ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
もうそろそろですよ〜(何が)
万華鏡の出会い
二枚目な河童
 本殿の少し離れた左隣に、小さな物置小屋があって、そこに境内を掃除するための道具一式が入っている。

 出島さんとの会話で頭が痛くなってきたあたしは、うやむやに話を終わらせたまま、黙って物置小屋に向かう。(ほうき)に手をかけると、そっとその手に出島さんのてが重ねられる。驚いて振り向くと、柔和な笑みを浮かべた出島さんが背後に立っていた。気配が、感じられなかったんですけど……。

 「僕もお手伝いします」
 「いいですよ、これはあたしの日課なんですから」
 「でも、僕だって龍神様と(ゆかり)のある者なんですから。少しは手伝わせてください」
 「じゃあ、境内を掃いてもらえますか?あたしは、本殿の方をしますから」
 「はい!喜んで!」

 ぴしっ!と片手を額にかざして敬礼をすると、軽い足取りで境内を箒と共に踊り始める。それとも、あれを掃除だと言い張るつもりなんだろうか、彼。

 読めない……。出島さんって、結構変わってるよね。

 (すす)取り用の箒を持って、あたしは本殿へと向かう。拝殿(はいでん)、と呼ぶには小さすぎる気もするけれど、取りあえず置いてある賽銭箱(さいせんばこ)の背後にある階段の前でサンダルを脱いだ。裸足のまま、階段を上って、薄暗い本殿の扉を引く。ご神体が祀ってあるその場所は、夏でもどこかひんやりとしている。ぱたぱたと軽く埃を払うと、次の仕事のためにあたしは一旦、外に出る。境内では出島さんが踊り狂っていて、それは掃除じゃなくて何かの儀式みたいに見えるから、面白いんだけど、ちょっと薄気味悪い。手水舎までバケツを持っていって、そこに水を汲む。物置小屋から持ってきた拭き掃除用の布巾と一緒に、本殿の中まで戻ると、丁寧に床を拭いた。

 大した大仕事ではないのだけれど、あたしはこれを毎日欠かさずこなしている。もう十年以上になる。初めて本殿の中へ来たときは、お父さんが一緒だった。それでも、このひんやりとした空間が何だか怖くて、あたしは大声を上げて泣いた。らしい。あんまり覚えてないけど。初めの何年かはお父さんが一緒に掃除をしてくれたけど、小学校の中学年あたりからひとりで掃除をすることを覚えた。日記ですら三日も続けられないあたしの、唯一継続している仕事。

 バケツの中に布巾を放り込んで、本殿の外に出て、扉を静かに閉める。ふと、境内の方に目をやると、出島さんの姿がない。思わず、きょろきょろと目で探し始めると、
 「わっ!」
 「ひぁっ!」
 急に出島さんが真横に現れた。どうやら、踊り疲れて、階段と本殿の間にある廊下に寝そべっていたらしい。

 「おどかさないでください!」
 「ごめんなさい。うららさんが僕を探していらっしゃったのが嬉しくて、つい調子に乗りました」
 「さ、探していたわけじゃないですよ。掃除、終わりましたか?」
 「はい。ぴっかぴかのつっるつるですよ」
 「境内は砂と土ですから、つるつるだと困るんですけど」
 「へへへ」

 妙な笑い声をあげると、出島さんはあたしの手からバケツをもぎ取り、廊下に置いた。そして、一番上の階段に座ると、おいでおいでをする。反抗する理由もないので、あたしもそこに座る。ただし、出島さんからは少し離れた位置で。

 「うららさん」
 「なんですか」
 「こっち向いてください」
 「…ん、向きましたよ」
 「好きです」
 「は?」

 後ろ頭の奥の方から空気が抜けるような声を出して、それからあたしは赤面した。少し山の中に入っている神社の周りには、すでに夕焼けの兆しがあって、そんな中、あたしは真っ赤になった。
 
 い、いま、なんて?

