雨もしたたる、良い河童(50/84)縦書き表示RDF


雨もしたたる、良い河童
作:三条司



道化と河童


 打ちひしがれたような気持ちをしているのは、あたしだけなんだろうか。

 洗面所に設置された鏡に映るあたしは、ぼんやりと眉根を寄せるばかり。ちっとも、悲劇のヒロインには見えない。
 現実なんて、そんなものなのかも。

 なんだか急に、何もかもが馬鹿らしくなった。

 認めるのは、非常に不本意なのだけど、あたしは意地っ張りだと思うし、だからこそ、出来る限り、気にとめないようにしてきたんだけど。
 正直なところ、出島さんが来てからの、あたしの生活は、確かにめちゃくちゃではあったけれど、それでも随分と楽しかった。
 出島さんが側にいてくれるのは、嬉しかったし、どんなにつっぱねても微笑んでいてくれるのは、あたしを安心させた。
 だから、出島さんを好きなのかもしれないと思い至って、認めたくなくて、だけど、納得した。
 でも、出島さんの優しさは、仕事だったからなんだよね。仕事で、あたしの側を離れられなかったから、だから、ああしてまとわりついていたってわけだ。それを、まんまと勘違いしていたのは、子供のあたしだけ。それなら、賢介さんが、あたしと出島さんが言い合うのを見て笑っていたのだって頷ける。きっと賢介さんは、全てを知っていて、だからこそおかしかったんだろう。そりゃそうだよね。あたしだって、自分を滑稽だと思うもの。

 だから、もう、やめよう。

 出島さんが、あたしが好きかもしれないひとが、河童であるのが問題なんだから、そうでないなら、何も心配しなくてもいい。
 河童が周りに繁殖していようといまいと、あたしには、もう、関係ない。
 龍神が本当にいるかどうかなんて、どっちでもいい。だけど、それを呼び出すのが出島さんの仕事だっていうなら、呼び出しても構わないか。そして、出島さんの仕事を、早く終わらせてあげよう。
 そうすれば、出島さんだって、あんな田舎に長居することもない。
 ああ、そうか。長居するつもりがなかったから、荷物を持ってこなかったんだ。そんなことにさえ気付かないなんて。あたしって、本当に、救いようのない馬鹿だ。

 「よし」
 鏡の中のあたしに、確認を取る。

 一粒、目から雫がこぼれ落ちる。
 頬を滑ったそれは、洗面器の中に勢い良く落ちて、すぐにスモーキーピンクのセラミックと同化した。
 こうやって、何でもないって顔をしていれば、きっと、すぐに終わる。こんな、虚しい悲しみは、去っていく。きっと、そう。

 やせ我慢をする重い足取りでリビングに戻ると、そこに出島さんの姿はなかった。
 代わりに、台所の方からひとの声がする。
 出島さん、と声をかけようとした。
 わかりました。やりましょう。龍神でも誰でも、好きなひとを呼び出しましょう。そして、それで終わりにしましょう。って。

 あたしが口を開く前に目に入ったのは、後ろ姿の出島さんと、それを抱きとめているあやの先生。
 女性にしては長身のあやの先生の顔は、出島さんの肩の上に添えるようにして乗っている。出島さんは、こころなしか首を項垂れていて、その背中を、あやの先生の手が上下に優しく動いている。

 「よくやったわね、浩平。大丈夫。龍神さまさえお起きになられたら、貴方はこの任務から解放されるのだから。そのように、きちんと本部とも連絡してあるわ」

 ああ、やっぱり。

 出島さんは、一刻も早く、あの田舎から離れたかったんだ。あたしの側にいたい、なんて、本心なわけがない。
 知らず知らず、あたしは、固く拳を握りしめた。
 あやの先生が、同情心に満ちあふれた目を伏せて、そっと出島さんの首にキスをした。出島さんは、嫌がることもなく、だらりと垂れたままだった腕を、あやの先生の背中に回した。

 ほらね。

 あたしが、あたしに、話しかける。

 あたしが特別だなんて、まったくの嘘。現に、あやの先生と抱き合っているじゃない。大人でキレイなあやの先生なら、お似合い。あたしでは、あんな風に振る舞えない。そして、そんな子供のあたしでは、役不足。

 「出島さん」

 弾かれたように、出島さんが体を引き離す。

 いいのに、そんなこと。

 「うららさん……」
 「いいですよ。やりましょう」
 「え?」
 「龍神。呼ばないと、いけないんでしょ?正直、あたしが巫女だとか、まだぴんとは来ませんけど、まあ、出島さんがそう言うんだったら。あたしでよければ」
 「あ、そ、それは、ありがとうございます……」

 あやの先生の顔が、一段、明るくなった。

 「でも、うららさん」

 出島さんが言う。やけに、戸惑った様子で。

 「よろしいんですか?」
 「ええ。仕事なんでしょう?時間もないみたいですし、早いにこしたことはないでしょう?」
 「それは、まあ、その通りなんですけど……」
 「だから、いいですよ」
 「……わかりました。では、よろしくお願いいたします」

 あたしは、上手く微笑んでいられただろうか。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう