「うわぁ…星がいっぱい見えるよ」
歩美がはしゃぎ声を上げると、光彦も屋上の手摺りに駆け寄り、静かな闇に爛々と輝く結晶を眺めた。
「本当ですね…今日は新月ですから、余分な光が無くて星達がはっきり見えますよ」
元太はコンクリートに寝転び、指を差しながら星を数え始めた。
「いち、にぃ、さん…多すぎて数え切れねーぞ」
「蘭ねえちゃん、ごめんね。博士が急に腰を痛めちゃって…」
哀とコナン、そして蘭は、屋上に設置されたベンチに腰をかけた。蘭は濃紺に紅色の模様のついた浴衣姿で、優しく笑い、空を見上げた。
「いいのよ、予定も無かったんだし。園子はグアムに旅行中だから。それに、こんなにたくさんの星を見たのなんて、久しぶりだね!」
六人は、帝丹小学校の屋上に来ていた。普段は危険な為に公開はされないが、ある事情により、特別に開放されたのである。とはいっても、屋上に人は疎らだ。きっと、蒸すような湿気の中で蚊との格闘をする事に嫌気が差し、自宅から眺めているのだろう。
コナンは水色の浴衣を身に纏った哀に目を遣った。哀は目を細め、北東の方角を見たまま動かない。
「哀ちゃん、本当に見えるのかなぁ、流れ星」
動かない星の観察に飽きたのか、
歩美が哀の隣に腰掛け、帯に差していた団扇で煽ぎ始めた。
「えぇ、方角は北東。それに、今日がピークだと新聞に載っていたし、円谷くんが言ったように新月だから最高の環境よ。ほら、向こうが北東」
何時の間にか集まっていた元太、光彦も敬服したように二度頷く。元太が方角を知らないのを見越し、きちんと指で指し示したことに気付き、コナンは微笑んだ。
「そうだな、今日なら多分、最低でも二分に一回は見えるはずだ。それに、ペルセウス座流星群の流星は流れる速度が速いが、途中で急に光を増すこともある。あと明るい物が多いから、判別しやすいと思うぜ―」
いつもながら知識に富んだ二人を、少年探偵団は尊敬の眼差しで見る。蘭は少し遠くから、何時もながらに博識なこの少年を疑わしげに見遣った。
コナンは少し自慢げに話を続けていたが、哀に肘で突かれたことで自分の現在の立場を思い出し、反射的に口を噤んだ。
「…って、朝天気予報のお姉さんが言ってたよ!」
思いっきり作った子供の声で言うと、蘭は思い直したように立ち上がった。
「さぁ、北東の方で早速流星を見ようよ、三回願い事を掛ければ叶う、って言い伝えもあることだし…素敵よね」
蘭の言葉に、歩美たちも立ち上がり、北東の方に目を凝らした。やがて流星に集中し始め、皆が無口になった時、蘭が小さく声を漏らした。
「ほら!」
蘭の指差す方向を見る必要は無かった。数秒の間を置きながら、至る所で星が降り始めたのだ。
「歩美、びっくりしてて願い事出来なかった」
落胆した表情で一瞬歩美がコナンの方を見た事に哀は気付き、そっと歩美の耳元に口を寄せた。
「大丈夫よ、まだまだ見られるから。下を向いているのがもったいないわ。ほら、お願い事するんでしょ」
「うん、哀ちゃんありがとう!…歩美、頑張る」
そんなやり取りの間に挟まっている元太は、一生懸命「うな重…100回」などと唸っている。蘭はそんな子供たちを微笑ましく眺め、自分も願い事に専念する事にした。
幾千もの星の輝きの間をすり抜け、流れていくペルセウス。
蘭が心の中で願いを唱えていると、コナンが蘭の横に来て、そんな蘭を横目でチラリと見た。
「蘭ねえちゃんは、どんなお願いをしたの?」
「私はね、新一の事」
蘭は、小さく見える街並みの中、米花町二丁目の洋館を指差した。
「早く帰ってくるように、って事?」
「ううん、怪我とかしませんように、って。ほら、あいつ好奇心旺盛で危ない事に直ぐ首突っ込みたがるんだから。そのくせ自分の事には無頓着で、自分を守るなんてこと考えないんだから」
蘭の的確な指摘に、コナンは一瞬たじろいだ。
当たってるよ、その好奇心のおかげで今小学生になっちまってるんだ、と口の中で呟く。
「コナンくん、何か言った?」
吹き付ける夏風になびく髪にを耳に掛けながら、蘭はよく聞こえなかった、と言うようにコナンに顔を近づけた。コナンは浴衣のせいか、蘭が知らない女性に見え、ドギマギしながら視線を外す。
「う、ううん。
なんでもないよ」
蘭は視線を空に戻した。
「コナンくんは、何をお願いしたの?」
「うーん…ボクは秘密」
自分の前で手を振ったコナンに、蘭は悪戯っぽく微笑んだ。
「哀ちゃんや歩美ちゃんを泣かせちゃダメよ」
歩美はともかく、何故灰原?と首を傾げる。
「コナンくんも鈍いのね。まるで新一みたい」
悪戯っぽい微笑みと共に蘭がコナンの頭に手をやり、コナンは苦笑する。
もっとも、自分が願ったのは、もっと、ずっと、先のこと。保証のない未来に、唯一、叶って欲しい事。
コナンは心の中で蘭と新一の姿を思い浮かべながら、幸せそうに微笑んだ。
流星はまた一つ流れ、
流星痕を残し、消えていく。
来年の夏、自分は一体どうなっているのだろうか。
そんな事を考えながら、
熱い夏が、また一つ終わりに近付いていた。
―完―
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