくてね、この関係はずっと続くんだと思っていた。でも結婚の話が持ち上がってから、俺とそのもう一人の彼女は気づいてしまったんだ、お互いが友情以上の感情を持っていたことを。俺はすぐ結婚の話は白紙に戻すように両親にいった。相手のほうは、俺たちのことを知った幼馴染が親を説得してくれて別に何も問題はなかった。でも、問題は俺のほうだった。身寄りのない彼女と結婚することを親は絶対賛成しなかった。今まで彼女に普通に接してたのに、掌返したように冷たい態度になって。親はどうにか俺たちを別れさせようと躍起になってさ、途方にくれてたとき救いの手を差し伸べてくれたのはもう一人の幼馴染だった。ありったけの大金押し付けて、駆け落ちしろっていうんだ。あとのことは自分がどうにかするから、絶対彼女を幸せにしろって。俺と彼女はもちろんすぐにイエスなんていわなかったけど、駆け落ちしなかったら俺が男だったことを後悔させてやるぞの笑える脅しもあってか、彼女の気持ちを汲んで俺たちは駆け落ちしたんだ」
 結構すごい内容なのに、おっさんはどこか楽しそうだった。

 そっか、だから駆け落ちであんな様子が変だったのか。そうか、おっさんもそうだったのか。

「すごい女」
 俺がぼそりつぶやくと
「だろ? 小さいころなんてまわりの同い年くらいの男の子を泣かせてばかりで、そりゃ強いってもんじゃなかった。彼女がトラウマになっている男もいるよ多分。でも、成長するにつれてすごい美人になって、女って怖いって思ったもんさ」
「どうしてその人じゃだめだったの?」
 美人で金持ちなら文句ないじゃん。
「なんでだろうな、ほんと友達にしか思えなかったんだよ。それに、俺の好きになった人だって負けないくらいきれいだったんだ。優しくて、しっかりしてるけど、どこか目がはなせなくて。まぁ、お前もそのうち分かるさ」
 おっさんは笑うようにいって
「誰かがいってたな・・・・・・、好きになるのに理由なんてないのさ」
 俺はぽかんと口をあけ
「ラナンキュロスに行くと、そんな恥ずかしいこともさらりといえるようになるの?」
 呆れながらきく。
「そうかもなぁ・・・・・・、この国はいろいろ堅苦しいからな。他の国じゃもっと愛だの恋だのに素直だってのにな。知ってるか? ユーフォルビアなんか男女関係なく、意中の人が現れたらすぐに愛の言葉を述べるんだ。初対面だろうがなんだろうが、ストレートに愛してるとかもっといくと結婚してくださいとか簡単に口にしちまうんだと」
 楽しそうにいうおっさん。一気にそういうと残っていた数個のチョコを全部口に入れた。
 ユーフォルビア、確かラナンキュロスの右隣にある国。
「おっさん酔っ払ってるみてぇ」
 何かやりなげで、どことなくあきらめかけているかのように見えるおっさん。俺は見ていてなんだか悲しい気分になってくる。
 最後のチョコの味をしっかりかみ締めて
「酔っ払ってるか、そうかもな」
 窓の外を見る。
 俺もつられて窓の外を見た。遥か彼方にのどかな田園風景が広がり、列車は荒れたような黄色い地面の上をひたすら走っている。遠くで鐘か何かが鳴る音がした。






「・・・・・・さてと」
 おっさんはそういうと窓の長方形のガラスに手を当てた。
 すると、パリっという音がするや否やガラスが外れ、瞬く間もなく外に落ちていった。
「えぇっ!」
 思わず俺が驚くと
「ふぅ、これで風に当たれる」
 おっさんは何もなかったようにすましていった。
 はめこまれていたような窓ガラスがなくなってぽっかり開いた空間から、びゅんびゅん風が入ってくる。
「おっさんなにしたの? つーか弁償もんだよな、コレ」
 白い目で俺がいうと
「あぁ、こんなのこつ掴めば簡単に外れるぞ。素質もあるが」
 おっさんはあくびをしながらいった。
「はぁ」
 全く答えになっていないような返答に、俺は頭を振って溜め息一つ。
 おっさんは気持ちよさそうに風に当たりながら
「駆け落ちしてもな、すごい幸せだった。彼女がいて、子どもが生まれて。でもあるとき、彼女が病にかかった。幸い治せないものじゃなかったけど、多額の金が必要で、手術が遅くなれば最悪死に至るといわれた。彼女は別に今十分幸せだから、直らなくてもいいと言い張った。俺と子どもと暮らせればそれで十分だと。でも俺はそんなわけにはいかない。どうにかお金を確保できないか必死に探し回った。そんなときある話が俺のとこに持ち込まれた。そして、妻の反対を押し切って多額の金と引き換えに、今ここにいる。彼女は最後まで俺を責めたよ、行くなと何度も泣いてくれた。でも、俺はまだ何もわかっていない自分の子どもの顔を見て、コレでよかったんだと思った。彼女の手術費を差し引いても、よほどのことがない限りこどもが大きくなるまでの金はゆうにもらえた。二人の幸せを思えば、どんなことだってしてやる、そう、思ったんだ」
 茶色の目を細めながらいう。
「それで、兵士になったんだ・・・・・・」
 俺がいった言葉に
「まぁ、そんなとこだ」
 おっさんはそれとなく言葉を濁す。続けて
「別れ際妻にいったよ、俺は人殺しになる。親が人殺しでは子供がかわいそうだ、だから俺のことは忘れてくれって」
 遠くを見るような目でおっさんはいう。

