「はい、いいわよ。これでおしまい」
「ありがとうございます、ブリギッタさん」
セラフィーナはそういって、鏡の前の自分をみた。いつもよりしている化粧で、どこか雰囲気が違う。ブリギッタはセラフィーナの後ろに回り、両肩に手を置いて
「あなたも大人っぽくなったわね」
暖かいほほえみでしみじみといった。それには
「そう、ですか? この前また十二三歳に間違えられましたけど・・・・・・」
セラフィーナは苦笑い。
「四年前に比べればずっと大人っぽくなったわ・・・・・・。あなたももう十六になるなのね」
「そうですね・・・・・・」
セラフィーナは目を細めながらいった。
コンコンとドアを叩く音がして
「セラッ!」
イノセンシオの声が飛んできた。
それにはセラフィーナとブリギッタが鏡越しに困った笑顔を見合わせる。
「お迎えね。私は花火が本格的にあがるころに主人と行くから、先にいろいろ楽しんでらっしゃい」
ブリギッタがそう笑いかけると
「・・・・・・はい」
セラフィーナもほほえみかえした。
ドアを開け、二人は部屋を出た。ブリギッタは軽くイノセンシオに会釈をし、行ってしまう。二人はその後ろ姿を見ていた。
セラフィーナがまだブリギッタのほうを見ている中、イノセンシオはセラフィーナのほうをむいて
「やっぱりその服似合うね」
にっこり笑った。セラフィーナはとまどいがちに微笑する。
腰あたりに黒いリボンを巻きつけ結び目は正面にある、胸元あたりにフリルなどの刺しゅうが施された七部袖の薄い生地の白いワンピース姿。そんなセラフィーナを見ながら
「きれいだよ、セラ」
イノセンシオがいって
「・・・・・・ありがとうございます」
セラフィーナが何とか笑っていった。
「じゃあ、ちょっと早いけど行こうか」
時刻は五時を少し回った。四時頃にイノセンシオがセラの服を選びに来て、そのあとセラフィーナがブリギッタに用意を手伝ってもらうことになった。談笑を交えながらの用意だったため、すっかり時間がたってしまっていた。
「そうですね、・・・・・・ところでダルコさんは?」
セラフィーナはきょろきょろと辺りを見渡して訊ねる。その顔はどこかさめていた。
「あぁ、俺が来ないでいいっていったんだ。せっかくの祭りだし、あいつもここのとこ全然休みとってなかったからさ。ちょうどいい機会だと思って」
イノセンシオが淡々と答え
「そうですか・・・・・・、でも危険なのではないですか?」
セラフィーナが少し肩を落としながら聞く。
「大丈夫さ。俺ももうそこまで子供じゃないし。まぁいざとなったらどうにかするから、自分のこともセラのことも」
イノセンシオがセラフィーナの目を見ていった。セラフィーナはそんなイノセンシオから目を逸らさず
「・・・・・・いざとなったら、ダルコさんが駆けつけてきてくださる気もしますしね」
あっさりという。
「あはは、確かにあいつならしかねないな。俺らのことこっそりあとからつけてそう」
イノセンシオが笑う一方
「・・・・・・絶対そうしてますよ」
セラフィーナがぼそりといった。それは、案の定イノセンシオの耳には届かない。
時刻は六時前。空は次第に暗くなり始めていた。
首都の中心部では、商店街や広場に所狭しといろいろな屋台や店が出回っていた。どこもかしこも盛大に彩られ、様々な色や光のもので溢れかえっていた。
「早く花火あがんねーかな」
リュファスがぼそりといって
「六時きっかりにならないとあがんないって。ここは時間にうるさい国だしね」
その左隣でルカが棒のついたブルーレースのような丸い飴玉を舐めながらいった。
「それうまいの?」
リュファスが訝しげに飴を見ていうと
「ふつう、まずくはない」
ルカの率直な感想。
「そうですか」
リュファスは右左とせわしなく道の両側に延々と続いていそうな店という店を見ていた。食べ物だったり、的当てなどのゲームだったりとにかく様々な店がある。
「しょっぱいもん食いてぇ、しょっぱいもん」
リュファスのところに後ろからトレンツの声が飛んできて
「俺なんか飲むー」
ハシントの声も飛んでくる。
「なんか買えばいいだろ」
そしてドレットの呆れた声も飛んできた。
「兄貴たちも結局一緒に来たね」
ルカが残りかけた飴をがりがりと食べながらいうと
「だなー」
リュファスはまた空を見上げた。まだ花火はあがらない。
花火もう少しだな。そう思いながらふと空を見上げた。暗みはじめた空。まだ星は見えない。
「セラ、何か買わないの?」
右隣にいるイノセンシオがいって
「はい、花火があがってからでいいんです」
私は人とぶつからないようしながらいった。
「俺が払うから、遠慮しないでどんどん買っていいよ」
イノセンシオがカップに入った虹のようなアイスをおいしそうにほおばる。
遠慮しないでといわれても・・・・・・。
自家用車でお店が並ぶ通りまで乗せてもらって、ついたころには五時半を少し過ぎていた。そしてもう花火があがる六時少し前になった。まだお腹がすかないといえば嘘になるが、花火が中盤になったほうが気分も今よりよくなって食欲も出てくる気がした。
それでも、人におごられるというのは嫌いではないが、おごってくれる人が自分が仕える立場の人であり、複雑な関係となると話は別だ。これじゃ本当に、彼女というより養ってもらう妻じゃないか。あまりいい気はしない。
ふぅとこっそり小さく溜め息をつく。
「あ、花火もう少しじゃない?」
イノセンシオがいって、私は空を見上げた。
パン。
