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雨もしたたる、良い河童
作:三条司



無知と河童


 たまに話しかけてくる賢介さんに適当に相槌を返し、出島さんと賢介さんの会話を聞き流して、車は、大した渋滞に巻き込まれることもなく村に着いた。

 出島さんが、シートベルトを外して、あたしの座席のドアを開けようとしているのが分かったから、あたしは、それよりも早く外に出ようとして、結局足を滑らせた。どうやら、村にも雨は訪れていたようで、そのせいで土がぬかるんでいるみたいだった。

 「大丈夫?うららちゃん?」

 片手で、出島さんの顔面を押さえつけ、賢介さんが笑顔で問う。近付きたくても近づけない出島さんが、うーうー言うのが聞こえてきたけれど、あえてそれを無視して、あたしは笑ってみせた。

 「大丈夫です」
 「そう」

 空いている方の手を差し出されるけれど、そうやって頼ってばっかりじゃいけないんじゃないかと思う。いや、根拠はないんだけど。賢介さんは、すごく良いタイミングで声をかけたり、手を差し伸べたりしてくれる。これに甘えていたら、きっと相手は成長しないんだろうな、なんて思ったりして、自分の思考回路の短絡さにがっくりくる。

 汚れた靴下をそのままに、立ち上がって、賢介さんに頭を下げた。

 「わざわざ、こんな辺境まで送ってもらって、すいませんでした」
 「うららちゃん、言い直そうか」

 出島さんが打ち出してくるパンチを軽やかによけてみせると、同じく軽い笑みを浮かべた賢介さんは、そう言った。

 「言い直す?」
 「すいませんでしたって、何に謝ってるの?」
 「いや、だって、送ってもらっちゃったし」
 「女の子なんだからさ」

 賢介さんが目を細める。

 「それくらいのこと、男にやらせて当然、くらいに思っておけばいいんだよ」
 「そんな……」
 「そんなじゃなくてさ。女の子っていうのは、それくらいの価値があるんだからさ。だから、すいませんじゃないよね?」
 「えっと、はあ。えええと、じゃあ、ありがとうございました?」

 やや疑問系でそう言うと、賢介さんが歯を見せて笑った。う〜ん、やっぱりこのひと、格好良いよなあ。こういうひとなら、尻小玉を抜かれても良い、ていうか抜いてくれ!みたいな婦女子が現れてもおかしくないか。

 「そうそう。そうでなくちゃさ。男の俺も、男冥利に尽きるってもんだよ。じゃあ、またね。機会があれば、ぜひ」

 繰り出された蹴りが、出島さんにヒットする。くぐもった呻き声が聞こえるけれど、そっちには目線をやれないように、賢介さんがあたしの両こめかみに手を添えた。小声で囁かれる。

 「次は、ふたりで会おう」
 「賢介!」
 「はいはい。お前ね。俺が触ったからって、うららちゃんが妊娠するわけじゃないんだからさ」
 「いや、お前が触るだけで、うららさんの精神が破壊される」
 「バグかよ、俺は」
 「ウイルスだよ、お前は」
 「じゃあ、うららちゃん。あそこの、泥まみれのおじさんが煩いから、退散するね」

 爽やかに言い捨てると、賢介さんは、顔の半分を泥だらけにした出島さんには目もくれずに、さっさと車に乗り込んでしまう。立ち上がった出島さんが、何かを言おうと口を開いたときには、車はすでに走り始めている。

 「ああ、くそっ」

 珍しく悔しそうに吐き捨てると、出島さんは前髪をくしゃくしゃにした。

 「うららさん」

 息が止まりそうになる。

 分かっていたことなんだけど。出島さんが、あたしの家に居候している限り、出島さんと二人きりになってしまうことがあるってことは。それでも、ここまでの道のりで、雰囲気が悪くなると賢介さんが助け船を出してくれていたから、それに慣れてしまったのか、こうして名前を改めて呼ばれると、あたしはどうしていいのか分からなくなる。

 「お、お母さん、怒ってるかもしれませんね。結構、遅くなっちゃったから」
 「うららさん」
 「出島さんだけの責任にはしませんけど、でも、ちゃんと口裏は合わせてくださいね」
 「うららさん」
 「どう言います?そうだな、学校の周りを、出島さんに案内していた、なんてどうでしょう?あでも、それだと、町の様子なんかを、出島さんが説明しなくてはいけなくなって、そういうのって、絶対ぼろが出ちゃいますもんね。だったら、そうですね」
 「うららさん!」

 出島さんに大声を出されて、さすがのあたしも黙りこくってしまう。
 ため息をついた出島さんは、そっとあたしの方へと歩み寄ってくる。

 「うららさん。本当に、何かあったんですか?さっきから、態度がおかしいですよ。もし何かあるのでしたら、教えていただけませんか?」

 その、言い方。まるで、自分はまったく関与していなくて、何も知らなくて、今までのこともすべて、自分の責任ではないみたいな、純真な言い方!

 推察通り、出島さんのせいですよ。出島さんが、今まで散々、あたしに優しくしていたせいで、あたしはまんまと出島さんのことを好きになってしまって、それでに気付いたら、今までのことはすべて、仕事で嫌々、渋々、仕方なくやっていたことだって発覚したんですから。それで、冷静でいられるひとがいますか?いたら、こっちが教えて欲しいですよ。そこへきて、自分の無実だけを主張されて、ますますもって、あたしは開いた口が塞がらないというか、そのふてぶてしさをいっそのこと、見習えれば良いのにと思います!

 と、言いたかったのだけど、あたしはそれをぐっと飲み込んで、笑顔を顔に貼り付かせた。

 「いいえ。何にもありませんよ。出島さん、心配のし過ぎじゃないですか?さ、お母さんが待ってますよ、夕飯の用意をして。行きましょう」

 あたしがきびすを返して玄関へと向かうと、出島さんは、これ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、おとなしくあたしの後ろについてくる。

 自分で気付いて欲しい、と思うのは、あたしのわがままなのかな


さて。そろそろ、動きましょうか。






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