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乙女ゲームじゃなくて、乙男(オトメン)ゲームです。

作者:柊リオン
 
「ラストダンスはもちろん、わらわが相手じゃろう?」

「あら殿下、可愛い弟の相手はわたくし以外には務まりませんわよ」

「いいえ! ここはカルと一番付き合いの長いあたしが適任です!」




 ロートレット王立学園の卒業パーティー。

 在校生と別れを惜しむ場であり、子供の世界から抜け出し、大人への一歩を踏み出した貴族の令嬢令息たちがデビュタントの予行練習をする場。

 その華やかな舞台で俺は今、三人の女の子にダンスを申し込まれている。


 こうならないようにずっとフラグを折って来たのに……


 どうやら強制力からは逃げられないみたいだ。





 そう、俺は転生者。

 そしてここはゲームの世界。俺がそれを知った、というか記憶を思い出したのは今から四年前、十二歳の春のこと。





 ***





 冬が終わり、雪が溶け始め少し暖かくなってきた春の日、母さんが亡くなった。

 俺が商家で下働きをするようになった一年前から時々体調を崩すようになって、風邪が悪化してそのまま。

 泣いて泣いて、だんだんやつれていく俺を心配した商家のおじさんが、幼馴染の父親だったこともあって住み込みを提案してくれた。

 その誘いを受けて荷物をまとめ、住んでいた家を引き払って店で働き始めて数日後。店番をしていた時。


 ガラガラと大きな音を立てて、俺の目の前で豪華な馬車が停まり、黒い仕立てのいい服を着た白髪頭のお爺さんを従えた男がズンズンと俺に近づいてくる。


 刈り上げた紺色の髪に薄い水色の瞳のその男は、俺の前で立ち止まり、


「カルフィン、お前を迎えに来た」


 と、それだけを告げて踵を返す。

 突然名前を呼ばれて目を見開いて固まった俺にお爺さんが簡潔に説明をし、気付いた時には大きなお屋敷で綺麗な女の人と可愛い女の子の前に座っていた。


 その時、銀髪縦ロールの女の子を見て、俺はここがゲームの世界だと思い出した。





 幸い俺はラノベでよくあるみたいに熱を出したりすることはなく、今までの『カルフィン』と前世の『田中(たなか) (はやて)』はあっさりと融合する。


「ロアンダ公爵エルラールが妻、ティートリーよ」

「わたくしはロアンダ公爵エルラールが娘、ロアンダですわ」


 ああ、まだ自己紹介の途中だったっけ。とりあえず返事はしないと。


「カルフィンと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」



 確かこの親子は主人公である俺のことを虐める設定だったはず。典型的な義母と義姉だ。

 そう、そのはずだったんだけど……


「ではカルフィン、わたくしが案内して差し上げますわ! ねぇお父様、いいですわよね?」

「ああ、行って来なさい」


 そのまま義姉に引っ張られて屋敷中を巡り、あてがわれた俺の部屋に帰った時にはヘトヘトだった。


 おかしい。全然虐めてこない。

 別に虐めて欲しいわけではないけど、すでにゲームの本筋から外れかけている。


 あ、ちなみにこのゲームはギャルゲーではない。

