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椿の夢

 困ったときの神頼み。

 日本人の宗教に対する大雑把さがよく分かる言葉だけど、それでもご利益をくださる日本の神様は太っ腹だなあと思う。

 そして今私は、そんな神様たちの寛容な精神に、全力ですがろうとしている。


「……」


 目の前には木でできた立派な賽銭箱。

 右手に携えるは家からかき集めてきた五円玉24枚。


「……てや!」


 アルミと銅の混合物で形成された願いの塊を、かけ声をとともに銭箱へと流し込む。

 しかし私の願いは、神様に届く前に何者かに妨げられた。


「ぇ?」


 間の抜けた声が漏れた。

 賽銭箱へと落ちていくはずだった五円玉は、白くて綺麗な手の中に収まっていた。


「ご縁をたくさんとは言うけど、こんなに五円玉持ってくる人はそう居ないわね」


 呆れたような声につられて顔を上げれば、そこには赤い袴姿の女の人が居た。

 長い黒髪を首の後ろで縛っていて、化粧っけは無いけど上品な趣の美人さん。だけど何が気に入らないのか、顔に浮かぶのはふてくされたような仏頂面。

 そんな美人さんが、賽銭箱にさも当たり前のように腰かけていた。


「……何してるんですか!?」

「五円玉キャッチ」

「そうだけどそうじゃなくて!?」


 何? 何で普通に賽銭箱に座ってるの?

 格好からして巫女さんだと思うけど、最近の巫女さんは神様より偉いの?


「まあ落ち着きなさい。私はあなたを止めにきたの」

「ぇ?」

「何があったのかは知らないけど、人の不幸を願うのはよくないわ。人を呪わば穴二つと言うし、もっと健全な」

「私人の不幸なんて望んでません!?」

「あら?」


 私の大声の否定に、巫女さんは仏頂面のままポリポリとこめかみのあたりをかく。


「じゃあ何をお願いに?」

「え……その……縁結びを」

「……」


 私の答えに、巫女さんは急に無表情になる。

 何ですかその反応。怖いです。


「……あなた名前は?」

「ぇ? つ、ツバキです」

「あら良い名前。じゃあツバキは誰に言われてここに縁結びに来たの?」

「クラスメートの雪村さんに」


 私の答えを聞き終わるなり、巫女さんはおもむろに五円玉を一つ摘まみ上げる。

 そして賽銭箱に座ったまま、その五円玉を放り投げると器用に合掌した。


「ツバキと雪村の縁が切れますように」

「何でですかー!?」


 縁を結びに来たはずがぶった切られて、私は思わず絶叫する。

 そんな私を見て、巫女さんは疲れたように吐息をもらした。


「あのね、この神社には縁結びの神様なんていないの。むしろ逆」

「逆?」

「ここに居るのは縁切りの神様。騙されたのよあなた」

「ぇー!?」


 驚きの事実に再び絶叫。

 そして巫女さん再びため息。


「むしろ何で知らないの。ここのお祭りカップルで来ると破局するって有名なはずなんだけど」

「そ、そうなんですか?」

「そうなのよ」


 巫女さんが言うならそうなんだろう。

 ……あ、危なかった。


「ありがとうございました。元から細い縁が切れるところでした」

「まあ神様程度に切られる縁なんて、元からたいしたもんじゃないわよ」


 神様否定!?

 本当にこの人巫女さん!?


「あの……あなたはここの巫女さんですか?」

「んー巫女とは違うんだけど。まあ巫女でいいわ。イヨ……とでも呼びなさい」


 そう言うとイヨさんは口の端を持ち上げて笑みを作る。


「それで、誰との縁を結びに来たの?」

「え……その、卒業しちゃった先輩と」


 私の答えにイヨさんはなるほどと納得した素振りを見せる。


「良いわね初々しくて。羨ましい」

「巫女さんって男性とお付き合いしちゃダメなんですか?」

「別にそんな事は無いんだけど。というか旦那居るわよ私」


 意外な事実に目を丸くしてしまう私。そんな私にイヨさんは苦笑してみせると、わざとらしく吐息を漏らした。


「だけど今は会えないの。まったく寂しいものよ。リア充爆散しろ」


 爆発ではあきたらず四散しろと。

 何というか、この巫女さんにしてここの神あり?


「……この辺りに縁結びの神様は居ますか?」

「んーとなり町に他の夫婦神がまつられてたはずだけど。やっぱり先輩の事お願いに行くの?」

「それもありますけど、イヨさんと旦那さんの事も頼もうかなって」


 私の言葉を聞いて、イヨさんは豆をくらった鳩みたいに目を丸くする。


「……あなたに何か得あるのそれ?」

「得はありませんけど、損もないですよ。それに人の不幸を願うのはダメでも、人の幸せを望むのは良いことです」

「……それは、そうね」


 私が言い切ると、イヨさんは何やら神妙な顔で納得する。

 ……というか、よく考えたら切りそうになった縁を救ってもらった恩があるし。その後級友の縁をぶったぎられたけど。


「そうね。ダメ元でお願いしようかしら」

「はい! イヨさんと旦那さんが一緒に居られるように、誠心誠意を込めてお願いしてきます!」


 可愛らしく笑って言うイヨさんに、私は握り拳と力瘤を作って宣言する。そんな私の様子がおかしかったのか、イヨさんは声を漏らして笑った。


「その必要は無いよ」 


 不意にかけられた声に、イヨさんが笑いを止める。そして何か信じられないものでも見たみたいに、呆然と私の後ろを見つめ始める。


「待たせたね。時間がかかってしまったけれど、会いに来たよ」

「……あなた!?」


 旦那さん!?

