鳥居をくぐり抜けると、あとは延々と石段が神社まで続いているだけ。
あたしの少し先を、浴衣で歩いていく出島さん。その背中をみて、何だかあたしは急に感慨深くなってしまった。
自分で言うのもなんだけど、あたしは恋に夢をみている方だと思う。でも、その実すごく現実主義者だ。代々、神社に仕える仕事をしていても、あたしにはどうしても信仰が現実のものには思えないし、バレンタインに夢を見ても、サンタクロースの存在は信じた試しがない。
だから、出島さんが河童だなんて、信じられない。
確かに、不可思議な現象はあったけれど、それをまるまる、彼が河童だという事実に直結させたくない。
出島さんが、信じようとしたあたしを信じる、と言ってくれたのはとても嬉しかったのだけれど。ちょっと惚けたところはあっても、あたしは何だかんだ言って出島さんの笑顔に弱いし、にこにこしていてくれるとホッとする。だから、この辺鄙な村で龍神様がどうのこうのって言ってるのをみると、ここにいてくれればいいなあなんて思ったりもする。だって、そうすれば、出島さんはきっといつまでも笑顔でいられると思うから。
でも、同時に、あたしはどうしても出島さんの言うことを、一から十までは信じてあげられないと思う。それで、出島さんが躍起になって、自分のことを河童だと叫べば叫ぶほど、あたしは彼を遠ざけてしまいたくなる。例えそれが不本意だとしても。
矛盾しているなあ、と自分でも思う。神様なんて存在を信じられない、とか言ってるくせに、あたしは心の中で龍神様の名前を出したりする。自分の生活の中に、河童なんて不確定要素は入り込んで欲しくないと思っているのに、出島さんがそばにいたいと言ってくれると嬉しい。
どうしたもんだか。
「うーららさん、早く、早く!」
お父さんの下駄を貸してもらって、からんころんと涼やかな音を立てて階段を上る出島さんは、振り返ってあたしを呼んだ。あたしはというと、出島さんがあんなに喜ぶのなら早く神社に案内してあげてもいいかなという気持ちと、さっさと出島さんを追い出す算段をした方が良いんじゃないか、という余りにも両極端な自分の思考の狭間で行ったり来たりしていた。当然、歩みも遅くなるってもんだ。
「そんなにはしゃいで、また倒れたりしても知りませんよ」
「大丈夫ですよ。もう、太陽もそんなに強くはありませんし、龍神様のお側に行くわけですし、それに、何て言ってもうららさんが側にいてくださいますからね」
「あたしが側にいても、何もならないと思いますけど」
ああ、あたしってどうしてこうも可愛くないんだろう。
あたしが追いつくのを根気よく待っていた出島さんは、そっとその体を寄せてくる。まだ半乾きの髪をなぞるように鼻を寄せると、うっとりと、
「良い匂い…。ミルフィーユの匂いがします」
「今度はミルフィーユ?」
「うららさんって、いっつも良い匂いがするんですよね〜」
とか言う出島さんの方こそ、とてつもなく良い匂いがする。うちのシャンプーと石鹸なんだよね?でも、家族の誰からもこんな匂い、しないよ?おっかしいなあ。
「うららさん」
「ん?」
「うららさんは、河童がいるって信じます?」
「…いてもいいんじゃない?」
「じゃあ、龍神様は?」
「いまだに祀られてるくらいだからね。多少は信憑性あるんじゃない?」
「でもそれって、うららさんの意見じゃないですよね」
「それは……」
「うららさん、もしかして、僕のために、信じてみようとするっておっしゃいました?」
「……」
「やっぱり」
並んで階段を上っているから、出島さんの顔が見えない。見ようとするには顔を上げなくてはいけなくて、今そんなことをしたら、すごくわざとらしい気がするから。
「でも、僕に皿があるのも、尻小玉がなくなるのも、普通に受け入れちゃってますよね」
「……」
「とすると、河童の存在自体は認めてらっしゃるんですよね」
「いや、それは…」
「なんですか?」
「認めるっていうか、その、出島さんはそんなことで嘘をつかないかも、な、とか、思って……」
「はい!嘘はついていませんよ。僕の肌が緑になっても、割とリアクションが普通でしたもんね。それも、平気なんですか?」
「平気、じゃないけど。でも、事実緑色だったし、光ってたし、見間違いじゃないみたいだったし」
「成る程。じゃあ、河童がいても、どっちでも良いとか思ってます?」
「……」
「うららさん」
「お、思ってる。けど…」
