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第十九話:平衡する時間
 ・・・ハクオウ国のセイラン・クムヤ・ハクオウは。
 人格者で在られる。
 己の欲に捕らわれず、民を思い、国を思い。
 それは、自国の民も他国の民も同じ。
 ・・・セイラン王を有するハクオウ国は、その民は,幸福である。

 セイラン兄上が、笑みを浮かべつつ提案した。
 「姫を、このままこの国に置いては措けないな。アレクシス殿がカーシャを使って姫を丸め込む前に、どこかへ移動させなくては・・・。どう思う?オウラン。」
 「・・・妥当。」
 「ふふ、では、姫の教師候補に紛れさせて、術者を。」
 「風と火の精霊封じの得意な奴がいいね。空間を塞げる者も、いたほうがいいと思うな。」
 淡々と、謀を練り上げる。あらゆることを想定し、有効な人材を使って、チヒロを手に入れるために。
 「空間を塞いで、外からの干渉を防ぐのは、俺の力でどうとでもなる。緑の結界を使おう。」
 「・・・じゃあ、木の精霊によーく頼んでおかなきゃ。姫を国に連れて行くためだから、姫の言うこと聞いちゃだめだよって。姫に泣きつかれたら、如何な木の精霊でも結界崩しちゃわないか?」
 「ああ。そうだな。木の精霊の周りを土の精霊で補強しておけば、なお良いかな・・・。」
 「カーシャはどうかわす?」
 淡々と、策を練る。逃がさないように。零れ落ちないように。
 「・・・カーシャには、風の精霊封じの呪を。後は、一気に昏倒させてしまえば良い。薬、得意な奴がいる。ああ、それから・・・。」


 ・・・セイラン兄上。
 俺、セイラン兄上は、欲が無いと思っていた。
 違うんだね。欲を感じる者にも、モノにも、出会っていないだけだったんだ。
 ああ、だけど、俺だって。欲を感じたのは、初めてなんだよ。


 そうして、木と土が動き出す。
 「大きな、鳥籠がいるね・・・。」


 毎日の食事の会場はいつも変わる。会場のどこかに罠を仕掛けられないように。
 姫を案内する通路も日々変わる。隙を突かれて攫われないように。
 そしていつも、姫のそばには、アレクシスかカーシャがいた。

 ・・・隙を突くのは楽しい。慌てる姿を見るのはもっと楽しい。
 薬を、ひとつ。無味無臭、木の国特製。
 姫を前にして、人格者を演じているアレクシスの肉欲をほんの少し高めてやる。

 ・・・案の定、カーシャを寝室に連れ込んだ。
 あっけなくて嫌になる。

 カーシャの部屋に、術者特製の呪いをひとつ。
 風の精霊に声が届かなくなるだろう。そうして、薬をまたひとつ。
 カーシャのクローゼットに仕込んでみた。開けたら最後、三日は寝込む。
 ・・・隙を突くのは楽しい。騒ぐ姿を嘲るのもさらに楽しい。


 「さあ、捕らわれのお姫様を助けに行こう。」
 セイラン兄上がそう言った。
 「捕らわれ」ね。捕らわれてるのは、どっちかなあ・・・。

 土の壁でできた、とても大きな丸い鳥籠。幾重にも蔦が絡まり、とても持ち上げることなど叶いそうに無いそれ。
 それがふわりと浮かび上がる。
 「空間制御は万全ですね。」
 「では、参る。」
 かけ離れた空間と空間を、精霊の力を借りて、繋ぎ合わせた。
 土の国、木の国が有する、それぞれの国の最高の術者が一同に会し、力合わせてようやく成った、移動の術。壁のむこうに眠る彼女の姿を思い浮かべ、風の国を後にした。

 そうして、彼女は籠の中。
 風の国から、木の国に場を移動しただけの、籠の中。
 でも、もっとずっと近く。そばにいたい。


 ・・・・・頭が痛い・・・・・。
 ・・・・・おかしい、ざわざわする。
 頭をひとつ振って、意識をはっきりさせる。苦いものがこみ上げてくる。
 「・・・くそ、やられた!」
 何か、盛られたことは明白。では、兄は?チヒロはどこへいった?悪態をついて走り出す。
 間に合ってくれ!と思いながら。

 濃い緑の気に覆われたその部屋の守りは十分だったと言える。
 だけど、俺は強かった。
 チヒロを味わってから精霊の加護が増していた。だから、こんな壁、簡単に吹き飛ばせる。
 そこまでは、冷静だった。
「・・いやあ、やだ・・やめてえ」
 この声は、誰だ、と思う間もなかった。
 一気に膨れ上がった力が、壁をぶち壊していた。

 しゅうしゅうと、煙が立ち上がる中。チヒロが兄上に組み敷かれていた。
 両手、両足を蔦で戒められたその姿は、淫靡だった。
 ごくりと喉がなる。
 それを見透かした、兄上は、チヒロを嬲る手を休めずに、挑発してきた。
 ・・・一緒に味わおう、と。
 正直くらりときた。昼に夜に、思い描いた通りの見事な身体。
 淡い真珠色の肌は、どこまでも清楚なのに、大きさを主張する胸は豊かで、甘そうだった。見事な曲線を描く女性的な腰は兄上の大きな掌なら一掴みにできそうなほど細い。頭の先から、つま先までおよそ、人かと疑いたくなるほどの完璧な造作。
 視神経が焼き切れそうな気分だった。
 なのに、この馬鹿は!
 恥ずかしいのか、一生懸命身を捩って逃れようとした。その拍子に、胸がぷるんとゆれる。
 真珠色に両の朱色。
 見る見る自分の顔に血が上っていくのがわかった。
 「ばっ!動くな馬鹿!目が離せなくなるだろう!揺らすな馬鹿!」

 ・・・ああ、うん。もろもろ自分に言いたくなった・・・。
 
 ぎゃあぎゃあ騒ぐ俺達を前に、兄上は兄上だった。
 蔦を操り、組み敷いていたチヒロを自分の膝に抱え上げた。
 チヒロの身体が一気に真っ赤に染まった。
 
 「・・・どうする?」
 淡々としている兄上。
 チヒロは弱弱しく首を振る。真っ赤に潤んだ瞳から、ぽろり、と涙が零れ落ちた。
 ・・・ああ・・・。
 「泣いてる女を相手にするほど、落ちちゃいませんよ。」
 声がするりと出ていった。
 
 カンガエロ。カンガエロ。

 今しばらく、チヒロが笑っていられる状況を作り出す為に。

 そうして。
 史上初の完全なる太陽と月の巫女である彼女。
 精霊の加護は、無垢な少女に与えられるモノであるはず。
 彼女に向けられるは、純粋な好意。強引な好意は彼女の光を失わせるだろう、と。

 兄上は、俺の必死さに心を動かしてくれたようだ。
 ふ、と鼻で笑って、チヒロを離してくれた。
 侍女を呼びに行く兄上を横目に敷布に包まったチヒロを見た。
 離れがたいが、俺がここにいたらチヒロは顔も出せまい、と思い、踵を返す。
 少し、怖いと思うのは、チヒロが離れていくかもしれないと思うからか?
 願わくば、次に顔をあわせたとき、目をそらさないで欲しいと思うのは、わがままだろうか・・・?
 
 


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