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第五十一話:戴冠式
 かいがいしく世話を焼いてくれる三人の王様を目の前にして、なにを話せばいいのだろう。
 私は真剣に悩み始めていた。
 戴冠式の時刻が迫っているのだ。準備をしなければならない。・・・のに。
 「チヒロ、甘露水をもう一杯いかが?」
 優雅に飲み物を差し出すセイラン様。笑顔がすごくさわやかです。
 「姫の髪は、艶やかで、いい香りがして、手触りが良いですね」
 リシャール様、髪フェチだったの?黒髪なんて、珍しくなんか・・・・・珍しいのか・・・・ゴメンナサイ。
 「チヒロ、その。無茶をさせたか?」
 無茶苦茶でしたよ、オウラン・・・。真っ赤な顔して、聞かないで。私も真っ赤になるしかないじゃない。あうあう。
 オウランと真っ赤な顔でオミアイしていたら、ムッとした顔のリシャール様にぎゅっと抱きしめられた。も、ちょっと勘弁して・・・。

 くらくらする頭をぶんぶんさせて、意を決して彼らを見た。
 うん。
 ・・・涙目なのは、わかっていたけど、息を呑むほどのもんなのか?
 
 と。
 どかん!と扉に衝突音がした。
 ・・・・・なに?と呟いた私の周りで、それぞれに空気が凍りついていった。
 冷たい眼差しで扉を見て、片眉を動かしたセイラン様。冷ややかな眼差しで扉を凝視したリシャール様。眉根を寄せて嫌そうな顔を隠しもしないオウラン。それぞれが、嫌そうに、早いな、早いですね、と呟いた。
 早いって、アレクシス様?シャラ様?うわ、どんな顔して会えばいいのさ!・・・と思っていたら。
 チヒロ!ッと声がした。この声。
 「みどりちゃん?だいちゃん?りゅうちゃん!」
 ここだな?と確認の声に、応答する間もなく、扉が吹き飛ばされた。
 そこに、怒りを隠しもせずに威嚇する精霊たち。灰色狼はセイラン様を、青い竜はリシャール様を、黒蛇はオウランを、睨むように見据えている。ぎりりと歯軋る音がした。
 我が眷属が、姫を穢すとは・・・!この忌々しい瘴気のせいで、駆けつけるのが遅くなった・・・。と、唸るように怒るように、それぞれが思念を声に乗せた。
 「狼では、チヒロを満足に愛せまい?貴方の分も存分に愛して差し上げたのだ。チヒロも、いい声で鳴いてくれましたよ」
 セイラン様・・・!なに恥ずかしい事を言ってるんですか!みどりちゃん、威嚇しないで!
 「竜体では、姫を壊してしまいますよ。人には、人の愛し合い方があるのです」
 リシャールさままで・・・!ヘンなこと言わないで!りゅうちゃん睨まないで!
 「蛇が、チヒロを満足させられると?」
 オウラン・・・!だいちゃんが怒ってるよ!
 ちょ、ちょっとまって。けんかしないでー!

 わたわたしていたら、シャラ様がキュウちゃんを鷲掴み、登場した。吹き飛ばされた扉と、睨みあう精霊と、その眷属(王様)をみて、はーっと大きく息をつき、やれやれと言いたげに首を振った。
 「おい!早くチヒロに仕度させろ!肌も露なそんな格好、他の奴らの目に触れさせるつもりか!アレクシス殿が、人を追っ払っている間に・・・ああ、チヒロお早う、いい朝だな!身体は平気か?・・・うん。ひどいことはされなかったようだな。満ち足りた顔をしている」
 うあ。
 ぼぼぼぼぼ・と顔から火を吹いた私に構わず、シャラ様はなんてことはないように微笑んで続けた。
 満ち足りた顔って・・・は、恥ずかしすぎるうううう!

 「・・・心外だ。我らがチヒロに非道をする事はない」
 「・・・いかにも。ああ、ただ少し、焦らして泣かせたが、それもこれもすべては、チヒロが可愛らしいからだ」
 「俺達の本気を受け取って、チヒロも満足してくれたようだし?」
 色っぽい流し目をよこさないで!なんて答えればいいの!?ままま満足しましたって言うの?いえないよ!そそそんな、はずかしいいいいいいいいいい!!!!
 そんなパニくる私を、みどりちゃんが優しく宥めるように、ひと舐めしてくれた。うん。やさしいね。だいちゃんと、りゅうちゃんも、労わるように、身体に身を寄せてくれた。ちろちろと舌先が、頬を、唇を撫でていく。ああ、癒される・・・。
 和みの時間のはずなのに。
 ほっこりと、微笑んでいたら、無言でセイラン様、リシャール様、オウランが近寄ってきて。
 べりっと彼らを引き剥がした!なぜ!!!
 ぽいっと彼らを彼方に放り投げて、一言。
 「いかな精霊とは言え、雄は雄。チヒロ、喰われないように用心なさい」
 ・・・・・・・・。
 喰った人間が、言う台詞デスカ・・・。


 朝の騒ぎは、侍女サンたちの登場でお開きとなりました。
 それからは、私は人形。
 浴室で磨き上げられ、香油を塗られ、髪は丁寧に梳られて。
 真珠色の光沢のある、綺麗なドレスに身を飾る輝石の数々。髪の先からつま先までちりばめられて、それでも、装飾過剰とは思えない上品さに仕上げられた。腕がいいなー・・・。
 
 扉を開けて、踏み出す姿は、まさに、華。

 「・・・手折った華の可憐さよ。ここまで、匂い立つ様になるとは・・・」
 アレクシスが感心の声を上げる。
 「細心の注意で抱いたのだ。無上の喜びを与えたのだから、華が綻ぶのもあたりまえだ」
 「・・・その自信が悔しいな」
 「・・・それほど、チヒロを抱くのには、覚悟がいったという事だ。あの華を咲かすも枯らすも男次第。ならば、細心の敬意を払うのも誠意であろう?チヒロには、厄介な小姑も憑いているからね」
 「精霊か」
 「精霊だ」
 「・・・鬼のいぬまに喰ってしまったから、反発も必死だね。ごらん。べったりはりついている」
 「おお、威嚇してくるわ・・・ふ。とうの本人が彼らの気持ちにまったく気付いていないのに、難儀な事よ・・・」
 「く、く、まるでペット扱いだもの・・・。いっそ哀れを感じてしまうよ。所詮異種族。交わる事は難しいだろう?しかも、あのチヒロが相手だもの・・・」
 「人の好意に鈍いからね。人の視線は感じていても、欲する視線に鈍すぎる。夕べ、箍が外れてしまったのも、男達の視線に無防備にいたチヒロのせいでもある・・・」
 「ああ。大体、チヒロは笑顔を振りまきすぎだ。あの笑みで勘違いする奴がどれほど増産されてしまったか!思い返すも腹立たしい!あの、舐めるような視線!汚らわしいあの男たち、よもやただでは、帰さぬだろうね?」
 リシャールの言にそれぞれが頷きあう。・・・これで、ゆうべ、チヒロを舐めるように見つめていた男達の行く末は決定した。

 そして・・・。
 厳かに、祝辞がのべられ、高らかに、王の名が呼び上げられる。
 それに五王国の王が顔を上げ、居住まいを正し、壇上にある、チヒロを見つめた。
 チヒロは、皆より一段高いそこで、不安に揺れる瞳で会場を見渡していた。
 そっと、自分の姿を見やる。どこも違和感はない。精霊に思いを馳せる。応と答えが返る。
 ほっとして、最後に、左腿にふれた。
 ドレスに紛れて表からは判らないが、細い剣がそこにある。
 異変はないかもしれない。けれど今もこの国を覆う瘴気がそこにある。祓っても祓っても、祓いきれない瘴気の塊。澱みは、人の心を黒く染める。
 これは、保険。
 私が、私であるための。
 エルレアーナさんに飲み込まれないための、保険。
 さあ。
 幕が上る。

 扉が、厳かに、開いた。

 
 
 

 


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