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教室の窓
作:オネイロス



第八回 落ちていく親友


 ノブが所持していた覚醒剤は、俗に言うスピードというやつだ。一時的に興奮状態や快楽をもたらす。ノブは、これにハマってしまった。気持ち良くて仕方が無い。どんなオナニーよりも、よっぽど気持ちいい。何倍も。
 ノブの生活から、覚醒剤が消えることは無かった。やめたくても、やめられない。もう、やめたいとも思わない。
 そして、二ヶ月が過ぎた。
 もうすぐ十月である。夏休みが明けて、涼しくなった頃だ。そろそろ、受験を考え始めなければならない。
 そのときから、僕はノブの異変に気づき始める。ノブの目付きが変わった。なんと言うか、目付きが鋭くなっている。それだけじゃない。ノブは痩せた。外見はあまり変わっていなかったが、顔が引き締まったように見える。ノブの運動神経が落ちたことも、変わったことだと思う。ノブはもともと、運動は得意だったはずなのに。階段を上がるだけで、ノブの息はゼエゼエと切れている。
 おかしい。最近、よくそう思う。
 けど、そんな考えも、ノブがいじめられている光景を見ると吹っ飛んでしまう。ノブは、毎日のように暴行を加えられていた。蹴られたり、踏みつけられたり、殴られたり、もう当たり前になってる。そう、一つの風景。そうやって、ノブはクラスに受け入れられていた。まったく、おかしな話だ。
 キリの想いは、日に日に募っているらしい。ノブがいじめられていると、心が壊れそうになるらしい。そんなの、僕も一緒だ。
「いい加減、告白でもしちゃえよ。」
 そんな普通のこと、僕には言えない。この言葉を発するのに、僕はどれだけの勇気を使っただろうか。十月の最初の日、屋上で僕はキリに言った。
「キリさ、ノブにコクっちゃえば。」
 簡単には流せない言葉。そんなの、百も承知である。それでも僕は、二人に幸せになって欲しかった。どんな形になっても。それが、あんな形になるなんて、思いもしなかった。
「なに言ってんのよ。寝ぼけてんの?」
「マジで言ってんだよ。いい加減、告白したらどうだ?。いつまで待ってるんだよ。」
「なにも待ってないわよ。意味わかんないこと言わないで。」
「お前さあ、意地張ってたらかわいくねえんだよ。素直になってさ、ノブのこと好きになったら?。」
 キリの答えは無かった。暗い目線を、フェンス越しの太陽に落としていた。決して、僕の方へ向くことは無かった。
「なあ、キリ。いつまで逃げてんだよ。ノブのこと好きなんだろ。」
 僕は、二人に幸せになって欲しいと思うばかりで、キリの気持ちを考えてなかった。キリはとても、辛い表情をしていた。それでも僕は、お節介な言葉をキリに投げ続けた。
「ノブのイジメが無くなるのを待ってんだろ。そんなこと、もう無理じゃん。キリだってわかってるだろ。もう、無理だよ。」
「うるさいなあ。じゃあさ、ライがノブのことを救ってあげればいいじゃない。ライが、イジメなんてやめろって言えばいいじゃない。」
「・・・できないよ。」
「なんでよ。たった一言でいいのよ。言ってあげてよ、ノブのために。」
 今度は、僕が黙ってしまった。確かにそうだ。全部、僕が悪い。諸悪の根源は、僕なんだ。そんなこと、とっくに分かっていたはずなのに、なんでキリにあんなことを言ったのだろう。
「なんとか言ってよ。」
「ごめんな。キリ、ごめん。」
「謝ってもらっても、私は困る。」
 キリは、そっぽを向いた。僕は、苦し紛れの声を必死に出した。喉、体、心から、ギシギシという音が聞こえた。着実に、僕は軋んでいった。
「ホントにごめん。ノブが最近変だからさ、俺、キリと付き合ったら元気になるかもって思ったんだよ。ごめんな。キリの気持ち、全然考えてなかった。」
「・・・私もごめん。言い過ぎちゃった。」
 キリは、すまなそうに僕に詫びた。キリは悪くない。キリは全然悪くない。僕が悪いんだ。バカで単純な僕が、なにより罪深い。
