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救えた愛しい女性。しかし、全てに救いがある訳では無いように、彼らに襲い掛かる現実。
その向こうにあるのは、絶望に沈みいく黒か、希望を見い出せた白なのか?

それでは、お暇でしたらお付き合いお願い致します。
PHASE-26 どうして…ここに…?
アスランは暫く(カガリからすれば数分だったが)涙を流し続けていた。

全身で感じるカガリの体温が心地好くて、背中を撫でてくれる手があまりにも優しくて、包み込んでくれる両の腕から離れるのが億劫に思えて。

今は、只そこに彼女が居てくれるだけで、生きていてくれるだけで嬉しいし、幸せだったのだが、アスランは失念していたのだ。自分はMSに乗っていたからこそ、左半身の火傷や裂傷なんかで済んでいた事に。生身の人間が、あのエネルギーの奔流の近くに居たら、どうなってしまうのかを。

「痛っ……!」

フェンリルがどうなって、キラがどんな目的で現れたのかなんて、今のアスランにはどうでも良い事に格下げされていた。それ程に、目の前の愛しき女性を腕の中から離したくないし、今までの我慢のせいでいつまでも二人切りで居たいとも思っていて、更に彼女を抱き竦める力を強めた。

「どうした?どこか怪我したのか?」

その時に上げた悲鳴にも似た声に、漸く意識を取り戻したアスランは、腕の中の彼女を窺うように眺めた。

「…いや、大丈夫。ちょっと腕の辺りがズキッとしただけだ」

未だ二人はセイバーの両拳が作った空間の中に居て、一部アスランがこじ開けた指の間から漏れ入る光しか、確認する為の光源は無い。

いつまでもこんな不健全極まり無い空間に居る訳にもいかないと思い、アスランは暫く振りのような感覚で立ち上がった。

そして、彼女も一緒に陽の下へ歩き出そうと、手を差し延べたのだが、何やら様子がおかしい事に気付く。

伸ばされた手を取ろうと、必死に腕を伸ばすのだが、どうにも身体が動いてくれなくて、目の前で困惑を浮かべているアスランの顔が、今のカガリの心境にもそのまま当て嵌まった。

届いてくれなくても、何度でも手を伸ばす。セイラン家に軟禁された頃--いや、アスランがプラントへ向けて発ってしまったあの頃から、感じられなかった心地良い温もりが、これ以上離れて欲しくないから。

身体を前のめりにして、手を更に伸ばす。左薬指に嵌められたエメラルドの指輪が、陽光に照らされて煌めいたのが、更にカガリの身体を後押しする。
あの監獄のような家に閉じ込められ、家の仕来たりやマナーを教え込まれた二日間を、強い気持ちで乗り切れたのは、この指輪のお陰だった。

そのお守りのような存在が煌めいているのだから、大丈夫な筈なのだが、一向に左手がアスランの右手を掴む事は叶わない。

「…たく。仕方ないな」

見兼ねたアスランは、カガリを抱え込んだ。右手は太股と膨ら脛の間に、左手は背中を包み込むように。そして立ち上がればお姫様抱っこの完成、という訳だ。

瞬間、カガリは自分の身体の違和感の理由を理解した。その場から動けなかったのは、フェンリルと対峙した事が恐怖に変わり、腰を抜かしたなんて、軽い感じで済ませられる問題では無い。これからの生涯に、文字通り足枷となる事象が、自分の足に起こっているとわかってしまったのだから。

一方のアスランは、彼女を抱える事を楽しんでいた。他人の為に着ているウェディングドレスなのは気に入らないが、あの騒動の中でも純白を保ったその生地は滑らかで、その仕立ての美しさはカガリの持つ魅力を最大限に引き出していると、好いた者らしい感想を脳に浮かべて、未だ渦中に居る筈なのに、小さな幸せを噛み締めていた。

しかし、それは光が差し込まない拳の中での話。

一歩ずつ陽の下へと歩み行く。その度にベールを被るカガリの表情が浮き彫りになっていき、自分と同じように笑みを浮かべているか、初な彼女の事だ、照れて頬を赤く染めているかのどちらかだろうと、顔を覗き込むと、想像とは真逆という事実がアスランに困惑を齎した。

