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閃光に照らされ、絶望に沈むクロード、シン、キラ。その頃、海岸線を守る二機もおかしな事に気付き始めていた。

一方、セイバーを駆ってオーブへと舞い戻ったアスランが見た物とは?

では、お暇でしたら、どうぞお付き合い下さい。

PHASE-25 …ありがとう
あまりにも赤い閃光が辺りを同じ色に染めていて、まるで夕暮れのようだと、場違いな事をシンは思っていた。
憎くて、何も感じない訳じゃない。一瞬の出来事過ぎて、頭の回転が付いてきていないのだ。

突然出現した、ユニウスセブンでラグナロクと交戦記録のあるフリーダムに似た機体。それはいきなり腰のレールガンを構えて、代表の名を呼んで《覚悟》と全方位通信で叫んだ。
何故そんな危険な行為をするかはわからないが、これだけは言えた。

代表の身が危ない、と。

無我夢中で捍を握って、バーニアを吹かした。それも何故か自分でもわからない。ただその時に脳裏に浮かんできたのは、ミネルバで二人に与えられた部屋で、悔しそうにテーブルを叩くアスラン・ザラの姿。

その横で複雑な表情を見せる、代表も印象的だった。

そして同時に思い出すのは、ユニウスセブンへと向かう中の休憩室で、代表を守る為に国の事を貶しても良いが、本人のやっている事を鑑みないで貶すな、と毅然とした態度で代表を守るように立ち回る姿。

この二つがぐちゃぐちゃに混じりあって、ある思考が本能的に浮かび上がった。

それが代表を守らなきゃいけない、という前を考えると有り得ない考え。任務…という事もあるが、それ以上の判別出来ない感情が生まれてきて、とにかくフェンリルの所に向かわなきゃと、インパルスを全速力で駆けさせた。

しかし、離れ過ぎた距離を埋めるにはフリーダムとラグナロクの機動性でも不可能で、放たれた赤い一条のビームが代表へと直進しているのだけを、やけに遅く感じるながら茫然と眺めるしかなかった。

『カガリーッ!!!』『代表ぉぉぉっ!!』

フリーダムのパイロットの叫びとクロードの叫びが調和して、赤く染まり、視認不能なチャペルを見詰める事しか出来ない自分の中へと染み込んでくる。

突き付けられた現実に、シンの心は痛みを通り超した傷を生じさせた。守りたいと思うものが守れなかったという事実。

目の前の赤が自分の瞳と同じ、紅に変わっていく心地さえしていた。

少しづつ消えていく赤い光。浴びせられた場所は跡形もなくレールガンの餌食となって、残骸と瓦礫だけが残っていた。

戦う気力を失ったのか、フリーダムはだらりと力を抜いたように、茫然と現実を見据えたくないと拒否するかのように、カメラ部分の光さえ失っていた。

『……カガリ…ッ…!』

漏れた嗚咽はフリーダムのもののようだった。嗚咽は泣き声へと昇華し、誰もが茫然としているこの場へと嫌に響いて、シンの奥底にも悲しみを齎した。

そしてフェンリルは片付いたと判断し、次なる獲物を求めて辺りを見回す。誰もが散り散りに避難していく中、嫌に目立つ白いリムジンの姿が飛び込んできて、暗く狭いコックピットの中で嗤った。

急速で発信した為か、中に居るユウナの呼吸と心音は嫌に乱れていた。自分自身でわかるのだから、相当な恐怖を憶えたのだろう。

しかし、それもすぐに止まる事となる。落ち着ける場所に辿り着く等、最早夢物語としか思えない。何故なら道路を塞ぐように、あの蒼い機体が先程のようにレールガンを構えて佇んでいるのだから。

心臓の鼓動が聞こえない。身体が言う事を聞かずに、只々震えているだけだ。

運転手は奇怪な叫び声を上げながら、リムジンを疾うに脱け出していた。無礼者とか、置いていくなとか、陳腐な言葉すら吐けないこの臆病な口が、今以上に赦せない事はなかった。

「ぼ、ぼぼぼ僕が、な、何をしたっていうんだ…!?」

漸く吐き出せた言葉は、酷くしゃがれて自分でも何と紡いだのか判断出来ない程だ。しかし、自分自身を保身する為の言葉だった事だけは、脳が感覚的にそして本能的に憶えていて、更に嫌気がさすのだ。

