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雨もしたたる、良い河童
作:三条司



風呂敷包みと河童


 学校の行事っていうのは、どこに行ってもいくつになっても、こうやって退屈なんだろうか。
 校長先生からのお話、とやらがあって、生徒会から通達があって、風紀の先生からの注意事項があって、でも、そんなの誰も聞いていない。かくいうあたしは大した注意も払わずに、右から左に言葉が頭の中を耳経由で横切っていくのを止めもしないでいた。

 女の子三人で、きゃっきゃ下らない、でも楽しいおしゃべりをしながら、体育館から教室に戻る。二年生の校舎は、二階にある。階段は校舎のはじっこに二つあって、それを上りきると、長い廊下が階段と階段の間に広がっている。クラスは全学年六つあるので、左右に三つずつ並んでいる。体育館から近い方の階段は、あたしたちのクラスからは遠い方の階段で、のぼりきってもまた廊下を端まで歩かなくてはいけない。
 さて、あともう一クラス分歩くか、という距離になったとき、ふとあたしの目が何かを見つけた。

 あたしの教室の外に、見慣れない人影がある。長身のそれは、制服を身にまとっておらず、だからあたしの目を引いたのかと思った。父兄?んなわけないか。始業式に教室をわざわざ訪ねてくる父兄なんていない。

 「あれ?」
 友達も気付いたみたいで、声を上げる。
 「父兄?んなわけないよね」
 あたしと同じことを口にする。
 「ね。誰だろう。制服着ていないとこをみると、うちの学生じゃないみたいだけど」
と言いながらあたし達は足を進め、そして。

 「あの。こちらが、二年C組ですか?黄本うららさんはこちらにいらっしゃいますか?え、いない?あ、そうですか、始業式が終わったばかりで……。もうすぐ帰ってこられますよね?じゃあ、失礼をして外で待たせていただきますね」
 見慣れない人影が放つ、いやに聞き慣れた声がこちらに届く。あ、あのひと、あたしのことを探してるんだ。わざわざ学校に来てまで。へー……。

 って!
 あれ、出島さんじゃない!
 何やってんの、ひとの学校まで来て、あの変質者!

 内心、顔面蒼白になりながら、あたしは出島さんに怒号を浴びせる。一緒にいた友達にちょっと、と我ながら意味不明の微妙な言い訳をして、教室に向かって疾走した。面倒臭がりのあたしが、まるで短距離選手のようだ。

 「あ!」
 あたしが声をかける前に、近づいてきたあたしに気付いた出島さんが、ぱっと顔を輝かせる。それはまさしく、暗い部屋に灯りがともるような、見ていてひとをほんわかさせる笑顔。しかし、そんなものにほだされている場合じゃない。

 「何やってるんですか!」
と噛み付くようにあたしは、その、言いたかったのだけれど、その直前に出島さんに抱きすくめられる。

 今まさ出ようとしていた言葉が、瞬時になりを顰めてしまう。悲鳴のようなものを口の奥に押し込んで、あたしは頬にかかる出島さんの髪に気づかない振りをした。
 「な、な、な、な」
 とりあえず口を開けば、そんな音しか出せなくて、あたしはそのまま、ぱくぱくと酸欠患者のように開いたり閉じたりを繰り返す。

 「やっと会えましたね」
 満面の笑みをこれでもかと浮かべて、出島さんが言う。何故か頬が桃色に染まっていて、まるで生娘のよう。

 「やっとって、たった数時間前に別れたばっかりじゃないですか。それに、何でひとの学校にいるんですか。何してるんですか、ここまでどうやって来たんですか、お金持ってないって言ってたくせに。何で部外者なのに、校舎内に入ってるんですか」
 両手で出島さんを突き飛ばして、勢い良く息を吸い込むと、吐き出すのと同時に一気にそうまくしたてた。

 突き飛ばされて、一、二歩たたらを踏んだ出島さんは、しかし涼やかな顔で後ろ頭を掻くと、
 「わあ、質問だらけですねえ。僕に興味がおありなのは嬉しいことですが、そういっぺんに聞かれても、ねえ」
 などとほざくのだった。