わなわなと震える瞳と、瞠目した双眸。意味する所を察せないアスランは、とにかく明るい場所に出る為に、自分がこじ開けた指の間を頭を下げて、彼女を包むように優しく屈んで、暫くぶりと感じてしまう、森の中の空気を味わう。

しかし、解せないカガリの表情が気になる訳で、暢気な事を言っている訳にもいかない。

上半身を窺う。わなわなと震えて、何かに怯えるかのような表情以外には、何も特筆すべき所は見当たらない。敢えて言うのなら、煤を少し被ったベールが気になることぐらいだ。

少しづつ視線をずらしていく。先程から顔か、腕と手ばかり眺めていたものだから、少し新鮮な気持ちでドレスのラインを辿っていく。そして、フリルがあしらわれて、流れるような曲線を描く裾部分に視線が向かった時、アスランの中の至福な気持ちは音を立てて瓦礫と化した。

彼女の瞳と同じようにわなわなと腕が震えて、彼女を抱えて立ってられなくて、なるべくそっと、柔らかそうな草の上へと降ろす。刺激を与えてしまわぬように。

そして、少しづつ後退る。それは自分が賭けに勝って、勝負に負けたようなもの。大切な命という内枠を壊させなかった殊勲と、これからの人生を幸せに生きる為の外枠を守れなかった自己嫌悪。

「カガリ……!あ、足が……」

胸の辺りから続く純白は、腰から下、太股の中間辺りから消失しており、カガリの生足を晒してしまっていた。それだけなら自己嫌悪なんて起きやしない。

そう、その消失した理由はドレスが覆っていない部分の切れ目から、推測、いや、確信する事が出来てしまい、アスランは翠の双眸を瞠き、頭を抱えて震え始めた。

両の足に刻まれてしまった、守れなかった証。皮膚は焼け爛れて痛々しいまでの様相を呈し、その上、カガリはこの痛みを感じていないという。

それが何を意味するかなんて、普通誰にでも想像出来るし、それ以外に考えられる可能性もある訳が無い。思い至ると共に、涙が零れ始めた。

内に溜め込んでいたもの。

覚醒と代償。

カガリを助ける為に、アスランは自ら封印したあの力を一瞬だけ解放していた。極限まで高められた集中と、繊細に、より大胆に捍捌きを伝えられる機動の質。

良い事尽くしのように感じるかもしれないが、強すぎる力には勿論代償もある。それは集中の余り、周りの把握を第一に優先してしまう思考にあった。

元々、キラとの弔い合戦で覚醒したこの力は、やはり敵対する相手を壊す為の力だ。そんな力の箍を外し、人を助けようとするなんて芸当は矛盾を含んでいたのだ。

そんな愚かな判断をしてしまった自分自身が憎くて、身体を無意識に掻きむしっていた。赤紫のノーマルスーツが、より深い赤黒へと変色していく。

「止めろ、アスラン!」

後退されてしまい、足の動かないカガリは必死に手を伸ばしていた。

それに気付いて顔を上げる。涙と哀しみでぐちゃぐちゃな、自分の身体を傷ものにした愚か者の顔を覗き込んでくれて、またアスランの中に嫌悪が広がっていく。

大戦の折に失った大切な友人の灯と、その事実に身が痩せる程に思い詰め、墓石の前で涙を見せ付けられてしまったあの時の胸の痛み。

それが嫌で、そんな世界の炎から彼女を守る為に、俺はオーブへと渡ったのではないのか?
結局は自分の情けなさと歯痒さで、ニコルの時と同じような状況を作り出してしまっては、俺がここに存在する意義も意味もある訳が無い。