 出島さんは穏やかな微笑みを浮かべたまま、自分の膝小僧を抱え込むと、腕に顔を乗せて絶句しているあたしを仰ぎ見た。

 「あはは、顔が赤いですよ、うららさん」
 「うううう、うるさい!誰のせいですか!」
 「僕のせいですよね〜」

 顔だけじゃなくて、体全体が熱い。もう一日の終わりで気温も徐々に下がり始めているというのに、あたしは沸騰寸前だった。

 「うららさん」

 甘い声で言って、出島さんが片手であたしの膝に触れた。瞬間、電気ショックみたいなものが全身を駆け巡る。なにこれ。もうやだ!

 「さ、触らないでください!」
 「でも僕はうららさんに触れてたい」
 「でも、だって、こんな、触られるたんびに、あたし」
 「僕が触れることで、うららさんが真っ赤になるんだったら、本望ですねえ」
 「あたしは、そんなのやです!」
 「だから、遠くに行って欲しい?」
 「え?」
 「僕がいなくなっても、問題の解決にはならないっておわかりですか?」
 「……」
 「何故なら、問題も解決方法も、理由も答えも、すべてはうららさんの中に存在しているからです。それをいくら、僕を遠ざけて、追い払っても、何の解決にもなりませんよ。まあ、それはもちろん、うららさんが何らかの形の解決を求めている、という前提の話ですけどね?」

 もう、意味がわからない。出島さんの言ってることが、わからない。何が問題なの?何の理由で何の答えを、あたしが探しているっていうの?さっきの話とリンクしているの?わかんないよ。だって、あたしは平凡な日々がなくなるのが怖い。そのためには、平凡な日々を守るためには、出島さんがここにいてはいけない気がする。でも、どうしても、あたしは出島さんを突き放せない。傍に寄られれば寄られるほど、遠くに行って欲しいと願うのに、あたしは出島さんを切り離すことが出来ない。いっそのこと、いなくなってしまえば、あたしは解放されるだろうに。

 「ま、いっか」

 本当に、どうしたら良いかまったくわからなくて、何を言っていいのか、何を考えていいのかすらわからなくて、ずっと口を閉ざしたままのあたしに、出島さんの軽い声が降り注ぐ。

 「今日わからなくても、良いですよね。別に。早ければ良いってことでもないですし」
 「なに、それ……。散々、ひとの気持ちを掻き回しておいて、ま、いっかってどういうこと?」
 「そうそう、その意気ですよ、うららさん」
 「あのねえ、出島さん!ひとのことを馬鹿にするのも、いい加減にしてください」
 「怒ってますか?」
 「当たり前です!」
 「それでいい。うららさん、優しいのは確かに美徳ではありますが、だからと言って他人との摩擦を避けてはいけませんよ」
 「また、そうやってひとのことを判った風に…!」
 「だって、見てましたもん」

 けろっと言うのだ。それがまた、小憎たらしい。

 「それだって、今日一日だけのことでしょう!」
 「そう。今日、半日だけです。でも、その間、僕はずうっとうららさんのことを見てたんですから。少しは理解しているつもりなんですけど」
 「だったら、そうやって理解した風な態度を取られるのが、あたしの癇に障るっていうのも、わかっててやってるんですか」
 「ええ。半分くらいは。だって、こうでもしないと、本音でぶつかってきてくれないんですもん、うららさん」
 「どうしてあたしが、出島さんに本音で接しないといけないんですか?」

 は、と冷笑と共にあたしが言うと、出島さんは膝に乗せた手に力を込めると一言だけ言った。

 「僕が、うららさんのことを好きだからです」
 「は?ま、また、それですか。そんなの、」
 「嘘だと思われます?でも、うららさんだって知ってるはず。僕は嘘はつきません」
 「でも、まともとは思えない」
 「でも、本当ですよ」

