すこぶる晴れやかな日
こんなところまで、ありがとうございます!
ヴィオラとダンの結婚式当日は、誰の執念によるものか、近年まれに見る素晴らしい快晴だった。
町の慣習どおり、人前式である。
「綺麗だぞ、ヴィオラ。ひいばあさんに生き写しだ。長生きはするものだな……くっ」
「ひいおじいちゃあん! もっともっと長生きしてねええ」
「もちろんだ、エスカが嫁を連れて来るまでは断じて死なん!」
「ひいおじいちゃん、ボケてるの?」
ヴィオラがまともだったのは、せいぜい支度を終えた直後のこのあたりまでだった。式が迫るにつれ、彼女はおかしくなっていった。
「あら、似合うじゃない。我が子ながら馬子にも衣装ね」
「えへへへ」
どちらかといえば暴言のたぐいだった母の賛辞にも、
「うおおお、まだ早い! まだ嫁に行くには早すぎるぞヴィオラァァァ」
「えー、えへへへ」
父の号泣にも、
「姉ちゃんかっこいい! なんか強そう!」
弟の妙な興奮ぶりにも、
「えー、えー、えへへへ」
ヴィオラは壊れたように笑い続けていた。
「ねえ、このヴィオラ、なんだか変じゃない?」
「変だ。うわあ、この子、何も見てないし聞いてないぞ……!」
居合わせた親族友人知人全員が同じ判断を下した。間違いない、幸福感が限界を超えたせいでどこか別の場所へ意識が吹っ飛んでいる。
エスカが指をパチンと鳴らした。
「ダンを連れて来い!」
エスカに逆らえる者などこの町にはいないので、即座に数人が走り去った。そして花婿がわけもわからず引きずられてきた。
「なんだ、何事だ」
室内を覗き込んだダンは、あっさり状況を把握した。まず花嫁の愛らしさに感動し、男としての自尊心をくすぐられ、ついで笑いをこらえるようなそぶりを見せた。どこからどう見ても、世界で一番幸せな男の顔だとエスカは思った。なぜか殴りたくなる。
「ダン、あとは任せた」
「了解した」
精一杯キリッと答え、ダンはヴィオラに歩み寄った。純白のベールに包まれた顔は完全に魂を手放して呆けている。にも関わらず、なんて綺麗なんだろうとダンは内心で称賛した。今日、この美しい女性が自分のお嫁さんになるのだ。ああ、世界は素晴らしい。
しかしつつがなく誓いを済ませるには、まずヴィオラが正気に戻らねばならない。
「おいヴィオラ、そろそろ起きる時間だぞ」
焦点の合っていない瞳を覗き込んで呼び掛けた。ヴィオラは答えなかった。ただし、極上の蕾が綻ぶような、ダンに言わせれば柔らかく優しく神々しい微笑みを、顔一面にふわんと浮かべた。
ダンはたまらなくなった。発作的に両手でヴィオラの頬を包んで唇を奪った。繊細な花嫁衣装のことなど頭になかった。とことん熱心に狂おしく貪った。
「んーっ、んー!?」
魂の戻ったヴィオラが酸欠に喘ぐまでダンはキスを止められなかった。いつの間にやらヴィオラを壁に押し付けていた。なんと彼女の足はほとんど床から浮いている。
「まあ、ダン、なんて素敵なの……」
正装した新郎を眺めてまたも恍惚状態に陥るヴィオラを無意識に抱きしめながら、ダンはたった今ケダモノと化していた己に衝撃を受けていた。先が思いやられる。
だが、もっと差し迫った意味での先を案じていた人物が、浮かれた新郎新婦を現実に連れ戻した。
「いてっ!」
ダンの後頭部を、廊下にいたエスカによる警告という名の投石が襲ったのだ。
「始まるぞ、式」
「あ、そうだった」
ようやくヴィオラは正気に返った。
なお、式は滞りなく執り行われた。
花嫁は輝かんばかりだった。花婿は着火しそうな目つきでそれを見つめていた。ふたりは互いの姿しか目に入らない様子だった。列席した人々は口々に言祝ぎ合った。
花嫁が泣くか泣かないかで町の若者が賭けていた勝負で、まさかの一人勝ちを決めたのは、花嫁は泣かないが花婿が泣くと読んだ大穴狙いのエスカだったそうな。
これにて大団円!