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物語の終盤になります
孤高の黒猫
作:秋之



第六話:ドッペルゲンガーだ



「なんだ、出ないのか?」


エレクにそう言われ、ルビアははっとして、なぜか更に一歩下がる。

気まずいと思っているのは自分だけで、エレクは微塵もそんな事は思っていないようだ。


「………」

「………」


妙な沈黙を守ったまま、二人は動かない。


「お〜、ナイスタイミング! エレクはやっぱ年下に弱いんやなぁ」

「なぜ、そうなる」


ニヤニヤと笑うウォルーナに、エレクは視線をルビアからそちらに移して、顔をしかめる。

ヘラヘラと振った彼の手には、例の人形がはまっていた。


「それ、どうにかしろ」


彼の手に合わせて、クネクネと動く人形は、決して愛らしいとは言えない。


むしろ、気持ち悪い。



「………」


「まだ…いたのか」


「………いや、私は行っていいのか?」


「………いいのか、ウォルーナ」


「う〜ん…おらんよりは、おった方がええんかな?」



疑問符を付け、人形の首を傾げてみせる。


戻ってきたルビアは、不安そうに眉を潜め、エレクの隣のソファーに腰をかける。



「んとな〜、一応、ルビアが軍事担当なんで、俺がその他担当なんね。 でぇ、今回エレクを呼んだのは、もうすぐ、ネバーランド………じゃないな。 ルナサイド建設記念日なんねや。 お祭り、みたいな」


「………で?」


「でって………まぁええわ。 そんで祭りっちゅうからには、イベント盛り沢山、ときめきも盛り沢山」


「帰っていいか………?」


何となく嫌な予感を感じたエレクは眉を寄せて立ち上がろうとする。


当然の事に引き止められたが、エレクは嫌そうに、笑っているウォルーナを睨む。



「あっは〜! 郷に入らば、郷に従えやで。 っても、エレクはただぶらぶら店見て歩いてりゃいいだけやからねぇ。 本番は夜や!」


ビシッと人差し指をエレクとルビアに向けたウォルーナに様々なツッコミを心で入れながら、エレクは一先ずため息を吐く。


何だか、面倒なことになりそうだ。



「夜に、お楽しみのダンスパーティー的何かが存在する訳よ。 それに出てくれたら、別に後はどーでも」


「それが一番面倒な気がするのは気のせいか?」


「気のせいじゃないと思うぞ」



ぼんやりと隣から相づちをうつルビアを見やり、エレクはソファーの背もたれに深くもたれる。


話を聞いただけで疲れてきた。



「面倒だ」


「そう言うなや。 乙女達にウキウキと、少年達にキラキラを与えると思って!」


「キラキラ………?」


「僕も先輩みたくなるんだぃっ! という視線」


「ならない方がいいと思うんだが………」



ぶつかるエレクとルビアの視線。


そう言えば、口論の末話せずじまいだった。


ふー、と呆れた苦笑で、体重を後ろにかけるウォルーナ。


相変わらず人形はクネクネと気色悪い動きで踊っている。



「ってな訳で、ルビア、エレクの服の事、リリンに頼んどいてや」


「………………わかった」


不服そうにしながらも頷くルビアは、エレクから視線を外して腕を組む。



「やっぱ、色は黒で、リボン………や、ネクタイは赤やね。 うん。 エレクが白の服着てたらキショイわぁ〜」


「失礼な」



言いながら、自分でも似合うとは思っていなかった。


「ん、これで話はお仕舞い。 各自カイサ〜ン」



パチンッ、とウォルーナが手を叩く。


それを合図に立ち上がりかけたエレクの右脇腹が、上下に引き裂かれるように、激痛を訴えた。



「………っ」


「どうした、エレク?」



とす、と俯いてソファーに戻ったエレクにルビアは、覗き込むようにして尋ねる。



「…いや………問題ない。 大丈夫だ」


「ん〜? ほんまかぁ?」


「あぁ………問題ない」



相変わらずの無表情さで、エレクは立ち上がる。



「少し、そうだな、少し、考え事をしていただけだ」



考え事と、よろめきがどう関係するのか分からないが、その場はなんとか、それで誤魔化せた。


しかしそれが、堕天使が来たお陰であった事に、エレクはいい気はしなかった。


「おい、エレク!!」



ルビアの制止の声を聞きながら、エレクは逃げるように部屋を出た。


向かうのは、当然、出撃ポッド。



◇■◇





「あ、クロ先輩!」


「トキハか?」


出撃ポットに着いたエレクを迎えたのは、ペアのいないトキハだった。

ペアのいないものは、負傷したものの代わりとして、こちらに残ることになっている。

例え、機体の天使が残っていたとしてもだ。


「おい、出れるか?」

「はい! って、いいんですか、出て!」

「問題ない」

「なら、OKです!」


ビシッと右手で敬礼して微笑んだトキハに対し、一瞬苦々しく思いながらも、エレクは機体の上部、メインのコックピットに乗り込む。

文句も言わずにサブのコックピットに乗り込んだトキハはそれでも嬉しそうだった。


「何、笑ってるんだ」


微調整を済ませながら、下のトキハに尋ねると、彼は弾んだ声で答えた。


「クロ先輩のサブやれるなんて、ついてるなぁって思いまして…それに先輩は強いですから!」

「………別に強くなんて無い。 気を抜いたら、すぐにやられるさ」

「またまた、御謙遜を!」

「俺は、そろそろお前も気を引き締めろ、という意味で言ったんだがな。………行くぞ」

「はい!」


覇気がありすぎる声に、少々顔をしかめながら、エレクはその足を動かした。

実際に動くのは天使の足で、蹴るのは空中のはずだが、確かに足の裏には何かを蹴った感触がある。


と、


『エレクッ!』

「なんだ」


横から頭を殴られたような衝撃を覚える怒声が、回線から飛び込んできた。

これに驚いたのは、何を隠そう、トキハである。


『私はまだ、許可など出した覚えはない!』

「あぁ、そうか。………ふん、少し遅かったな」

『遅かったな………じゃない! せめて、一言、言っていけ!』

「言ったところで、聞くのか、お前が」

『………』

「そう言うことだ。じゃ」

『あ、おい、エレ』
ブツンッ!


何の気なしに、エレクは回線を切った。


「あわわわわわっ! 先輩、問題ないんじゃなかったんですかっ!?」

「ん? 問題ないだろ?」

「無くないですっ!」


と言っても、場所はすでに宇宙だ。

今更そんな事を追求しても、どうにもならない。

要は、やったもん勝ち、ということだろう。


「………なぁ、何でお前は一人余るんだ?」


戦闘区域に向う途中、エレクに唐突に尋ねられ、トキハは明らかに焦って答えた。


「えっ!? それはですね、何だか長期休暇の先輩がいるそうで………」

「あぁ、そうか………お前が」

「どうかしました?」

「いや、なんでもない」


共有症候群で倒れたパイロットのペアが、トキハだったのか、とエレクは納得した。


「あ、そろそろ肉眼で見えますよ、って………うわっ先輩!?」

「口を閉めろ。舌噛むぞ」

笑いながらエレクが言った瞬間、爆発でもしたように機体が加速し、一気に戦闘区域のど真ん中に押し入る。

途中、数体の堕天使を破壊しながらだったので、機体は大いに揺れ、回転した。

といっても、宇宙空間なので余り体に衝撃はない。


「………クロ先輩、余り無茶はしないで」

「無茶なんかじゃない。 誰だって、やればできるさ。 やらないだけだ」

「………そうなんですか?」

「そうだ」

「じゃぁ、僕にも?」


自信なさ気に、少し声の小さいトキハに、エレクは断言した。


「できる。 練習すればな」


トキハの表情が輝いたのがわかる。

が、今はそんな時間はない。


「練習は帰ってからだ。 今は、こいつらを潰そう」

「はい!」


仲間の機体と合流して、次々と堕天使を破壊していく様は、今までに無いくらいに、決定した勝利を確信付けていた。

今、ルナサイドのパイロットは全盛期であり、仲間内のフォローもしっかりとしている。

エレクは、この波にのれば例の作戦はうまく行く、と考えていた。

しかし、トキハは、あの天使の羽根が見られないのが少し残念だと思っていた。

本当に、一瞬、モニターで見ただけだったのだが、それだけでも、心に刻まれてしまったのだ。

一目惚れ、と言っても、過言ではないほどに。


「先輩! 終わったみたいですよ!」


最後の一人を倒しおわり、疎らに帰り始めた天使達を映しながら、トキハは誇らしい気分で、メインのエレクに呼び掛ける。

しかし、返答が無い。


「………先輩?」


不安になって、シートベルトを外し、繋がった上のメインコックピットに移動すると、そこでエルクは脂汗を浮かべ、うずくまっていた。


「先輩!」


右の脇腹に走る痛みに耐えているエルクは、引き裂かれるような悲鳴をあげるそこを、必死に押さえ付ける。



いるのか、ドッペルゲンガー。



激しく反応する、右脇腹の中の、奴の欠けらに、エレクはモニターをにらみつけた。

それは、そこにいた。


「堕天使っ!?」


その姿を見つけたトキハが、エレクの代わりに天使を操ろうとしたが、それよりも早く、向うは闇の中へと消えてしまった。

それと同時に、エレクも痛みから解放される。


「トキハ、大丈夫だ。 これから帰る」

「先輩、今のは………?」

「俺の、ドッペルゲンガーだ」

「ドッペル?」

「………帰るぞ」


それ以上の質問を拒むように、エレクはトキハをサブコックピットへと追い返す。

今に、疑問なんて薄れてゆく。

何せ、もうすぐ祭りが始まるのだから。

それは戦いのなかでは、とても尊く、特別な時間。

疑問なんて、それに打ち消されてしまうさ。

エレクはそう考えていた。

まさか、その考えが、大きな間違いだったとは、予想もせずに。






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