本来ならこの車には自分とカガリが乗っている筈だった。あの場所から手を引いて、自分の男らしさを示すつもりはあった。だが、目の前でレールガンのチャージを今にも終えそうなこのガンダムの雰囲気に圧倒され、淘汰され、そして、怖じ気づいて。

結局は竦む足を引きずるようにして、このリムジンへと一人で逃げ込んでしまった。

あの後、チャペルがどうなったなんて怖くて確認したくない。紅い閃光が背中を染めた気もしたが、気付いていない振りをしていたい。

カガリが死んだなんて、一片たりとも思いたくない。

しかし、直視出来なかった現実が無情な牙を剥くまでに、大した時間は掛からなかった。目の前に突き付けられた、光が増幅していく様を見せる砲口を、動かない身体と閉じてくれない瞳で見続けるしかないのだ。

「-----!!」

誰かの叫び声らしき雑音が耳を打ったが、そんな物は死の恐怖の前では、どうしても優先されて脳は聴き入れようとはしてくれない。理解しているのは、誰も助けにこないし、もう風前の灯程度の命という事ぐらいだ。

「----ナ!!」

レールガンの砲口から光が漏れ始めた。そして数瞬の後、赤い光が真っ直ぐにこちらへと放たれたのを確認して、僕の意識は完全に途切れた。

「--ユウナ!!」

最後にカガリの呼び声が聞こえたような気がしただけでも、僕は幸せだったのかもしれない--。


時は少し遡る--。

「くっ!何だと言うんだ、この部隊は!」

一機の所属不明MSをビームトマホークで屠りながら、レイは苦々しげに叫び声を挙げた。
白いザク・ファントムは赤いザク・ウォーリアと共に、突破されてしまった海岸線を放棄し、クロードやシンと合流しようとした時だった。

突然海中から現れたMSによる足止めを食らってしまったのだ。どうやら新型のようで、レイの脳内にもこの機体に関する情報は存在していない。

いや、そうではないのかもしれない。脳の何処かには記憶が存在し、その残滓の糸が漂っているのだとしても、今の心裡では冷静に辿れないだけの可能性もある。

それは武器が破壊され、貧弱な装備で立ち向かわなければならないとか、ムラサメ隊の統率が機体通りの動きを見せてくれないとか、そんな不安要素のせいじゃない。

あの《自由》を関する機体、正確にはそのパイロットのせいだった。

『レイ、マズイわよ!フリーダムを止めないと、クロードとシンだって危ない!』

ザク・ウォーリアがコックピット辺りに拳を叩き込み、MSを沈黙させた。ルナマリアはウィザードをやられているので、被害は甚大だ。

かく言うレイの機体も片腕とビームライフルを失って、本来なら近接戦さえ危ぶまれる状態なのだが、持ち前のセンスのお陰で二人ともそれなりの対処が出来てはいるが、ムラサメ隊はバーニアとスラスター、可変機構をやられたようで、こちらへ援護に来られる雰囲気では無い。

「わかっている!しかし、こいつらを放って行く訳にはいかないだ、ろ!」

コックピットを狙った一条のビームを弾き飛ばし、防御に一役買ったトマホークで敵MSの上下に分けながら、レイは冷静な判断を下していた。

ルナマリアも周りの状況は把握している。海の中から湧き出てくるMS群は、有限の筈が心理的に無限のように現れてくるように感じているし、中々の戦闘力を誇る為油断も出来ない。

その上でも、チャペルへと加勢に行かなければいけないと脳が告げている。どんなに二人が優れていると言っても、あの伝説の機体の前では霞んでしまう。ユニウスセブンから地球を守ったラグナロクだって、フリーダムの前ではどうしても聞き劣りしてしまう。

それ程に、大戦の英雄の名は大きなものなのだ。

『けど、フリーダムを抑える為には四機でも荷が重いのも、確かな筈…よ!』

海の中から伸ばしてきた腕を確保し、引きずり出して地面に叩きつける。後はコックピット付近を踏み潰してやれば、また一機が行動不能になる。

確認が出来たら次へ移行する。片腕を失っているザク・ファントムじゃ、攻守のバランスは取り辛い。
片方に傾けば、片方は疎かになるのが道理だ。それを人間は両方に同じものを共存させて均衡を保っている。しかし、その片方を失えばどうか。
その状態にすぐに慣れる事が出来れば話は別だが、そうで無いのなら攻守どちらに移る時も僅かな隙を生じる結果になる。