風船が割れたような音がしてから、空に花が咲いた。おそらく最初のこの花火はこの国の国花でもあるアガパンサスの花に似せたもの。それが大きく空に描かれると、数秒後また爆発音がして空に色とりどりの花火が次々に打ち上げられた。
アガパンサスの花・・・・・・。
この国の国花でもあり、国の行事ごとには欠かせないものとなっている。花言葉は、実直、そして恋の訪れ・・・・・・。
小さいころ、アガパンサスを大事に育てると運命の人と出会えるなんて迷信があってみんな育ててたな。私も、一回学校でみんな一人一人育てなきゃいけなくて育てたけど、いつの間にか私の鉢だけなくなちゃって。確か、誰よりも早く咲いたから目立っちゃって同級生の女子の誰かが妬ましさかなんかわかんないけど、もって帰っちゃったんだっけな。犯人わかってその子謝るだけ謝ったけど、結局返してもらえなかったっけ。ご利益でもあったのかな? まぁ、もうどうでもいいけどね。
私は人とぶつからないように注意しながら空を見続けた。
「やっぱ、首都だけあって結構いいじゃん」
トレンツがパックに入った魚介類や肉が入った白色の麺類であろうものを食べながら感心した。
「ところどころ、魔術使ってるっぽいね。にしても使ってないのも味があっていいな」
ルカのその言葉に
「魔術使ってるってよく分かるな」
俺は少し驚いた。
「いや、ところどころ光が魔術のそれだからさ。形も複雑なのは多分普通に火薬詰めても限界あるだろうし。んー、なんというかリュファスが魔術使えればすぐ分かるんだけど」
ルカが歯切れ悪くいった。なんとなく唯一魔術がからっきしな俺に気を使っていることも伺えた。
そういうこと、本能的に分かるってわけか。そりゃ、俺には一生理解できねぇな。
「そういえば花みたいなのもあがってるけど、ラナンキュラスの花もあげるのかな。というかあがったのかな?」
ルカが歩きながら空を見つつ、立ち並ぶ露店も見る。
「ラナンキュロスはさすがにあげないんじゃね? いくら今日が平和記念日とはいえ、元敵国だからな。あんまりよく思ってないやつも多いし」
「なるほど、国民の考えはそうなるか。でもさ、やっぱリュファスここの出身だね。あんまりラナンキュラスって正式にいってるの耳にしたことないし」
「あぁ、それな。アガス語ではラナンキュロスでとおっちゃってるし、十数年そういい続けてたの今更直すのも結構めんどくさいというか、慣れちゃったというか。とにかくアガス語ではラナンキュラスよりラナンキュロスのほうがいいやすいんだよ」
俺が頭をかきながらいうと
「ふーん、勉強になりました」
ルカがからかうようにいった。
「てかさー、お前らなんかくわねぇの?」
「うわっ、びっくりさせるなよ。ドレットいつからいたんだ?」
いきなり右でそういわれ俺は驚いてそういった。
「ラナンキュロスはさすがにあげないんじゃね? ぐらいから。いやさ、あいつら本格的にターゲット探し始めたから」
そういってドレットは親指をくいと後ろへそらして二人を指し示す。
「それならそうともっと自然に入ってきてくれよ。んな気配消さなくても、あー心臓に悪い」
俺が呆れていうと
「悪い悪い」
ドレットがさほど悪びも見せずいって
「僕は気づいてたけどね」
ルカはあくびをしながらいった。
「で、なんかくわねーの?」
「僕は食べるよ、そろそろがつんと」
「俺はもう少ししたらでいいや」
そう返して俺はまた花火を見る。星形のような模様が空に描かれ、そのあと赤い粉のようなものが空を舞う。
そういや、あいつの瞳もあんな感じの赤だったな。確か父親譲りとかいってたっけ。
「きれいだったな」
独り言のようにいって
「そう? 俺、あぁいう星形とか見ると魔方陣思い出しちゃうよ」
ルカが正直に言った。
「確かに、魔法陣多いもんな、ああいう形のやつ」
ドレットが同意する。
こいつらって・・・・・・。それにしても、あいつ惜しいよな。見れたらよかったのに。
そう思いながら人とぶつかるのを最小限に押さえ、また空を見上げる。さすがに、花火もあがれば人も多くなるな。
「あ、またアガパンサスの花だっ!」
ルカが空のほうに指差した。
空に白と青紫色のアガパンサスの花のような形がくっきりと浮かび上がっていた。
「そういや、なんでアガパンサスなんだ?」
ドレットが首をかしげ
「さぁ?」
ルカがそういって俺のほうを右ひじで小突いた。
「多いからじゃねぇの?」
俺は曖昧にいう。俺が分かるわけないだろ。そんなの今まで疑問に思ったことねぇし。
「使えない。まぁラナンキュラスみたいに建国者が好きで花の名からとったとか? アガパンサスの花言葉も考えるとラナンキュラスよりは納得いく・・・・・・か?」
「なんで自分でいっといて疑問系?」
訊ねるとルカは
「だって、ラナンキュラスは魅力的とか名誉って意味でアガパンサスは・・・・・・」
「アガパンサスは?」
ドレットが促す。
「まぁあれだね、恋の季節ってやつ」
ルカがラナ語に変え早口で言うと
「どんな季節だよ?」
ドレットが呆れていう。
「この国じゃ春がそういう恋の季節だっけな」
俺がいった言葉に二人は驚愕した。
「まじ?」
ドレットが目を大きく見開いていって
「でもさ、アガパンサスって初夏、今くらいかもう少ししたら開花じゃなかった?」
ルカが納得いかないといわんばかりいうと
「じゃあ、今がちょうどその恋の季節だったりしてな」
ドレットがどうでもよいといわんばかりに一言。でもそれはラナ語だった。
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