第七話:黒と赤
この日を待ちに待ったネバーランドの子供たちは何人いるだろう。
四分の三以上はそうなんじゃないかと思ってしまうくらいに、ネバーランド、もといルナサイドは、活気づいていた。
今日は、ルナサイドの建設記念日。
ウォルーナ曰く、祭りの日。
しかし、そうだとしても、常と変わらない人物もいるものだ。
「んとにもー、クロ先輩もシロ先輩も、もうちょいハシャげっちゅうねん」
静かに眠りたくて医務に来たエレクと、資料を探しにきたルビアに、ウォルーナがツッコミを入れる。
「本番は夜だって言ったのは、お前だろ」
ベッドに横になったままウォルーナを睨んで、エレクはごろりと寝返りをうつ。
このごろ、体調が良くないらしい。
「祭りだと騒いでも、私の仕事は減らないからな」
ペラペラと共有症候群が記載されたファイルをめくりながら、ルビアは極普通に答えた。
祭りに参加して、遊びたいという無念さがうかがえない。
「お二人さん、もうちょっとソフトにな………ちょっと店をば、見て回るくらいしてきたら………」
「遠慮しとく」
「後からな」
人形片手に訴えるウォルーナに対し、至って短く返すクロとシロの二人。
ため息も出ない。
「………」
沈黙。
そのうち、エレクの気配が弱くなり、寝てしまった事に気付いたのは、ルビアがベッドの方をチラチラと見ていたからだった。
「………寝れるんだな、こいつ」
ソファーに腰掛け、ファイルを開きながら、ルビアは意外そうに言う。
その点に関しては、ウォルーナも同意見だった。
「人前で寝れるんやね、黒猫チャン」
「黒猫、チャン?」
「なんか猫っぽいやん」
「生意気なところとかか?」
ふん、と笑うルビアは、それでもファイルから目は離さない。
字の羅列を追っていって、所々でメモをとっている。
「そんなに頑張らんでも、ゆっくりでいいんやで、ルビア。 この問題は、難しいんやから」
言いながら、ルビアにあわせて自分も仕事を始めるウォルーナの表情は、呆れた笑顔だった。
机の引き出しから、書類を出して、サインを書き入れる。
余り量はないので、直ぐに終わるだろう。
「………別に、俺に合わせなくていいぞ」
ルビアはそう言うが、ウォルーナは笑顔を返しただけに終わった。
「ええね、気にせんで。自分でやってるだけやから」
「そうなら、いいんだが」
「…………うぅ、ん」
「「……………」」
小声でやり取りしていた会話が、エレクの寝返りで中断される。
少しばかり冷や汗モノだった。
起こしてしまったのかと思ったのは、ウォルーナだけのようだったが、心臓に悪いのには代わりはない。
そこからは、ただ黙々と、個人の仕事が続いた。
黙々と、黙々と。
「………終わってしまった………」
しばらくして、そう呟いたのはウォルーナだ。
ルビアは、最後のファイルに目を通していたところだったので、ウォルーナはルビアを待つことにした。
「………ふぅ」
小さく息をついたルビアが、ファイルを閉める。
少し満足気なのは、気のせいではないはずだ。
「ルビア、息抜き行かへん?」
立ち上がり、軽く誘ったウォルーナに、ルビアは存外簡単に頷き返し、ファイルをもとの位置に戻した。
「それもいいな。 ちょっと見てくるか」
「いえっさー! 何があるかなぁ〜」
「落ち着け」
やはり人形片手に、ウォルーナはルビアを引っ張り、出ていってしまった。
しかし、この時二人は、医務室にいた、もう一人のことを、完全に失念していたのである。
エレクがいる事を忘れたまま、彼らは行ってしまったのだ。
そこに
「失礼します。 えっと、エレクさんはいますか? ウォルーナさん? ルビアさん?」
やってきたのは、リリンだ。
手には、シロのスーツと青のネクタイ、クロのスーツと赤のネクタイが携えられていて、今晩の衣裳の確認に来たのがうかがえた。
「いらっしゃらないんですか………っ、きゃぁっ!? え、エレクさん!?」
「………ん? 何だ、またお前か」
「エレクさん、いらしたんですか?」
「寝てた」
寝ているエレクに気が付かなかったリリンは、悲鳴を上げて数歩後退し、その悲鳴に目を覚ましたエレクは、いつぞやの事を思い出しながら、髪に手櫛を入れる。
もう一度眠る気はないようだ。
