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第二十話:平行する時間
 城の各所に配置された風の精霊封じの呪は、見事にチヒロの力をそいでくれた。
 けれど、もともとチヒロはそんな力を持っていなかったものだから、風の精霊の声を聞けなくても、火の精霊と意思の疎通ができなくてもさほど不自由に感じなかったらしい。
 突然木の国に遣されて、さらに、セイラン兄上に乱暴に扱われて、チヒロは怒っていた。
 ・・・そして、セイラン兄上の本気に脅えていた。
 強がった言葉で、拒絶を突きつけても、まっすぐに見つめてくる瞳に、不安を覚えていたのだろう。手を出していない俺すら拒絶する。(・・・まあ、凝視したけどな!眼福だった)
 ここ暫く、まともにチヒロと話していない。
 ま、蛇か蜥蜴のように嫌われた兄上は、顔すら合わせてもらえないから、俺なんか、まだマシかもしれない。だが、時折、脅えた眼で見つめられる。その眼が俺を責めていた。


 ・・・木の国は薬の国だった。毒も良薬も作り出す。したがってこの森には、毒にもなれば薬にもなる草木がたくさんあった。
 遠くから、チヒロを眺める。それが俺の日課になりつつあった。
 政務の合間に兄上が、チヒロのご機嫌伺いに来るのも、ほぼ毎日の日課と化していた。
 眼が合うと、念入りに入れられた、刺激の強いお茶「チヒロ・スペシャル・氷入り」をポットごと投げつけられるので、微妙に、絶妙な距離間を保たなければならないが。・・・その距離が徐々に近づいているのは、気のせいではないと思いたい・・・。
 
 そして、チヒロの日課は、森でいろんな植物の葉っぱや、木の実、草の実にいたるまで、調べる事らしかった。あっちの植物、こっちの植物、足元の草花にいたるまで、葉っぱや木の実を手に取り、匂いをかぐ。これまでほぼ毎日行われていたこと。だが、今日は。
 チヒロは、手に取った草をじーっと穴が開くほど見つめていた。葉っぱを指でこすり合わせて香りを立て、さらにその香りを吸い込んで、おおきくうなずいた。
 その草に俺は見覚えがあった。隣に立った兄上もその草に気がついたようだ。眉を寄せて、呟く。
 「あれは・・・」
 「ピクサー・・・の、葉・・・?」
 兄上が呟くと同時にチヒロがピクサーの葉を口に入れた。
 ざっと青ざめ、息をのんだ。兄上と、二人同時に走り出す。
 駆け寄り、青くなって震えるチヒロを支え、口の中に指を突っ込み、葉っぱを吐き出させた。
 チヒロの口を無理やりこじ開けて、兄上がいつも持っている解毒薬を含ませる。
 こくんと喉が動いて、チヒロが大きく息をついたのが判った。二人同時に脱力する。
 知らず、とめていた息を吐いてチヒロの両隣に崩れ落ちた。


 「・・・チヒロ、これはピクサーと言って・・・猛毒だ。」
 セイランが疲れたように首を振った。
 「自害を・・・チヒロ・・・」
 歴代の巫女姫は、王の女となった。巫女姫でなくとも、王の求めに応じない女はいなかった。
 高をくくっていたのだ。
 だがその矜持も吹き飛んだ。
 自分で自分が信じられなくなるほど、慌てていた。鼓動が、張り裂けそうだった。


 「チヒロ。そうなのか?死ぬ気だったのか?」
 死を選ぶなんて、許せなくて肩を掴んでがくがく揺さぶると、チヒロは眼をぱちぱちさせて、真顔で「死?」と呟いた。

 それから辺りを見回し、青褪めてる兄上を見て、青くなって大きく首を振った。

 「ちが、違う。自殺なんて考えてません。あの、この、ピクサーの葉っぱ食べたのは、その・・・向こうの世界にあったミントって葉っぱに似ていたので、つい・・・。」
 毒だったなんて知らなかったと呟いて、青くなって、俺と眼が合って赤くなって、兄上を見てまた青くなって、それから、小さな声でつぶやいた。

 「あ、あの、助けてくれて、ありがとうございます・・・。それから、心配かけてごめんなさい。」

 なんとなく仲直りが成立したのはその後だ。


 兄上が子供向けの植物図鑑をチヒロに贈った。
 チヒロはその図鑑を手に、また森へ行っていた。
 あっちにふらふら、こっちにふらふら。目に付いた物全て調べねば気がすまないらしい。
 そして、前より近いところに俺達は立っていた。前を行くチヒロが振り返り、植物を指差す。後ろに続く俺や兄上が、チヒロに答える。そんな日が続いた。
 
 やがてチヒロは、その距離にも慣れた。
 そして、好奇心のまま、動き始めた。図鑑の食用植物以外にも美味しいものがあるかもしれないっと言い出したんだ・・・。

 「メープルシロップの匂いがしたんです。しかも、食べられないだなんてぜんぜん思えない味でした」
 三日前は、森の中で昏倒してた。手には件の「めーぷるしろっぷの香りの木の実」
 「・・・特別の胃液を持つ、キカしか喰えないギギの実だ。普通人間は食わん」
 
 「桜餅のいい香りがしたんです!で、味はどうかなーっ・・・と。」
 二日前は、森でけらけら笑っていた。手には「さくらもち」の香りのする葉っぱ。
 「・・・・笑い草の葉っぱだ。」