 俺が、というかカルフィンという少年が主人公の"乙男(オトメン)ゲーム"だ。



 従来の乙女ゲームの主人公を男に置き換え、攻略対象者は美形揃いの少女たち。

 魔法のあるファンタジー世界で学園生活を送る。

 そして最大の特徴が主人公が乙男、つまり乙女的趣味や家事全般に才能を発揮する男子であるということだろう。


  見方によっては完全にギャルゲーなのに、制作会社は頑なに"乙男(オトメン)ゲーム"だと言い張っていた。





 主人公の(カルフィン)はロアンダ公爵エルラートの隠し子。
 母親の死とともに引き取られ、貴族らしくないと義母と義姉に虐められる。

 その後学園に編入してゲーム開始。

 二年間学園生活を送りながら三人の攻略対象者と恋愛を楽しみ卒業パーティーでラストダンスを踊った相手と結ばれるところで終わる。





 ちなみにもう一人隠しキャラの攻略対象者がいるらしいが、俺は見つけられずに死んだみたいだ。


 死因は思い出せないけど仕方がない。


 それと、なぜ男の俺がこのゲームをプレイしていたのかに関しては深く突っ込まないでいただきたい。

 ただちょっと、俺が乙男だったのは思い出したくない過去だから——結局転生しても乙男みたいだけど——忘れてくれ。



 まあつまり、そんなこんなで俺は転生したというわけだ。




 さて、初めは冷たい態度を隠さなかった義母は徐々に俺に対して笑いかけるようになり、虐めてくる兆候は全くない。


 義姉は俺より数ヶ月先に生まれたということで年上ぶってくるけど、まだ学園には入学してないので屋敷で勉強中。
 休憩時間は決まって俺のところに来てつきまとう。軽くストーカーになりつつあるブラコンだ。

 ちなみに彼女も攻略対象者。
 ゲームでは、仕事が忙しくて会えない父親に対して寂しいという感情が暴走し、父親が目をかける(カルフィン)に劣等感を感じて虐めるも本当の気持ちを話すことで徐々に和解し、恋愛へと発展していくシナリオだったと思う。

 デレた後の義姉はもはやツンデレどころではなく、二人は共依存の危険な状態になっていくのだが……すでにブラコンの彼女はデレているわけだから手遅れかもしれない。


 父親は仕事が忙しいらしく食事の時しか顔を合わせない。
 日中、学園に入学するために様々なレッスンをこなす俺に関する報告を受けて少し褒めてくれたりはするけど。




 ***





 そして俺がロアンダ公爵家に来て一年経った。




 今日は義姉、アニスの入学式であるのと同時に俺の入学式でもある。

 本来なら俺は二年生として編入するはずだったけど、家庭教師からのお墨付きを得てアニスと一緒に入学することになった。

 それもこれも前世の記憶のおかげである程度の礼儀作法はできていたのと、俺に絡んでくるアニスに付き合ってレッスンが増えたせいだと思う。


 アニスは最近、義姉上と呼ぶのを嫌がるようになり、名前で呼ぶことになった。正直慣れない。


 まあこうして俺はゲームより一年早く入学することになったというわけだ。

 そのせいで本来なら一年後に始まるゲームが前倒しで始まった。三人の攻略対象者のうち一人は後輩設定のため、まだいないが、俺は二人の攻略対象者と学園生活を送ることになる。








