No.30 四年間ぶんの思い -リュファス編-trois
『知らなくても、いいことだ。おっさんで十分だよ』
その言葉にどんな意味があったのか、どんな気持ちを含んでいたのか、今考えると胸がしめつけられる。そのおもい言葉にどれほどの決意と覚悟があったのか、あのときの俺には予想もできなかった。
なんじゃそりゃ。
それが俺がそう聞いたときの率直な反応。
つくづく変な奴だと思った。でも、俺はひねくれてたからその理由は聞かず
「じゃあ俺もお前でいい」
そう返事をしたのであった。
それにはおっさんは苦笑い。
「まぁ、それはいいとして、とりあえずちゃんと座って食べる場所を確保しないとな」
そういいながらおっさんはよろよろとした足取りで荷物を避けながら俺が来たほうの通路に向かった。俺もそのあとを着いていく。
周りの荷物に避けられてできたような通路に出ると、おっさんは大きく伸びをする。そして、俺のほうに振り向き
「ちょっと手伝ってくれ、荷物どかしたいんだ」
いきなり通路の左側を指差しそういった。
「はぁ? なんで?」
「こっちのほうが日がさしてあったかいだろうし、万が一さっきのやつら戻ってきたときの足止め作っておきたいからな、食事の邪魔されちゃたまんないし」
たんたんとおっさんがいって、いつもなら人の手伝いなんぞは進んでしない性質なのだが
「わかったよ、仕方ねーな」
頭をかきながら溜め息をついていう。
通路の真ん中らへんが軽そうな荷物ばかりだったので、俺とおっさんはそのあたりの荷物を兵士が行ってしまったほうの車両のドアのほうにどんどん積み上げて、俺とおっさんが向かい合って座れるスペースができたのであった。まるでさっきまでの暗い場所が嘘だったように、通路中おいの右手には窓からあたたかい日が差す。
俺は、来たほうの車両のほうのちょうどいい高さの段ボール箱の上に座った。向かい側にはもちろんおっさんが同じようにして座っていた。おっさんは合掌すると
「いただきます」
そういってサンドイッチを黙々と食べ始めた。その姿を見ながら、俺はふと疑問に思っていたことを口にした。
「おっさんスパイかなんかなの?」
食事中に話しかけるのはどうかと一瞬ためらったが、それでも気になって訊ねてしまう。
「どうして?」
おっさんは口に入っていたものを飲み込んで、俺のことをしげしげと眺めながら逆に聞き返した。
「だって、服汚れてる割にくさくないし、もしかしてわざとそんな格好してるんじゃないかって」
俺のその言葉におっさんはにやりとした気がした。
「なるほどね、・・・・・・そのおもいつきのよさがこれから吉と出るか凶とでるか不安なところだな」
顎をさすりながらおっさんはいった。
俺は肝心な答えをいまだ聞いていないのも忘れて
「なんでアガス語できない振りしてたの?」
もう一つ気になっていたことを質問する。
「そのほうが都合がよかったからさ、なにかとな。それにまぁ問題児ばっかの下っ端とはいえ、いろいろおまえみたいに勘ぐられたら大変だからな」
それにはおっさんはたんたんと答えた。俺はおっさんのその言葉を深く考えず、
「ふーん、あいつら問題児の下っ端なんだ」
小さくあくびした。確かにあいつらはあまりまっとうな兵士という印象はなかった。
「あぁ、だから今日・・・・・・、仕事中にもかかわらず貸切の車両で酔っ払ってドンちゃん騒ぎしているんだろうよ」
おっさんが軽蔑するような、呆れたような口調でつぶやく。
「なんかそんなんじゃこの国の負けがますます見え透いてくるな・・・・・・」
俺が何気なく発したその言葉に
「お前、アガスがラナンキュロスに負けると思ってるのか?」
おっさんが食いついた。俺はそれには少し驚きつつも
「あぁ、だってあっちの国のほうがでかいし、戦力からしても俺ら不利だろうからな、なんてったって魔法がからっきしの国だし。俺の友達とかもみんなそう思ってるよ」
ちゃんと答える。おっさんはそんな俺をまじまじと見ながら
「お前、自分の国が負けてくやしいとは思わないのか?」
「えー、そりゃくやしくないわけはないけど、仕方ないじゃん。それに、戦争たって首都のほうの国境でドンパチしてるようなもんだろ? 正直首都から遠いとこに住む俺らには関係ないというか、いまいち実感わかないんだよね」
俺は正直にいった。それをきいたおっさんは何を思ったのか
「・・・・・・そうか」
そうぽつりともらし、サンドイッチを口に運んだ。
俺はおっさんの言動がいまいちよくつかめなかったが、とりあえずサンドイッチを食べ終わるまで黙っておくことにした。
サンドイッチが食べ終わると、
「お前、この列車にはなんで乗ってるんだ?」
チョコの箱の包装に手をかけながらおっさんがいった。
「家族旅行でちょっとな、暑いってのにさらに暑い南にいきたいんだと」
窓の外の風景を眺めながら俺がいうと
「そういえば今はこっちは夏休みか。そうか・・・・・・、何人家族だ? 兄弟はいるのか?」
おっさんさんがついに箱を開けて訊ねる。チョコのひとつを口に入れる様子を横目で見ながら
「三人家族、両親と俺だけ」
チョコのことで内心後悔しながらいった。あぁ、ほんとにめっちゃ食べたかったんだけどな・・・・・・。
その思いを払拭しようと
「そういうおっさんは家族とかいるの?」
ぶっきらぼうに訊ねた。
「・・・・・・いいや、そうだな、いた、というべきかな」
チョコを味わいながらおっさんはいった。
いた、か・・・・・・。人にはいろいろな事情がある。それにおっさんは捕虜とはいえ、おそらくラナンキュロスのもと兵士かなにか・・・・・・。なにか事情があってもおかしくはない。
それでも、ただ単に話題を変えたり、ごまかしたりせずそういってくれたのが俺にはうれしかった。
「いやぁ、それにしてもやっぱりこのチョコはいつ食べても最高だな」
おっさんはそうチョコの味を堪能しながらいう。
そうだろうとも、俺がどんだけ食いたかったことか・・・・・・。まぁ、今となってはもう遅いが。
俺がそんなことを思っていると
「お前、将来の夢とかあるのか? なにかしたいとかもう決まってんのか?」
父親、いや教師のようにおっさんがいった。
「とりあえず、なるべく早めに家を出て自立すること、かな?」
俺がさもあっさりというと
「家が嫌いなのか?」
おっさんが核心を突くかのようにいう。
「家が嫌い、まぁそういえばそうなのかもな。とにかく、親にいろいろ干渉されるのは嫌だし、一人でなんでも自由にしたいというか。親が駆け落ちだったこともあっていろいろ堅苦しいし・・・・・・」
なんでさっき会ったばかりの赤の他人にこんなこと話してるんだか、いってしまってから何してるんだろうと思った。
そんな俺の言葉に
「いまなんていったっ?」
おっさんは驚いた口調で聞き返す。
「えっ?」
「いま、親がなんだって・・・・・・?」
「あぁ、駆け落ちしたんだ、うちの親」
俺がなんてことはないといわんばかりにいうと
「かけ、おち・・・・・・」
おっさんが脱力したようにいった。
空は太陽がさんさんと輝くばかりの光をおくっていた。