 「すごいよ!胡椒の香りと味なの!大発見!」
 昨日は、さすがにまずいと思ったのか、城に持ち帰っていた。・・・が、待ちきれずに口にしたらしい。真っ赤な顔で妙に明るい。
 「・・・酔ったな・・・。これは、レンジの実か・・・。気分を高揚させる、うつ病の薬だ。」

 ・・・誰か何とかしてくれ。

 「何故傍観してるのですか、兄上。何とかしないと死にますよ!」
 「探究心は悪い物じゃないからな。毒性植物は食べていないだろう?」
 のんきな兄上を尻目に、今日も俺は、森へ行ったチヒロを追いかけた。(ひとりにすると、死ぬ。そのうち、きっと死んでしまう)
 果たしてチヒロは。
 真っ赤なとろんとした目で、ぼうっと遠くを見つめていた。心なしか、呼吸が速い気がする。
 「またか・・・」
 何を食ったんだ?と、周りを見渡せば、ころりと転がる、ララの実の残骸がひとつ。
 これは、もうずっと昔から芳香剤の原料として育てられていた実だった。何しろ香りがいいので好まれるのだが、誰も食べない。まあ、毒じゃないし、いいのか・・・。
 「桃・・・。」
 「モモ?」
 「桃の味、香り。間違いない・・・。美味しかった・・・。」
 しみじみと呟いたチヒロは、ほおっと息をついた。
 ずっと芳香剤扱いの木の実だったので誰も口にしなかったが、そうか、喰えるのか、これ。

 抱き上げて城に帰ると、セイラン兄上が待っていた。
 「きょうは?」
 「ララの実、喰ってた。異界のモモとかいう実と同じ味なんだと」
 「・・・ララの実? オウラン、ララの実には、たしか催淫効果があるはずだぞ」
 聞き流そうとして、はっとした。
 「催淫・効果?」
 「体温が高くなり、呼気が荒くなり、身体のどこもかしこも少しの刺激で淫らに疼くようになる。最近、夫婦間の倦怠期の撃退薬として発売されたんだが・・・。」
 困ったように兄上がそういった。
 「まあ、処女には効かないって言うから、大丈夫だと思うが。オウラン。どうする?一緒に様子を見に行くか?」
 「・・・行くさ。」
 

 チヒロは、ベッドの上で身体を抱きしめ、敷布に身体を押し付けていた。息が荒い。
 困ったような顔で、疼く身体を持て余しているが、何故、如何してこうなったのかさっぱり分からないようで、困惑顔をしていた。
 ぐりぐりと身体を敷布に押し付けると、その一瞬だけ体の熱が飛ぶのか、小さく身じろいで息を呑んでいる。
 けれど、波が過ぎるとまたすぐ、身体が熱を持つ。
 ふるふると、震える。
 「・・・はあ・・・」
 吐く息が熱い。チヒロは自分の肩を抱きしめて慄きが去るのを息を詰めて待っていた。
 

 「チヒロ?」
 どういうことだ?処女には効かないんじゃ・・・。
 「兄上。これって、このままで大丈夫なのか?」
 セイラン兄上は注意深くチヒロを見た。眉がよって難しい顔になった。
 「オウラン。異界の姫は、ララの実に弱いのかもしれない。こうまで、身悶えているのは、早く解毒せよとの身体の指示だろう。」
 「解毒ってどうすんのさ!」
 俺は、いつにもまして苦い顔になっているだろう。兄上も苦い顔で言った。
 「・・・発散させるしか・・・ない。」
 「で・・・できるかよ!ようやく、話してくれるようになったのに!」
 「だが。」
 兄上を遮ったのは、チヒロだった。
 「ごめ・んなさい・・・。ごめんね。迷惑かけて。大丈夫だよ、がまんする。わたし、だいじょう・ぶ」
 涙目で、上気した頬で、赤く色づいた唇で。
 「へいきだよ」
 迷惑かけてごめんと言う。
 大丈夫だよ、と君が言う。

 「・・・くそ、頼れ。すがれよ。こんな時、くらい」




 身体の隅々まで丁寧に。大事な、大切な君。

 舌を絡めてちゅっと吸い上げ、口の中で転がす。

 そのままなだらかな丘を掌でなでていると、チヒロの身体に小さく震えが走った。

 セイラン兄上がチヒロの背中越しに膝裏に大きな手を差し込んた。

 思わず、ごくりと喉が鳴った。

 蜜に群がる虫の気分だ。

 感じてくれていることがうれしくて、もっと気持ちよくしてやろうと思った。

 チヒロの蜜を味わった時より、高揚している自分がいた。

 もっと、感じて欲しい。もっともっと。
 
 セイラン兄上がチヒロの顎を捕らえ、口付けを与える。

 チヒロの身体がふるりと震える。

 もうだめと首を振れば、涙が回りに飛び散った。


 チヒロの涙で濡れた頬を優しく撫でてあげると、俺とようやく目が合った。
 瞬間真っ赤に染まる頬。それでも、『この後』が怖いのか、チヒロが青ざめる。


 「・・・もうしないよ。何のために、セイラン兄上も俺も服を着たままだと思うのさ。これは、治療、だよ。チヒロ。もう勝手な行動はしないと誓うんだ。・・・でないと、今度は、俺達が我慢できないぞ。」

 セイラン兄上と視線を交わし、噛んで含めるようにチヒロにいった。

 チヒロは真っ赤な顔で、こくこくと頷いた。
 よほど恥ずかしいのか、敷布に包まったまま、顔を出さない。
 だけど、以前のような、一方的な拒絶は感じられない。
 ・・・そのことにほっとした。

 
 


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