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  君のツバサ 作者:水無月
第2章-1
 眩しい朝陽が、私をまどろみの世界から現実へ引き戻した。
 昨夜は空の事を考えてなかなか寝付けなかったが、いつの間にかぐっすり眠っていたらしい。
 眠い目をこすりながら、枕元にある携帯をとって時間を確認する。


 8:29


 見間違いかと思って、もう一度目をこする。

 8:30


「……!?」

 がばっと布団を跳ね除けて起き上がる。
 HRが始まるのが8時40分。
 家から学校まで自転車で20分。

 ち、遅刻だ!!!


「おはようございます!おじい様、空は?」
 慌てて支度をして居間に駆け込むと、お茶を飲んでいたおじい様はきょとんとした表情を浮かべる。
「なんだ、まだいたのか。月也と空くんと車で一緒に行ったのかと思っていたよ」
「え…」
 そうか。転校初日だから父様が送って行ったのか。だったら私も乗っけてってくれればよかったのにっ!
「行ってきますっ!」
 とやかくいう暇もない。私は身を翻して玄関へ向かい、自転車に飛び乗る。
 父様のことだから、同じクラスに編入させるくらいはやっているだろう。
 できれば学校へ行く前に空と話しをしたかったが、それ所じゃない。
 空が紹介されるまでには教室にたどり着かなければ!

 私は、ものすごい勢いで自転車をこいで学校へ急いだ。
 道行く人が見たら、ちょっとひくくらいの形相だったかもしれない。
 ただひたすら、自己新を出すくらいのスピードで走ってゆく。
 頭の片隅に一つ、なにか大切なことを忘れているような気がしながら…。




 校門のだいぶ手前でチャイムが鳴る。
 HRには遅刻決定だが、空の紹介は最後のはずなのでまだ間に合う。
 自転車を鍵も閉めずに乗り捨て、教室へダッシュする。
 階段を駆け上り廊下を見ると、空がちょうど教室に入る所だった。
 負けじとラストスパートをかけ、がらっと教室の扉を開ける。
「おはようございますっ!!」
 大声で叫ぶと、前の扉から入ってきた転校生に興味津々だったであろうクラスメイトが一斉に振り向く。
「いや神崎、全然早くないから」
「さすが神崎。ずいぶんと堂々とした遅刻だな」
「ってか、すごいタイミングで入ってくるよな、神崎。それどころじゃないんだって、今」
 主に男子から、一斉にツッコミがはいる。
「寝坊したのっ!」
 席に着きながら言い返すと、逆切れだっと笑いがおきた。
 前を見ると、真新しい制服に身を包んだ空が先生の隣に大人しく立っている。
 顔の半分を隠すほどの長い前髪で相変わらず表情はよくわからないが、緊張している様子もない。
 一見、すらっとしたスタイルの良い普通の男子高生だ。
 少しほっとしながら、椅子に座ると先生と目が合った。
「神崎…なんで一緒に暮らしてるのに遅刻するかな?」
「…っ!?」
 先生があきれてつぶやいた一言に、心臓が跳ね上がる。
 よ、余計なことをっ!
 面白い物好きのクラスメイトが、スキャンダラスな一言を聞き逃すはずもなくざわめき始める。
「あっ…」
 先生がしまったと言うようにつぶやいたが、すでに遅い。
「おっと、神崎!両親のいない間に同棲か!?」
「転校生、神崎に襲われないようにな!」
「大地、浮気されてるぞー」
 男子のからかう声半ば呆れ、しかし最後の言葉にはぞわっと寒気がした。
 忘れていた大切な事を思い出す。

 だ、大地にメールするの忘れてた……。

 恐る恐る振り向くと、少女のような愛らしい顔で天使のように優しく微笑みながら、悪魔のように冷たいオーラを放っている大地と目が合う。
「羽美はただの幼馴染だから、別に誰と住んでもかまわないよ。僕は」
 穏やかに言っているのに、やたら恐いのは気のせいではないはずだ。
 絶対に怒ってらっしゃる………。
「えー、お前ら…そろそろ静かにしろ。紹介できないだろーが!」
 騒がしくなった生徒達を先生が一喝する。
『神崎のせいでーす』
 数人にはもられていつもなら言い返すところだが、大地の漂わす冷気が恐ろしくて身動きが取れない。
「じゃあ、紹介するぞ。今日からこのクラスで一緒に勉強することになった…」
 先生が促すように空を見る。
「朝宮…空…です。…よろしく」
 ぼそぼそっと空が自己紹介する。
「朝宮はずっと海外で暮らしていて日本のことはまだよくわからないそうだから、みんなよろしくな。仲良くするように。ま、さっき言ってしまったが、神崎のお宅にお世話になってるそうだからあとは本人と神崎に聞いてくれ。席も神崎の隣でいいかな」
 最後は空を見ていったので、空はこくんと頷いた。
「じゃ、そうゆうことでHR終了!」
 な、なんていい加減な……。
 みんなさっさと転校生と話したいのか、余計な突っ込みはなしに号令がかかる。
 先生が立ち去ると、私の隣の席に来た空もろともクラスメイトに囲まれた。
「空は親の知り合いのお子さんで、私もまだ詳しくは知らないからっ」
 あまりの煩さに、先手を打って答える。
 と、質問は一斉に空に向けられた。 
 どこに住んでたの?何年海外にいたの?など聞き取れないほど。
 ほんと騒がしいクラスだ…。
 内心冷や冷やしながら空を見ていると、彼はそれなりに質問に答えている。
 いろんな国を転々としていた。両親は海外にいる。彼女はいない。等々。
 主に頷いたり、首をかしげたりで口数は少ないが、一応コミュニケーションは取れているようだ。
 空の身の上話も、つじつまが合うようにしっかり作られているらしい。
 ひとまず空が大人しそうな普通の男子高校生に見える事に、安堵のため息をそっとつく。
 とりあえず、今のところ空は大丈夫そうだった。
 それよりも今は、背後から未だに冷たいオーラを放っている人物の方が恐かった。
 クラスメートの輪に加わらず、背後から絶対零度の空気を漂わせている麻生(あそう)大地(だいち)
 幼稚園からの幼馴染にして、親友。
 性別は男だが、男とは思えない可愛さを持っている。
 くりっとした大きな瞳は羨むほど睫毛も長く、透き通るほど美しい肌にほんのりピンクの頬。唇はバラの花びらのように愛らしく、ぷるんとして艶やかだ。 
 顔だけだったら、学年でナンバーワンの美女だろう。
 私よりも小柄で、私服で歩いていると間違いなく女の子と間違えられる。
 一見穏やかで、天使のように優しく、男にしておくのはもったいないと言われるが、それは彼の本性を知らないから出る台詞だ。
 誰にでも優しいようで、誰にも心を開いていない大地。
 唯一の親友である私に隠し事をされるのを何よりも嫌っている。
 転校生が私と一緒に暮らす事を、他の生徒と同様に先生から聞かされるなんてもってのほかに違いない。
 昨日の夜中に大地に連絡しなければと思い出したのに、遅刻のショックですっかり忘れていた。
 後が恐いが、今この状況で空のそばを離れるのも気がひける。
 大地からの無言のプレッシャーと、空への完全に拭いきれない不安とで、短いはずの一限までの時間がやたら長く感じられた。


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