只々愛しい人と過ごすなんて幻想を、さっきまでの自分が脳裏に描いていた事さえ、現状を見れば痴がましいに決まっているだろう。

更に落ちていく思考が、自身に食い込む指の力を更に強めていく。ノーマルスーツは赤黒を通り越して、最早漆黒と変わらない程に、流れ出て、固まり、更に流れ出てを繰り返して、彼の哀しみと自身への憤怒に染められていく。

「…俺は…!俺は!!」

流れ出す涙は痛みを孕み、アスランの頬を白く染めていく。父と同じく、愛しい者、大切なものを守れやしない愚かなザラの血等、この際ここで断ち切ってしまうのも悪くない。

「もう…、生きてる価値も、生きていく気力も無いんだ…」

漸く爪を離したかと思えば、今度は腰のホルスターから銃を取り出して、こめかみに押し付ける。その姿をもどかしいこの身体の状態で見せられ、カガリの顔からも血の気が引いていた。

カガリにはアスランの嫌悪を分かち合う事は出来ないが、こんな馬鹿をやらかそうとする奴には、これだけは言ってやらなければならない。だから、もっと必死に手を伸ばす。這い擦りながら、手を伸ばす。

「カガリ…済まない…。さようなら--」

「ふざけるな!!」

銃爪を引こうとした瞬間に、身体を覆うように突っ込まれ、銃は宙を舞って深く茂った緑の中へ消えた。

「カ、カガリ……?」

こんな大馬鹿野郎を死なせてくれないのか?

これ程の火傷を負って何も感じないという事は、神経がどうにかなってしまっている筈だ。そうなれば、これからは自分の足で立つことも、歩く事も、走る事も儘ならない。

五体満足を奪い、その上これからの人生に障害を抱えさせてしまった彼女との幸せを妄想するような。どうしようもない痴れ者に生きていく居場所等無い筈なのに。

守りたくて、でも守れなかった人は、必死になって俺の胴にしがみついているのだ。

「死のうだなんて考えるな!!あたしの為に、自分を犠牲にしようとするな!!」

虚な瞳を彼女に向ける。

アスランがプラント行きを諦めようとしていた時に、彼女が後押しする為に紡いだ言葉が、心の中で反芻していく。

カガリは自分の為に我慢をするなとか、やりたい事を自分の為に諦めるなとか、そんな事を言っていた筈だ。しかし、これは諦めるとか我慢するなんて次元の話では無い。

愛しいと思う女性を守れなかった罪は、男の最大の罪であり、男からすれば決して赦せるものでは無い。

別に、死にたくて死ぬ訳ではない。償いは生きてするべきだと思っている。だけど、戦う理由であったカガリを戦いの渦中で傷付けてしまった事は、アスランの生きる気力を完全に削いでしまっていた。

そして、今までに苛まれた様々な罪に関する後悔が襲い、彼をより深淵へと誘っていく。

「前にも言っただろう!!」

そんな虚な瞳を強い意思で見上げ、カガリは叫んでいた。痛みを感じない下半身を引き擦り、力任せにアスランに馬乗りになる。

アスランの視界から、自分の罪の証が消えていた。

「生きる事の方が戦いだって!生き抜く事がこれまでの贖罪だって!」

上から降ってくる叱咤の声。しかし、今の彼には心にも頭の中にも響いてこない。目の端に滴を浮かべて、強さを示してくるのが、今は只鬱陶しいだけだ。

何故なら、自分がどうして死のうとしたかわかっていないからだ。それは、自分に絶望したのだ。力を持っている筈で、しかも彼女を戦いから遠ざけられる筈の力が、結局は戦禍を彼女へ与えてしまう死神でしかない自分に。

