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Be mine 作者:はな

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3/10



 ──あとになって、オレは自分の失策にほぞを噛むことになった。
 よく考えてみれば、いやよく考えるまでもなく、クローバーの件はオレにとって絶好の機会だったわけである。あそこでもっと、「南のために探したんだ」 とか 「見つけるのにすごい苦労をしたんだ」 とかアピールすれば、南のオレに対する株は、間違いなくぐんと上がったはずだった。それは別に嘘じゃないんだし。
 いや、その 「嘘じゃない」 っていうのが多分いけなかったんだろうな、とも思うんだけど。何の苦労もなくたまたま偶然のようにあの四つ葉が手に入っていたなら、オレはもしかして、大げさな苦心談を適当にデッチあげて南に渡していたかもしれない。大変だったんだぜ、なんて恩着せがましく。
 苦労して、地べたを這いずり回り、土だらけになってようやく見つけた四つ葉のクローバー。それが本当のことだったから、オレは南にそれを告げることが出来なかった。だって、そんなことを言って、南に問われたら困ってしまう。
 ──どうしてそうまでして探してくれたんですか?
 なんて。
 オレはその問いにきっと答えられない。いい加減な口実ならいくらでもこしらえられるだろうけど、本当のところはオレ自身にだってよく判らないからだ。ただなんとなくその気になった、としか言いようがない。けれどもその理由は自分でもなんかヘンだよな、と思うから口には出せない。
 馬鹿だよなあ、オレ。これはゲームなんだし、南を落とすという目的を達するために、言うべきこととやるべきことは簡単に思いつくんだ。今回だって、四つ葉を渡して、優しく笑いかけ、
 南が喜ぶかなと思ってさ。
 とでも言っていれば、いくら変人の南だって何かしら思うところはあっただろう。オレはそういうことを適度に嫌味なく言える自信があるし、実際、そうやって女の子の心を掴んだりしてきたことだってたくさんあった。
 けど、オレはどうしても言えなかった。そのセリフを出した途端、四つ葉を必死になって探したことも、それを差し出した時に南が瞳を輝かせたことも、何もかもがウソくさくなってしまうような気がして、言えなかった。
 「本当のこと」 は、却って口には出せないことがある──と、オレはこの年齢になってはじめて知った。



