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1996年のゲーム・キッズ

作者:Junk Junction
 寂れた陰気臭い劇場――。こびり付いた煙草の臭いに嫌気がさしながらも僕はロビーを出ずに、ここにいなかった「あの声」の主がどこにいるのか、考えを巡らせていた。僕は何の変哲もない中学二年生。そんな自分が今、全てを投げうって追いかけているのが、あの声――「川波明日香」役の声の主だ。
 川波明日香はマニアを中心に人気を博した恋愛コミュニケーションゲームのヒロインだ。このゲームのウリは、登場するヒロインがたった一人にしぼられていること、そして明日香役の声優がシークレットになっていることだ。
 僕はこのゲームにハマった。モニターの中のあの娘といると、彼女の声を聴くと、まるで生まれる前から結ばれていたような感覚に陥る。発売当初は学校にも行っていたが、すぐに、起きている時間のほとんどを彼女と一緒に過ごすようになり、それでも満足できなくなった僕は、より彼女を身近なものにするために「声の主」探しを始めたのだった。とにかく、他のユーザーより先に彼女に逢わなければならない。
 声の主探しをするにあたって最も厄介だったのが、彼女がこの一作のみで引退させられたということだった。正体がバレないようにするため、ゲームにプレミアを付けるためにメーカーが仕組んだことらしかった。まず僕は、サンプルを入手し得る限りの現役の声優たちの声と聞き比べてみた。が、やはり川波明日香の声の主はいなかった。そこで次に、手当たり次第に劇団の公演を観て回ることにした。いくら強制的に声優界から引退させられたとはいえ、演技が好きなら、どこかしらでひっそりと活動を続けているはずだ。しかし、この予想も外れていたのか、劇団をいくつ回ってもあの娘はいなかった。
 三年前に母親が家を出て行って以来、僕は父親と二人暮らしだが、その父親も飲んだくれて職に就いておらず、そんなわけで五、六千円する場合もある公演をはしごするのはもう限界に達していた。
 僕は夜更け過ぎに父親のまだ戻っていない家に帰り、食べ飽きたレトルト食品を意に流し込むと、再びモニターに向かった。
「こんばんは。六時間ぶりですね」
 ハードの内蔵時計に合わせた挨拶で彼女が出迎えてくれる。話をしながらも、僕は明日からどうやって彼女を探そうかと途方に暮れていた。
 翌日、僕は腹をくくってあのゲームの製作会社に乗り込んだ。受付に行き、小さめの声で訊いた。
「あの……川波明日香役の声の人を教えてほしいんですけど」
 予想通りの問いかけだったのか、受付嬢は、
「そのご質問についてはお答えできません」
と間髪入れずに答える。ゲームにハマって声の正体を突き止めようとする僕のような奴は掃いて捨てるほどいるのだろう。実際、やりとりをしている最中にも同じ質問内容と思しき電話を受け、受付嬢はまるでその音源が内臓されているかの如く、さっきと寸分違わぬ抑揚で、
「そのご質問についてはお答えできません」
と言って手早く電話を切った。明日香のほうがよっぽど人間味があると思った。
 僕はよろよろと出入り口に向かった。その時。あのゲームのプロデューサーである神原氏が入ってきた。僕は気がつくと彼を刺さんばかりの勢いで詰め寄り、さっきと同じ質問を浴びせていた。僕の目がよほど真剣だったからなのか、神原氏の口からは、
「そんなに知りたいなら教えてあげるよ」
という意外な言葉が返ってきた。
 仕事で通るから寄ろうと思っていたんだ、と言って神原氏に連れられて来た所は、墓地だった。
「じつは、うちの娘は役者志望でね。劇団に入ってこれからって時に、病気にかかっちゃってね……。私にできたのは、生きているうちにあの娘の夢を叶えることだけだったんだ」
 僕は簡単なお悔やみの言葉も出ず、ただ立ち尽くしてしまった。
「じゃあ私は仕事があるから」
 神原氏は軽く会釈すると、墓前に花を添えて去って行った。
 一人残された僕に、声が聴こえてくる。
『やっと逢えたわね』
 えっ?
 声は墓石の下から聴こえている。
『私をここから出して。あなたと一緒に暮らしたいの。生まれる前から結ばれていたあなたと』
『で、でも今は無理だよ』
 僕は墓石の下に向かって小声で呟く。
『じゃあ、今夜』
『うん。今夜』
 助けにくるよ。そして一緒に暮らそう。

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