孤高の黒猫(7/10)縦書き表示RDF


終わる、一・二歩手前でございます
孤高の黒猫
作:秋之



第七話:黒と赤


この日を待ちに待ったネバーランドの子供たちは何人いるだろう。

四分の三以上はそうなんじゃないかと思ってしまうくらいに、ネバーランド、もといルナサイドは、活気づいていた。

今日は、ルナサイドの建設記念日。

ウォルーナ曰く、祭りの日。


しかし、そうだとしても、常と変わらない人物もいるものだ。


「んとにもー、クロ先輩もシロ先輩も、もうちょいハシャげっちゅうねん」


静かに眠りたくて医務に来たエレクと、資料を探しにきたルビアに、ウォルーナがツッコミを入れる。


「本番は夜だって言ったのは、お前だろ」


ベッドに横になったままウォルーナを睨んで、エレクはごろりと寝返りをうつ。

このごろ、体調が良くないらしい。


「祭りだと騒いでも、私の仕事は減らないからな」


ペラペラと共有症候群が記載されたファイルをめくりながら、ルビアは極普通に答えた。

祭りに参加して、遊びたいという無念さがうかがえない。


「お二人さん、もうちょっとソフトにな………ちょっと店をば、見て回るくらいしてきたら………」

「遠慮しとく」

「後からな」


人形片手に訴えるウォルーナに対し、至って短く返すクロとシロの二人。

ため息も出ない。


「………」


沈黙。

そのうち、エレクの気配が弱くなり、寝てしまった事に気付いたのは、ルビアがベッドの方をチラチラと見ていたからだった。


「………寝れるんだな、こいつ」


ソファーに腰掛け、ファイルを開きながら、ルビアは意外そうに言う。

その点に関しては、ウォルーナも同意見だった。


「人前で寝れるんやね、黒猫チャン」

「黒猫、チャン?」

「なんか猫っぽいやん」

「生意気なところとかか?」


ふん、と笑うルビアは、それでもファイルから目は離さない。

字の羅列を追っていって、所々でメモをとっている。


「そんなに頑張らんでも、ゆっくりでいいんやで、ルビア。 この問題は、難しいんやから」


言いながら、ルビアにあわせて自分も仕事を始めるウォルーナの表情は、呆れた笑顔だった。

机の引き出しから、書類を出して、サインを書き入れる。

余り量はないので、直ぐに終わるだろう。


「………別に、俺に合わせなくていいぞ」


ルビアはそう言うが、ウォルーナは笑顔を返しただけに終わった。


「ええね、気にせんで。自分でやってるだけやから」

「そうなら、いいんだが」

「…………うぅ、ん」

「「……………」」


小声でやり取りしていた会話が、エレクの寝返りで中断される。

少しばかり冷や汗モノだった。

起こしてしまったのかと思ったのは、ウォルーナだけのようだったが、心臓に悪いのには代わりはない。



そこからは、ただ黙々と、個人の仕事が続いた。

黙々と、黙々と。


「………終わってしまった………」


しばらくして、そう呟いたのはウォルーナだ。

ルビアは、最後のファイルに目を通していたところだったので、ウォルーナはルビアを待つことにした。


「………ふぅ」


小さく息をついたルビアが、ファイルを閉める。

少し満足気なのは、気のせいではないはずだ。


「ルビア、息抜き行かへん?」


立ち上がり、軽く誘ったウォルーナに、ルビアは存外簡単に頷き返し、ファイルをもとの位置に戻した。


「それもいいな。 ちょっと見てくるか」

「いえっさー! 何があるかなぁ〜」

「落ち着け」


やはり人形片手に、ウォルーナはルビアを引っ張り、出ていってしまった。


しかし、この時二人は、医務室にいた、もう一人のことを、完全に失念していたのである。


エレクがいる事を忘れたまま、彼らは行ってしまったのだ。


そこに


「失礼します。 えっと、エレクさんはいますか? ウォルーナさん? ルビアさん?」


やってきたのは、リリンだ。

手には、シロのスーツと青のネクタイ、クロのスーツと赤のネクタイが携えられていて、今晩の衣裳の確認に来たのがうかがえた。


「いらっしゃらないんですか………っ、きゃぁっ!? え、エレクさん!?」

「………ん? 何だ、またお前か」

「エレクさん、いらしたんですか?」

「寝てた」