「カル! 久しぶりだね!」



 そう俺に声をかけて来た茶色の髪を左右に分け、三つ編みにして垂らしたおさげ髪の少女は俺がお世話になっていた商家の娘で幼馴染のローレルだ。


 このゲームの攻略対象者の一人で、平民でありながら類稀なる魔法の才能があり、特待生として入学している。

 ゲーム開始と同時に編入してくる(カルフィン)より先に貴族社会に飛び込んだため、二人で協力して力をつけ、その過程で仲が深まっていく、というシナリオだった。
 

 正直どっちが主人公がわからないくらいローレルは乙女ゲームのヒロイン特性を兼ね備えている。
 特待生になっているところとか平民なのに魔法が使えるところとか。


 まあそれは今は関係ない。
 父親に引き取られた時、ちゃんと今までのお礼も別れも言わずに出て来た俺はローレルに対しても、その父親であるおじさんにも負い目がある。

 後日挨拶に行こう。



「カルフィンの知り合いですの?」

「あたしとカルは幼馴染だよ! 小さい頃から仲良しだもんね!」



 忘れてた。今、俺はアニスと一緒に昼食中だった。

 少し俺がローレルとその父親について思考を飛ばしている間に二人の間に険悪なムードが漂っている。

 ただでさえローレルは平民の特待生ってことで注目を浴びているのに、その上俺とアニスの異母姉弟と話しているせいでかなり目立っている。



「アニス、この子はローレル。俺……僕の幼馴染だよ。
 ローレル、久しぶり。あの時は何も言わずに消えてごめん」


 危ない危ない。貴族の子息らしい言葉遣いをしないといけないんだった。


「気にしないで! また会えただけでもこの学園に入ってよかった!」

「うん、僕も嬉しいよ。これからもよろしくね」


 よし、これで良いだろう。幼馴染相手にこんな口調慣れないけど、ここで目をつけられて同級生達に虐められるよりはましだろう。


「ローレルさん、わたくしはロアンダ公爵エウラールが娘、アニス・ロアンダですわ。カルフィンの姉ですの」

「ローレル・ハンスです。アニスさんよろしくね!」

「ええ。貴女にカルフィンは渡しませんからね」

「あたしとカルフィンは長い付き合いですからね、お義姉さんの出る幕はないかもしれませんよ?」

「「うふふふふふふ」」



 怖い。何故かここだけ空気が違う気がする。
 俺たちが座っている食堂のテーブル周辺はこの空間から孤立したように誰もいない。


 とりあえず一年前倒しの出会い、というか再会イベントは終わり、その場は解散となった。




 ***




 そしてあっという間に一年が過ぎ、ついにゲーム開始の時がきた。

 この一年は本当に大変だった。事あるごとにアニスとローレルが笑顔で嫌味の応酬をし合い、公爵令嬢に喧嘩を売ったと言う事でローレルに対して虐めが起きるもそれら全てを撃退。

 彼女達の間に入れるのは俺以外にいないという事で、三人で行動するのがデフォルトになった。

 俺は彼女達とのフラグをことごとく折ろうとしてきたのにドウシテコウナッタ。



 さて、気を取り直して本編スタートだ。すでに俺が編入してくる設定は消えてるし、今年の新入生として最後の攻略対象者が入ってくるくらいだろう。


 そもそも俺は彼女達を攻略する気はない。
 みんな家族か友人くらいにしか思えないし、ハーレムも求めちゃいない。
 俺は一人を一途に想い続けるタイプなのだ。

 ついでに言うなら男達の恨みを買いたくない。
 ただでさえ乙女、いや"乙男"ゲーム補正のせいか、設定上は平凡なはずの俺の顔はそこそこイケメンだ。
 自分で言うのはかなり恥ずかしいが。


 鏡の前に立てば、父親にそっくりな色彩を持つおかっぱ頭の美少年が映る。
 黒に近い紺色の髪は肩で切りそろえられ、薄い水色の瞳はロアンダ公爵家の直系男子にのみ現れる特徴だそうで。

 アニスがゲームの中で俺に劣等感を抱いたのはこの髪と目にも原因があると思う。彼女は銀髪縦ロールに紫水晶のような瞳で義母にそっくりな容姿だから。

 まあアニスもかなり美少女なのは変わらない。
 ローレルは地味だけど磨けば光るタイプって感じだ。



 さて、去年は二人の仲裁をしてばかりでろくに友達を作れなかった。
 今年こそは絶対に友達が欲しい!

 俺は一人、気合を入れた。





 入学式後の新入生歓迎会で俺は本来なら攻略対象者の二人に出会うはずだった。
 アニスとはこの時点ですでに出会っているから、最初のイベントは虐めシーンだったはず。

 父親からプレゼントされた紋章入りのカフスボタンを見たアニスが逆上してブドウジュースの入ったグラスを(カルフィン)にぶっかけるのだ。
 ブドウのシミは白地の制服に染み込んで落ちないのだけど、そこは主人公補正。糸を媒介にして魔法を発動する俺は制服に触れて汚れを落とすのだ。
 地味だけどかなり便利な魔法だと思う。

 この世界で魔法は各自媒体になる道具が違い、学園に入学して検査を受ける事で初めて魔法を使えるようになる。

 魔力があるかどうかは教会で五歳児を対象に調べられる。
 媒体になるものを自分で発見できた場合は学園に入学する前に使えるようになるけど、それはかなり稀な事で、検査を受けていない俺が魔法を使った事で名を広めることになるのだ。

 糸が媒体だって知っていたのは母親が針子だったからだ。おかげさまで現在の俺も検査をする前から魔法が使える。
 だから俺は常に自由に使える糸を数束持ち歩いている。さすがに服の糸をバラバラにしてまで魔法を使いたくはない。

 アニスの媒体は紫水晶の埋め込まれた銀の指輪、ローレルの媒体はそろばんだ。

 指輪はわかるけどそろばんって……さすが商家の娘って思っとけばいいのか?


