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ちょっと長くなってしまいました。
携帯からご覧のかたは、読みにくいかもしれません。
もし、あまりにも改行が足りない、と思われたかたは、ご一報ください。改善しますので。
それから、お知らせがありますので、後書きもどうぞご覧になってくださいね。
青い肌の救世主?
河童、しでかす
 「うららさんに、会うまでは」

 咄嗟に、何か言おうとして、それらすべてが言葉にならないものだとぼんやりと自覚して、あたしは阿呆みたいに口を開けてそのまま固まってしまった。

 本当に、こういうのが一番、困る。
 出島さんの言動が不意打ちなのはいつものことだけど。馬鹿なこと言ってるのも、いつものことだけど。だけど、いつものことだと思ってこちらが気を緩めていると、こうだもの。そんなに真剣な目で、そんなこと言われても、困る。恥ずかしいだとか、何だとか、そんなこと以前の問題。困る。すごく、困る。あたしは、こんなシチュエーションに耐性は出来ていないのだから。

 ただ、正直に白状すると、すごく嬉しかった。
 誰だって、自分の心に反することを強要され続ければ、疲れるだろうと思うし。そういった中で、出島さんが人間に嫌気がさしたとしても、何ら不思議はない。関わりを持ったみんながみんな、人格者だなんてこともないだろうし。だから、そういう気持ちを、あたしと出会ったことで少しでも軽減出来るのなら、素直に嬉しいと思うし。あたしも、出島さんの役に立てるのなら、それでいい。

 好きなひとの役に立てるなんて。
 …………。
 いやいやいや。あんまり考えないでおこう。好きとか言い出すから、ややこしくなるんだ。自分の気持ちを制御出来なくなるんだから。ニュートラルに。あくまで、ニュートラルに。

 「だからね、うららさん」
 あたしが表面上こそぽかんとして、内心おろおろと狼狽えているのもお構いなしに、出島さんが続ける。
 「今まで、何度か人間にがっかりしちゃったりしましたけど。自暴自棄になりかけたりもしましたけど。でも、うららさんにお会い出来たことで、すべてチャラになりました。僕はこれからも、いいえ、これから先ずっと、人間を好きでいられると思います。そしてそれは、ひとえにうららさんのおかげなのです。ありがとうございます」
 「いや、そんな、御礼言われるようなこと、あたしは何もしてないし」
 上の空なのを隠そうともせずに言う。

 「うららさん、対薫ついくんという言葉をご存知ですか?」
 「つい、くん?」
 「はい。対になる薫り、と書きます」
 「いえ。知りませんけど」

 唐突な話題転換に、ついていけない。そのこと、出島さんは分かってるのかな。

 「僕たち河童、しかも、水棲種と猿人種の両方に伝わる話です」
 「じゃあ、知りようがないじゃないですか」

 誰もが誰も、河童に興味津々だと思ったら大間違いだろ、と突っ込みたくなるのは、八つ当たりをしたいだけなのか。

 「ふふ、それもそうでしたね。先程、河童にとって、人間から与えられる尻小玉が最も意味のあるものだと言いましたが、この考え方のベースとなっているのが、対薫と呼ばれる存在なのです」
 「なに、対薫って、人間なんですか?名前?」
 「ええと、はいといいえ、ですね。対薫、とは種族は人間です。ですが、それは固有名詞ではなく、河童にとっての存在の呼称になります」
 「存在の、呼称、ねえ」
 「あ、僕がでっちあげてると思っておいででしょう!違いますからね。もちろん、昨今、対薫の存在を信じているものは少数ですが、長年語り継がれてきた存在であることには間違いはありません」
 「つまり、迷信ってことでしょ?」
 「うううう、違いますよう。どうしてうららさんは、そんなに懐疑的なんですかぁ」
 「出島さんが、何でもかんでも信じすぎるだけだと思いますけど」
 「そ、そんなこと」

 さっきあたしを驚かせた罰だ。あたしはぺろりと内心舌を出して、あくまでもさりげなく、出島さんの話の先を促せた。

 「河童というのは、生きていくために尻小玉を必要とする生き物なのではありますが、元来、何の尻小玉でも良いというわけではないのです。摂取する尻小玉の種類、質によって、河童の満足度が変動するんです」
 「好き嫌いみたいですね」
 「え?」
 「人間も、そういうの、ありません?甘いものが食べたいんだけど、今日はお団子じゃなくて、ケーキが食べたいんだよなあってとき。もちろん、糖分を摂取していることには変わりはないわけですから、傍目から見ればどれも同じことなんだけど、でも、食べ終わったときの満足感が違うっていうか」
 「その通りです!素晴らしいです、うららさん!ブラボー、うららさん!」