 そうか、だから、いたという、過去形だったのか・・・・・・。

「俺はな、幸せだ。幸せすぎるくらいだ、愛する人と結婚してその人との間に子どもを授かれて。お前の両親も俺と同じ気持ちのはずだ」
 優しいほほえみを俺に向けていった。
 何てこっぱずかしいことをいうんだか。でも、本当だと思った。この人の言葉に嘘偽りはない。それが真実なのだと心のどこかで思えた気がした。
 俺はなにかいおうと思った。それがなんなのか分からなかったけど、うまく言葉という形にできそうにもなかったけど、なにか伝えなければと思った、まさにそのときだった。


「うわっ、なんでこんなとこに荷物がっ?」
 いきなりドアが開き、先ほどの兵士が戻ってきた。
 その声がしたあとおっさんはすぐに
「さてと、もう時間だ。食べ物、ありがとな。最高の最後の晩餐だった」
 俺ににやりとほほえんだ。兵士がなにやら悪態をつきながら荷物を手早くどかす音が耳に入る中、
「巻き込んですまなかったな」
 おっさんがそういい終わると、俺はいつの間にかおっさんに後ろの襟首と腰辺りのズボンを掴まれ両手で持ち上げられていた。あの細腕のどこにそんな力が残っていたか知らないが、俺はいきなりのことに驚きぶら下げられているような状況で少し苦しみながら
「なにすんだよっ!」
 大声で叫ぶ。

 そして体が一気に後ろに引っ張られたかと思った瞬間、
「お前は生きろ」
 そんな言葉とともに外に放り出された。

 かろうじておっさんのほうを向くと、満面の笑みでこちらを見送っているような二十代ほどの男の顔が目に入る。ひげ面でお世辞にもいい男とはいえなかったが、とても優しい顔をしていた。


 その直後すぐに全身に苦痛が走り、目の前が一瞬真っ暗になった。俺はどうすることできず地面を転げまわり、数秒後やっとうつぶせになっていることに気がついた。渾身の思いで目を開き顔を上げると、まださほど遠くはないところにのろのろと列車が走っているのが見えた。
 あちこちに痛みが走ったが、動かないところはなさそうだった。列車は線路が何故かここいらいったいにカーブを描いているのが多いためか、平常よりものろのろと走っている。全速力で追いかければ追いつけないこともなさそうに思えた。
「ってぇな」
 あまりの痛さに涙が滲み出る。
 それでも歯を食いしばって腕立て伏せをするように上半身を起こし、また列車を見たその時だった。


 すさまじい爆音とともに、異常な風が俺を襲った。俺は思わず目をつぶりまた地面に伏せる。
















 どのくらい気を失っていたのだろう? 

 俺は鼻をさすようなにおいで目が覚めた。頭がぼんやりとする中、重たい瞼を開く。土のにおいに混じって、さっきからやけにけむたいような異臭がする。
 俺は痛みが走る体をゆっくりと無理やり起こした。そしてようやく視点が定まった目の前の風景を見て
「なんだこれ?」
 思わずそう口にした。そう、口にせずに入られなかった。
 目の前に広がる光景に嫌でも目が見開いた。

 少し遠くはまるでうそのように赤く染まっていた。そこだけがまるで赤い絵の具をぶっ掛けられたような絵になっている。立ち上る煙が空高く上っている。

 俺は徐々に意識がハッキリしてきた。何が起こったのかだんだんわかってくるにつれて、心が冷えていく気がした。
 俺は汗をだらだらとこめかみから流しながら、必死の思いで立ち上がり赤く染まった場所へ向かう。体を動かすたび、尋常ではない痛みが走った。













 赤く染まった景色はやけに熱かった。近づくにつれそれは身にしみるほど分かる。俺はなに振り構わず、ようやくその場所の近くにたどり着いた。
 明らかに、燃えている所々にさっきまで乗っていた列車であろう痕跡が見受けられた。火の海は横よりも縦に広がっていた。先頭を走っていた遠くのほうの列車の車両は無事だったようで、途中から嘘のようにいつもの風景が広がっている。
 一歩踏み出したとき、何かが足に当たった。俺はあまりはっきりみえないそれを目を凝らしてみる。それは、明らかに人の腕であったものだった。焼け爛れてはいるが、先端の生々しいほどの人の手の形がそれを物語っている。
 急に吐き気が遅い、全身が震えだし、思わず後ずさりする。頭の中で想像するより、現実のそれはおぞましくとてつもない力を持っていた。
 ゴミを燃やした後の匂いとはまた違う匂いが辺りを覆いつくす。それが人が焼ける匂いであることは明らかだった。
 俺は今更ながら両親のことを思い出した。両親と自分たちが乗っていたのは最後尾に近い後部車両だった。赤々と燃える目の前の車両たち。一目瞭然だった。両親が生き残っている可能性はもうどこにもなかった。
 そしてさっきまで近くにいた者のことを思い出す。
 さっきまでみんな生きていた。みんな確かに生きていた。でも、死んだ。
 死はいきなりやってきた。
 多くの命が今この瞬間なくなったのだ。
 でも、でも俺は? 俺は、生きている。俺は確かにここに存在し、生きている。

 遠くのほうで、赤ん坊か子どもかそれともなにかが泣き叫ぶような声が風に乗って聞こえてくる。
 
 俺の中の何かがこみ上げてきた。とてもちっぽけで、でもとてつもないなにかが俺の心を支配した気がした。むなしくて、かなしい、そんな静かな怒りがぐるぐると渦巻く。そしてその静かな怒りはついに爆発した。
 俺はその怒りをあたりにぶちだした。声とは到底思えない咆哮が辺りを響かせる。

 火の海はそれでもゆらゆらと炎をちらつかせた。まるで俺をあざ笑うかのように。










 空は嘘のように青く青く澄んでいた。まさに夏の空という青さ。



 






 そんな中、雫が一つ二つと零れ落ちるのであった。










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