寝ているエレクに気が付かなかったリリンは、悲鳴を上げて数歩後退し、その悲鳴に目を覚ましたエレクは、いつぞやの事を思い出しながら、髪に手櫛を入れる。

もう一度眠る気はないようだ。

黒の制服の襟のボタンを閉め、靴をはき、ノロノロとリリンの前へと行く。


「………それ」


そう言うエレクの視線の先にあったのは、クロのスーツと赤のネクタイだ。

頭の中で、ウォルーナが言っていたコーディネートを思い出す。


「これ、エレクさんのスーツです。 寸法は合ってると思うんですけど………」

「………大丈夫だろ」


くぁ、と欠伸をしたエレクは、医務室内を見渡し、首を捻った。


「ウォルーナと、ルビアは?」

「お店の見物にでも行ったんじゃないでしょうか? 私が来たときにはいませんでしたよ」

「へぇ…」

「あの、エレクさん」

「何?」


視線を一度下に下げたリリンを、エレクは上から見下ろす。

柔らかそうな茶色の髪が綺麗に梳いてあるのが分かる。

戸惑うように、口元に手を当てながら、リリンはエレクを見上げた。


「私も、エレクさんの言う作戦は反対です」


エレクを心配するような瞳で、リリンは彼を見上げる。


「誰かの為に、誰かがいなくなるなんて、そういうのはおかしいと思うんです」

「………」

「出来るなら、もう、誰も失いたくないです。 共有症候群でいなくなる人も、出したくないんです」

「………そうか」


小さく震えるリリンの手に、エレクは自分の手も添え、ゆっくりとリリンの胸の高さまで持ってくる。


「でも」


少しだけ、その手をリリンの方へと押した。


「俺は、それしか知らないんだ」


エレクはリリンの手を離す。

そのタイミングで、ウォルーナとルビアが、医務室へと帰ってきた。

ウォルーナは気さくに笑い、衣裳を見つけて、リリンを誉める。

ルビアは呆れたように微笑む。

エレクはベッドに腰掛け、リリンは曖昧に笑った。


エレクはまた、誤魔化した。

















慣れない服を着ているせいか、エレクは体の動かしにくさに、悪戦苦闘していた。

着てみたはいいものの、やはり窮屈で、人前に出ようとは、到底思えない。

が。


「クロせんぱーい、遊びましょ!」

「先輩!」


部屋の外から、ウォルーナとトキハの呼び声が聞こえる。

激しく、拒否したかったが、それが許されるほど、彼らの意志は薄くはない。

ため息をついて部屋から出ると、すっかりめかし込んだ二人が、満面の笑みで立っていた。


「へへん、いきますか、黒猫先輩」

「猫………?」

「先輩、みんな待ってますよ!」

「待ってなくていい」


早くも疲れ始めたエレクは、引きずられるように、宇宙の見渡せる廊下を嫌々あるく。

向かうのは、ルナサイドの中でも一番大きい、中央堂だ。

出撃ポッドにも医務室にも、司令室にも近いという、通常は休憩のスペースとして使われている場所。

ベンチを片付け、植木鉢を寄せればホールになるという、優れものだ。


「エレク、笑顔やで、笑顔」

「俺にそういうのは求めるな」

「努力せぇや。 トキハ君を見習って!」

「奴は天然だろう」


トキハを先導に歩きながら、ウォルーナはエレクの背を叩く。


「一応、注目の的なんやからな」

「最悪だな」


冗談ではない、と言った表情でエレクはウォルーナに押されて、自分を呼んでいるトキハのもとへと歩きつく。


「ほら、クロ先輩連れてきたよ〜!」

「馬鹿ッ、叫ぶな!」


ホール中に響くであろう声で、彼は仲間達に手を振った。

しかし、その声に反応して振り返るのは、トキハの友だけではない。

まさに注目の的になっている。


「馬鹿か、お前は!」


思わず声を荒げたエルクに、ドヤドヤと後輩が押し掛けてくる。


「先輩、素敵です!」

「やっぱり、黒と赤なんですね!?」

「スーツ、似合ってます」

「マフィアの若ボスみたい!」

「シロ先輩つ並んでみてください!」

「握手してくださぁいっ!!」


「う、な…おい!」


あっという間に包囲されたエレクは、彼には珍しく狼狽えてしまっている。

見ていて面白かったので、ウォルーナは助けない。

遠くから見ると、エレクが保父さんに見える。

と、そこに、ドレスを着たリリンと、白のスーツのルビアが現われた。

同時に、彼らの目がルビアに向けられる。


「シロ先輩だ!」

「せーんぱーいっ!!」