 とりあえず、今日どんなに飲み物をかけられようと、泥をかけられようと、俺には対処法があるから問題ない。

 問題があるのは最後の攻略対象者の方だ。



「そなたがロアンダ公爵子息カルフィンか! わらわと勝負するのじゃ!」


 強いと聞けばすぐに絡んでくるその少女の名はソレルルーチェ・ラ・ロートレット。


 国王の一人娘、つまり王女様。
 蜂蜜を溶かし込んだような金髪と海のような青い瞳を持つ彼女は脳筋だ。

 本来ならロアンダ公爵家の者として簡潔に挨拶をしたあと、検査前に魔法を使った者として興味を持たれ、幾度となく勝負を仕掛けてくる。


 それが現在、歓迎会が始まって早々に彼女は俺の元に来た。早すぎる。
 

「はじめまして、ロアンダ公爵エウラールが息子、カルフィンと申します。
 殿下にお会いできて光栄にございます」

「堅苦しい挨拶は良い! わらわはそなたより年下じゃからな。
 さあ、勝負をしようではないか!」


 全然話を聞いてくれない。
 王女殿下は戦いたくてしょうがないようだ。


「ソレルルーチェ様! 本日の歓迎会は私たち新入生のために先輩方が準備してくださった場です。
 勝負は後にして王族として挨拶を受けなければいけませんよ!」


 パタパタと音がして、白い制服を着た少年が現れた。リボンの色は赤。新入生だ。
 黒いサラサラの短髪に深い緑の瞳。女の子のように可愛らしい顔をした彼はゲームでは見たことがないけど、お約束のように美少年だった。


「ベルガはうるさいのう。よし、ではカルフィン、後日勝負しよう! 日時は追って伝える。ではな!」


 豪快に笑って王女殿下が去っていく。
 その後ろ姿を見て慌てた様子のベルガ少年は置いていかれた形になった俺を見てオロオロする。


「ベルガ、だっけ? 殿下のところへ行っておいで」

「あ、ありがとうございます! あの、僕はラフィン伯爵マークウェルが息子、ベルガと申します。殿下の乳兄弟でお目付役をしておりまして、えっと、その、失礼します!」


 急に頬を染めて真っ赤になったベルガは殿下を追いかけて走り去った。

 出会いイベントはこんな感じじゃなかったけど、まあ攻略するつもりのない俺には関係ない。
 最後に攻略対象の誰ともくっつかないで済むようにノーマルエンドを目指すのだ。

 イベントが起こるとわかっている場所には近づかなければいいし、必要以上に優しくしなければ平気だろう。


 それにしても真っ赤になったベルガはますます少女のようだった。成長期がまだなのか、小柄な体格も少女のように可憐に見せている。
 王女の乳兄弟はゲームでは出てこなかった……はずだけど、スチルの端に彼と同じ容姿のキャラがいたような気もする。



「カルフィン、殿下と勝負をする前にわたくしとも勝負してほしいわ!」

「アニスさんずるいです! あたしだってカルと勝負したいです!」
 

 いつの間に近づいて来ていたのか両サイドにアニスとローレルがいる。

 しかも二人とも勝負を求めてくるとか……俺は一応乙男設定だったはずなのに。


 乙男設定が魔法媒体が糸ってことくらいな気がする。
 ゲームだと『女子力』を上げるためのミニゲームで塗り絵をしたり、カラーコーディネートをしたりと乙男活動をしてスキルアップ向上を目指していたけど、実際の俺はせいぜいお菓子づくりをするくらいだ。
 糸は使える魔法を増やすために触ることが多いけど、魔力を使ってマフラーを編んだり手袋を編んだりするくらいだからそこまで乙男力を上げているつもりはない。
 かといって俺まで脳筋になったわけではないんだけど。


