第十四回 僕が殺した二人
サイレンの音が聞こえる。あの時と一緒だ、と思った。ノブが飛び降りた朝と一緒だ。風景も全く一緒だ。違うのは、血だらけになっているのがキリということだけ。キリの蒼白した顔が、僕を見つめる。僕を、しっかりと見つめる。
ウソだろ・・・キリまで?。そう思うと、全身が毛羽立った。僕の呼吸は、キリの分までするように過呼吸になる。地面に膝をつくのと同時に、パトカーと救急車が姿を現した。トラックの運転手もまた、蒼白な顔で突っ立ていた。救急車とパトカーを呼んだのは、通りすがりのオバサンだった。
周りは、すでに野次馬で囲まれていた。自分と同じ制服の奴もいる。見覚えのある顔・・・だった。僕が苦しんでいるのを見て、近づいてきた。
「ライ、何やってんだよ。しっかりしろって。おいっ、聞こえるか?。」
この声・・・ハヤトだ。顔を確認する前に、僕の意識は沈んでいった。ハヤトの腕にもたれるようにして、気絶し、倒れた。
薬のにおいがする。目を開けるのが億劫で、嗅覚に神経を集中させた。でも、我慢できずに、ゆっくりと目を開いた。目の情報が、一番の真実だから。
「・・・ここは?。」
ドラマのワンシーンのような声で言った。現実では想像もしなかったワンシーンに、今自分がいることが不思議だった。目がかすんで見える。
「おい、ライ。やっと起きたよ。」
これまた決まりゼリフだ。ベッドの横にいたのは、パイプ椅子に座った母と、落ち着かない様子を見せているハヤトだった。ハヤトの表情がおかしくて、か細く微笑んだ。
「笑うなよ。俺、マジで心配だったんだから。」
そういうハヤトの口調も、軽く弾んでいる。何が起きたんだっけ・・・と一瞬思ったけど、すぐに、キリが大道路を飛び込むシーンが頭を過ぎった。思い出すと、僕の呼吸は荒くなる。胸が、火に炙られたように熱くなる。
「おい、大丈夫かよ。また、ヘンなふうに考えんなよ。」
その口調は、鋭かった。僕は小さく頷いたけど、頭はあのシーンでいっぱいだ。
「もう、本当に、みんなに心配ばっかりかけて。」
さっきまで黙っていた母が、急に声を荒げた。僕は、またか、と思い口を固く閉じた。
「キリちゃんは手術してるわ。頭を打って、どうなるか分からないそうよ。一体、何があったの?。キリちゃんの両親も、みんな、本当に心配してるのよ。今度は、ごまかさないでちゃんと話しなさい。」
久しぶりに、母に叱られた気がする。僕はまだ、甘っちょろいガキなんだと痛感した。辛いことは言いたくない。自分に都合の悪いことは言いたくない。嫌なことは、嫌。
「キリは?。大丈夫なんだよね?。今、どこにいるの?。死んでないよね?。」
僕はもう、平常ではいられなかった。すがるように母に詰め寄り、母の答えを待っていた。
「落ち着きなさい。さっきも言ったでしょ、今は手術をしているの。死んではないわ。ただ、頭を強く打ってるから、どうなるかは分からないそうよ。」
「どうなるか分からないって、どうなるの?。死なないよね?。」
冷静に対応した母に、僕はまたもや平常ではない声を出していた。母は、もう何も言わなかった。黙ってパイプ椅子から立ち上がり、病室の白いカーテンを開いた。
「キリが死んだら、俺、どうすりゃいいんだよ。二人とも・・・俺が・・・」
そっと呟いた瞬間、全身が毛羽立った。頭の中で、殺人という言葉が浮かんでは消える。二人とも、僕が殺した?。冗談じゃない。
「ああああ!。なんでだよ。なんで、なんで、俺の周りだけこんなことが起きるんだよ!。俺がなんかしたのかよ。ノブもキリも、俺が殺したんだ。二人とも、俺が殺したんだよ。」
「ライ、やめろ。なんで、そんなこと言うんだよ。お前が殺したわけねえだろ。」
ベッドの上で泣き暴れる僕を、ライは必死に押さえつけた。母の表情は、愕然と、血の気が引いた顔をしている。僕の「俺が殺したんだ」という言葉が、病室の空気を凍りつかせた。きっと、僕の心も壊れていたのだ。
落ち着かない心を、ぎこちの無い演技で落ち着かせていた。もう、夕方の五時だった。雨は降り続け、オレンジ色の夕日を鈍色に染めた。