 そんなわけで、現在、オレは殊更になんでもない顔をして、南が自慢げに胸を張り、じゃじゃんと余計な効果音までつけながら出したものを、ふーんと言いながら眺めている。
「どうですか、これ。すごいでしょう」
 彼女が両手に持って見せびらかしているのは、先日オレがやった四つ葉のクローバーだ。
 何が 「すごい」 のかというと、渡した時にはヘナヘナでいかにもすぐに萎れてしまいそうだったその頼りない葉っぱが、なんとも恭しくラミネート加工されて、一枚のカード仕様になっているところらしかった。
「あー、すごいすごい」
「なんですか、世良君。ものすごく心が篭っていませんよ」
 南の机の前の席にだらしなく腰かけ、ついでに頬杖を突きながら棒読みの返事をしたオレに、南は非常に不満そうな顔をした。
「だって、どうリアクションすりゃいいかわかんない」
「おお、とか、へえっ、とか、いくらでも感嘆詞を発してもらって構いません。こんなに立派になって、まるで売り物みたい、とか。売りませんけど」
「いや、別に誰も買わないし。売り物にもなんないし。たかが葉っぱ一枚」
「葉っぱじゃなくて、一万分の一の幸運のシンボルです。宝くじ一万枚の中に、一枚だけ入ってる一億円の当たりくじを引いたみたいなものじゃないですか。すごいことでしょう」
 南は頭がいいのに、時々、おかしな理屈を言う。おかしいのだが、頭がいい分、一瞬納得してしまいそうになる。この時も、なるほどすごいかも、と思いかけて、「いや全然違うだろ」 と慌てて突っ込んだ。葉っぱは葉っぱじゃないか。
 オレは南の指の間からそのカードを抜き取ると、苦笑交じりにひらひらと振った。透明なフィルムの中で、仰々しく飾られた四つ葉が、ふんぞり返っているように見える。
「よくもまあこんなもんに、ご大層な加工をしたもんだよ。南んち、こういう機械があるのか」
「いえ、職員室にあるんです。それを借りました」
「へー、そんなの、生徒が気軽に借りられんの?」
 それとも南が優等生だから、教師もいろいろと甘やかしてくれんのかな、とちらっと思ったのは、多少ひがみが入っていたかもしれない。
 だが、南は首を横に振った。
「気軽に借りられるかどうかは判らないです。私の場合は、労働の対価として、ちょっとお借りできませんか、と先生にお願いしたので」
「労働?」
「はい。保健室のお手伝いで、使用記録の統計づくりを。保健室を利用した生徒数だとか、その理由なんかを日単位、月単位でまとめてグラフにするんです」
「そりゃまた面倒くさそうな作業を……」
 想像しただけでオレはうんざりした。そんな面倒なこと、養護教諭の仕事なんだから自分でやれよ、と内心で毒づく。ていうより、面倒だから生徒にやらせたんだろうけど。
 そこで、ん? と眉を寄せた。
「ちょっと待った。南って、保健委員だっけ?」
「え、いえ、違います」
「じゃなんでそんなことやってんの」
「あ、先生に頼まれて、ですね」
「なんで頼まれるんだよ。南、そんなに養護教諭なんかと親しいのか? 保健室なんて、そうそう近寄らないだろ」
「……えっと、多分、私がよく保健委員会に出席してるからじゃないでしょうか」
「だから!」
 ばん、と机を平手で叩く。南はびくっと身を縮めた。
「委員でもないのに、委員会に出席ってどういうことなんだよ。ホントの委員がサボって、南が代わりに行ってるってことだろ?」
 そのせいで保健室の仕事までやらされて、馬鹿じゃねえのか、と考えてから、ある可能性を思いつき、オレはすごくイヤな気分になった。
 もしかしたら養護教諭は、南が本当の委員じゃないってこと、知ってたんじゃないか。いつもいつも代理で委員会に出てきて、いいように利用されても何も言わない南を見て、自分の仕事を手伝わせたんじゃないのか。
 この生徒なら、便利に使えそうだから──そんな理由で。
「ちゃんと断れよ、そういうことは。南のことだから、理由も聞かずに、『はい、判りました』 なんて引き受けちゃってるんだろ。だから相手だってなんの罪悪感もなく面倒なことをおっつけてくるんだよ」
 むっつりしながらそう言うと、南は 「そうでしょうか」 と不得要領な表情で首を捻った。
「でも、私に出来ることって限られてるわけですし、その範囲内でのことなら引き受けても別に人の迷惑にはならなんじゃないかと思うんですけど。勉強くらいしか満足にやれることがないっていうのも、やっぱり人間として問題がありませんか」
「………………」
 なんでだ。全っ然、話が噛み合っている気がしない。
 オレは少し身を乗り出して、南に質問をした。
「──なんでそんなに、何も出来ない、とか思うわけ? 南は、他の連中よりもずっと頭がいいじゃん」
「頭がいい、っていうのは、テストで点を取る、ってこととイコールじゃありませんよ。私からすると、運動も人付き合いも器用にこなしてしまう世良君の方が、よっぽど頭がいいです」
 器用にこなしてしまう、っていうのはあんまり褒め言葉じゃないような気がするんだが、南は羨望の眼差しをオレに注いでいる。本気で言ってるみたいだ。いや、南に冗談が言えるとは思ってないんだけど。
「私は昔から、そういうことが上手に出来ませんでした。今も出来ません。なんか、今ひとつ、他の人や周囲のものと、テンポが合わない、っていうか」
 それは判る。ものすごく。
「小学生の時に、これじゃダメだなって思ったんですよね。なーんにも出来ない自分は、世の中の不要物でしかないような気がしたんです。せめて何かひとつでもまともに出来るものが欲しくて、頑張って勉強を始めたんですが、そのうち、テストで点を取るのは、単にそういう技術がありさえすればいいってことに気がつきました。だから、それは 『頭がいい』 ってこととは全然別物なんですよ」
「…………」
 判ったような気がするぞ、とオレは思った。いや、頭がいい、って言葉の解釈なんかはどうでもいいとして。
 ……つまり、南は、「勉強ができる」 という点に、まるで価値を置いていないんだ。
 オレにとって、四つ葉のクローバーが他の雑草と大差ないように、南にとって、学年トップの称号は、称号たりえない。なぜならそれは、彼女がこの世の中となんとか折り合って生きていくために身につけた盾、南にとってのただの 「言い訳」 でしかないからだ。
 これで、私でもこの世界にいることを許されるかなあ、という。
 南本人が、他の誰よりも自分自身を軽んじてる。だから、教師や同級生に軽んじられた扱いを受けても、それを当然のようにしか思わない。そういうことなんだろう。
 けどさ。

