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武田勝頼の亡霊
愛美めぐみが、後ろを振り返りながら、案山子かかしを見ていた。
「でも、あの案山子かかし、この冬の寒空に、何を守っているのかしら?」
答えたのは、龍次だった。
「…そう言えば、そうだね。」
涌井いづみも答えた。
「あそこには、高原白菜とか高原ネギとかが、温泉熱ビニールハウスで栽培されているものがあるのよ。」
「温泉熱ビニールハウス栽培?」
「あの山の近くに、大きな温泉があるんですよ。」
「ああ、そうなんですか。有名な温泉なんですか?」
「はい。大菩薩の湯というのがあります。」
「大菩薩の湯…、なんか凄そうだなあ。」
「凄いですよ。春と夏と秋は、大菩薩峠散策帰りの人たちで賑わっていますよ。」
「今頃は?」
「十二月〜三月頃まではシーズンオフで、週末でも空いています。」
「夜もやってるんですか?」
「九時までやってます。市営だから安いんですよ。」
「そうですかあ…、露天風呂ですか?」
「大菩薩峠の見える、大きな露天風呂もあります。」
「露天風呂から大菩薩峠かぁ…、いいなあ〜。」
「今頃は、頂上の辺りには雪がうっすら積もって、絶景ですよ。」
「この辺りからは、富士山も見えるんでしょう。」
「はい。この辺りからの富士山の眺めは、日本一素晴らしいです。」
「いやあ、朝が楽しみだなあ〜。」
「ほうとうを御馳走してあげますわ。」
「ほうとう?」
「太いうどんのような麺で、武田信玄が戦のために考案させた麺なんですよ。」
「初耳だなあ。いづみさんは、いろんなことを知っているんですね。さすがに、漫画家だなあ。」
「生まれたところですから。」
「ああ、そうなんですかあ。いいところですねえ。」
「龍次さんは?」
「何んにも無い、だ埼玉ですよ。」
「自分の故郷を、そんなふうに言ってはいけませんわ。」
「そうですかでね。ほんとに何んにも無いんですよ。」
「知らないだけかも知れませんわ。」
「まんまり、いい思い出もないし…、愛美ちゃんは、どこなの?」
愛美は、窓の外の景色を眺めていた。
「わたしは、横須賀です。」
「横須賀かあ…」
お寺の看板が、ほのかな灯りに照らされていた。
「景徳院…」
お寺や神社に詳しい涌井いづみが、右斜め前方に指刺した。
「この先に、お寺があります。」
「なんだあれは!?」龍次は驚いた。
前方から、鎧姿の十数人ほどの集団が、ガシャガシャと音を立てて歩いて来るのが見えた。
愛美も、びっくりした表情だった。
「なに、あれ!?」
だが、涌井いづみは、冷静だった。
「亡霊です。」
「亡霊!?」
「武田勝頼の亡霊です。」
彼らが近づいてきたので、龍次はクルマを静かに止めた。
彼らは、龍次の右側にやってきた。一人の武者が、龍次の顔を見た。
「ひょうたん!」
龍次は、見ぬ振りをして黙っていた。
その武者は、「高坂殿ではないようだ。」と言って通り過ぎて行った。
彼らが見えなくなってから、龍次は口を開いた。
「あ〜、びっくりした!まさか、亡霊に話しかけられるとは思わなかったよ。なんか、ひょうたんとか、高坂殿とか言ってたけど。」
涌井いづみが、静かに答えた。
「おそらく、ひょうたんは合言葉でしょう。高坂は、甲州透波こうしゅうすっぱの、その頭領の高坂甚内です。」
「こうっしゅうすっぱ?」
「武田の忍者集団です。」
高坂甚内こうさかじんない…」
「宮本武蔵と闘ったとも、言われています。関東の忍者をラッパ、甲州の忍者をスッパと言います。」
「いづみさんは、忍者にも詳しいんですねえ。」
「漫画家ですから。」
「でも、どうして彼らがここに?」
「景徳院は、織田信長の先鋒に追われ、彼らが自害した場所なんですよ。」
「そうだったんですか。なっんだか、幽霊って、噂をすれば出てきますねえ。」
「そうなんです。死んだ人や昔の人のことを思ったり、話したりしてると出てくるんです。」








この小説は シュールミント の続きです。

最新作は、 人間村 です。

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