日の当たらない病室に、僕とハヤトは二人きりだった。母はさっき、タクシーを捜しに行った。僕は無傷で、気絶したのも、ショックが原因だった。だから、体には何の異常も無い。今から退院するというわけだ。たった数時間しか入院してなかったんだけど。
「・・・ライ。」
長い沈黙の末、ハヤトが呟くように言った。ハヤトの言いたい事は、すっごく分かる。嫌って言うほど分かる。だから、何も言わないでほしかった。
「さっきみたいなこと、二度と言うなよ。確かに、今日の事故と白石が死んだのは、ライにしちゃショックだったかもしれないけど、でも、あんなこと絶対言うなよ。俺が殺したとか、簡単に言うなよ。全部は、イジメのせいだろ?。イジメがあったから、こんなことになったんだよ。」
「・・・俺のせいなんだよ。俺がノブを裏切ったから・・・俺がキリに余計なこと言うから、キリまで死んじゃうんだよ!。復讐とかバカなことするから、こんなことなったんだよ。」
「やめろって。ライは悪くないんだよ。自分を責めてどうするんだよ。」
そうだ。自分を責めてどうなるのか、僕には全く分からない。ただ、自分を責めずにはいられなかった。意識の奥で、もう一人の僕が、本当の僕を責めていた。悪くないと叫ぶ僕の口を、強引に押さえつけるように。
「お前がチクったら、共犯の俺まで迷惑なんだよ。」
ハヤトは、細かに笑いながら言った。作り笑いというのがバレバレの、下手くそな作り笑いだ。その下手くそ加減が、妙に心地いい。
「・・・分かった。」
僕は、曖昧に頷くと、ベッドから立ち上がった。タクシーが来たようだった。白い扉を開いて、ハヤトと一緒に病室を出た。
次の日も、その次の日も、また次の日も、週が明けても、僕の生活は何一つ変わらなかった。
キリの容態は、僕にしたら最悪だった。頭部を強打したショックで、昏睡状態に陥っている。いわゆる、植物人間の状態だ。キリの両親は、僕じゃなくてトラックの運転手を責めた。ノブの両親だってそうだ。僕じゃない、大人を責める。それが、辛くて苦しくてたまらない。僕に掴みかかったり、僕に向かって塩を撒いてくれたりするほうが、どれだけ楽か分からない。
学校の異変といえば、原田先生と岡谷が消えたということだ。今は自宅謹慎らしい。ノブのおばさんが葬式中に叫んだことが、マスコミを騒ぎ立てた。学校では体罰があった、教師もイジメに加わっていた、と核心を突かれることばかり記事にされたのだ。でも、所詮は証拠も何も無い。ただ、僕が告白した事を、おばさんが叫んだだけだ。証拠があるのあるのか? と言われると、何も言えない。とにかく、今は騒動が治まるまでの謹慎なのだ。だから、いずれは帰ってくる。世間がノブを忘れた頃に、奴らはこの学校に帰ってくる。
そう思うと、二人を恨まずにはいられなかった、怒りを通り越して、もう恨むしかない。呪うしかない。結局、何も出来なかった自分にも、恨むしか、呪うことしか出来ない。こんなバカで滑稽なこと、あるだろうか。
その日、僕はノブの家に出向いた。ハヤトも一緒に連れて、おばさんに会うことにしたのだ。ハヤトは、きっと許してくれるから、と言っていた。僕には、許してくれないほうが楽。
「しょげた顔すんなって。俺もさ、一緒に土下座する覚悟だから。」
そんなんじゃない。僕はもう、おばさんに全てを打ち明かした。そのときの僕は、頭を下げたとしても、絶対に土下座なんてしなかった。けど今は、そんなこと関係なく、土下座をしなきゃいけない。僕は全て打ち明かした、だからもう関係ない・・・ということは、あってはならないことなのだ。僕はもう一度、おばさんに謝まらなきゃならないのだ。
うつむいて歩いていると、もうノブの家の前だった。辛気臭い僕の顔が、ノブの家の駐車場に止まっているワゴン車のガラスに、くっきりと浮かび上がる。まるで、もう一人の僕が、ここにいる僕を見つめているようだった。
ハヤトの行動は早い。ハヤトの手は、まるで意識しないようにインターフォンを押していた。あいつには、緊張や気遣い、戸惑いとか後ろめたさが全く無いのだ。つくづく、羨ましいと思う。