戦場において、その隙は命取りになる。レイの操縦センスならそこまで心配する事ないとは思えるが、念には念を入れなければならない状態だろう。

そうこう考える内に、ビームトマホークを紙一重で避けられた事により生まれた隙を、後ろから迫る機体が突こうとしているのが目に飛び込んできた。

『やらせるもんですかっ!!』

今まで温存していたビームトマホークを、肩に直結しているシールドから引き抜き、思い切り投げ付ける。

それは回転しながら敵MSの直前で少しづつ左へと方向を変え、胴の装甲を切り裂き、そこに突き刺さる。

その合間にザク・ファントムに反撃を試みた敵MSは、ビームを放ってきたのだが、巧みに躱しつつ接近されて、振り下ろされたトマホークによって、文字通りに真っ二つになった。

「済まない、助かった!」

『お礼は後で良いわ。とにかくここを早く片付けなきゃ、手遅れになる事だって考えられるんだから』

「…ああ、その通りだ」

両のザクが斧を握り直し、また海から出現した瞬間に、ルナマリアは信じられないものがレーダーに映った事に、驚愕の声を上げた。

『な、何よ、これ!?』

MSの反応がこちらへ向かってきていた。別にそれには問題は無い…とは言い難いが、有り得ない事では無い。
では、何が信じられないものなのか。それは--。

『何でこのMS、ザフトの識別なのよ!』

そう、識別は味方と告げているのだ。しかも、もの凄い速さでこちらへ近付いており、もしかしたらラグナロクよりも高機動性の可能性も浮上してきた。

しかし、そうなると解せない事が脳裏を掠める。敵MSの攻撃を避けつつ、考える事は反撃か回避し続けるかの選択肢ではなかった。

(誰なのよ、こんな大変な時に向かってくる奴は?)

オーブは理念の関係上、ミネルバのような非常時で無い限り、他国の兵器然としたものを国内に受け入れたりしないだろう。その上、今はフリーダムが結婚式に乱入して、司令部も行政府も混乱している筈だ。
どう言ったって国内に入る事は不可能だと思われた。

「…妙だな」

「えっ?何がよ?」

敵MSが放ったビームが足元で弾け飛ぶ。二体のザクがその場をジャンプして回避したからだ。その行程の最中、レイはぼそりと気になるような導入部を落としていて、ルナマリアも咄嗟に聞き返していた。

「ザフトの汎用型に、ここまで高機動のモデルは無い筈だ。それに機体名が表示されないのも気になる…」

言われてみれば識別はされているのに、機体の固有名は映し出されていない。

『う~ん…。そうなると新型って事なのかな…』

ルナマリアが呟きを落として、目の前に迫ってきた敵MSをいなした、その時だった。

ザク二機に降り注ぐ太陽光が一瞬、本当に一瞬だけ遮られた。何事かとレーダーを確認してみると、先程までオーブ近海上を移動していた反応が、今やオーブ国内へと進入しているではないか。

『い、いつの間に!?』

同じザフト所属だし、自分達に情報か命令を持参したんだろうと考えていたので、挨拶の一つぐらいと援護をしてくれるものだと思っていたルナマリアの肩が沈む。本当に拍子抜けも良い所だ。

振り向いて、飛び去る機影を確認してみる。そこにはもの凄いバーニアを吹かした、ルナマリアのザクと近い色をした飛行機のような機体が、チャペル方向へ高速で向かっている様が視認出来た。

『ど、どうしよう、レイ!追い掛ける?』

「もし、あの機体が仲間だったすれば、ラグナロクとインパルスが居るんだ、フリーダムを抑えられる可能性は格段に高まるだろう」

気持ちは昂ぶり、辛辣な思いに溢れているが、頭は幾分冷静なようで、的確な判断がレイには出来ていた。

それにルナマリアはミネルバに帰れば、それなりの装備を整えてすぐに出撃出来るだろうが、ザク・ファントムは腕を失ってしまっている。事実、現在共に戦っている女性にさえ迷惑を掛けている。