 驚きと喜びの混じった顔で立ち上がるイヨさんを見て、私も慌てて振り返る。

 しかし突然周囲に赤い花びらが舞い、視界が白く染まった。


「ごめんね。ここからは二人きりにしておくれ」


 優しい声に包まれて、私の意識は遠のいた。



「……ま……篠山」

「……?」


 誰かに名前を呼ばれて、私はゆっくりと目をあけた。ぼやけた視界に映ったのは、どこか見覚えのある男の人の顔。それが誰なのか思い当たり、私は跳ねるように起き上がった。


「せ、先輩? どうしてここに?」

「それはこっちの台詞なんだけどね。何でこんなところで寝てるの?」


 猫っ毛の先輩は、犬みたいなタレ目に不思議そうな色を浮かべて聞いてくる。

 慌て周囲を見渡せば、そこは神社に設置されたベンチの上。

 ……寝てた? 話の最中に?


「……あの、ここの巫女さんとお話していたんですけど」

「巫女? ここには巫女さんは年末のバイトさんしか居ないはずだけど」

「え?」


 そういえばイヨさんも巫女ではないと言ってたような。

 ……じゃあ何さ?


「あ、でも今日は居るかな? 特別な日だし」

「特別?」

「知らないで来たの? もうすぐ……ああ、来たね」


 先輩の視線を追えば、そこは神社の入り口。いつの間に現れたのか、十数人ほどの袴や狩衣を纏った集団が列をなして歩いていた。


「邪魔しないでね。見てる人が少なくても神事だから」

「神事?」


 言われて目を巡らせれば、境内の中には確かに幾人かの見物人らしき人たちがいた。

 彼らが見守る中、行列は一人の男性が手に持った木箱を守るように歩いていく。


「……あれは?」

「神様だよ」

「へ?」


 意味が分からず間の抜けた声を漏らす私に、先輩は苦笑しながら説明してくれた。


「この神社の南に大きな川があるだろう。ここの神様は、昔はもっと川上に祀られてたんだ。だけどある時氾濫した川に流されて、この地にやって来たんだ」


 川に流される神様。元に戻さずにそのまま祀るのが日本らしいというかなんというか。


「でもね。川上には神様が二柱祀られていたはずなんだ。だけど流されてここまで来たのは一柱だけ」

「はぐれちゃったんですか?」


 それは可哀想だと思い、何かがひっかかり「ん?」となる。


「一柱になった神様は変わらず人々に恩恵を与えてくれたけど、たった一つだけ人間に対して許せないことがあった」

「……まさか」

「自分は独りぼっちなのに、いちゃつく男女なんて許せない! ……ってね。そのせいでここの神様は縁切りの神様になっちゃったんだって」


 縁切りの神様のまさかの真実。まさかただの嫉妬とは、人間味がありすぎる。


「だけどそれも終わりだね。椿さんの半身は戻ってきたから」

「え?」


 いきなり名を呼ばれて、どういうことかと混乱する。

 すると先輩は、しばらく考える素振りを見せると「あっ」と声を漏らした。


「椿さんっていうのは、ここの神様の愛称だよ」

「愛称?」


 そう言われ脳裏に浮かんだのは、その(私の)名前を良い名だと言った女性。


「本当の名前は……イヨノ……イヨズノだっけ? ……なんだったかな。ど忘れしちゃった」

「……」


 間違いないと確信した。

 そんなはずはない。馬鹿らしいと思いながらも、あの人が何者だったのかと気付く。


「……旦那さんが戻ってきたなら、もう縁切りはしないんですね」

「多分ね。……あれ? 神様が女の人だって言ったっけ?」


 首をかしげる先輩の隣で、私は不思議と心が暖かくなるのを感じていた。

 そんな私の元に、風に流されて椿の花が飛んでくる。


『私のために祈ってくれた貴女にプレゼント。縁結び第一号よ』


 そんな声がして振り向くと、二人の男女が仲睦まじく寄り添うように佇んでいた。

 だけどそれは気のせいで、風が吹けばそこには椿の花が静かに咲き誇るだけ。


「どうしたの篠山さん」

「……いえ。何でもないんです」


 そう返すと、私は不思議そうな顔をした先輩を見上げて笑った。

 神様が結んでくれた縁。それを大切にしようと思い、手のなかの椿の花をそっと胸に抱き締めた。

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