 結論から言うと、後日殿下からの模擬戦の誘いがきて戦い、あっさりと俺が勝った。

 魔法と剣を使っての勝負だったけど、媒体を知ったばかりの少女に負けるほど俺は弱くない。

 剣に関しては負けていたが。


「楽しかった! また勝負してくれるかの?」

「殿下が望まれるならば」

「あーー堅苦しいのは嫌じゃといったであろう? そなたはわらわを相手にわざと負けたりせず真剣に戦ってくれた。
 そのような者は少ないからのう。わらわと友達になってくれ!」


 どうやら恋愛フラグを折ったつもりが失敗したみたいだ。脳筋王女殿下に気に入られてしまった。


「ではソレルルーチェ様、よろしくお願いします」

「むぅ。まだ口調が硬い。それとルーチェでよい」
 
「……わかったよ、ルーチェ。これでいいかな?」

「よいぞ! ほれベルガもカルフィンを見習うのじゃぞ!」

「ソレルルーチェ様、僕には無理です」


 顔を青ざめさせて首を振るベルガを見てルーチェが高笑いをする。
 こうしてルーチェが加わり、ゲームの本編部分が始まった。




 同じクラスのローレルとのイベントは本来なら頻繁に起こる。
 でも、平民からいきなり貴族になった俺を王女殿下(ルーチェ)が気に入っていることもあって、シナリオのように虐められるようなことはなかった。

 俺もローレルも人前では令息令嬢の仮面を被り (バレている気もするが) 、俺は当初の目的通り男友達を複数作ることに成功した。

 アニスは昼食時は絶対に現れ、他の時もやたら近づいてくるが優しくしすぎないようにしている。

 休日に王都で好感度アップイベントが起こるとわかっている日は体調が悪いといって部屋を出ずに過ごし、プレゼントをやむを得ず送らなければならないとき——誕生日とか——は好感度アップの物は避け、無難な物にした。



 そうやって一年を過ごし、再び新入生歓迎式の日が来た。
 今年の新入生は攻略対象者がいない。
 理由としては一年で仲を深めるのは短すぎるといったところか。

 去年のルーチェとベルガとの出会いを思い返して感傷に浸っていると、こっそりと会場を出るベルガが目に入った。

 胸元を押さえながら走る彼女に胸騒ぎを覚え、追いかけることにする。


 学園の敷地内にある会場を出て、森へ入っていったベルガの腕を掴んで走るのを止める。
 生徒たちはみんな会場にいるから辺りは人気がなくて静かだった。

 ベルガは白い制服をブドウ色に染め、涙を浮かべていた。


「カルフィン様、ど、どうしてここに?」

「ベルガの様子が変だったから気になって。その制服、どうしたの?」


 ポロポロと涙を流してしゃがみこんだ彼の背を宥めるようにさする。


「っひっく、そ、っその、乳兄弟だからって、ソレルルーチェ様やカルフィン様、アニス様に仲良くしてもらって、調子に、乗ってるって……いわ、れ、て」


 俺たちのせいか。でもベルガも伯爵令息で身分的には高い方なのに。


「ファンクラブ、の方々に、この、飲み物をかけられてしまって……」


 ファンクラブ?


「ベルガ、ファンクラブって誰の?」

「そ、れはもちろん、カルフィン様とソレルルーチェ様、アニス様の、です」


 ルーチェとアニスはわかる。二人とも人気だし。
 でも俺のファンクラブってなぁ。誰得だよ。


「僕、も皆さんの、ファンクラブに入ってるから、抜け駆けだって、言われて」

「そうか、辛かったな。でも俺の魔法で元に戻せるから安心して」


 ベルガを落ち着かせるように笑顔を浮かべて制服の胸元を触ろうとすると、彼の顔が引きつった。


「え! か、カルフィン様、これは自分でどうにかしますので!」

「いや、僕がやったほうが早いし。ほ、ら……?」


 胸が柔らかい。
 俺の魔法は糸、というか布に直接触れないといけないからベルガの濡れた胸元に手を触れたんだけど、この感触は……。


「だ、黙っていてください! 殿下しか知らないのです!」


 硬くない胸板。少女のような容姿。ベルガは……女の子?
 気づいた途端、顔が熱くなった気がした。


「ベルガ、君は一体誰なの? 答えてくれるなら僕は秘密を守ろう」

「僕……私は、ベルガの双子の妹、モカです。兄は、学園入学前に旅に出るといって失踪してしまい、嫡男が学園に行かないと外聞が悪いので私が身代わりになり、モカは病気で休学ということにしています」