 いきなり興奮度マックスになった出島さんが、がばっと起き上がると、自分の後頭部に置いてあったあたしの手をすかさず握りしめる。

 「対薫というのは、好き嫌いをも凌駕する、絶対の存在です。対薫というのは、巡り会うものだと考えられていまして、すべての河童に対して、ひとりの対薫が存在するといわれています」
 「その、対薫を見つけると、何か良いことがあるんですか?」

 ぶっちゃけ、あたしはこういった迷信めいたことを信じたりするタイプではない。話半分くらいでいいだろうと、いい加減な態度で聞いていた。そして、いい加減ついでに、手を出島さんの拘束から解放する。

 「良いことがあるなんてもんじゃないですよ!対薫に巡り会う確率は、乙姫さまと彦星さまが、来世でも恋に落ちるよりも難しいと言われているんですから!」
 「その確率自体が理解不能ですってば」
 「とーにかく!すごーくすごーく難しいことなのです。それ故に、対薫というのは半ば伝説上の生き物だとされてきました。それを人間と懇意になった河童が使ったメタファーだとする学者もいるくらいです」
 「え、研究とかされてるんですか、それ……」
 「はい!対薫研究といえば、数多ある民俗学の中でも人気のある研究対象ですから」
 「はあ……」

 河童って、絶対、馬鹿だ。しかも、みんながみんな暇なんだ。

 「対薫に関しては、多少の文献が残っていまして、河童小学校でそのさわりを習うんです」
 「小学校?河童の?」
 「はい。僕たちは、基本的には河童専門の学校に通いますから。人間社会で生きていくノウハウなんかも、そこで学びますね」
 「へ、へえ。あ、続き、どうぞ」
 「はい!その文献に寄ると、対薫というものを見分けるには、方法があるらしいのです。というよりも、その方法が、その存在を確かにするものだといいましょうか。ひとりの河童に対して存在するといわれている対薫は、しかし、故意に巡り会うことはおろか、人工的に創り出すことは不可能です。ですから、大多数の河童は、対薫なしで生を過ごすことを余儀なくされているのですが。対薫とは、唯一無二にて、絶対の人間。ロマンティックだと思いませんか?」
 「えっと、そうですね、思いません」

 瞳の中に天の川を浮かべて、祈りを捧げるように手を組む出島さんが、にじりよってくる。徐々に距離をあけながら、あたしがそう言うと、
 「ああん、うららさんのリアリストさんめぃ!」
 意味不明の叫びをあげて、でこぴんをくらった。

 「だって。それって全部、絵空事でしょう?机上での話なら、いくらでもロマンティックにもなるでしょうけど、それって、現実ではないじゃないですか。あたしの中にあったなけなしのロマンティックさは、出島さんに出会ったことで粉々になりましたよ」

 誠実そうな文学青年が、実はど変態で手のひらが常時湿っている気持ち悪い生き物だなんて、積年の夢も醒めるっつの。

 出島さんは、何故か異様に好意的な解釈をしてのけると、両手をあたしの頬に添えて喜色も露わに声を上げた。

 「そうですね、そうですよね!僕と出会っちゃったんですもんね!いやーはあー、うららさんを見くびってはいけませんねえ。もう、すっかりご存知だったんじゃないですか、もう、ひとが悪いなあ。ね、うららさんが僕の対薫だなんて、本当に、夢のようですもんね。それでも、これが現実なのですから、ざまあみさらせ彦星めって感じですよね!」
 「は?」

 いま、何て言った?

