蝋人形と河童
自分のいたたまれなさを隠すように、口を閉ざした出島さんを、あたしは半眼で見やる。
静かになったリビングで、自分なりに、今までのことをまとめてみることにした。
ええと。
河童というのは、水妖のひとつで、水妖にも色々あって、そのうちのひとつ、八岐大蛇がアジア支部の幹部のひとりらしい。その八岐大蛇には、直系の後継者がいないから、他の水妖から候補者を決めることにした。そこで選ばれたのが、龍神。しかも、あたしの家が代々祀っている神社に住んでいる龍神らしい。
ひとくちに河童といっても、二種類あって、猿人種と水棲種に分かれる。猿人種の祖先は山の神らしいから、龍神は、水棲種の祖先でしかない。
妖怪のくせに、えらく人間臭いなあとは思うけれど、河童はその二種類でいがみ合っているらしい。だからこそ、龍神が後継者に選ばれてしまったことを、猿人種は快く思っていない。水棲種としては、この機会を利用して、一気に猿人種を貶め、河童の名を剥奪したいと考えている。
龍神が、正式に後継者候補に決まったのは三ヶ月前。なのに、肝心の龍神から音沙汰がないから、水棲種は焦っている……。
ん?
だったら、どうして、あたしが関わってくるんだっけ?
たしか、出島さんが、それに近いようなことを言ってたような……。
なんだったっけ……。
龍神とコンタクトが取れるのは、巫女であるあたしだけ、とかなんとか……。
でも、おかしいよね。ここまでの話だと、まるで出島さんたち、水棲種の河童は、ただただ猿人種の河童が憎くて、龍神に後を継いで欲しいみたい。それが理由でも、まあ、理解出来ないわけではないけれど。下らないとは思うけどさ。でも、それだと、あやの先生の言った言葉がひっかかるんだよね。出島さんと、言い争いをしていたとき、あやの先生は、一族壊滅がどうとか言っていたと思う。今、どう贔屓目に見たって、出島さんたちの優勢なわけでしょう。龍神さえ後継者につけば、それで良いんだから。どうしてそれが、一族壊滅なんて不吉な言葉と、リンクするんだろう。
それに、賢介さん。
死ぬよ、なんて悪い冗談でも、普通言わない。あれに関しては、賢介さんは、何の説明もしれくれなかったし。きっと、あの会話を聞いていたひとは、当人同士以外にはいないだろうし。
出島さんは、あたしの村へはインターンシップで来たって言ってた。インターンシップっていうのは、つまりは修行期間なわけでしょう。一体、何の修行で来たんだろう?それとも、この一連の後継者騒動が、インターンシップの内容なんだろうか。
それに、ずっと気になっていることがある。初めて出島さんに会った、あのバス停で、出島さんは、あたしが雨を止ませたと言った。出島さんが、河童の力を使って降らせていた雨を。それから、あたしからは尻小玉が抜けないとも。それは、あたしが龍神を祀る神社の巫女だからで、龍神の許可がなければ、それは叶わないのだと。でも、それ以降に、何度かあたしは出島さんに尻小玉を渡している。なんだか、辻褄が合わないじゃない?
