第四話:俺の命は重くない
長い廊下を歩き、エレクが連れていかれたのは、応接室でも司令官室でもなく、医務室だった。
その事を不振に思いながらも、エレクはリリンの後について中に入る。
医務室は無駄に広かった。
薬品棚もベッドも机も小さく見えるほどだ。
その中で、ルビアと誰かが、向かい合って話をしている。
「ルビアさん、連れてきました」
「! こっちに来て座れ。………移住生、お前もだ」
「………」
無言のまま、少し機嫌を悪くして、ルビアと向かい合うように座ったエレクに、必然的に隣になった誰かが、小声で笑った。
「ご機嫌斜めやねぇ、子猫ちゃん」
「…。………!?」
聞き覚えのある声。
僅かに驚いて、そちらを向くと、にっこりと笑ったそいつと、あの人形の姿があった。
「俺、一応、医者のウォルーナいうね。ま、ぼちぼち、よろしくな」
人形の時と雰囲気が違う。
言葉のイントネーションすら違った。
エレクは、あいさつ以前に警戒心が増して、凝視するようにウォルーナを睨み付ける。
「あはん、そんなに見つめんでよ。何何? そんなに俺、カッコえぇ?」
「…………………道化」
「なっ!? このスーパービューティーに向かって! 何、そのいい方!」
「落ち着け、ウォルーナ」
直角に折れた話の腰に、ルビアは半眼になって話を戻す。
止められたウォルーナは、
「分かってますって!」
、と笑ってルビアに向き直った。
「………それで、だな。移住生」
「俺はエレクだ。移住生じゃない」
「いや、移住生でしょ」
「………黙れ」
「いやん、怖〜い」
ウォルーナに茶化されながらも、エレクは翻弄されることはなく、ルビアを見つめる。
ルビアは少し視線をさ迷わせ、決心したようにエレクを見返す。
そして、二人の間にあった、背の低いテーブルに手をつき、限界まで頭を下げた。
「エレク、すまなかった」
「………」
いきなり頭を下げたルビアに同じた様子もなく、エレクはルビアの金髪を冷たく眺めていた。
「………言い訳はしない。理不尽な対応はについては謝る。すまなかった。私の勉強不足の結果だ」
「そうだな」
「………………」
「…………」
「……」
「で、いつまで頭を下げてるつもりだ。頭下げてる暇があったら、勉強したらどうだ? ん?」
嫌味に笑うエレクに、顔を上げたルビアは苦笑をもらす。
もっともなことなのだが、エレクの言い方が、余りにもサバサバしていたので、認めていたはずの自分の不手際を、二重の意味で再認識させられてしまった。
ただ見ていたリリンも、微笑んでいる。
しかし、ウォルーナだけは、無表情でテーブルの上のカップを見つめていた。
睨んでいる、といった方がいいのか。
「………どうした、ウォルーナ」
さっきまでがさっきまでだだっただけに、釣られてルビアも深刻な面持ちになる。
「あんな、ちょっと、言わなあかんことがあんねん。まぁ、口で言うより、見た方が早いんかもしれんけど………」
「それは、俺も関係してるのか?」
関係ないことに巻き込まれたくない、というオーラを漂わせたエレクだったが、ウォルーナは小さく頷いた。
「関係あるはずや。エレクなら分かると思うねんな」
「………?」
神妙な面持ちのまま連れていかれたのは、医務室の隣の部屋だった。
しかし、この部屋は廊下からは入れない。
医務室から、そして特定の人間しか入ることの許されない、集中治療室に似た、完全閉鎖された病室だった。
三×四で計十二の個室で構成された部屋は、まだ一室しか埋まっていない。
その一室に、ウォルーナは一同を招き入れる。
ベッド、点滴、心電図。
それはそこに眠る、たった一人の少年のためだけにあった。
「………ウォルーナ、彼は体調を崩した末の長期療養中なはずでは?」
さすが、というべきか、ルビアは瞬時に少年を記憶の中から見つけだした。
彼は優秀な天使パイロットで、数々の危機を乗り切ったエースだった。
あの日、倒れるまでは。
「ほんまは、そうなはずやってん。けどな、あれから目ぇ覚まさへんねん」
「目を、覚まさない?」
「体は生きてんねん。呼吸もして、心臓も動いとるし、爪も髪も伸びる。せやけど、話もしなければ動きもしない。死にながら生きてるようなもんや」
規則正しく鳴る鼓動に、ウォルーナは目を細めて、ある病名を告げる。