「いつも俺、夜に期待してるんだ。明日、変わってるかもしれない。その次の日、ノブは笑ってるかもしれない。俺は、普通に戻ってるかもしれないって。そんな、バカみたいな期待をしてるんだ。」
「どこがバカなの?。明日に期待したらバカなの?。そんなの、おかしいよ。ライ、間違ってる。」
「いや、バカなんだよ。イジメが始まったのも、本当に急だったんだ。だから、イジメがなくなるのも急なのかなって。そんなこと思ってるんだよ。」
「・・・ライも苦しいんでしょ。ライがいつも泣いてるの、知ってるのよ。帰り道、一人になったとき、いつも泣いてるでしょ。」
「泣いてねえよ。」
「泣いてるよ。」
「俺は、自分のために泣いてるんだよ。ノブのためじゃない。こんなの、泣いてるなんて言わないと思う。人のために涙を流して、泣いてるって言うんだと思うよ。」
「そんなことない。」
 キリは、大袈裟に叫んでいた。薄っすらと、涙が浮かんでいる。それを見たとき、僕は温かい何かを感じた。何かはわからない。けどそれは、確かに温かかった。
「そうなんだよ。俺は、最低でどうしようもないんだ。」
「自分のために泣いて、なにが悪いのよ。ライはいつも、自分のこと責めてるだけじゃない。そんなことして、何が変わるっていうの?。」
「何も変わらないよ。そんなこと、俺が一番よく知ってる。」
 僕はずっと、自分を責めていた。責めることしかできなかった。きっと、それしか僕の道はない。自分を責め続けることで、僕は小さな道を見つけた。絶望という、たった一つの道を。

 僕の助言が良かったのか、キリは積極的になった。ノブと一緒に喋っている光景を良く見る。けどそれも、キリが話してノブが「うん」と返事するだけだった。それでもキリは、幸せそうに笑っていた。僕には良くわからないけど、きっと幸せなんだと思う。
 恋。人を愛する。そんなの、僕にはわからない。まだ、人を好きになったことが無いから。でも、人を好きになることは、とっても健康なことだと思う。心が健康だと思う。
 十月に入った。紅葉は、まだだろうか。僕は、季節ごとに変わる風景が好きだ。大須賀橋も、僕の好きな風景の一つである。春は桜色。夏は緑色。秋は紅葉色。冬は・・・白かな?。けど、ここは東京。雪なんて、滅多に降らない。僕は、風景の無い冬が嫌いだ。冬はなんだか、とても寂しい。
 僕が思うに、この頃は大きな進歩があった。ノブが、キリの前で笑ったのだという。キリに、心を開いたんだと思う。キリは感激のあまり、その場で泣いてしまったそうだ。ずっと暗かった青春。キリにも、明かりが差し始めたんだなあ。ノブにもきっと。
 僕は?。光なんて、あるわけ無い。
 確かに、ハヤトという親友は出来た。良く遊んだりもする。ハヤトは、真剣な話をするときは真面目になって、バカやってるときはとことんバカだ。けど、そんなハヤトが僕は大好きだ。かけがえの無い親友だ。
 ノブへのイジメは、相変わらずだ。これさえなければ、僕は幸せだったんじゃないか。僕はもっと、健康に生きていたんじゃないんだろうか。そう思うと、このクラスと自分が、憎くて仕方なかった。
 キリもノブも、必死だと思う。キリは、ノブのことが大好きなんだろう。ノブも、そのことを知ったとき、キリを大好きになるんだろう。そのとき、初めて恋人になる。幸せになれる。僕は、そんな二人が羨ましかった。僕には、人を好きになる資格なんて無い。愛することなんて、一生できない。ノブ、僕はそう思う。

 そんなとき、事件は起こった。
 十月の中ごろに、文化祭があった。二年三組は、ダンス発表をすることになった。みんなで団結して、最高の舞台にする。原田先生が、そんな戯けたことを言っていた。表面上、団結したクラスかもしれない。虚栄って言うんだっけ。そんなクラス、僕は大嫌いだ。こんなクラス、消えてしまえばいい。
 学級活動の時間、話し合いが行われた。クラス委員の二名、ノブと隈井という女子が司会を務めて話し合いは行われた。
「何かしたいダンスはありますか。」