「な、何だっ!?」


先程のエレクと同じような状態に、今度はルビアが陥っている。

その間に、そろそろとホールの隅に移動したエレクは、息をついて壁に寄り掛かり、少しネクタイを緩めた。

ホールは低くかかっているクラシックと柔らかな照明の効果で、雰囲気がいい。

笑顔で会話し合う、大人に成りきれない子供たちを眺めがら、エレクは防壁の向こうの宇宙に思いを馳せていた。

ドッペルゲンガーがいた、あの宇宙。

母星と親友を奪った、堕天使側の最強。

親友がいなくなった日に負傷し、エレク自身を吸収しようとして失敗した堕天使。

そのせいで、エレクの体は、異常をきたしてしまったのだ。

身体の中に、もともと埋め込まれていた、体調把握の為のメモリーカプセルとは別に、エレクの体の中には生命維持装置が設置されている。

丁度、堕天使に受けた傷の中に。

右の、脇腹。

そこには、空き缶程度の生命維持装置と、それに内蔵されるようにメモリーカプセルが保管されている。

母星の技術者が、エレクのためだけに開発した、技術の粋が。

反応するように痛む、その脇腹に手を置いて、エレクはあらぬ方向に視線を馳せた。


「………飲みますか?」


目の前に差し出されたグラスに、エレクは顔をあげる。

いたのはリリン。

自分の分のグラスも持っている。


「シャンパンです。 けれども、ジュースとなんら変わりませんよ」

「………ありがとう」


グラスを受け取って、エレクは立ち上る炭酸の泡を見つめる。


「あんたは、幸せか?」

「はい?」


一口ふくんだシャンパンを飲み込んで、リリンはエレクを見返す。

聞いていなかった。


「あんたは、幸せか?」

「………そうだと思いますよ」

「そうか」

「………エレクさんはどうなんですか?」

「俺は、どっちでもない。普通だ」


シュワシュワと鳴るのを見ているだけで、エレクはいっこうにシャンパンを飲もうとはしない。

首を傾げたリリンが、声をかけようとした時、それより先に、ルビアがエレクの前に立ち、エレクに呼び掛けた。


答えはない。


代わりに、手からグラスが滑り落ち、床にぶつかり砕け散った。


「エレクッ!?」


うっすらと汗ばんだエレクを支え、ルビアとウォルーナは、医務室へと走った。

しかし、途中で警報が鳴り、ルビアが離れ、代わりにリリンが入る。


「ち、こんな時に………。頼んだ」

「はい!」

「そっちも、きばりや」


騒々しくなったネバーランドに不安を感じたリリンだったが、彼女はエレクの看病を任された身だ。

今更、ルビアの後は追えない。


「何や、これっ!!」


いつの間にか、呼吸器まで装備していたエレクの、身体の状態を見て、ウォルーナが叫んだ。

このようにして彼が叫んだのは、聞いたことがない。


「どうしたんですか!?」


駆け寄るリリンに、ウォルーナがモニターを見せる。


「生きてる人間にはありえへん事や。 エレクには心音がない………」

「心音が、ない?」

「身体のあっちこっちが変何や。 機械の反応を見るかぎり、どっかに生命維持装置があるはずなんやけど………分からん。 装置のちょうしが、おかしいんちゃうか?」


心音が無くとも、呼吸はしているエレクを、リリンは複雑な表情で見守る。

自分の命が軽い、と彼が言った意味が、分かる気がした。

作り物の命。

彼は自分の事を、そう思っていたに違いない。

そして、こうなる事も。





「………す、な」





うっすらと、苦しげに朱の瞳を覗かせたエレクが、何事かを呟いた。


「はぁ? 何、何やて、エレク?」

「エレクさん!」


覗き込むように、ウォルーナが顔を近付ける。


「出すな…………天使を、出させるな……あいつは、強い………」


その言葉に、ウォルーナは脱兎のごとく駆け出した。

向かうのは、ルビアのいる司令室だ。

それを追い掛けようとしたリリンの手を、エレクはつかみ、引き止める。


「エレク、さん?」

「俺を、連れていけ。 出撃ポッドだ」


息の落ち着いたエレクは、必死な眼差しで、リリンの腕を掴んでいた。

それは痣ができるほど強く。



リリンは、エレクに肩をかし、二人で立ち上がった。






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