 「え?」
 「出島さん……」
 「は、はい……?」
 「誰が誰の、何だって言いましたか、今!」

 両頬をつかんで話さない出島さんの手首に手をかけて、あたしは問い詰める。出島さんは、自分のしでかしたミスに気付いたのか、急に早口になると、

 「あ、あれ?ご存知でなかったんですか?僕はてっきり、うららさんは何もかもご承知なのかと。えっと、そうですね、対薫というものを見分けるのには、匂いが大きく関わっていまして。僕たち種族に伝わる文献によると、対薫というのは、その河童にとって御しがたいほどの清香を放つと。それで、その。は、初めは、境内で助けてくれたうららさんにもう一度お会いして、御礼を言いたいと、それだけだったんです。でも、あのバス停で再会したら、うららさんからすごく良い匂いがして、それで、もしかしたらって」
 「ちょっと待って。バス停で再会?どういうことですか。出島さん、あたしのことを知っていたの?どうやって?あんな、境内でゴミみたいに転がってる状態で、しかもその後すぐにごろごろ離れの方に落ちていったくせに、あたしの顔が分かるわけないですよね?」
 「ですから、それは、その、離れでせめてもの水分補給をしていましたところ、うららさんのおばあさまが尻小玉を恵んでくださいまして」
 「おばあちゃんと会ったってこと?しかも、おばあちゃんと、き、キスしたってこと?」
 「はい!あ、いえ!おばあさまにはお会いいたしました。ですが、おばあさまから戴いたのは、いくばくかのお菓子と果物です。そんな、龍神さまが見初められた方に手を出すなんて、そんなことは。その、戴いた食物に含まれていた尻小玉と、皿に含ませた水分で、その場は失礼をいたしましたから。それで、そのときに、うららさんのことを伺いまして」
 「じゃあ、あのバス停で出会ったのは、偶然じゃないって言うんですか」
 「あ、あの、その」
 「どっちなんですか!偶然なの?偶然じゃなかったの?」

 力をゆるめた出島さんの手を、強引に振り払う。傷ついたような瞳がこちらを見るけれど、あたしは自分の心臓の音を対処するのに精一杯。

 「その、この村に入ったところで、スイカをいただいているうららさんのお姿が目に入りましたから。その場で声をかけようかとも思ったのですが、周りに他のひともいましたし。僕としては、その、うららさんとお二人でお話をしてみたかったものですから。ですから、うららさんが村の方々と談笑されているあいだに、あそこからうららさんのご実家までの道のりにあるバス停に移動したんです。そうすれば、必ず、うららさんはあそこを通りかかられるでしょうから」
 「まさかとは思いますけど、あの大雨、わざとじゃないですよね」
 「あ。あれは、その……。僕が、降らせました」
 「どうして」
 「だって、うららさん、重そうなスイカをふたつも抱えていて、きっと帰路を急いでらっしゃるんだろうと思ったから。そんなうららさんをあの炎天下に引き留めるわけにもいきませんし、だからといって、これを逃せば、うららさんとお話する機会も失われてしまうかもしれないと思ったら、つい」
 「信じられない」

 ゆっくりと首を振る。信じられない。

 「それについては、申し訳なく思っています。あのバス停で、うららさんのお姿を拝見して、うららさんが僕の目を見てくださったとき、これがうららさんにとっては再会ではないことを確信したんです。ですから、初対面の振りをしました。ごめんなさい」
 「じゃあ、全部分かってたんだ。あたしが、神社のこだっていうのも、おばあちゃんが龍神のお嫁さんだってことも、あたしが龍神の血を引いているってことも。知ってて、あたしに近付いたのね?あたしを懐柔すれば、龍神の説得が上手くいくとでも思ったんですか」
 「ち、違います!もちろん、うららさんのご実家のことも、龍神さまとおばあさまのことも聞き及んではいましたが、断じて、それを利用しようなどとは思っていませんでした。本当です!」
 「それで?わざと近付いたあたしが、偶然にも龍神の孫でラッキーってことですか。そんなあたしが、対薫とやらで、さぞかし出島さんの出世にはご利益があったんでしょうね」
 「うららさんが対薫であったことは、まったくの偶然です!僕だって、初めは信じられなかったくらいですから」
 「そんな迷信、信じる方がどうかしてますよ」
 「迷信なんかでは、ないです」
 「どうしてそう言い切れるんですか。現実に見たこともないのに?ただ、少しばかりの文献が残っているからって、それが実際に存在するだなんて、どうして言い切れるんですか」
 「それは、対薫に出会ったというひとを、ひとりだけ知っているからです」
 「ひとりでしょ?それだけで」 
 「それでも。その存在は、人間を好きになれなかった僕にとっては、とても大事なものだったんです。うららさんに助けていただいて、御礼が言いたいと思いました。これで、僕はまた、迷わず仕事に集中できると。これでまた、人間という種族を好きでいられると。ただ、それだけだったんです。でも、うららさんに間近でお会いして、初めて理性を失いました」
 「はあ?」
 「僕は、長年、営業で尻小玉を収集することはあっても、自分の欲でそれをいただいたことはありません。それが、うららさんを前にすると、匂いで頭がくらくらしてくるんです。お恥ずかしい話ですが、どうしてもそれをコントロール出来なかった。だから、その、会ってすぐのうららさんに、尻小玉をいただいても良いかなんてことを」
 「何ですか、それ。あたしのせいだって言いたいんですか?」
 「いえ!そんな、責任転嫁をしたいわけではないんです。でも、その、うららさんからは絶えず薫りがしていてですね」
 「そんなの、知りませんよ!」
 「そう、うららさんには何の責任もないことなんです。僕も、初めは疑ったんです。うららさんが龍神さまの血を引く方であることは承知していましたから、その血に酔ったのかと。でも、そばにいればいるほど、文献と同じ症状が起こるんです」
 「症状?あたしは、病原菌ですか」
 「違いますってば!清香がする、と言いましたよね。それが第一段階です。それが、徐々に変化していくと、常に河童が欲するものの匂いを放つようになるんです。僕が食べたいもの、匂いを嗅ぎたいと思うものに。現に、うららさんからは僕の好物の匂いが絶え間なくただよっていますし、あまり近付くと、こちらの理性のたがが外れそうになるのも、まったく慣れません。むしろ、ひどくなっていってます」
 「だから、何」
 「ですから。初めは、偶然か龍神さまの血脈のなさることかと思っていたのですが、うららさんが僕の対薫なのではないかと。そう確信し始めまして」
 「だから、そばにいたいって?あたしが、その伝説に謳われる対薫だから?それが、レアだから?次はなんですか、それを手に入れた河童は、伝説的な力を手にするとか、そんな世迷い言?」
 「うららさん」