  「そっか、モカ、さっきはごめん。僕は誰にも秘密を話さない。
 でも、辛いことがあったらいつでも言って? 力になるから」

「ありがとう、ございますっ! カルフィン様にはご迷惑ばかりお掛けして、申し訳ないです……」

「気にしないで、君は女の子なんだから。さあ、元気は出たかな?
 目を冷やしたら会場へ戻ろう」


 魔法で作った冷却アイマスクでベルガ……いや、モカの赤く腫れた目を元へ戻し、会場へ戻る。
 女の子にあんな風に触れたことはなかったから、俺もまだ顔が熱い。冷却タオルで顔を冷やして、元に戻す。モカは女の子なんだと、改めて思った。


 その後、歓迎式は問題なく終わり、モカにジュースをかけた少女たちは俺が睨みを効かせると青ざめて近づいてこなくなった。
 
 

 ルーチェとアニスにも簡潔に説明して、それぞれのファンクラブ会長だと言う少女たちに、ベルガ、それとローレルに何かしたら許さないと通告する。

 俺のファンクラブはこれを機に公式になったとして喜んでいたから、今後問題を起こすことはないだろう。

 ローレルはどうやら子分のような男子集団が守りを固めているらしいから、気にしないでもいいはずだけど。



 こうして女の子だったベルガと以前よりも仲良くなり、攻略対象達に追いかけ回されながらも俺はゲームのラスト、卒業パーティーの日を迎える。




 卒業パーティーには婚約者がいればその相手と、それ以外は自由に入場する。

 ここ、ロートレット王国は政略結婚が多いものの恋愛結婚もかなり認められていて、ルーチェにアニス、モカにローレルも婚約者はいないらしい。


 堅苦しい入場はなく、一人で会場入りした俺は知り合いを探して歩きまわる。
 途中で何度かクラスメイトの少女達と踊った。ファンクラブ会長は踊り終わった頃には昇天しそうなほど真っ赤になっていた。
 すぐに羨ましそうな顔をした会員がやってきて彼女を回収する。