黒の制服の襟のボタンを閉め、靴をはき、ノロノロとリリンの前へと行く。
「………それ」
そう言うエレクの視線の先にあったのは、クロのスーツと赤のネクタイだ。
頭の中で、ウォルーナが言っていたコーディネートを思い出す。
「これ、エレクさんのスーツです。 寸法は合ってると思うんですけど………」
「………大丈夫だろ」
くぁ、と欠伸をしたエレクは、医務室内を見渡し、首を捻った。
「ウォルーナと、ルビアは?」
「お店の見物にでも行ったんじゃないでしょうか? 私が来たときにはいませんでしたよ」
「へぇ…」
「あの、エレクさん」
「何?」
視線を一度下に下げたリリンを、エレクは上から見下ろす。
柔らかそうな茶色の髪が綺麗に梳いてあるのが分かる。
戸惑うように、口元に手を当てながら、リリンはエレクを見上げた。
「私も、エレクさんの言う作戦は反対です」
エレクを心配するような瞳で、リリンは彼を見上げる。
「誰かの為に、誰かがいなくなるなんて、そういうのはおかしいと思うんです」
「………」
「出来るなら、もう、誰も失いたくないです。 共有症候群でいなくなる人も、出したくないんです」
「………そうか」
小さく震えるリリンの手に、エレクは自分の手も添え、ゆっくりとリリンの胸の高さまで持ってくる。
「でも」
少しだけ、その手をリリンの方へと押した。
「俺は、それしか知らないんだ」
エレクはリリンの手を離す。
そのタイミングで、ウォルーナとルビアが、医務室へと帰ってきた。
ウォルーナは気さくに笑い、衣裳を見つけて、リリンを誉める。
ルビアは呆れたように微笑む。
エレクはベッドに腰掛け、リリンは曖昧に笑った。
エレクはまた、誤魔化した。
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▽
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慣れない服を着ているせいか、エレクは体の動かしにくさに、悪戦苦闘していた。
着てみたはいいものの、やはり窮屈で、人前に出ようとは、到底思えない。
が。
「クロせんぱーい、遊びましょ!」
「先輩!」
部屋の外から、ウォルーナとトキハの呼び声が聞こえる。
激しく、拒否したかったが、それが許されるほど、彼らの意志は薄くはない。
ため息をついて部屋から出ると、すっかりめかし込んだ二人が、満面の笑みで立っていた。
「へへん、いきますか、黒猫先輩」
「猫………?」
「先輩、みんな待ってますよ!」
「待ってなくていい」
早くも疲れ始めたエレクは、引きずられるように、宇宙の見渡せる廊下を嫌々あるく。
向かうのは、ルナサイドの中でも一番大きい、中央堂だ。
出撃ポッドにも医務室にも、司令室にも近いという、通常は休憩のスペースとして使われている場所。
ベンチを片付け、植木鉢を寄せればホールになるという、優れものだ。
「エレク、笑顔やで、笑顔」
「俺にそういうのは求めるな」
「努力せぇや。 トキハ君を見習って!」
「奴は天然だろう」
トキハを先導に歩きながら、ウォルーナはエレクの背を叩く。
「一応、注目の的なんやからな」
「最悪だな」
冗談ではない、と言った表情でエレクはウォルーナに押されて、自分を呼んでいるトキハのもとへと歩きつく。
「ほら、クロ先輩連れてきたよ〜!」
「馬鹿ッ、叫ぶな!」
ホール中に響くであろう声で、彼は仲間達に手を振った。
しかし、その声に反応して振り返るのは、トキハの友だけではない。
まさに注目の的になっている。
「馬鹿か、お前は!」
思わず声を荒げたエルクに、ドヤドヤと後輩が押し掛けてくる。
「先輩、素敵です!」
「やっぱり、黒と赤なんですね!?」
「スーツ、似合ってます」
「マフィアの若ボスみたい!」
「シロ先輩つ並んでみてください!」
「握手してくださぁいっ!!」
「う、な…おい!」
あっという間に包囲されたエレクは、彼には珍しく狼狽えてしまっている。
見ていて面白かったので、ウォルーナは助けない。
遠くから見ると、エレクが保父さんに見える。
と、そこに、ドレスを着たリリンと、白のスーツのルビアが現われた。
同時に、彼らの目がルビアに向けられる。
