カルメン・マキ
「なんだか、景色が変わってきましたねえ。」
「ここらあたりから、落葉松の林になってるんです。」
「落葉松ですかあ…」
「何か?」
「いえ、思い出しましたよ。ロッキー山脈の落葉松を。」
「ロッキー山脈、北米にいらしてたんですか?」
「ええ、近くの大学の研究所に。」
「そうだったんですか。さすがにインテリですね。」
龍次は小さな声で歌いだした。
落葉松の 秋の雨に〜 ♪ わたしの手が 濡れる〜 ♪
落葉松の 夜の雨に〜 ♪ わたしの心が 濡れる〜 ♪
「いい歌ですね。」
「小林秀雄の曲で、野上彰の詩です。」
「龍次さんは、ロマンチストなんですね。」
「そうかなあ。」
「きっと、心が優しいんですわ。」
「そうかなあ。」
クルマの外では、嘲け笑うようなカルメンマキな風が吹いていた。
「風が、カルメン・マキしてるなあ…」
「カルメンマキ?」
「時には、母のない子のように…」
龍次は語るように、静かに歌いだした。
時には 母のない子のように 黙って 海を見つめていたい
時には 母のない子のように 一人で 旅に出てみたい
だけど心は すぐ変わる 母のない子に なったなら 誰にも愛を 話せない
「とってもいい詩だわ。誰の詩なんですか?」
「寺山修司です。」
「いつごろの歌なんですか?」
「一九六八年頃だったかな…、わたしの青春の歌です。」
「むかしは、そういう雰囲気だったんですか?」
「そうですねえ。経済成長とノスタルジックの、スパイラルな風が吹いていましたねえ。」
「スパイラルな風ですか…」
「わたしの心も、揺れるスパイラル青春でしたよ。スパイラルな風が吹いてたな~。」
龍次の後ろで、愛美が、「スパイラルな風が吹いてた、ふ〜〜〜ん。」と、馬鹿にするように言った。
「きっと、いい時代だったんですね。」
「どうかな…、それしか知らないから。」
闇の中に、ぽつりと灯りがあった。
「あそこよ、龍次さん。」
龍次は時計を見た。十時を回ったところだった。
ここは 見知らぬ山風の通う道
ここは 見知らぬ妖精たちの 通う道
ここは 見知らぬ亡霊たちの 通う道
ロッキー山脈の中腹にある、柱の太いロッヂ風の建物だった。
「前で止めてください。」
「はい。」
龍次は、静かにクルマを止めた。
庭の奥のほうから、柴犬が吠えながら出てきた。
この小説は
シュールミント の続きです。
最新作は、
人間村 です。
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