そんな僕を見て、ハヤトは言った。
「怖がらなくていんじゃない?。俺は、親もちょっとは悪いところあったと思うよ。潔白だって言い切れる親なんて、いるわけないもん。」
独り言のようだったけど、絶対僕に言っていた。ハヤトの鋭い助言のおかげで、僕の気持ちは一歩前進した。
僕の決意と同時に、おばさんが姿を現した。おばさんは挙動不審に、僕たちに向けて手招きをした。僕たちも急かされるがままに、ノブの家へと入っていった。
「お邪魔します。」
物音一つしない家から、僕とハヤトの声だけが響き渡る。
外にいるときは気づかなかったが、おばさんが挙動不審だった理由は、外にいるマスコミだった。家の窓から見ると、マスコミの姿がくっきり見える。外にいたときは、全然気づかなかったのに。
客間へと促されて、僕たちはついて行くだけだった。和室である客間は、僕とハヤト、おばさんの三人には広すぎる空間だった。お茶の用意をするおばさんの動作が、かちゃかちゃ、かちゃかちゃと不気味に鳴り響く。沈黙に耐え切れなくなった僕は、干からびた声で言っていた。
「おばさん、マスコミ、なんでいるんですか?。」
今は、どうでもいい事だった。ただ、この沈黙から抜け出したかった。この重たい沈黙が続くと、僕は発狂しそうになる。
「さあね。飽きもせずにいい大人が、なにやってるんだろうね。」
そう笑ったおばさんの顔が、とっても悲しく見えた。見てるこっちが顔をしかめてしまうような、見るのに耐える笑顔だった。
早く謝らないと・・・
「お、おばさん・・・俺たち・・・」
早く謝らないと・・・
「・・・ノブの・・・ことで・・・」
早く・・・
いつの間にか、僕は泣いていた。早く謝らないと、と焦って、訳も分からないうちに泣いていた。崩れながら、喚くように、喘ぐように泣いていた。ハヤトが肩を揺すったが、全然効果なし。場違いな僕が、きっと場を白けさしているに違いない。
「言わなくていいのよ。もう分かってるから。もう、十分だから。」
そう言ったおばさんも、涙ぐんでいる。ハヤトは、僕とおばさんを見て、悲痛な表情を浮かべていた。
「私ね、ずっと周りの人のせいにしていたの。」
おばさんは、目に溜まった涙を拭って、無理に笑ってみせた。客間にある家族写真に、おばさんの視線は向かっていた。大きく笑っているノブが、今にも動きそうだ。
「いじめていた子供たちは悪いと思ってないの?。その子たちの親はどんな教育をしているの?。いじめていた教師ってなんで?。なんでノブをいじめたの?。ライくんたちは、なんでとめてくれなかったの?・・・毎日思うことは、こんなことばかり。でもね、私にも悪いところがあったのよ。」
おばさんは、空っぽな視線で僕を見つめた。きっと、僕の視線も、おばさんと一緒で空っぽに違いない。
「親である、家族である私たちが、もっとしっかりノブを支えていたら、最悪の事態は避けられたはずよ。それなのに私は、ノブがいじめられていたなんて夢にも思わないで、覚醒剤に手を染めたノブを家から追い出した。母親なら、なんで覚醒剤をやったかって、一番に聞くはずなのに、私は泣いてるばかりだった。きっと、ノブは私のことにも失望していたんでしょうね。」
何も言えなかった。そうだ、おばさんの言ってることは正しいと思う。けど、紛れもなく悪いのは、僕だ。黙って見ているということが、すっごく卑怯で残酷なことだって、今になって分かった。イジメがどれだけ寂しく、人を孤独にさせるのか今になって分かった。親友に裏切られるって、死にたくなるほど辛いことだって、ようやく分かった。
だから、僕は泣いている場合じゃなかったのだ。このままでいいはず無い。時が流れるにつれて、ノブのことは忘れられる。ノブが生きていた証が、どこにも無くなる。そんなの、僕は嫌だ。ノブは確かに、苦しみながら生きていた。それすら消えるのは、惨すぎる。
「・・・ごめんなさい。俺のしたことは・・・親友として許されることじゃありません。」
僕は、無意識のうちに土下座の姿勢をとっていた。慌てるおばさんを見上げることもせずに、畳の網目だけが僕の視界をちかちかさせる。