信用が出来る保障は無いが、あの機体がザフト所属機なら、足枷と成り得るフリーダムにやられたザク二機よりも、クロードの役に立つだろうと思う。

「それに、目の前のMSが出て来なくなるまで、俺達はここを離れられないだろう?」

確かにそうだ。このMS達の目的ははっきりしないが、フリーダムが国内に進入してからこちらの邪魔をし始めた。
もしかしたらフリーダムの手助けをしているのでは?と最初は考えていたが、結局は有り得ないと頭の中から棄てた。

(たった二つの戦艦と数機のガンダムで終戦に導いた英雄が、こんな卑怯な真似、する訳無いもんね)

今のルナマリアは英雄という言葉に囚われていた。

プラントは、大戦があの形で終わらないで、敗戦国にでもなっていたら、大変に重い罰を与えられる筈だった。

ジェネシスの建造を取り決めた議会は当たり前だが、それをサポートし、挙げ句にニュートロンジャマーまで開発してしまったザフトも、過激なナチュラル排斥運動を展開していた者たちも、ましてや一般人も。

地球連合の影であるブルーコスモスにより、完全に根絶やしにされていた可能性も捨て切れないのだ。

その危機を救ってくれたアークエンジェルやエターナル、フリーダムとジャスティスは本当に敬う価値があると、プラントの住人たちは思っている。

実際、ルナマリアもその一人であり、フリーダムをこんな形で見ていなければ、終戦直後のように無邪気に騒いでいただろうと思う。

しかし、対峙してみるとわかる事だが、あの圧倒的な雰囲気は何なのだろうか?

たった一太刀で的確に武器の弱点を突き、その上でも、次にカメラを潰すMSの動きを完全に読み切っているとしか思えないあの迷いのなさ。

あんな動きを目の前で見せ付けられれば、憧れや尊敬なんて引っ込んで、浮かび上がるのは絶望や嫉妬。同じコーディネイターであっても、これ程までに違う見えている世界が、本当に羨ましく思えてしまう。

『わかってる。だけど--ってレイ!これ!!』

一度状況のおさらいをしておこうと、レーダーを何気なく眺めてみたのだが、いきなり新しい反応が現れていた。
進入を許してしまったフリーダムや先程の赤い機体では無い。この反応はユニウスセブンでクロードがジュール隊と共に交戦して、その後データベースに登録したMSの固有名を表示していた。

その名は《フェンリル》--。

「くっ!何だと言うんだ、この結婚式には何か裏があるとでもいうのか!?」

レイは叫びながら敵MSの放ったビームを避け、一気に接近戦に持ち込もうとする。こんな強力な機体が入り乱れる、混沌とした結婚式なんて前代未聞だし、地球へコロニーを落とそうとしたフェンリルの目的は、恐らくオーブの要人辺りを抹殺する為だろう。

それがわかったから、レイは決着を急いだ。一瞬の隙だけでもいい。とにかく、この場を離脱してチャペルへと向かわなければ、とんでもない事になると冷静な部分は告げる。
--反対に、昂ぶった部分は違った応えを見せていた。

しかし、先程までの足止めをするような行動を止め、今度はこちらに隙を与えないように、攻撃を避けたり、弾いたりして接近戦を保つ形を取り始めた。ルナマリアの方も同じようで、中々引き離せずに、二機共同じような状態で立ち往生した、その数秒後だった。

いきなり背中の方から赤い閃光が立ち昇る。それが何を示しているか、一瞬わからなかったのだが、すぐにそこが結婚式が行われているチャペルである事に至り、二人は瞠目し、二つのザクはほぼ同時に動きを止める。

その隙を狙っての攻撃はやってこない。対峙していた敵MSは、赤き線条を確認した瞬間に海中へと逃げており、二人は思わずにこの戦闘を終了する事になった。

普通なら、すぐに見切りを付けてクロードとシンの元に向かうべきなのだが、そんなものは今の心境にはそぐわない。

瞠目は未だに続いており、その驚愕の深さを物語る。任務の失敗を悔いているのではない。この閃光が示しているであろう、一人の少女の命が散った事に、心が感情を燈してくれない状態だった。

