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雨もしたたる、良い河童
作:三条司



序章:昨日と違う今日の始まり


   

 あたしの毎日は、いつでもずうっと同じ事の繰り返しなんだと思っていた。
 それが不満ではないと言ったら嘘になるけれど、だからといってそれを打破するために何かをしようとやる気を起こすほどのストレスでもない。
 退屈と呼ぶには平和で満ち足りていて、幸福だと満足してしまうには何かが足りなくて。
 でも、そんなものかもしれない、人生なんて、と悟った風に思っていたのだ。
 ずっと。
 あの日までは。


 ぼんやりと縁側に腰掛けて、足をぶらぶらさせながらお風呂上がりの火照った体を風にさらしていたあたしは、まるで半世紀も昔のことを振り返るようにそんなことを思った。
 ふ。
 自嘲気味に笑いがこぼれる。
 そんな時代もあったのね。

 「うーらっらっさぁーん」

 小躍りしたくなる弾んだ声で、()があたしの背後から突如現れると、首もとに巻き付いてきた。暑い!と裏拳でその額を弾いてやると、しおしおとあたしから離れていく。かと思えば、どこから見つけてきたのかうちわを手にして、はたはたと遠慮がちにあたしを扇ぎ始めた。

 「少しは涼しくなりましたか?」

 あまりに可愛い動物を、悲鳴があがるまで抱き締めたい、と思うのはきっとあたしだけではない筈だ。きちんと正座したその膝頭も、うちわからの風でそよそよと揺れるさらさらの髪も、穏やかにあたしを見つめる瞳も、文句のつけようがないくらいの美しさ。それでいて、この綺麗な生きものが河童だっていうんだから、世知辛い世の中になったもんだわ。仏頂面をするのにも疲れて、あたしは口元をゆるめて彼を見る。

 「ありがとうございます、出島(でじま)さん」

 途端、出島さんはそのギリシャ彫刻かってなくらいに麗々しい顔を満面の笑みにして、()りもせず、あたしににじり寄ってきた。くっ、可愛すぎる…。あたしは、自分自身の煩悩と闘うように眉間に皺を寄せると、目の前に迫ってきた出島さんの髪をそっと撫でた。すると出島さんは、満足したように目を瞑ると、あたしにそっと触れた。どこか、とは言いたくないので、あえて聞かないでいただきたい。あしからず。

 この、変態で変人で眉目秀麗な出島さんと出会ったのは、忘れもしない、あの日。
 あたしの人生のすべてが変わった、あの日。

 夏。
 河原の近くの、あのバス停。


 







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