 けど──なんかちょっと、腹が立つ、よな。

 南は南で、いいところがあると思う。たとえば学年トップなんて地位にいなくても、だからって別に、南という人間としての価値が崩落するわけじゃないと思う。
 変人だし、どっかズレてるし、不器用だし、どんくさいし、要領も悪いけど。
 駐車場の隅っこで丸くなっていた小さな背中の一途さや、感情をすぐ顔に出す素直さや、オレがやったただの葉っぱを後生大事に加工までして持ち歩く律義さなんかは、南にしかない、特別で大事なものなんじゃないのか。
 南本人が、それを認めてやらなくてどうすんだ。
「……とにかくさ、もう今後は他人の尻拭いまではしなくていいから。そんな暇があるなら、軽音部にでも遊びに来いよ」
 その方がよっぽど有効な時間活用だ、と思ってのオレの提案に、
「軽音、ですか」
 と、南はぽっかりと口を開けた。聞き慣れない外国語を聞いたみたいな顔をしている。
「そう。オレみたいにテキトーなやつらばっかりだから、誰が遊びに来たってゼンゼン気にしないし」
「軽音……」
 オレの言葉が耳に入っているのかいないのか、南は呟くように繰り返すと、宙に視線をうっとりと彷徨わせる。どうせまたヘンなことを考えてるんだろう、ということくらいは推測できた。
「いいですねえ、自分の好きなように楽器を演奏できるなんて」
「そうか?」
「そうですよ。世良君、知ってますか。モーセが奇跡の技で海を開いた時、音楽が鳴ったそうなんですよ。神様への言葉の代わりなんです、音楽は」
「や、なんの話かわかんない。南、何か楽器は?」
「リコーダーを少々」
「…………。うん、聞いたオレが悪かった。じゃ、今日来る?」
 そこでやっと、南はおかしな夢を見るのを中断して、オレの顔を見た。
「あ、いえ、でもお邪魔になっちゃいけないですから」
「別にお邪魔になるような部じゃねえっての。みんな気ままに弾いたり叩いたりしてるだけなんだからさ」
「じゃあ、窓の外とか屋根裏からでもこっそりと見学させてもらいます」
「どこの忍者だよ。いいから正面から来い。いいな?」
「なんで命令なんですか」
 不思議そうに言いながら、では伺いますのでよろしくお願いします、と生真面目に頭を下げられ、オレは笑ってしまった。
 やっぱり南は面白い。