しかし、カガリの訴えたい事はそれだけではなかった。未だに浮かぶ滴が零れ、アスランの頬を濡らしていく。

「それ以上に!…あたしはお前と一緒に生きていきたいんだ、どんな事があっても。
もしお前が居なくなったら、足だけじゃなく、心まで動かなくなってしまう!」

光を失っていた瞳が僅かに煌めいた。腰の辺りから見下ろしてくるカガリの視線を確かめてみると、内に反芻する言葉の群れを手繰り寄せた。

オーブへ渡る切っ掛け、彼女を守りたい理由、オーブにあの過ちを繰り返させない為の二年間の軌跡、プラントへ非公式に会談へと赴いた結果、そして今。

全ての記憶の残滓が結び付き、カガリの笑顔を形造っていく。そして、心の中に浮かんだ言葉は--。

「お…俺も…カガリと共に…生きて、…いきたい…!」

身体を起こして抱き竦める。

赦してくれとは言えない。しかし、彼女が望んでくれるなら、傍に居させてくれると言うのなら、命尽きるまで添い遂げようと思う。

こんな駄目な俺を時に叱咤し、時に弱い部分を見せてくれる彼女の隣で。それが例えどんな立場にあろうとも。


護衛という役回りを上手く熟せずに、しかも対象を殺害されてしまうという、史上最低の体たらくを演じてしまったクロードは、躊躇いがちに黒煤の塊と化したチャペルの上に、同系色の機体で降り立った。

そして辺りを見回して、ミラージュコロイドを展開し、品定めをしているだろうフェンリルの次に狙う獲物を予測する。

まず代表の命を奪ったのは、これからの何らかの行動に障害を来す可能性が高いからだろう。そうなれば、次に狙いそうなのは、先程から隣で膝を付いているフリーダムだろうと思うのだが、どうやら違うようだ。

代表は大戦を終結させた英雄であるからこそ、世界に対する大きな影響力を有する。だからこそ邪魔だと思う組織は少なからず存在するだろうし、同じ力を有するフリーダムやアスランを狙うのが定石だと思うが、力無く項垂れるフリーダムを仕留めようとしないのはかなり不自然だ。

ならば、何故代表を真っ先に狙ったのだろうか?

『クロード、平気なんですか?代表の事…』

心配そうなシンの顔は、その言葉をそのまま返したくなる表情を見せていた。

あれ程までの怒りと憎しみを、MSデッキでぶつけていた奴が持つ感情じゃない筈の哀しみを、表に如実に浮かべているシンの様子は若干の混乱を含んでいるように見える。

「……平気なように見えるか?そもそも、俺達がここに居る意味が無くなってるんだ。申し訳のしようが--」

努めて冷静になろうとはしているが、頭の中はぐちゃぐちゃと後悔に溢れ、自分の不甲斐無さを再確認させられる結果となっている。

それにここにMSに乗って居る理由は、代表とユウナ議員の護衛だった筈だ。しかし、片方のどうしても守らなければいけないと思っていた少女は、この黒いチャペルと同じく煤と化してしまっていて。

そこまでを考えついて、ある事に気付いた。

(まさか、こちらの護衛対象が狙われたのか?)

情報が何処かから漏れていたとして、フェンリルにとってザフトは、ユニウスセブンを地球に落とすのを邪魔した奴らだ。
復讐を兼ねて結婚式に乱入し、敵の大事な護衛対象を殺す事で哀しみと、こちらの戦意を削ぐ意味にもなる。

となれば、次に狙われる人は自然と絞られていく。そして確信にも至る。
ここまでパレードをしてきた道の向こう、商店街に入る前の海沿いの防風林ならぬ防風森が途切れる場所、そこに止まる白いリムジンと妨害するように、突然質量を現して代表を葬った時のようにレールガンを構えていた。

「くっ!シン、行くぞ!」

『は、はい!』

バーニアを最大に吹かす。燃料の底が見えてはいるが、気にしている余裕等ある訳もない。これ以上奴の好きにさせてしまえば、軍としての面子も丸潰れだし、それ以上に軍人でない者が狙われて消されていく、こんな状況に腹も立っているのだ。

暗殺や謀殺という裏でこそこそと重要なポストを担う者を闇に葬るやり方は、昔から気に入らなかった。小国が大国に勝つ為には仕方ない行為かもしれないが、寧ろこんな卑怯な真似をするのは大国の、最高権力より少し下で燻っていると勘違いしている、欲の塊みたいな奴らが殆どだ。

だから、嫌気が射すのだ。あんな機体やそれを十分に駆る能力を持ちながら、暗殺を行うあの魔狼の存在が。

何より、友人の大切な人を守れなかった自分も。

レールガンのチャージは既に始まっていて、白いリムジンから逃げ出す小さい影は見えない。距離は絶妙に間に合うか、間に合わないかの瀬戸際にある。

それにインパルスより機動力に優れ、間に合う可能性が高いラグナロクでは防御に入り、ガラディンを構えるタイミングを間違えば、逆に機体の爆発に巻き込んでユウナの生存率を落としてしまう。だが、インパルスの機動力では間に合う可能性の方が低い。

『間に合えーっ!』

しかし、状況はそんな心配を嘲笑うかのように、皮肉な状態を作り出していた。

インパルスのバーニアが悲鳴を上げるように、二、三度明滅を繰り返す。先程も限界までバーニアを酷使したのだ、それにまた最大まで出力を上げてしまえば、流石の新型の装甲でも耐え難いものがある。噴射口が溶解を始めていた。

「くっ…!エネルギーが…」

一方のラグナロクもフリーダムとの対峙、徒労に終わってしまった代表の元へと駆け付ける為のバーニア最大出力、それらが相俟ってエネルギーが危険域へと突入し、どんどんと推進力が落ち始めていた。

『くそっ!!これじゃ間に合わない!』

近付いている筈の白いリムジンが、どんどんと遠ざかっていくような感覚を味わう。それが意味する所は、またオーブの重要人物を守れないという失態。最も大きいのは、軍人では無い文官の死。

「ミネルバとの距離があり過ぎて、デュードリオンも使えないとなると…万事休すか…!」

ミネルバはオーブへと入港したままに待機している。流石に結婚式という舞台に、宇宙艦のような巨大な物体の出演は礼に反すると、議長が判断したのだろう。

その配慮が、花婿の命の危機を救える可能性を絶つ事になるとは、何たる裏目であろうか。

落ちていく速度と高度。チャージ終了寸前のレールガン。捍を握る手、汗。

そして無情にも砲口から迸しる赤い光が、チャージの完了を示していた。距離は未だに離れ過ぎている。どう考えても絶望的な差を、今の二機に埋める力は残されていない。

「あああぁぁぁっ!」『畜生ーっ!!』

無理である事は理解しているのだが、バーニアを吹かすことは止めない。諦めてしまえば、それで終わり。最後まで足掻けば逆転か起きる可能性だって、薄氷程度の確率は残されていた。

その足掻きに気付いたのか、フェンリルはチャージを終えたレールガンを構えたまま、二機の方にカメラを向けた。そして、獲物を見つけた時以上の嗤いを口元へ愉悦と共に浮かべた。

距離が少しづつ詰まるのを確認しつつ、愉しそうに笑みを深めていく。奴らの顔が、特にラグナロクのパイロットの顔が歪む姿を思い浮かべると、心が高揚していくのを禁じ得ない。

そして二機が本調子であれば、間違いなく間に合ったであろう時間を掛けて、フェンリルは迸しる閃光を再び解き放った。

リムジンへと迫り行く赤き線条は、肉眼でも確認出来る程の禍々しさを持って、二人の網膜に焼き付く。

どうしようもない状況を前に、クロードは捍を握る事を止めずに居るが、シンは半分諦めてしまっていた。
思い入れが深い訳では無いからか、適当に任務へあたっていた訳じゃ無いにも関わらず、結局はオーブという裏切った国を本気で守るつもりはなかったのかも。