 ノブが低くて小さい声で言った。こんな場面で、ノブに大きな声を出せというのが無理なのかもしれない。生徒と教師からいじめられている。そんな肩身の狭さは、僕の想像を何倍も凌ぐものだった。
「聞こえないんっすけど、委員長さーん。」
 一番後ろの席の桜田が言う。
「もっとハッキリ言えっつーの。」
 イジメサークルの篠倉が、桜田に便乗して言う。誰かが言った後じゃないと、こいつは何も口にしない。弱くてズルくて、サイテイな奴だ。
「そうよ、あなたクラス委員でしょ。もっとハッキリ言いなさい。聞こえないじゃないの。」
 原田先生も、苛立たしげに言った。悔しさのあまり、ノブは俯いて震えていた。そんなノブを見て、クラスメイトがクスクスと笑い出す。
「おいおい、泣くんじゃねえの。勘弁してくれよ、クラス委員さん。」
「なに泣きそうな顔してんの?。笑っちゃう。ハハハ。」
「ほら、さっさと進めろよ。隈井が迷惑してんだろ。もっと、大きな声でお願いします。」
「やっばー、泣きそうじゃん。気持ちわるうー。」
「頼りねえよな。ちょっと言ったくらいで泣いちゃうなんてさ。大袈裟なやつだよな。」
 原田先生は、黙ってそっぽを向いていた。ざわつく教室に、まとまりの言葉なんて無かった。ノブは一人で、唇を噛み締めていた。拳を握って、キッと前を向いた。そう、教室十の人間を睨みつけていた。もちろん、僕も。
「うっせえ、お前ら。」
 ノブが、小さく呟いた。教室中が、一瞬だけ静まり返った。すると、クラスメイトはまた笑いだす。
「なんて?。聞こえませーん。」
「うっせえんだよ!。」
 ノブが怒鳴った。隣にいた隈井が、ビクッと肩を震わせた。ノブはわなわなと震えて、怒りでぎらつかせた目を向けた。血走っていて、僕はその目から恐怖を感じ取った。原田先生も、どうしたのかという顔をしていた。
 さすがにクラスの連中も、ノブがおかしいと思い始めた。桜田は、恐怖を紛らわすように言った。
「なに震えてんだよ。ばっかじゃねえの。ひゃはは。」
 今日のせいか、裏返った声だった。臆病な奴だ。ノブは、ぎらついた目で桜田を睨んだ。隣の隈井は愚か、クラスの全員がノブに怯えていた。睨まれた桜田は、怯えた目でキョロキョロしていた。その顔はとても滑稽で、僕は少し笑った。
「ほら、さっさと進め・・・」
 その言葉が終わらないうちに、桜田は吹っ飛んでいた。ノブが狂ったように走り出し、桜田を殴りつけていた。
「うああああああああああああ」
 ノブの奇声で、教室は包まれた。傍にいた生徒は、逃げるように後ろに下がる。ノブは桜田を殴った。今までの憎しみを、すべてぶつけるかのように。血が、床に飛び散っていた。
「やめなさい、白石くん。」
 原田先生が駆けつけた。クラスの連中は、完全に怯えていた。びくびくと肩を震わせる女子や。「あいつ、やべえよ」と言い合う男子。
「やめなさい、なにしてるの。」
「黙れ!。お前も一緒だ。」
 教師に対して黙れ、そんな言葉、原田先生は浴びせられたことが無かった。硬直する原田先生の傍には、鼻血を出した桜田が呻いていた。
「ぜってえ殺してやる。お前ら全員、殺してやる・・・」
 ノブは更に、桜田を殴り続けた。ノブの目には、闇しかなかった。ぎらついた、鈍く光った光だ。ノブの心の闇が、顔を出した。僕はこのとき、少しだけ嬉しい気分になっていた。
「誰か、こいつ抑えろ。桜田が死んじまうぞ。」
「私、先生呼んでくる。」
 教室中がパニックになった。原田先生は呆然と立ち竦み、生徒は怯えていた。そんな中、イジメサークルの山木がノブの肩を掴んだ。ノブのぎらついた目が、山木に向けられる。
「邪魔すんな。」
 そう言い捨てたノブだったが、力の強い山木は怯まなかった。
「離せよ。お前も、ぶっ殺すぞ。」
 ノブの憎しみは、桜田だけじゃない。ここにいる誰もがわかっていることだった。
「離せ、離せ。お前に、俺の何がわかるんだ。俺は、ずっと・・・」
 ノブは、山木に押さえつけられた。ノブはもがいていたが、無駄な抵抗だった。ノブは叫びながら、腕を振り回した。叫びながら、泣いていた。地面に顔をつけて、叫びながら泣いていた。