 そうじゃなくて!とあたしが眉を吊り上げると、出島さんが片手をあたしの顔の前に出す。待った、と制止してから、相変わらず落ち着いた笑みをたたえて、
 「たった数時間でも、うららさんのいない数時間は、そうでない数時間よりも長く感じるものですよ。だから、学校に来ました。もちろん、うららさんに会いにです。お金がないのは事実ですので、行き方をうららさんのお母さんに聞いて、うららさんのお父さんに地図を借りて歩いてきました。あ、でも、バス代だけは、うららさんのお母さんに頂いてしまいました。後で必ずお返しますね。もちろん部外者が校舎内に入れないのは分かっていたので、皆さんが始業式で体育館に行かれていた間に、ささっとお邪魔させていただきました。ええと、他に質問されたいことありましたっけ?」
 淀みなく、しかも罪悪感の感じられない顔でそう言われて、あたしは言葉に詰まった。

 「で、でも、お昼までには帰るって言ったじゃないですか」
 負け惜しみみたいにそう言うと、出島さんはさも当然といった風に、
 「ええ。約束をたがえるようなうららさんでないのは、承知しています。ですから、学校に電話をさせていただきました。そうしたら、急遽きゅうきょ、簡易健康診断が入ったとかで予定が大幅に遅れていると教えていただきまして。じゃあ、僕がこちらに出向いた方が早いかなって」
 「ううう……」
 理路整然とした出島さんの物言いに、あたしはいよいよ言葉をなくす。

 そうこうしているうちに、あたしが廊下に置き去りにした友達が教室に着いてしまう。それまでも、あたしと出島さんを囲むようにギャラリーが出来つつあったのが、彼女が声をかけたことによって更にその数を増加させる。
 「うららぁ、そのひと、誰?」
 そう言う友達の瞳は、完璧にハートマークになっていて。

 そうなんだよね。出島さんって、ぱっと見は本当に完全無欠の美青年なんだよね。
 とか思っちゃって、あたしはどっと疲れた気になる。

 「えっと、その、このひとは、うちで居候している、出島……」
 あれ。出島さんの下の名前って何だっけ。

 「初めまして、うららさんのご学友の方々。うららさんのおうちで居候をさせていただいています、出島浩平と申します。以後、お見知りおきを」
と、くさい台詞をさらりと言いのけると、出島さんは、往年のハリウッド映画に出てくる男優のように会釈をした。

 ああもう、何でこんな訳分からないジェスチャーが似合うんだろう、このひと!

 「ちょっと、うらら!」
 心なしか赤くなった顔で、友達があたしの肩をつかんで出島さんから離した。そして、唐突に小声になると、興奮した口調で言う。
 「何、あのかっこいいひと!どこで拾ってきたの!めちゃくちゃレベル高いじゃん!しかも、あたし達には何も言ってないしさ」
 「いや、拾って、はいないけど。どっちかっていうと、捨てようとしてるのに戻ってくる呪いの人形みたいな……」
 「は?何言ってんの、あんた!あんなかっっっっっっっっこいいひと、なっっかなかいないんだからね。そこんとこ、分かってる?捨てるなんて勿体ない!」

 いやだから、確かになっかなかいない見目麗しさではあるんだけど、なっかなかいない変態でもあるっていうか。

 あたしが出島さんから離れた瞬間、ハゲタカが餌にありつくようにギャラリーの女の子たちが出島さんに話しかけ始めた。
 「あの!黄本さんとこで居候って、何でわざわざ黄本さんちなんですか?」
 「そりゃあ、うららさんの傍にいたいからですよ。それに、うららさんのご両親が快諾してくださいましたから」
 「え、てことは、黄本さんとは……」
 「はい。うららさんは、僕の大切なひとですから」

 きゃーと、好奇と失望と羨望と懐疑がない交ぜになった声がギャラリーから上がる。

 やばい!これ以上あの男に好きなこと言われると、あたしの潔白が危ない!