 怖いくらい真剣な目で言いながら、ぐいっと出島さんが腕に力を込める。あたしはそれに気圧されたように硬直してしまって、それを良いことに出島さんはどんどんと間合いを詰めてくる。片手は膝の上、もう片方の手はあたしを覆うように床につかれていて、濃い緑色の瞳に捕らえられたまま、あたしはその場を動けないでいた。

 「うららさん。この際ですから、はっきりさせましょう」
 「な、なにを」
 「もうね、僕が河童かどうかなんて二の次なんですよ、ぶっちゃけ」

 ぶっちゃけ?そんな今の雰囲気にそぐわない言葉を出されても。

 「あとで信じてくだされば、それで良いです。その辺、僕は融通の利く河童ですから。あああ、誤解しないでくださいね、僕は、河童です。それは紛う事なき事実ですから。どれだけうららさんがご自分のことを現実主義者だとかって言い聞かせても、これは紛れもない現実で、それを受け入れざるをえなくなるのは時間の問題です。それよりもですね。僕がはっきりさせておきたいのはですね」

 すでに十二分に至近距離で、まばたきをする度に出島さんの睫毛が掠れる音が聞こえそうだと言うのに、更に間合いを詰めてくる。勘弁してよ!心臓に悪いんだって!そういうのは!

 「再三再四申していますけど、僕はうららさんの傍を離れませんからね。もし、本気で僕を遠ざけたいとお考えなら、それ相応の覚悟で立ち向かってきてください。でないと、また戻ってきますから。中途半端な突き放し方をされても、僕は去りませんよ」

 ホラー映画に出てくる殺人鬼みたいな台詞をのたまうと、出島さんはあたしの返事を待つようにじっと見つめてくる。動揺、なんて言葉では足りないくらいパニックに陥っているあたしに、正常な思考など出来るわけもなく、ただただその瞳に体を熱くさせていた。

 「出島さんって、わがままですよ」

 這々の体でそれだけを言う。すると、意外にも出島さんはくすりと吹き出すと、満面の笑みを浮かべた。

 「やっとわかって頂けました?僕ね、わがままだし頑固ですよ」
 「最低」
 「ありがとうございます」
 「誉めてません」
 「うららさんが言うと、誉め言葉に聞こえるんです」
 「出島さんの、変態」
 「光栄です」
 「空気読めないし、自分に都合良い解釈ばっかりするし、マイペースすぎるし、その割に構ってもらえないと文句言うし、次の行動は読めないし、そのくせ、あたしが機嫌悪くしてもにこにこ笑ったまんまだし、スイカだめにしちゃうし、あたしの今までの平々凡々な日常を根こそぎ奪っていっちゃうし、そうやって散々迷惑かけた挙げ句、のこのことあたしの家に住むとか言うし、本当に、本当に迷惑してるんですからね!」
 「なのに、うららさんは僕を嫌ってないでしょう?」
 「はあ?何をどうやったらそんな自信が持てるんですか!」
 「だって、僕がうららさんを好きなんですもん」
 「意味がわかりません」
 「僕は既にうららさんのことを好きなわけですから。うららさんも、僕のことを好きになってくれたら良いなあ〜と思って接してますから。嫌われるわけがありません!」
 「出島さん、それはまじに間違ってると思いますよ」
 「そうですか?」

 だめだ、全然相手のペースから抜け出せない!!
河童「は〜ん、せ、つ、な、い……」
うらら「何気色悪いこと言ってるんですか」
河童「うららさんとのコミュニケーション不足で、僕は切ない症候群に陥りそうです」
うらら「またそんな嘘くさいことを」
河童「本当ですよ!この!胸の高鳴りを!聞いてください!」
うらら「へ、変態!何、ひとの手を自分の胸に無理矢理押し当ててるんですか!」
河童「あ、うららさん!行かないで、行ってしまわないで〜。この病はうららさんにしか治せないのですよ〜」
うらら「うるさい、ついてこないで、このエロ河童!」


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。