「お前らに・・・なにがわかる・・・」
 やがて教師が駆けつけてきて、桜田は保健室に運ばれ、ノブは職員室に連行された。
 後で知った話だけど、覚醒剤の症状の一つで、急に暴れだすっていうのがあるらしい。

 職員室でも、ノブの態度は悪かった。教頭と学年主任の岡谷と原田先生が、ノブを囲うように立っていた。ノブは虚空を見つめたまま、早く時が流れるのを待っていた。はやくおわんねえかな・・・ノブの声が聞こえてくる。
「どうしたのよ、急に暴れだしたりして。」
 原田先生が、とぼけたように言う。お前と、お前の生徒のせいだ。ノブの心はそう言った。原田先生を睨みつけて、鼻で笑った。
「なにが可笑しい?。」
 岡谷は、語気を強めて言った。原田先生も、反省の色が見えないノブに、微かな怒りを覚えているようだった。原田先生の目付きが変わっている。
「ばっかみてえ・・・」
 その言葉に、三人は唖然とした。ノブは、三人を嘲笑するように笑った。三人の教師から、怒りの表情が顔を出す。岡谷の顔は特に、常軌を逸していた。
「ふざけんな!。キサマ、誰に口を聞いているんだ!。」
 岡谷が怒鳴った。いつものことだ。この教師は、臆病なくせに態度がでかい。力で、生徒たちを縛ってる。生徒を自分の言いなりにして、優越感に浸っているだけだ。だから、ノブのように自分に逆らってくる生徒は、目障りで仕方が無い。
「うっせえんだよ、どいつもこいつも。」
 ノブは、巍然とした態度を取り続ける。岡谷は、怒りで震えていた。原田先生は、めんどくさそうな顔をしている。こいつら、バカみたい。
「どうやら、指導が足りないようだな・・・」
 岡谷が含み笑いを漏らした。ノブの腕を掴んで、特別指導室へ連れて行った。岡谷は鍵を閉めて、ノブと向き合う。ノブは、態度を崩さなかった。岡谷を睨んだまま、バカにした様な笑みを漏らす。
「調子に乗るなよ、教師のことナメやがって。ちょっと成績がいいからって・・・調子に乗るなよ。」
「調子に乗ってんのは、先生の方じゃないですか?。」
「・・・なんだとお?」
 岡谷の声は震えていた。怒りだろうか、恐怖だろうか、判別は出来ない。
「力で俺たちを抑えつけて、そんなに楽しいですか?。生徒をいじめて。」
「いじめてる?。笑わせるな、これは教育だ。」
「決まり文句ですね。この国だってそうだ。教育委員会が学校をいじめて、学校が教師をいじめて、教師が生徒をいじめて、生徒が生徒をいじめて・・・そんなことして、何が楽しいんだよ。俺には、ちっとも分かんないよ。」
「教育とは、多少強引なところも必要だ。生徒の人間関係もね。そうしなきゃ、退屈だろう?。お前らも。誰かをいじめて楽しいだろう?。」
「ふざけんな・・・そんな人間、腐ってる。心が腐ってる。誰かをいじめないと楽しめない?笑わせんな。誰かをいじめないと退屈だ?冗談じゃねえよ。お前ら全員、腐ってる。」
「お前もな、俺に対する態度を改めたらどうだ・・・」
 岡谷がノブの腹を殴った。呻き声を上げながら、ノブは崩れ落ちた。ノブの腹を踏みつけて、岡谷は笑った。
「こうでもしないと、お前は分からないんだよな。いい加減にしろよ、俺をナメるのも。」
 岡谷が足に力を込める。ノブは、悲痛な叫び声を上げた。
「どこに行っても同じだ。ルールを守らないと、こういう罰があるんだよ。」
「・・・間違ってる・・・先生のやり方は、絶対間違ってる・・・こんなんで、人間は育たない。」
 ノブは、呻きながら言った。聞き取れないような声だったが、岡谷の耳には届いた。岡谷は無表情のまま、ノブへの暴力を進めていった。いつまでも、表情の無い顔で・・・

 ノブが暴れた翌日、教室では険悪な空気が流れていた。懲りもせずに、イジメサークルは、ノブへのイジメを続行していた。ノブも、拍子抜けしたように、それを耐えているばかりだった。