「ふむ。河童が存在しても構わないのに、まだ僕のことは河童だって認めてくれないんですよね。しかも、もしこのまま僕が河童河童喚くつもりなら、どうにかして僕を遠ざけようとか考えてますよね」
「……」
「違いますか?」
「わかんない」
誘導尋問にしては優しすぎる口調が、逆にあたしに突き刺さるようだった。あたしは決して無口ではないけれど、いざってときに意見が言えない質だ。言えない、というよりも、考えられなくなる、と言った方が良いかもしれない。ただ、それをそのまま他人に伝えても、現状は改善されないだろうな、というのは理解できるから、あたしはいつもはうやむやにしてしまう。決断を下さないで良いように。その方法が出島さんには通用しなさそうだ、っていうのが判ってきたから、あたしは素直にそう言った。
「わからない?でも、だから僕とふたりで神社に行こうなんて言い出したんですよね?そうすれば、僕とだけ話が出来る。それで、僕に河童の話は金輪際するなって釘を刺して、それでも僕が皿だの尻小玉だのって言い出したら、追い出そうって思ってたんじゃないんですか?僕はそういう覚悟で、ここにいるんですけど」
「じゃ、何で来たの」
何だか腹が立つ。そりゃ、あたしみたいな小娘の考えるようなこと、年上らしい出島さんには手に取るようにわかることなのかもしれないけど。でも、そこまで判ってるんなら、どうしてこうやってのこのこついてきて、しかも嬉しそうにしてるのかが判らない。
「そりゃあ、うららさんの頼みだからですよ」
「ふざけないで、ちゃんと……」
「ふざけてないですよ。僕、言いませんでした?僕は、僕個人の理由でうららさんの傍にいたいので、例えどんな手を使ってもここに居残るつもりだって。だから、こうやってふたりで話が出来るのは、僕にとっても好都合なんです」
「だって」
「だって?」
「出島さんが変態なのは、どっちでもいいけど、出島さんが河童なんて、それって、何か、気持ち悪い」
「気持ち悪……直球ですね……。うーん。でも、確かに僕、皿もついてるし、手もぬめったりするし、緑色に発光したりしますけど、不潔じゃないですよ?ちゃんとお風呂にも入りますし。何だったら、うららさんの目で確かめれば良かったのに。だから言ったじゃないですか、一緒にお風呂入りましょうって」
「不潔とか、そういうことじゃなくて!しかも、お風呂は関係ないでしょう。そうじゃなくて、何か、嫌なんです、他の誰が河童でも構わないんですけど、出島さんが河童なのは嫌なんです」
「どうして?」
「それが判らないから!わかんないから、困ってるんじゃないですか……」
尻切れトンボにあたしが言うのと同時に、階段を上りきってしまう。斜め前には神社がひっそりとそこに建っていた。どちらともなく、そちらへ足を進めると、人気のない境内を見渡した。
「困ってるんですか?」
茶目っ気のある目つきで、出島さんがあたしを覗き込む。
「困ってますよ。でなきゃ、とっくに出島さんとは縁を切ってます」
ヤケになって言うと、出島さんは声を上げて笑った。
「理由、知りたいですか?」
「え?」
「困っている理由。判らない理由。知りたいですか?」
やけに自信たっぷりに言う出島さんの意図が読めなくて、あたしは黙ったままでいた。
「知りたいと思うひとには、おのずと答えが出るものです。それが見つからないのは、それを見つけたくないときか、それを見つけたことを認めたくないときか、そのどちらかです」
「そんな、哲学みたいなこと言われても」
「うららさんは、知りたいですか?理由」
「し、知りたい。と、思う」
眉根を寄せて言ったあたしに、出島さんが微笑みかける。瞳の中の緑色は、濃度を増していっているようで、見とれてしまいそうになるのをあたしは必死で押さえた。
「なら、考えないといけませんね、うららさんが」
「ええ!出島さんが教えてくれるんじゃないの!」
「そんな!他人に与えられた答えで満足してちゃいけませんよ、うららさん。何より、答えはうららさんの中に既に在るんです。ご自分で探すだけですよ」
神社に来れば、何かしらの答えが出るかと少し期待していたのに、結局謎は深まるばかり。にやにや顔の出島さんを尻目に、あたしは特大のため息をついた。
うらら「何か調子狂う…」
河童「うららさん?」
うらら「出島さんが先輩風吹かすのって、何か気に食わない!」
河童「そんな!言いがかりですよ!うららさん!うららさんてば!無視しないでください、無視はやめて〜」
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