結局、何の謎も解けていないってことか。
蝋人形よろしく凝り固まっている出島さんを、ちらりと見た。
出島さんが、嘘をつくとは、思わない。思えない。……思いたくない。もちろん、知り合っ
て、たかだか一ヶ月しか経っていないし、意外に秘密主義の出島さんのことだ、きっとまだまだ知らないことだってあると思う。それでも、これまでに出島さんがあたしに言った言葉には、嘘はないと思いたい。
どうして、そう思うのかは、わからないけれど。
『本当は、僕が河童だって、認めていらっしゃるでしょう』
この一ヶ月のあいだ、あたしが全力をもって避けてきた命題。
出島さんが、あたしに嘘をつくわけはない、と思いたがっている自分がいる。出島さんが、たとえ荒唐無稽な話運びをしていても、いつもそこには真実があって、瞳は真剣なことを、あたしは知っているつもりだったから。
でも、それをそのまま受け入れるのならば、出島さんの言う、自称河童説も受け入れなければならないわけで、そこであたしは、いつも行き詰まってしまう。そこから先は、混沌としていて、理路整然とさせるには、多大な労力が必要で、あたしはそれを避けてきた。
妖怪が世界に存在していようと、あたしには関係ない、と今でも思っている。だって、それがそこに在るからといって、あたしの日常が揺らぐわけではないもの。
でも、出島さんが、その存在であるというのなら、話はまた変わってくる。
あたしの毎日は、波瀾万丈にはほど遠く、改革を望むほどには退屈ではなく、つまりはぬるま湯のようにゆったりとしたものだから。それを壊すにも、守るにも、どちらにも等しく努力をしなくてはいけなくて、あたしにはそれがとても面倒臭いものだった。
腰が重いと叱咤されても、夢を見すぎていると揶揄されても、それでもあたしはこの毎日が続くのだと思っていたから。
出島さんというひとは、それだけで、急に食卓に並んだ一味唐辛子のようなひとで、今の今まで、優しいおだしの料理のみを口にしてきたあたしにとって、衝撃的だった。一緒にいると疲れるし、考えたくないことばかりを考えさせるし、半強制的に自問自答させるし、振り回されてばっかりだし。出来れば、畳の上に寝っ転がって夏休みを過ごしたいあたしには、天変地異のような性格。それでも、あたしはそれが、存外嫌ではないことに、気が付いていた。誰にも、言ってないけどね。出島さんに手を引かれて見る景色は、いつもと違っていて、それに心動かされるあたしを、出島さんはいつでも見ていてくれたから。誰かに、ずっと側にいられるのが、嬉しいものだなんて、あたしは知る由もなかった。平凡だと思っていた毎日が、出島さんがいるだけで、まったく違ったものになる。まったく同じだと思っていた毎日が、本当は少しずつ違っているものだと、出島さんが教えてくれた。そして、その変化は、あたしが予想していたよりもずっと、美しい違いだった。恥ずかしくて、出島さんには何も言っていないけれど、あたしは出島さんが家にいてくれて、すごく嬉しい。
妖怪というのは、あくまでも、あたしと関係のないところで存在して欲しいもので、それが毎日に組み込まれるなんて、想定外。だからこそ、そんな「ありえない」生き物が、「側にいてくれて嬉しい」存在である出島さんと、イコールで結ばれる。そこが、あたしが、出島さんを河童だと認められない理由だったりする。どこまで出島さんはわかっているのか、それはあたしには計り知れないけれど、それが、自分に出した理由。
河童が問題なのではなくて、出島さんが問題なのではなくて、その両者が結ばれてしまうことが大問題なのだ。
だって、あたしは、河童なんかに恋をしたくないもの。
…………。
…………。
…………。
…………。
ん?
いま、あたし、何て?
河童なんかと、恋を?
核爆発でも起きたのかと疑いたくなるくらいに、目の前が真っ白になる。心臓の音は、頭が痺れるくらいの大音量で、血液の循環はオリンピック記録を打ち出すほどの速度。
血の気が引いて、手足がどんどん凍えてくるのに、今にも爆発しそうな脳みそがくっついている顔は、お風呂でのぼせたみたいに熱くて仕方がない。
突っ込んで考えなければ良いのに、あたしの思考は、ここにきてMの素質を開花させると、どんどんと突っ走り始める。
河童なんかと恋をしたくない、ということは、つまり、妖怪のような人外のものとは恋愛をしたくないということ。その人外のものに、出島さんが組み込まれるのが嫌だということは、つまり、どこかで出島さんを恋愛の対象として認識しているから。
つまり。
出島さんが河童だと認めると、その人外のものと恋をする羽目になる。
そして、さっきの「河童なんかに恋をしたくない」というのは、つまり。
あたし、出島さんに恋しちゃってるの?
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