 そんな僕も、ノブの変化に頭を悩ませていた。なぜ急に、暴れたりしたんだろう。それが気になって仕方ない。もしかしたら、精神病だったりするのだろうか。心が壊れて、病気にでもなったのだろうか。そんなの、僕のせいだ。そうだったら、どうやって責任を取ればいいんだろうか。分かんない。
 最近、キリとノブが遊んでいるのをよく目にする。キリも幸せなのだろうか。二人一緒にいると、二人とも笑顔のような気がする。学校では決して見せない、明るい笑顔をしていた。
 昼休み、ボーっとしていると、ハヤトが声をかけてきた。いつものように、明るく屈託のない声だ。この声に、僕は幾度も救われた。
「ライ、元気ないじゃん。どうしたの?。」
「そっかな・・・」
 僕は、曖昧に返事をした。ハヤトは、そんな僕の気持ちを察してか、真剣な顔になった。
「どうせ、白石のことだろ。あんなにキレた白石、見たこと無かったな。」
「キレたノブか・・・あったかな、そんなこと。昔から、怒ったりしなかったからな。」
「ライは、キレたりすんの?。」
「俺?。どうだろ。」
「なんかさ、ライの場合は、爆発するまで溜め込みそうな感じだよね。爆発したら、誰にも止められない・・・みたいな?。」
 ハヤトは冗談っぽく言った。僕は、なんとなく真剣になって考えた。
「そうかな、自分のことは分かんないや。なんか、自分が自分じゃない感じがする。俺ってなんなんだろう、みたいな。」
「自分を見失った状態か。そんな深刻になんなくてもいいじゃん。みんな、自分のことなんか一つも分かってないって。」
「そうかな・・・」
「そうだよ。自分を知っているのは、結局、自分じゃなくて他人なんだよ。自分の良い所も悪いところも、全部知ってるだろ。だから俺は、自分のこと知ったような顔してる奴、大嫌いだよ。ただのバカだね、俺が思うに。」
「そっか、そうだよな。ありがとう、なんか元気出てきた。」
「そうこなくっちゃ。」
 ハヤトはにっこり笑って、ガッツポーズを決めた。僕もハヤトと同じように、ガッツポーズを決めてにっこり笑った。

 ハヤトに励まされた僕は、思い切った行動を取った。また、ノブの家に行くことにしたのだ。ノブや、ノブの母親と話したら、ノブが変な理由が分かるかもしれない。こんな、子供じみた考えをしていた。
 ノブの家に行くのに、大きな抵抗は無かった。少しの迷いはあったが、ハヤトの言葉どおり、僕がノブを知ってやりたかった。
 ドアをノックした。迎えたのは、やはりおばさんだった。おばさんの顔色は、前より良くなっている。
「ああ、ライくん。どうしたの?。」
「ちょっと、ノブと話したくって。ノブ、いますか?。」
「そうなの。信貴ったら、また引きこもっちゃったの。顔出すのは食事のときだけね、父親はそんな信貴にイライラしてるわ。ここのところ、私の居心地が悪くなってね。」
 おばさんは、自分のことを話しながら家に招いてくれた。きっと、相談する人がいないんだろう。僕なんかに、これだけ喋るんだもん。靴をキレイに脱いで、ノブの家へ入った。
「お邪魔します。」
 ノブに聞こえただろうか。僕が家に来たって知ると、どんなリアクションをするんだろう。帰れ、とか言うのかな。それとも、笑顔で部屋に招いてくれるのだろうか。どっちの対応にしても、僕を拒絶していることは間違いない。
「ノブは部屋にいるわよ。どうぞ、ゆっくりしてね。」
 おばさんは笑顔で言った。僕は、軽く頭を下げて、二階のノブの部屋へと足を伸ばした。階段を上がっていると、緊張が高ぶってきた。一歩、一歩、足を運ぶ度に、僕の心臓も鼓動を大きくする。ノブの部屋の前に来たときには、心臓が痛いぐらいドキドキしていた。恐る恐る手を伸ばし、ノックした。
「・・・俺だよ。ライだよ。」
 自分の名前を言うのに抵抗はあった。やはり、ノブを傷つけるだけなんじゃないだろうか。急に、後悔の思いが溢れてきて、僕の心を締め付けた。
 返事が無い。当然か、と思い溜め息を漏らした。返事が無くて、よかったかもしれない。返事があったらあったで、僕はキョドキョドしていただろう。そんな僕は、ノブに会う必要が無い。
「・・・入っていいよ。」
 まさかの返事だった。部屋から、ワンテンポ遅れて返事が返ってきた。僕は驚きながら