しかし、本気で守ろうと必死になる者も居るのは事実で。新たな反応がレーダーに移る。

最初はムラサメであろうと気にもしていなかった、近くの森にあった反応が無くなり、いきなりザフトの識別反応を光らせてフェンリルとリムジンの間に割り込んだ。

閃光の奔流が立ち昇り、辺りを赤く染めていく。その中で割り込んだ機体の安否は確認出来ない。何故なら、同じ色だったからだ。この視界を染め上げた色と。

少しづつ引いていく、靄のような粉塵が消え、現れたのは盾を構えた腕が半壊した、赤いガンダムの姿。

クロードは整理仕切れない頭の中に、見覚えがあるという記憶の糸を見つけ出した。

インパルスとほぼ同時期に開発が進められ、ラグナロクの完成後には、パイロットを決めるだけになっていた機体だ。

基本的な装備はセカンドステージと同じで、MAに変形出来る事を考えると、アーモリーワンで開発されていたあの三機に似ているが、強奪されたものの開発コンセプトが破壊力や攻撃性であるならば、目の前でフェンリルの度肝を抜いた機体のコンセプトは、守護と防御の力。

その機体が示す固有名は、それを顕著に現していた。リムジンの前で仁王立つ、この機体の名前は?--

「セイバーが…どうしてここに…?」

これの所在は確か、アプリリウスにあった筈だ。議長の元で設計、デザインされた特機とも言うべきものだが、搭乗者が居ないので地下の格納庫にしまわれていた筈が、今赤いガンダムは白いリムジンを庇うように立ち回り、フェンリルの攻撃をいとも簡単に捌いて見せていた。

『す、すごい……』

バーニアの限界がとうとう飛行不能に陥り、インパルスは地面に降り立ちながら、目の前で繰り広げられている赤と蒼が絡む様を感嘆と共に見つめていた。

そこで零れた呟きは、戦法にクロードと同じ匂いを感じとったからだった。

フェンリルのビームライフルの乱射を、変形し、宙に飛ぶ事で危なげなく避け、反撃とばかりにレールガンを見舞う。寸でで躱されてしまいはしたが、MAの機動性を生かして突撃し、今度はMS状態に戻ると同時にヴァジュラを構え、勢いを保ちながら水平に切り込む。

しかし、流石フリーダムと同スペックというべきか、上手く体勢を制御してセイバーの下に潜り込み、ビームサーベルを右手に構えて上へと翳そうとした。

通り過ぎるセイバーに突き刺されば、そのまま真っ二つになる寸法だったが、読まれていたのか、それともまぐれか、サーベルとヴァジュラが交錯し、思惑とは違う結果になった事に腹が立ち始めた。

『邪魔なんだよ!そんなボロボロの機体で、フェンリルに噛み付きやがって!』

左半身が焼け焦げ、黒煤が纏わり付いている。しかもコックピット付近が剥き出しになっていて、中の奴がどれ程酔狂なのか計りかねるぐらいだ。

しかし、先程からどれ程攻撃を加えても、かすり傷程度しか与えられていないのも事実で、腕に自信があるからこそ、壊れた機体ででもフェンリルの前に立ち塞がった、という訳か。

『余裕たっぷり、って訳か?その慢心、嫌という程に後悔させてやるぜ!』

(…いや、そうじゃない)

集音機能が広ってきた、聞き憶えがある声に反応して考えていたことが弾ける。

確かにあんな状態で、核を積んだガンダムを相手にするのは無謀に近いが、それを補ってあまりある気迫を、クロードは赤い機体から感じていた。

まるで死なせたくない人を、同じコックピットに乗せているかのようだ。
後で知る事になるのだが、この予想が本当に当たっていた事に、クロードはある意味脱力と怒りを混合した、モヤモヤとする気持ちを抱える羽目になるのだが。

そして二つの色が重なり合う。ラグナロクとインパルスは見ている事しか出来ずに、クロードは既にリムジンで気絶していたユウナ・ロマを連れ出そうとしていた。

それに気付いた魔狼は、赤い咆哮ともいうべきレールガンを放とうとするが、放とうとした色のガンダムに不覚を取る事になる。

腰に据えたレールガンを前に迫り出させる為には、僅かな、ほんの僅かな隙を生じさせる行為なのだが、その一瞬を見逃さずに、セイバーの右手に握られたヴァジュラが、刹那の輝きを見せて、砲身を支える為の腕を肩口から切り落とす。