短い時間だったが、確かにミネルバで一緒に過ごし、その志を身に感じて、その思いの深さに驚嘆したあの場面が蘇って、知らずルナマリアの頬を一筋の雫が濡らしていた。


プラントを出立した頃より続いている、頭を掠めていくような嫌な感じが、一向に収まってくれる気配が無い。
脳内からそれを振り払いたくて、スピードという一種の麻薬に近い中毒を引き起こす体感で、大気圏を突破してみたが、先程にも増して不安や予感めいた悪寒がどんどん増している事に絶望する。

こんなに沈み続けていく気持ちは、今のアスランにとって、最も縁遠い場所に追いやりたい感情であった。

思い浮かぶ彼女の写真は、今の状態では引き裂かれ、火が焼き付くそうとしたりして、笑顔の眩しさを歪んだ憎悪が食らい尽くしていく想像しか出来ずにいた。

それはアスランが楽天家で無い事にも由来しているが、それにも増して、あまりにも杜撰としか言いようが無い、警備の甘さも原因とも言える。

オーブ近海へと降り立ったザフト所属のMSにアプローチする事もせず、ただ一機の巡回機がのほほんと浮かんでいるだけで、高速で過ぎ去っていくセイバーの姿を視認すらしない始末だった。

もしかしたらレーダーすら確認せずに、他の何かに気を取られているのかもしれない。
例えば…、アスハとセイランの結び付きによる、軍部に傾けられるであろう資金による、自分への配当等を。残念ながら、こんな場所を警備させられている時点で、それによる潤いは高が知れているが。

そんな事よりも問題なのは、国内だけでなく、巡回を行っている者達さえもお祭り気分である事だ。

騒ぎが大きければ大きい程、それに上じる事が目標を駆逐する最善の機会である事は、どんなに馬鹿な者達でも、脳髄に叩き込まれたかのように理解している。

だからこそ、細部に渡る守りの体制を整えておかなければならない。しかも、その騒ぎの中心が国のトップであったり、国民的なアイドルだったりすれば、事件発生の確率は応じて上がっていってしまう。

「くっ…!!」

脳内に展開する予期は、オーブを焼き払っていき、その延長線上に愛しい女性も居て、共に消滅していくような映像。

それがオーブ近海に入ってからというもの、リフレインし続けている。どんなに打ち払おうとしても、結局は無意識に思い出してしまうのだ。

(早く、早く!早く!!)

彼女の元へ。ユウナの手から掻っ攫うとか、御身を頂戴するとかそんな具体的な案は、今のアスランには無い。あるのは、カガリの無事な姿を確認し、この不安で不安定な気持ちにさせる元を断ち切りたいと思う、自分本意なものであった。

そして、漸くオーブが見えてきた。シャトルのような高性能で出力の強いエンジンを搭載している訳ではないので、ここまで一日とちょっと掛かってしまっているが、定期便ではもっと掛かってしまうのだから、これ以上の贅沢は言ってはいけないだろう。

しかし、オーブを拝む事によって齎されたのは精神的な安定でも、彼女の無事の確信でも無かった。

「これは…!!」

本島の海岸線、その砂浜の上に近い場所。普段なら何も無い、穏やかな波が打ち寄せるだけの心休まるような情景。今の時期でも結構な人がデートやら、恋人の語らいやらに使っていたりするのだが、そんな羨ましいような、歯が浮くような光景の跡形は一欠片も存在していない。

あるのは、見憶えのある白いザクと赤いザクが、海中から涌いてくる見た事の無いMSを屠っている姿と、無惨にも散った警備用のムラサメ達であった。

しかもMS達と交戦し続けている二機のザクは、どちらも手負いのようで、見た目、レイの方は腕を失っているようで、片腕でビームトマホークを構え、巧みに攻撃を躱しつつ反撃を試みているが、バランスの取れない状態であるのは一目瞭然だった。一方、ルナマリアの方はあの大型砲をやられてしまったようだが、こんな状況なら逆に好都合かもしれない。
奇襲を掛けてくる敵であると、どうしても接近戦が主な戦闘になり易い。ガナーウィザードはそんな戦い方では、只の邪魔な筒でしかない。