 「もういい」
 震える唇を鼓舞して、呟いた。立ち上がると、怒りでくらくらする。テーブルにおかれた急須と湯飲みを投げつけてやりたい衝動を抑えて、あたしは眉根を寄せた。

 あのバス停で。
 きらきら光る万華鏡みたいな空を、出島さんが万華鏡みたいだねと言ってくれたとき、あたしは、少しだけ運命という言葉を信じたくなったというのに。

 全部、でっち上げだったなんて。

 あたしが誰で、どこに住んでいて、誰の娘か誰の孫かまで知っていた上で、わざわざ雨まで降らせて。待ち伏せじゃない、ただの。そんなの、そんなの。台無しだわ。
 そばにいたいのも、あたしが、その本当かどうかも分からない存在だから。この村にいたのも、龍神を説得するという仕事があったから。

 あたしは、出島さんがそばにいてくれて嬉しかったのに。どんなに挙動不審でも、たまに鬱陶しくても、そばで話を聞いてくれたり出島さんが笑っていてくれれば、あたしも楽しかったのに。

 ずるい。出島さんは、ずるい。

 そばにいたいとか、あたしのことが好きだとか、思わせぶりなことばっかり言って、結局はそこに出島さんの心なんてありはしない。だったら、最初から期待させるようなこと言わないで欲しい。仕事が終わって、村を出て行ってしまうであろう出島さんを、引き留めたくなるような気持ちにさせないで欲しい。

 「うららさん?」

 見上げる出島さんの瞳は、最初に会ったときと変わらず、たゆたう湖の色。あんなに綺麗だと思ったのに、今はこんなに憎らしい。

 「出島さんは、ずるいよ」
 「え?」

 問いかけられても、あたしにはもう紡ぐ言葉がない。ぐらぐらと揺れる視界では、歩くのも困難だったけれど、この場にいるよりはましだ。きびすを返したあたしの背中に、出島さんの声が追いかけてくる。

 「うららさん!」
 「ついてこないで」

 それが出島さんの耳に入ったかどうかなんて、どうでもいい。ただ、あたしは、出島さんと一緒にいたくなかっただけ。
ええと、「もうすぐ終わりでーす」と無責任に発言してから結構なエピソードが経ってしまっていますが。
たぶん。
ちゃんとまとめることが出来れば、次のエピソードで、
それでなくても次の2エピソードくらいで。
最終回
とさせていただこうかと思っています。
ここにきて大失言をしてしまった出島さんですが、
ここからどう挽回するのか、うらら嬢は素直になることが出来るのか。
どうか、最後までお付き合いくださいませ。


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