#2
私の左手が動かなくなったのは、いつだったのだろうか?
幼いころは自由に動かせていたはずだ。
そんな記憶があるはずなのだが、長い間動かせないのが普通になってくると、まるであのころの記憶が他人の記憶のように感じる。
そもそもいつだったのだろうかと、回想すること自体馬鹿馬鹿しい。
あの夜のことを私が忘れるはずがないのだ。
トンネル、というのは現代で怪談の場所としてよく使われる場所らしい。
曰く、現世とあの世の狭間を連想させるそうだとか。
どこそこのトンネルを通っているときに青白い何かしらがいるのだとか。
私と友人たちはそんな物珍しいものを見に、出ると噂のトンネルで肝試しを行った。
私は幽霊など信じていなかった。
その青白いものが幽霊ではなく、宇宙人ならまだ心躍るというものである。
とはいえ、出るというトンネルでは事件が多く、気を付けなければいけなかった。
下種な輩どもにとっては心霊スポットにたかる人々は絶好のカモに見えるらしい。
そういう場所は元より大概人気のない場所である。
悪事を働くには好都合なのである。
恐れるべきは幽霊よりも人間の方である。
私は幽霊を信じてはいない。
いないのだが、やはりその場の雰囲気というものは存在するようで、胸の内がざわつくような感じがする。
一緒に来ていた友人たちも同じようで、ギャーギャーとわめきながらトンネルをくぐっていった。
幸い下種な輩は現れなかった。
だが、「ギャーーーー!!」
一際甲高い悲鳴を上げ、友人の一人が走り出した。
それに続き奇声を上げ、逃げる友人たち。
振り返ると青白い何かがこちらに迫ってきていた。
何かであってそれが幽霊であるとは断定できなかった。
青白い何か、それはすぐに私の目の前に現れ、その正体を現せてくれた。
縦に半分割いたような、半身の幽霊。
総毛立ち、全身の毛穴から嫌な汗が噴き出す。
おぞましいという感覚がどういうものかを体が教えてくれていた。
足が震え、使い物にならない。
目をつむり、亀のように身を守ろうとした。
それから防御していた左手をがぶりと噛まれた。ような気がする。
気が付けば、病院のベッドの上だった。
どうやら気を失ってしまっていたようであった。
左手はもう動かなかった。
病院での検査では異常はみつからなかったし、退院した後お祓いしてもらったが、また左手が動くことはなかった。
普通のことが普通にできない生活。
だが、慣れてしまえば存外不便ではなかった。
元から左手が動かなかったかのように普通に生活できる。
朝食を作り、
今朝の朝食は、ハムエッグとトースト、それとプチトマトとレタスにゴマダレをかけたサラダ。
歯を磨き、
最近電動歯ブラシに変えてみた。
顔を洗う。
きれいになった鏡の中の自分の顔を見て思う。
私の顔は元からこんな風であったろうか。と・・・