戦況の把握は大体こんな感じだろうと、思考が告げている。勿論、そんなものはわかっているのだ。二人には悪いが、ここで援護をしている暇は無い。

不安を煽られてしまう、このオーブの惨状を確認してしまっては、余計に彼女の元へ急がざるを得ないだろう。感情と本能がそう脳髄を叩く。

捍を握り締める力が強くなる。バーニアを最大に吹かし、一気に二人の頭上を通過する。レーダーの反応はザフトの物であるから、怪しんだりはしないだろうが、不信感を抱く事にはなるだろう。心の片隅で謝罪を軽く述べ、こことは違う、もう一つのMSが集合している地点を目指す。

議長から事前に聞いていたように、ミネルバのパイロット達が護衛に参加していた。となるとこの三つある反応は、共にミネルバのMSが放つシグナルという事になるのだが、あの艦には確か四機のMSしか搭載されていない記憶がある。どういう事なのだろうか…?

--そう言えば、帰還したラグナロクとインパルスに抱えられたガイアがあった事に思い至ったのだが、確かアーモリーワンで強奪された機体だった筈のあれが、護衛に参加している事に些かの疑問が残る。
それに、あんなギリギリのクルーしか乗り込んでいない艦の、誰がガイアに乗っているというのか?

まさか、拿捕したガイアに乗っていたパイロットを乗せているとは、流石のクロードでも言うまい。

そうこう考えている内に、MSの反応がレーダーの真ん中に重なった。低空を滑空するように、MA状態からMSへと可変して森の中へと着陸の態勢を取ったのだが、どうも様子がおかしい。

海に面したチャペルを護衛するように、ラグナロク、インパルス、ガイアが聳え立っているのかと思えば、地上にその三機の姿は無く。カメラを操作して辺りを見回してみると、上空遥か彼方に三機のガンダムの姿を確認出来た。

しかし、その内の一機はアスランの予想を斜め上から虚仮威しているような、そんな心境になっても致し方無いと思ってしまう懐かしい面影であった。

美しい白と青のコントラスト、衆目麗しいあの機体捌きと、無敵とも思える武器の扱い方。共に戦場を駆けた時は、どれ程に頼りにした事だろう。
大戦の後、二度と見る事の無い世界を戦友と夢見たのに、その姿は今目の前を舞って、ラグナロクと交戦していた。

「キラ…?あいつ、何をする為に…?」

カメラを再び回す。チャペルを捉えた映像は、アスランの心に漸く平穏を齎してくれる存在が居て。
更に拡大してみると、白いドレスを身に纏い、うっすらとされどその美しさを十分に引き出すような化粧を施され、三機が交戦しているのを見詰める憂いた瞳が、神秘的な雰囲気を醸す少女とは呼べない空気を放つ愛しい人、カガリ・ユラ・アスハが佇んでいた。

「ふぅ……」

少し脱力して、シートへと体重を預ける。空で戦っている親友二人が気にならない訳ではないが、今までの心労が飛んでいって、強張った身体を解す事の方が大事に思えた。

一つ大きな伸びをして、アスランの顔に漸く穏やかな笑みが浮かんだ。見守るようなその瞳はカガリから離れる事は無い。それが次に起きる悲劇のような出来事を、いち早く察知する要因となった。

三機がどんどんと上昇して、肉眼でその姿さえも確認出来なくなった頃合いを見計らったかのように、カガリの目の前、海上の空間が揺らめく。

その反応に見憶えのあったアスランは、一気に血の気が冷めていく心地を味わった。

それは大戦の中期、自分達が連合からガンダムを奪取した時の事。その中の一機に、今起きている現象を最大の特徴とする機体があった。

ちらついたニコルの柔和な笑みと、海を望める墓の一画と母親が流す涙。一晩苛まれた記憶の奔流と、溢れ出す贖罪へと捧げた力の行方。それが、今目の前に集結していく心地。

拭った筈の予感めいた悪寒の復活と共に、その空間の揺らぎが消えていく。安定の後に、現れた姿はアスランに戦慄をもらたした。

どこまでも蒼い機体色と、溢れ出す殺気の塊。そしてカガリへと向けられ、構えられたレールガン。

「-----!!?」

声にならない声を上げ、アスランはセイバーをがむしゃらに駆った。二人の間の距離は些程も無いが、どうにも遠く感じてしまうのは、やはり走馬灯と同じような原理か。とにかく、一人と一機の間に割り込む事だけを考えた。

