第2章:月光は道を照らす
智奈達の通う高校から、バスで10分程の所にある病院のベッドの上で、パジャマ姿の咲子は大袈裟にため息をついた。
「全治1ヶ月だって!冗談じゃないわよ」
「でも、元気そうでよかったよ」
と、もみじがほっとした様子で言った。
「そうね。鼻とか潰れてるのかと思ってたよ」
と、智奈は咲子の左足のギプスの長さを測りながら言った。
咲子は、智奈の定規を取り上げて、「顔と携帯だけは守りきったの」
「自分で足を滑らせたんでしょ?誇らしげに言わないでよ」
と、智奈は肩をすくめて言った。
「それがね、違うの」
咲子は、そう言いながら髪をかきあげた。
「突き飛ばされたのよ。誰かにね」
「嘘っ!」
冷蔵庫の中をあさりながら、もみじが大声を出した。
「もみじ、声が大きい」
と、智奈はもみじをたしなめて、「足滑らせたのが恥ずかしいからって、嘘はいけないわよ。エイプリル・フールには早すぎるし?」
「嘘じゃないって。本当なの」
と、咲子は定規をもてあそびながら言った。
「詳しく聞かせてよ」
と、咲子の見舞い品のプリンを配りながら、興奮した様子でもみじは言った。
「…図書室から出た後だったの」
と、プリンのフタを開けて咲子は言った。
「咲が図書室?珍しい」
と、もみじは目を丸くして、「読書の秋だから?」
咲子は軽く手を振って、「違うよ。彼氏の趣味。読書家なのよ」
「読書家?咲にしては珍しい」
と言って、智奈はプリンを口元に運んだ。
「咲はスポーツマンが好きだったじゃない」
「付き合って、知ったのよ。スポーツマンで読書家だったの」
と、咲子は答えた。
「文武両道?」
と、もみじは訊いた。
「ロマンチストよ」
と、咲子はうんざりした様子で、「モノクロ映画のラブ・ロマンスしか観たこと無いんじゃないかなって、思うことあるわ」
「それで、図書室で逢い引き?」
「…違うけど。似てるかも…」
そう言って、咲子は言葉を曖昧に切って、恥ずかしそうに顔を伏せた。 咲子の様子を見た智奈は、悪戯っぽく微笑むと、「どうします?桃川さん。恐らく、他人に言うのもためらうくらいの恥ずかしいことしてますよ?」
「そうですね、栗栖さん?柿崎さんは、確実に恥ずかしがってますからね。期待ができますよ」
そう言うと、もみじは眼鏡を押さえて、「柿崎さん。どうして、図書室に行かれたのですか?」
咲子はプリンを口に運びながら、投げやりな口調で、「本。誰も読んでなさそうな本の中に、待ち合わせの場所とか時間が書いてあるメモが挟んであるの。事前に、メールでどの本に挟んであるのか知らされてね」
「キャー!」
と、もみじは叫んで、「警報よ!恋愛空襲警報!」
「恋愛爆撃機来襲!非戦闘員は速やかに退避せよ!」
と、智奈も声を張り上げた。
「上官殿!敵軍は恋愛焼夷弾を使用しています!被害は甚大です!」
「話が脱線したから、本題に戻るわよ」
と言いながら、咲子は定規で軽く智奈達の頭を叩くと、「とにかく、私は図書室を出て、階段に向かったの。途中でメールが来て、そのメールを見てる間に階段について。階段を降りようとしてたときも、携帯の画面に集中してたから、後ろに誰かいるのに気づかなかったのよ」
「それで、ドンッ?」
と、もみじは突き飛ばすジェスチャーをして言った。
咲子は無言で頷いて、スプーンをくわえた。
「どう思う?」
「どうって?」
「突き飛ばされたって話」
智奈ともみじは、病院の並木道を歩いていた。足元では、秋の色に染まった落ち葉がカサカサと音をたてている。
「…咲は恋愛がらみで『色々と』やってるからね。もしかしたら本当かも」
「なるほどね。じゃあ、もう1人のほうはどうなのかな?」
「もう1人?」
「咲が突き飛ばされたって日に、もう1人。階段から落ちたらしいじゃない」
智奈はポニーテイルをいじりながら、「…さぁね。事故か。咲みたいに突き飛ばされたのか」
もみじは眼鏡を押さえて、「もし突き飛ばされたのなら、突き飛ばしたのは人間か。『5時55分の怪人』か」
「…何にせよ、同じ日のほぼ同時刻に2人も落ちたのはひっかかるわね。…それにしても」
言葉を切って、智奈は眉間にシワを寄せた。
「頭にくるわ。どこかの誰かのせいで、今日の昼休みまでにノートが返ってこなかったんだから」
「智奈、顔恐いよ。元々しかめっ面なんだから、自重しなよ」
と言って、もみじは楽しそうに笑った。
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