エレクは、それを知っていた。
「共有症候群………エレク知ってるか?」
反応できなかった。
エレクは数秒間を置いてから、ようやく顔をそちらに向ける。
「………あぁ、知ってる。天使と長時間意識を共有した際に現われる症状だ。 悪化すれば……そうなる」
言って、エレクは少年を見やる。
生ける屍、とでも言えば良いのだろうか。
エレクの右腹部が、引きつるように痛む。
「………」
「共有症候群は、病気なんや。うん。病気。大人が残していきよったノートに書いてあった」
「治せるのか?」
眠り続ける少年を気遣わし気に見て、ルビアは尋ねる。
が
「治る、けど治らへん」
ウォルーナの答えは曖昧なものだった。
「治せんこともない。けど、共有症候群は癖になりよる。麻薬みたいに、一旦離れても次に手ぇ出せば、折角治ったもんが全部オジャン、や」
「それで死にたくなければ、二度と天使に近づかないこと。………パイロットが減るんだ。こうやって」
動くことのない少年から、エレクは哀愁の漂う表情で視線を逸らす。
今のネバーランドは、このまま行くと、確実に木星の二の舞になる。
共有症候群が全体に広がり、そして戦力がなくなるのだ。
死ぬことを待つだけ。
「………どうしろと、言うんだ」
俯いたルビアが苦渋に顔を歪ませ、堅く手を握り締める。
子供だけのネバーランドに子供だけしかならない疫病が流行りだした。
治せる大人は当然いない。
しかし、希望を繋ぐ黒猫は存在した。
子供たちよりも物知りで、でも、子供たちよりも短命な黒猫。
彼は策を持っていた。
「生き残る戦いではなく、後に繋ぐ戦いを、木星はしてきたんだ」
唐突にエレクは切り出した。
それは独白に近い。
「だから、これは生き残る戦いではないけれど………」
けれど
「ただ死ぬだけの戦いでもない」
エレクが見たのは、固体でなくなった母星。
策をエレクに托して、そうして初原に戻っていった木星。
木星が消えてしまったことに、誰か一人でも気付いているだろうか。
きっと、誰もいないだろう。
だからこそ、エレクはやらねばならなかった。
自分に関わった者、それらが残した全てを、次に繋ぐために。
「………最強が全てを駆逐すれば、勝利が得られる」
「な………?」
必要最低限に短縮されたエレクの案に、ルビアは理解するのが遅れた。
「これは堕天使の特徴を利用した作戦なんだ。奴らは、限りなく人間に似ている。だから向こうも弱い奴から徐々に強くなる。そこを利用するんだ。強い奴は強い奴で叩く。そして弱い奴も強い奴で叩く。………一番強い奴が、すべてを倒すんだ」
「だが、それは………」
訝しげにルビアはエレクを見る。
「あぁ、確実にパイロットはそこから消えるだろうな。 共有症候群末期か、向こうの最強と相討ちか」
淡々と話すエレクに、ルビアは恐怖を感じる。
今、エレクが話しているのは、命の話だ。
それなのに、どうして、そう平然とはなしていられるのだろう。
「パイロットはかならず消える。 だから、それを俺にやらせろ、ルビア」
「なっ!?」
「俺はここに来て日は浅いし、パイロットとしては最適なはずだ。悲しむ者は少ない」
「………分かってるのか? それは、自殺志願と同じだぞ?」
「分かっている」
困惑するルビアを見返すのは、とても自殺志願者とは思えない、エレクの挑戦的な朱色の瞳。
「時間はない」
「………考えさせろ」
「考えている暇はない」
「…考えさせろ」
「考える必要はない、俺の命は軽い」
「考えさせろ! 命を軽んずる者は嫌いだ!!」
エレクの余りにも非人間的な発言に、ルビアは投げ付けるようにして言うと、数秒エレクを睨みつけ、
「ふん」
と部屋から出て行ってしまった。
あわてて後を追うリリンは、部屋を出る寸前に、困惑した様子でエレクとウォルーナに礼をした。
「………」
しばらくして、エレクも部屋から出ようと歩を進める。
その背に、ウォルーナの苦笑が向けられた。
「本当にもー、二人とも頑固で困るわ」
それが届いたかどうかは分からない。
だからこそ、ウォルーナは大きくため息を付いた。
この宇宙の中では、ありとあらゆるものが尊く、そしてちっぽけなのだから。
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