『-----』

フェンリルが全包囲通信で、何かを外へと伝えたが、そんな物はアスランの耳にも脳にも届かない。今感じているのは視神経だけ。守ると誓った、初な少女の姿を映すだけ。

レールガンの砲口の赤い光が、今にも迸しらんと火花を散らしている。セイバーとカガリの距離は、庇えるまでの距離までもう少し、手を伸ばせば、チャペルの石壁に触れられる程度の距離。

無情にも放たれる赤い光。その絶望に目を取られしまい、もう一つの赤き閃光には気が付いていない。

瞬間、爆発。

周りを造った目的等わからない程に、無惨な形へと誘った蒼き機体は満足そうにレールガンを下ろし、次の標的へと牙を剥きにいく。

その反対側、レールガンで切り裂かれた森の茂み。そこにコックピット付近を吹き飛ばされた赤い機体が転がっていた。

まるでそのまま溶接でもされるかの如く、装甲を貫くと共に味わった灼熱が、未だに左腕を襲い続けてきて、アスランは左目を瞑る。

しかし、そんな痛みよりも確認しなければいけない事がある。

開いてしまった装甲の隙間から這うように抜け出し、セイバーの手へと痛む左半身を引きずりながら向かう。

どうにも言う事を聞かない足を叱咤し、力の入らない左手を無理矢理に働かせ、両手で包んだ筈の存在を確かめる為に、指の部分を引きはがしていく。

両の手で作った暗き空間の中に光が差し込む。その光が映し出したのは、全身に煤を被った愛しき女性の姿。

「………そ、んな……」

空虚な、そして残酷に静かな時間が流れていく。それが示す所を、アスランは信じたくなかった。

あの眩しい笑顔も、柔らかで滑らかな肌も、さらりと流れる絹髪も、そして愛しいカガリという存在を、この身で感じられないという事を。

無我夢中で両の手の空間へ飛び込む。そして一生懸命に呼び掛けながら、変わらない姿のままのカガリを揺らす。

こんな現実は嘘だと。嘘を現実にするなと。

「カガリ!!?カガリッ!!!カガリーーーッ!!!」

哀しみと涙に彩られた、全てを震わすような叫びが、小さな空間の中で谺した。抱き締め、顔の横で涙と嗚咽を憚らずに上げた--その時。

「……何だ?…そんなに、大きな、声を出す、なよ…」

時が止まった心地がした。確かに鼓膜を震わせたのは、守れなかった彼女の生声で。恐る恐るピタリと添えた身体を離してみる。

そこには確かに彼女の息吹があって。痛みで歪められた表情であるが、確かに命の鼓動が聞こえてくる。

「カ、カガリ……?」

しかし頭は追い付いてこない。混乱の極みを味わっているアスランの腕の中で、カガリはちょうど良く収まる所を見付ける。二年の付き合いともなると、自然とわかってきた居心地の良い場所だ。

そして、痛みを訴える脳に鞭を打って、カガリは小さく笑みを浮かべた。

「…ありがとう、助かった…」

その言葉だけで十分だった。アスランの中に、安堵とか、喜びとか、現実か疑う感情とか--とにかく抱えた色々な感情が綯い混ぜになり、そして彼女が無事という事実が脳に漸く到達する。

「うっ…ううっ…、良、かっ、た…。死…んでしま…った…かと…!」

「……大丈夫。アスランのお陰でこうして生きてる…」

「…う、ぐっ…、ああっ…。生きてて、くれた…!」

涙は中々晴れる事はなかった。今までの曇り模様の長さが、そのまま現れてしまったかのように、彼女の胸に縋り、アスランは引かぬ涙を憚らずに泣いたのだった。

お読み頂きありがとうございます。

最後の場面は書き上げる直前まで、悩みに悩みました。
ここで愛する者を失う事で、自分を見失うアスランと、それに胸を痛めるクロード、という構図も考えなくはなかったのですが、そうなるとアスランの感情は壊れてしまうような気がしたので、この形で落ち着く事になりました。

では、お疲れ様でした。次もお付き合い頂けると嬉しいです。



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