 「ち、違うの!出島さんが言うのは、そういう意味じゃなくて、その、つまり、あのね、出島さんはインターンでうちの村に来てるだけで、それで、ほ、ほら、あたしんちって神社だからさ。出島さんの研究がうちの神社に関連することで、それで、だったらうちがいいんじゃないかってなって」
 両手をあたふたと振り回しながら弁解すると、どこかから、
 「え〜でも、黄本さんのそばにいたいって言ってたじゃん」
 「そ!そ、それはね。それは、えっと、そう!あたしが神社の娘だからだよ。一応、巫女になる予定だし、そういう人材が研究には必要なんだって。うん。だから、本当に、それだけ。それだけだよ。あたしなんて、ギニーピッグみたいなもんなんだって」
 あはははは、と乾いた笑いをあげると、ギャラリーは急速に興味をなくしたようで、なーんだ、とか無責任な感想を言い合いながら離れて行った。

 「うららさん」
 背後から声をかけられて、あたしは出島さんの真ん前に立ちはだかっていた自分に気付いた。どうにかして隠そう、とでも思っていたんだろうけど、あたしよりも随分背の高い出島さんのこと、こんなことしても無駄だったよね。何やってんだろ、あたし。

 「何ですか」
 こんな風に人前で取り乱すことの少ないあたしは、少し息が上がっていて、それを静めようと深呼吸をしながら振り返る。

 「おなかすいていませんか?」
 「え?えっと、はい、少しは減ってきましたけど……」

 すると、出島さんは後ろ手に持っていた、えらく大きな風呂敷包みを出してきた。

 「あのね。うららさんのお母さんに頼んで、二人分のお弁当をこしらえてもらったんです。きっと、学校が終わる頃にはうららさん、おなかがすいてるんじゃないかと思って」
 「あ、ありがとうございます……」
 またどんな奇天烈なことを言われるのかと思っていたあたしは拍子抜けしてしまうと、御礼を述べるとぺこりとお辞儀をした。それに出島さんは目を細めて頷くと、
 「やっぱり、ここまで来た甲斐がありましたねえ。いやあ、役得、役得」
と意味の分からないことを口にする。

 「さ、一緒にごはんにしましょう?」
 漂白剤のCMの爽やかさで言うと、出島さんはあたしの手をつかんだ。そのまま、教室から離れようとするから、
 「あ、ちょ、ちょっと待ってください、出島さん。まだホームルームがあるんです」
 「まだ何かあるんですか?学校って面倒臭いですよね。その大部分が非効率的だっていうのに」
 珍しく眉を寄せて、批判的なことを口走る。
 「ええ、でも出ないわけにはいかないですから。ええと、それで」

 それまでどこに隠れてもらおうか。部外者だってだけでも駄目なのに、加えてこの目立つ見た目。

 あたしがせわしなく頭を動かしていると、廊下の向こうから白衣を着た人がこちらに向かってくるのが見えた。
 あ、露井先生だ。そうだ。保健室に隠れてもらえば……。

 「あの、露井先生」
 あたしが呼び止めると、露井先生はレッドカーペットを歩くスターの足取りで近付いてきてくれた。

 「あ、あの、先生、不躾ぶしつけで申し訳ないんですけど、お願いがあって、その」
 あたしが言い終わらない内に露井先生はにやりと笑うと、
 「ああ、このひと、うららちゃんの彼氏とか?で、私にホームルームが終わるまで匿っておいて欲しいって?」
 「いや、彼氏じゃないんですけど」
 「またまた。うららちゃんみたいに可愛いこを彼女にした、ラッキーな男の子ってのは君かな?」

 くすくす笑いながら、風呂敷包みの中のお弁当の匂いを嗅ごうと顔を埋めている出島さんの方へ回りこむと、露井先生は出島さんの肩を叩いた。
 「え、何ですか、うららさん?」
 出島さんがいつもの呆け面で顔を上げ、露井先生と目を合わせ、そして、

 「じょ、女史?」
 「浩平……!」
と、二人して固まってしまった。

 何!何なの?次は何だっていうの?
 またややこしい展開になってるんだけど!


次回、変態的展開!(それは前から)






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