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第三十九話:守るもの
 模擬剣を片手に佇む娘。
 彼女はすっぽりと頭を侍女の制帽に包み込み、節目がちにこう言った。
 「私の剣の腕を試してほしい」と。
 女に剣を向けるなど非道は出来ぬ、と断れば、食い下がってきた。
 私の姫様が狙われていて、少しでもお役に立ちたいのだ、と言ってきたのには正直、心動かされた。だが、女に向ける刃は持っていない、と言えば、そう言ってくれる貴方に習いたい、と返されて、困ってしまった。
 「貴方の姫君が狙われていると判っているなら、護衛はついているだろう」
 そう言うと、娘は考え考え、言った。
 「守られて、隠れているだけなんて嫌なんです。私も誰かを守りたい」
 そう言われて、折れぬ剣士はいまい?それから、風変わりな侍女殿と向かい合って模擬剣をカチリと合わせた。
 「諸手か。剣を習った事があるのか?」
 ・・・との問いに、娘がうなずき、すっと顔を上げた。
 目線がかち合い、その静かな月の色の瞳に魅入られて息を呑んだ。
 「侍女殿、あなた、もしかして・・・」
 声は途中で掻き消える。娘の瞳が私を捕らえ、娘の赤い唇から、眼が放せない。
 娘は見事な体捌きで間合いを詰めると、一気に喉元に切り込んできた。かわすのが精一杯で、しまった!と思ったが返す刀の斬撃を止められない。あっという間に応戦一方になり、彼女の軽い剣筋を切り返し、切り返して行くうちに、興に乗ってしまった。
 楽しい。
 娘の口元にも、気のせいでなければ笑みが浮かんでいるようだ。
 「なかなか、ですが・・・。やはり軽い」
 そう言って今度はこちらから切りかかった。防戦一方になるだろう、そして、姫君の無茶な考えは、お収めいただける。そう思っていた。
 始めは、頭上などに振り下ろす心算はさらさらなかった。
 万が一お顔に怪我などさせたら、死んでお詫びになどさせてはくれない、貴人が姫の周りに勢ぞろいだ。身体に当たるその前に剣を留め置く。その技量も技術もあった。
 だが。
 姫君はよけた。
 まるで踊るように、剣と戯れるように。
 右へ左へ、前へ後ろへ、さながら、風に揺れる華のように。空を翔る鳥のように。
 たしかに捕らえた。そう思うのに、かわされる刃。吸い込まれるように刃が切り込むのに、すり抜けていく体。
 いつの間にか、制帽ははじかれ、長い黒髪が滝のようにさらさらと、せなを流れ・・・煌く輝きが目に残る。
 遠くで、誰かが叫んだ気がする。
 制止する声に頭の隅は反応を返すのに、止められない。目の前の姫君から、目を離したくはない。
 結果、周りが静かになった練習場で、俺の剣が空気を切る音のみが響き渡る。
 そしてそれは、姫君が俺の剣を叩き落すまで続いた。


 心配して駆けつけてくれたみんなは、息を切らした私を心配そうに見ていた。
 「えと、始めに、あの人を叱っちゃ駄目よ、シャラ様。彼は、ずっと女に向ける刃は持ち合わせていないって言っていたの。私がムリヤリ頼み込んで付き合ってもらったの。ちなみに今は気付いたみたいだけど、剣を合わせた時は、私が巫女だって気づいてなかったわ」
 先手を取ってそう言って彼をかばった。シャラ様がぐっと詰まった顔で、イザハヤが泣きそうな目で私を見た。
 オウランは苦い顔で、一言も話さなかった。アレクシス様はほっとした顔で私を見た。
 セイラン様は鷹揚とした顔で私の手を取り「すばらしかった」と褒めてくれ。リシャール様は、「お怪我は?」と憂い溢れる眼差しで私を見た。
 私も、みんなの顔を順々に見つめた。
 みんなみんな、私を守ろうとして毎日毎日、たいへんな思いをしていた。
 この思いを何といえばいいのだろう?
 この思いをどう伝えたらいいのだろう
 
 

 「ね。私できるわ。みんなが私を守ろうとがんばっているのと同じくらい、私だってみんなの役に立ちたい。足手まといにはなりたくないの。みんなの陰に隠れて、守られるだけじゃ、嫌なの・・・」
 
 できることは自分で。できない事はみんなで、知恵を使って。
 最大限、自分のできることを持ち寄って、自分以外の誰かのために。
 犠牲じゃない。
 感謝じゃ足りない。
 誰かの役に・・・貴方たちの役に立ちたい。
 守られるだけの存在なんて、なりたくない。


 ね。私の声は、気持ちは届いたかな?


 「ああもう!」
 オウランが叫んだ。
 「完敗だ。負けだ!認めるよ。チヒロは自分で自分を守る力がある。あああ、だけど、それでも!俺は、自分の手でお前を守りたかったんだ!」
 ふてくされたように、オウランが言ったその台詞。それに賛同する声が次々に上り、私は、熱くなった胸を両手で押さえて、礼をとった。
 ありがとう、の言葉は風に乗り、彼らの耳に届いた。
 ありがとう。わがままを許してくれて。
 ありがとう。それでも守ると誓ってくれて。
 ありがとう。私の大切なひとたち。
 


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