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僕が絵を描く理由

作者: 麻真

僕は絵を描いている。

「いい趣味ですね。」

なんて言われたりするけど、

趣味なんかじゃない。

半分は仕事の延長、

半分は今まで生きてきた流れで、

描かざるをえなくなっているから。



僕の仕事は美術の非常勤講師。

時給制で、授業した時間だけの報酬をもらう。

授業以外の時間にやらなきゃならない仕事も

学校にはたくさんあるから、

なんだかんだで、けっこう忙しい。


生活費が足りない時は、土日もバイトする。

もちろん夏休みなど長期の休みも

給料は出ないからアルバイト。

養う家族もある。

生活はキビシイ。


時間もお金も、いつもギリギリ。

食べていくだけでも精一杯なのに、

それでも、僕は絵を描かなきゃいけない。



展覧会に出品するためにかかるお金は、

会に収める会費や運搬費用なども含めて、

年間10万円以上。

生活費をきりつめて画材を買い、

寝る時間をけずってキャンバスに向かう。


1枚の作品を仕上げるのにかける時間は

だいたいどれも100時間くらい。

細かい表現を見せ場にしている作品が多いから、

どうしてもそのくらいはかかってしまう。

1枚仕上げた後には

魂を吸い取られたくらい

疲れ果てている。






正直、今は絵を描くことが苦しい。

昔のように、絵を描くことが楽しいと感じることは

ほとんどなくなった。


こんな風に言うと

絵を描くことが嫌いなのかと思われそうだけど、

決して嫌いなわけじゃない。

ただ、描きたくて描いているのじゃなく、

描かなくちゃいけないから描いているという状態に

追い込まれているだけだ。


何を描きたいかがわからないのに、

展覧会の日が迫ってくるときなど、

恐怖に近い感情に襲われる。

忙しさで自分を失っている人間から、

いい作品など生まれるはずがない。

それでも無理やり心の奥底を引っかきまわし、

隠れている自分を引きずり出して、絵にする。






昔も今も、

僕は自分の描いた作品に

異常なくらい執着がある。

雑巾をしぼるように

自分をしぼって描いた作品は、

消して手放すことはしない。

自分の身を削って描いた

僕の分身だ。

他人に渡してしまうなんて考えられない。


額からはずした作品を、

人に素手で触れられるのも、

絶対に嫌だ。

本当は、展覧会に展示することだって

好きではない。

人に見てもらってこそ

価値があるのかもしれないけれど、

運んでいる間に傷つくことがあるかもしれない。

陽にあたったり、雨にぬれることだってあるのだ。

絵が傷んで帰ってくるんじゃないかと、

いつも心配しながら送り出す。


もし火事なんか起こって

あの絵たちが消えてなくなったら

僕は気が狂ってしまうだろう。

そのくらい

僕は自分の作品を愛している。



だから僕は

あまり絵を描きたくない。

死ぬまで自分でめんどう見れる枚数しか

作品を産みたくないのだ。

今は年に一度

東京の展覧会に出品する作品しか描いていない。

地元の展覧会には、

その作品を何度も回して展示する。

絵の会の中では

さぼっているように言われるけど、

これが僕にはちょうどいい。



そして、

描かなきゃいけない状況に追い込まれている今の生活も

僕にはちょうどいい。

もし描かなくてもいいのなら、

暮らしに追われて絵を描くのをやめてしまい、

自分が絵を描けるということさえ

忘れてしまう気がするから。







絵は僕の子ども。

人として生まれた娘と同じように、

自分の身を分けた子どもたちだ。


僕が無名のまま死んでしまったら、

僕が残した子どもたちは

ゴミ捨て場に運ばれていくだろう。

娘が自分の兄弟たちを

死ぬまでめんどう見てくれたとしても、

そのあとは同じこと。


もし僕が画家として

わずかでも名を残したなら、

僕がいなくなった後も、

子どもたちがいくらか大切に

扱ってもらえるかもしれない。


だから僕は、

絵を描く。

一人前の画家と呼んでもらえる日まで。

僕が消えたあと、

ひとりでも多くの子どもたちが

かわいがってもらえるように、

苦しくても僕は、

絵を描くことをやめない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 内容も表現方法も上手いと思います。 この作品こそ「雑巾をしぼるように自分をしぼって描いた作品」だと思います。逆に、だからこそもう少し隠すと趣が出るかな?とも思います。
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