          ***


 放課後、南はちゃんと第二音楽室にやってきた。
 別に誰が入ってきたって咎めるような人間はこの部にはいない。軽音部の連中は、誰もがアッサリしてサッパリして、物事を深く考えるということをしないやつばっかりなのだ。それが美点かどうかはともかく。
 南は遠慮がちにそうっと部屋に入ると、ベースの音を合わせていたオレに向かって、ぺこんと頭を下げた。それから、大人しく部屋の隅っこに置かれた椅子に座って、部員が練習する様子を眺めはじめた。本当に 「見学」 だ。
 こっちに声をかけてきたりしないのは、南なりに気を遣っているんだろう。こういうところも、ちょっとズレてるのかもなあ、と思う。別にもっと近寄ってきたって構わないんだけど。
 わざと素知らぬふりをして窺っていたら、南は目を真ん丸にして、あちこちで気ままに鳴らされる音にきょろきょろしている。口がちいさく動いているのは、わあー、わあー、と言っているらしくて、オレはもう可笑しくてしょうがなかった。
 その様子が楽しかったのはオレだけではなかったようで、ちょくちょく部室の隅に行っては、南に話しかける人物が一人いた。部長だ。「や、見学?」 からはじまって、音楽についてのウンチクをぺらぺらと語り、違う楽器をあれこれ演奏してみせて、南から全力の拍手喝采を受けご満悦。部長はマルチプレイヤーなのである。
 しまいには調子に乗って、サックスまで持ち出してきた。
「よーし、じゃあ俺が南ちゃんのために、一人演奏会を開催しようかなー」
 その言葉に、南がきょとんとして、それから少し心配そうに眉を下げる。どうしたんだろ、と思ったら、
「私、今日はあまり持ち合わせがないんですけど、足りますか」
 と申し訳なさそうに言うから、つい噴き出してしまった。どこの世界に、部活の演奏で料金を取る高校生がいるんだよ。
 部長も声をあげて笑った。どうやら、冗談だと思ったらしい。
「よしよし、じゃあ特別に、無料にしてあげるよ」
「えー本当ですか、ありがとうございます」
 そうして演奏されたサックスの曲は見事なものだった。もともと腕のいい人だけど、今日は特に力が入ってるように聞こえる。やっぱり、すぐ傍でここまで真剣に聞き入っている観客がいると違うものなのかな、とオレは思った。
 でもちょっと、やりすぎじゃね? とも思う。南は楽しんでいるようなんだけど、オレは段々、面白くない気分になってきた。
「……けっこう面白い子だね、南って」
 すぐ間近でぼそっと言われて、ぎょっとしたオレが振り返ると、そこにいたのはキーボード担当の女子だった。オレと同じ二年生で、わりと可愛い顔に似合わず、ずけずけとものを言うやつである。
「あれ、知ってんの?」
 南は名前だけは有名だが、本人がひっそりとしているため、同じクラスのオレでさえそうだったように、あまり顔は知られていない。自己紹介をしたわけではないし、誰も何も言わなかったから、この南があの南だとは気づかれていないのだと思っていた。
「だってあたし、一年の時同じクラスだったもん。けどあの子ってさ、なにしろ静かだから、どんな子なのかちっとも知らないままだったんだよね。喋ったこともないし。でもこうしてると、案外フツウだね」
 いや、十分変わってるんだけど、とオレは言いかけてやめる。
 変わっていようが普通だろうが、南は話してみれば別に静かでもないし、陰気なタチでもなかった。性格も悪くないし、表情だってくるくるとよく変わる。本人はそう思っていないようだが、面白い、といえばかなり面白い。
 それが大部分の人間に知られていないのは、いつも黙って本を読んでばかりいるからなんだ、と今さらになって気がついた。ずっと下を向いていたら、南がどんな表情をして、何を考えているかなんて、判るわけがない。
「女の趣味が悪いあんたにしちゃ、マトモなの選んだよね」
「いや、そんなんじゃ……ってか、え、オレ、『女の趣味が悪い』 なんて思われてたの?」
 知らなかった。驚いて、思わず訊き返したら、相手は平然と頷いた。
「だってあんた、女は顔でしか選ばないじゃん」
「…………」
 オレは口を噤んだ。反論できない。
「そんなんだから、長く付き合いが続いたためしがないんだよ。けど、今度は顔で選んだわけじゃないんでしょ」
「……それって、南に対して失礼だと思わないか」
 言い返したら、相手は、そりゃそうだねと笑った。「いや、南も可愛いよ」 と言い足した言葉に、嘘はないんだろう。きっと、オレが今まで付き合ってきたタイプの顔とは全然違う、って意味で言っただけだ。
 ──ここでもし、オレが、実はクラス一の美人と付き合うために、南を落とそうとしてるんだ、って言ったら、こいつはどんな顔をするのかな、と考えた。
 南は、ただのゲームの駒でしかないんだ、って言ったら。
 部長のサックスが終わり、頬を紅潮させながら賛辞の言葉を並べ立てている南の姿を見て、オレは目を伏せる。南の制服の胸ポケットからは、四つ葉のカードがちらりと覗いていた。
 腹の底の方が、ずしんと重くなる気がした。

 ……結局、あいつをいちばん軽んじて利用しているのは、このオレじゃないか。



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