しかし、それだけでめげるフェンリルではない。今度は、ビームライフルを左手で構え、クロードを狙い銃爪を引こうとしたのだが。

『クロードは殺らせない!!』

目の前に闖入したインパルスの射撃が、ライフルの銃口へと直撃し、大規模な爆発が辺りの状況を覆い隠す。レーダーを頼りに索敵を行うにしても、四機ものガンダムが一同に介している場所では、レーダー等無意味に近い。それは他の三機も同じだろう、と高を括ったのがいけなかった。

突如目の前に影が過ぎった。見る限り、ラグナロクとインパルスはあれ以上の無理をすれば、フェイズシフトは落ち、フェンリルに勝てる要素はなくなるだろう。片腕を無くしていると言っても、機体の性能の高さで補って余りある程の余裕がある。

しかし、爆煙の中で待てど暮らせど攻撃はやってこない。本来ならこの上ない事だが、状況的には空振らせて、反撃で確実に落としていくのが、一人で戦う時の定石だろう。

晴れていく煙、現れ始める取り巻きの景色、切り落とされていない左腕。そしてガンダム三機の位置--。

(…やられた…!)

構えられたライフルとマシンガンに、流石に燃え滾る復讐の炎だけではどうもこうもいかないと冷静に判断出来たフェンリルは、煙幕変わりの粉塵を上げる為にレールガンをそのままの状態で射ち、その間にミラージュコロイドを展開する。

『おい、ラグナロク!』

粉塵の向こう側から聞こえてくる、何処かで聞き慣れた声。記憶の最中にあるのだろうが、どうしても見つけられずに、訳がわからなくなっていた。

そんな声の主から入った強制通信。ソースを割り出そうと、キーボードを叩く。

『今度会う時、お前にはもっと大きな苦しみか、命の終わりを与えてやる…』

漸く明瞭になった視界に、あの蒼いガンダムの存在は欠片も見当たらず、インパルスもラグナロクも暫くぶりに味わった絶望に陥りそうになる。

(代表を守れずに、ユウナは守れた、か…)

友人の攻め立てる顔が、哀しみに歪む表情が、絶望に咽び泣く声が脳の根幹で展開され、少しも離れてくれない。

『クロード…、あれはしょうがなかったんですよ…。フリーダムの乱入があったなら、そっちに気が向くのが当然です』

心配してくれるシンの優しさと心配させている自分の情けなさとが相俟って、余計に気持ちが沈んでいく。

確かにあの時は、フリーダムを代表から遠ざける事が最優先だと思ったのだ。正しい判断だとも思ったし、間違いが起きないように距離を置く事は、戦う上では大事であると思っている。

しかし、結果はどうだ!?フェンリルの乱入と同時に暗殺を果たしされて、しかもオーブのそこら中を破壊されてしまった。

これの何処が護衛だ!

何がアスランが帰るまで守ろうだ!?

そんな落ちて、堕ちてしょうがない状況の中、新しい回線から通信が入ってきて、ほぼ強制でモニターに相手の画像が展開された。その相手を見て、クロードは驚きと戸惑いと嬉しさと申し訳なさとが入り乱れて、大変な顔になってしまっていたのだろう。
目の前で確かに生きている、死んだと思っていた女性が笑いを堪えながら、そして、合わせる顔が無い思っていた青年が、何もかもが吹っ切れた柔和な笑顔で映し出されているのだった。

「…アスラン…!…代表…!」

『無事だったんですね!』

これで一応の解決が見えたような気がしたのだが、そうは問屋が卸してくれない。この問屋はとにかく陰湿で、人権なんぞ屁とも思っていない節がある。

その動きは不穏一辺倒。今も敵国を完全に葬る為に、禁じられた手を使おうと荷物を運んでいるのだった--。

お読み頂きありがとうございます。お気に召して頂けたでしょうか?

今回の話では、原作以上にアスランをへたれにしてしまいました。格好悪いアスランが嫌いな方はごめんなさい…。
ですが、これくらい落ち込んでくれた方が、二人の絆がより深くなってくれると思うんです。

では、お疲れ様でした。良ければ、次回もお付き合い下さい。


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