「えっ」と声を上げていた。まぬけな顔で。
「早く入れよ。」
 幻聴じゃないだろうか。自分に問いかけてみる。ドアノブに手を掛けて、ドアを開いた。中には、昔のようにベッドに座っているノブがいた。僕は、安堵と達成感に包まれて、その場で深呼吸をしていた。
「ありがとう、入れてくれて。」
「なんかな、家に来るんじゃないかと思ってたんだよ。俺のこと、ジロジロ見てたしさ。」
 ノブは、淡々と喋った。僕は、拍子抜けしたような顔をしていた。ノブは全部知っている。きっと、僕の気持ちも全部。
「そうだったんだ。」
「俺、やっぱり変だよな。いきなりキレて、暴れたりして、びっくりしただろ?」
「・・・正直ビビッた。」
「だよな。」
 ノブはクスリと笑った。何が可笑しかったのだろうか。僕には、全く分からなかった。ノブの気持ちや、考えていることが、全く分からなかった。そのとき、ノブを知りたいと思った。
「ノブは、我慢しすぎなんじゃないの?、俺は、キレたノブを見て嬉しかった。まだ、怒ったり暴れたりする元気があるんだって思って、少しホッとしたよ。」
「・・・自分でも分からないんだ。なんで、あの場で暴れたりしたのか、全く分からないんだ。あのとき、自分が自分じゃないようで、怖くて堪らなかった。」
「なあ、本当にどうしたんだ?。」
 ノブは、僕に顔を向けた。弱々しい視線で僕を見つめる。そして、少し微笑んだ。
「何もないよ。心配すんなって。」
 嘘だ。直感でそう思った。ノブは、絶対嘘を吐いてる。確信できる。
「嘘吐くなよ。教えろよ。」
 ノブは、黙り込んでしまった。僕のやり方が強引なのは分かってる。けど、このままじゃいけないような気がする。
「教えろよ。」
 僕は、もう一度、ノブに念を押した。ノブは目を伏せて、僕を見ないようにしていた。僕の視線から逃げるようだった。
「ノブ、一人で我慢するなよ。俺、なんも出来ないけど、話聞くぐらい出来るからさ。」
 僕は、必死にお願いした。ノブに、心を開いてほしかった。昔みたいに、何でも話してほしかった。
「俺、トイレ行ってくる。」
 ノブは、部屋から出て行ってしまった。パタンと音を立てて、ノブは部屋からいなくなった。
 このとき、僕はいけないことをした。体が勝手に、本当に勝手に、動き出したのだ。きっと、警告だったのかもしれない。ノブに対する、神様からの警告。
 僕の手は、ノブの机に伸びていき、引き出しを開いた。整理されてない机の中は、ガラクタのようなものがたくさんある。それを掘り出すと、小さな袋が顔を出した。不審に思い、その袋を引き出しから取り出した。動悸が激しく高鳴る。震える手で、袋を逆さにした。
 ズタっと音を立てて、なぞの物体が落ちた。薬のようなカプセルと、葉っぱが焦げたようなものと、小さなビニール袋と、ライター。ビニール袋には、小さなドクロマークがある。
 まさか。僕の頭の中で、最悪の事態が駆け巡った。麻薬・・・そんなわけない。絶対無い。この事実を拒まないと、頭が潰れそうだった。心が壊れそうだった。僕が、ノブをここまで追い詰めたのか。僕が、ノブを犯罪まで追いやったのか。
「うああああ!」
 僕は奇声を上げて、頭を押さえ込んだ。がたがた震える肩で、大きく息を吸い込んだ。俺のせいで、俺のせいで。自分を責めずにはいられなかった。肩が痙攣したように震えて、頭がずしんと痛かった。
「俺のせいで・・・ノブが、ノブが・・・俺のせいで・・・」
 僕はすでに、混乱していた。覚醒剤、麻薬。ノブの精神が、こんなものによって支えられ、こんなものによって壊される。全ての原因は、この僕だ。ぜんぶぜんぶ。
 ノブが、部屋に戻ってきた。震えて頭を押さえている僕と、散らばった覚醒剤を呆然と見つめていた。その目には、失望という現実だけが映っていた。
 もう、おしまいだ。僕は、震えながらそう思った。












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