 もうすぐラストダンスというタイミングで仲良くなった男友達の三人組を見つけ、学園生活の思い出を語っていると周囲がざわざわしだした。


 そして冒頭のシーンになるというわけだ。




 ***




 俺に向かって手を差し出すルーチェ、アニス、ローレル。

 三人とも、ゲーム本編で各自のトゥルーエンドで俺がプレゼントするはずのドレスを身につけている。

 ルーチェはクリーム色、アニスは水色、ローレルはピンク色。
 型は三人ともお揃いでまるで姉妹のようだ……って現実逃避しかけた。


 フラグを立てないように最大限に注意を払ってきたつもりだったのに意味がなかった。


 でも俺だって対策は立てている。万が一ゲームの強制力で三人のうち誰かからダンスを申し込まれた場合に備えて準備はしてきた。
 まさか三人ともとは思わなかったけど。



「ライアン皇子、レオン、カイルよろしくね?」

「「「言われなくても」」」



 俺と一緒にいた男友達三人組。彼らはそれぞれ留学中の隣国の皇子、公爵嫡男、伯爵令息だ。

 三人はそれぞれルーチェ、アニス、ローレルに惚れていて、勇敢にも俺に挑んできた猛者達だ。

 ファンクラブの妨害があったはずなのに本当にすごいと思う。

 俺は他に好きな人がいるからと言って、彼らと彼女達の仲を取り持つことにした。

 具体的には俺を通してルーチェ達と交流を深め、好印象を与える作戦だ。

 好感度が上がるプレゼントを彼らを誘導して購入させ、プレゼントさせる。
 イベント場所には彼らを向かわせ、俺の身代わりをしてもらう。

 現在、それぞれの印象はかなりいいはずだ。

 そして俺がここでとどめをさす。


「三人ともごめん。僕……俺がラストダンスを踊るのは」


 唖然とする三人の横をすり抜けて、ルーチェの側で控えていた()()()の元へ近づく。


「モカ嬢、俺と踊ってくれるか?」

「……っ! は、はい! 喜んで!」

「ベルガ、いいよね?」

「妹を、よろしくお願いします」


 若葉色のドレスを身にまとったモカの手を取る。

 同時に曲が流れ始めて俺たちは踊りだした。



 ちらっとルーチェ達を横目で見てみると、顔を赤くしてライアン皇子とレオン、カイルと踊っていた。
 なかなかいい雰囲気だ。

 上手く行ってよかった。



「あの、カルフィン様。どうやって兄を見つけたのですか?」


 そう、さっきのベルガは本物だ。
 モカとそっくりの少年を下町で見つけて声をかけたところ、旅に出たというベルガ本人だった。

 今更家に帰りにくいと言う彼に付き添って伯爵家へ行き、息子を怒鳴りつけようとしたラフィン伯爵もさすがに公爵令息である俺の手前、怒りを収め、今回のことを秘密にする約束でベルガに対するお咎めは無しになったのだ。


「偶然……だな」

「偶然、ですか?」

「うん、どうにかしてモカとラストダンスを踊りたいと思ってたら、偶然。
 上手く行ってよかったよ」


 そう行って微笑みかければ、さらに顔が赤くなる。


 曲が終わり、立ち止まる。
 パーティーが終わるまであと少し。

 モカを連れて会場の外の森へ行く。

 ここは始めて『モカ』に出会った場所。
 必死に兄の失踪を隠すために男装をして、家を守ろうとした彼女の涙を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

 モカは俺たちのファンクラブ会員に虐められていた時も俺たちに涙を見せることはしなかった。

 ルーチェに振り回される真面目な彼女は、とても芯の強い女性(ひと)だった。

 年下なのに敵わない。


「モカ、俺は君のことが好きだ。
 どうか一生、俺とともに生きてくれませんか?」


 モカの前に跪き、彼女の手の甲に軽くキスを落とす。
 土で汚れても構わない。後で魔法でどうにでもなるし。

 モカがびくっ、と震えたのがわかった。


「私が、カルフィン様の隣に立っても良いのですか?」

「もちろん。ちなみにモカの父上殿には話は通してあるからあとはモカの返事を聞くだけだ」

「え、えええっ! お、お父様は知ってらしたのですか!?」

「うん。モカの意思を尊重するって。
 それで、返事は?」

「す、末長く、よろしくお願いします!」


 承諾の返事を聞いてその場に立ち上がる。
 真っ赤なモカの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。


「ちょ、っと苦しいです……」

「ああ、ごめん。
 じゃあ後日、婚約式をしようね。モカを誰かに取られたくないから」


 さらに顔が赤くなり、ふらりとバランスを崩しかけたモカの腰に腕を添えて支える。

 ついでに冷却タオルを用意して、顔の火照りを冷ましてあげる。

 こんな可愛い顔をしたモカを会場に連れて戻ったら何人の男が惚れるかわかったもんじゃないからな。


 そして森を抜け、ドレスと俺の服の汚れを落とし会場に入ると、ちょうど閉会の挨拶の途中だった。


 ルーチェ、アニス、ローレルと俺の友人三人組はかなりいい雰囲気だ。

 俺たちの婚約式発表と前後して彼女達もくっつくだろう。


 ゲーム的にはノーマルエンドを達成できたはずだ。
 主人公の俺は攻略対象以外とくっついたしな……もしかしたらモカは隠しキャラだったのかもしれないけど。


 まあ強制力にも抗えたはずだし、みんなが幸せを見つけられたのだから良いとしよう。



 その後、モカが卒業するまでの一年間、俺が学園で彼女に群がる男達を牽制出来ないことにやきもきしたりするのはまた別のお話。




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