「シロ先輩だ!」
「せーんぱーいっ!!」
「な、何だっ!?」
先程のエレクと同じような状態に、今度はルビアが陥っている。
その間に、そろそろとホールの隅に移動したエレクは、息をついて壁に寄り掛かり、少しネクタイを緩めた。
ホールは低くかかっているクラシックと柔らかな照明の効果で、雰囲気がいい。
笑顔で会話し合う、大人に成りきれない子供たちを眺めがら、エレクは防壁の向こうの宇宙に思いを馳せていた。
ドッペルゲンガーがいた、あの宇宙。
母星と親友を奪った、堕天使側の最強。
親友がいなくなった日に負傷し、エレク自身を吸収しようとして失敗した堕天使。
そのせいで、エレクの体は、異常をきたしてしまったのだ。
身体の中に、もともと埋め込まれていた、体調把握の為のメモリーカプセルとは別に、エレクの体の中には生命維持装置が設置されている。
丁度、堕天使に受けた傷の中に。
右の、脇腹。
そこには、空き缶程度の生命維持装置と、それに内蔵されるようにメモリーカプセルが保管されている。
母星の技術者が、エレクのためだけに開発した、技術の粋が。
反応するように痛む、その脇腹に手を置いて、エレクはあらぬ方向に視線を馳せた。
「………飲みますか?」
目の前に差し出されたグラスに、エレクは顔をあげる。
いたのはリリン。
自分の分のグラスも持っている。
「シャンパンです。 けれども、ジュースとなんら変わりませんよ」
「………ありがとう」
グラスを受け取って、エレクは立ち上る炭酸の泡を見つめる。
「あんたは、幸せか?」
「はい?」
一口ふくんだシャンパンを飲み込んで、リリンはエレクを見返す。
聞いていなかった。
「あんたは、幸せか?」
「………そうだと思いますよ」
「そうか」
「………エレクさんはどうなんですか?」
「俺は、どっちでもない。普通だ」
シュワシュワと鳴るのを見ているだけで、エレクはいっこうにシャンパンを飲もうとはしない。
首を傾げたリリンが、声をかけようとした時、それより先に、ルビアがエレクの前に立ち、エレクに呼び掛けた。
答えはない。
代わりに、手からグラスが滑り落ち、床にぶつかり砕け散った。
「エレクッ!?」
うっすらと汗ばんだエレクを支え、ルビアとウォルーナは、医務室へと走った。
しかし、途中で警報が鳴り、ルビアが離れ、代わりにリリンが入る。
「ち、こんな時に………。頼んだ」
「はい!」
「そっちも、きばりや」
騒々しくなったネバーランドに不安を感じたリリンだったが、彼女はエレクの看病を任された身だ。
今更、ルビアの後は追えない。
「何や、これっ!!」
いつの間にか、呼吸器まで装備していたエレクの、身体の状態を見て、ウォルーナが叫んだ。
このようにして彼が叫んだのは、聞いたことがない。
「どうしたんですか!?」
駆け寄るリリンに、ウォルーナがモニターを見せる。
「生きてる人間にはありえへん事や。 エレクには心音がない………」
「心音が、ない?」
「身体のあっちこっちが変何や。 機械の反応を見るかぎり、どっかに生命維持装置があるはずなんやけど………分からん。 装置のちょうしが、おかしいんちゃうか?」
心音が無くとも、呼吸はしているエレクを、リリンは複雑な表情で見守る。
自分の命が軽い、と彼が言った意味が、分かる気がした。
作り物の命。
彼は自分の事を、そう思っていたに違いない。
そして、こうなる事も。
「………す、な」
うっすらと、苦しげに朱の瞳を覗かせたエレクが、何事かを呟いた。
「はぁ? 何、何やて、エレク?」
「エレクさん!」
覗き込むように、ウォルーナが顔を近付ける。
「出すな…………天使を、出させるな……あいつは、強い………」
その言葉に、ウォルーナは脱兎のごとく駆け出した。
向かうのは、ルビアのいる司令室だ。
それを追い掛けようとしたリリンの手を、エレクはつかみ、引き止める。
「エレク、さん?」
「俺を、連れていけ。 出撃ポッドだ」
息の落ち着いたエレクは、必死な眼差しで、リリンの腕を掴んでいた。
それは痣ができるほど強く。
リリンは、エレクに肩をかし、二人で立ち上がった。
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