「やめて、ライくん。そんなことしても何もならないのよ。」
冷静・・・というか呆れ返ったような声だった。それもそのはずだ。十四歳の僕が、どうすれば責任を取れるだろうか。何も出来ない。だから、土下座するしかない。謝るしかない。何度も何度も、謝るしかない。だからおばさんは、僕の行動が気に入らなかったのだ。謝ることしかできない・・・腹が立って当然だ。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
何かに取り付かれたように、僕はこの言葉を繰り返した。許されないと知っていながら、ずっとこの言葉を繰り返した。虚しく響く僕の声は、今にも消えそうなくらい萎んでいく。
ごめんなさい・・・言う度に、この言葉の罪深さを知った。
一週間経った。もうすぐで冬休みだ。
昨日、僕はショックで学校を休んだ。キリは、あの後も眠ったままで、昏睡状態が続いている。頭の衝撃が強くて、目を覚ます可能性は、ほとんどゼロだそうだ。そのショックが一つ目だ。
二つ目のショック。冬休みが終われば、原田先生と岡谷が帰ってくるというのだ。連絡網で回ってきた。あれだけのことをしておいて、まだ、しゃあしゃあと教師の立場でいられる。理不尽とはこういうことだと思う。
いやいや学校に行って、教室の中に入った。空には、大きな雲が無数にあり、天気予報では雪が降るかもしれないそうだ。確かに、今日は寒かった。悪寒に近い、気味の悪い寒さだ。
休み時間。僕とハヤトは屋上にいた。空には、更に大きな雲が横切っていた。いつもは若干立っている髪の毛も、湿り気の多い今日ではぺたんこになっている。
「今日さ、俺の髪の毛、全然イケてねえよな。」
前の席を勝手に座りながら言う。ハヤトは、案外空気の読める奴で、僕が沈んでるときはバカを言って笑わしてくれる。そういう気遣いも、僕にしては戸惑いの一つだ。
「それにさ、最悪だよな、大人って。子供がいじめてたらギャーギャー言うくせに、自分たちがいじめたら知らん振りすんだからさ、どうしようもねえよな。原田も岡谷も、三学期から帰ってくるし、意味わかんないよな。普通はクビっつうか、刑務所に入ってもいいんじゃねえかな、あいつら。」
僕もそう思う。あれは、立派な暴行。檻にでも入って、一生出てこないほうがいい。あいつらは、人間じゃない。
「島田ってさ、なんでトラックに轢かれたの?。いつもは冷静で、事故に遭うなんて考えられないんだけどな。復讐っつっても、イマイチ分かんないんだよな。」
このフリは避けて通したかった。今更、言う必要もないと思うけど、ハヤトには言っておいたほうがいいと思う。
「キリが、桜田たちに言ったんだ。お前らがノブを殺したんだって。そしたら、あいつらはキリに、お前も結局はノブを殺した一人なんだ、とか言い出したんだ。」
「ひでえな。」
「キリは、泣きながら道路に飛び出して・・・自分から・・・トラックに。」
過呼吸になる。胸が詰まったように、吐き出すことも吸い込むことも出来ない。
僕が殺したんだ・・・。
内なる僕の声が、僕を責め立てる。
「ごめん。聞くんじゃなかったよ。辛いこと、思い出したよな。」
「・・・なあ、ハヤト。俺が、二人とも、殺したのかな?。」
「なんだよ、急に。」
「分からないんだ。俺が殺したのかな?。」
「そんなことないって。ライは、考えすぎなんだよ。殺したとか、ある訳ないじゃん。」
僕は黙ったままだった。内なる声が、僕の心を抉る。
「違うんだよ。俺が言ってるんだ。俺自身が、二人を殺したって言ってるんだ。怖いんだよ。俺が二人いるみたいで、怖くて仕方ないんだ。」
「島田は、まだ生きてるんだよ。白石だって、ライのこと憎いなんて思ってない。」
「あのとき、線香持っちゃったんだよ。ノブの目の前で、線香持っちゃったんだよ!。何でか分からないけど、覚醒剤のこともみんなにバレてたし、意味分かんないよ。誤解したまま、俺のこと裏切り者で最低な奴だって思いながら、ノブは死んだんだよ。自殺まで追い詰めちゃったの、誤解でも俺なんだよ。」
僕のすがる様な声が、屋上の鉄筋の壁に跳ね返る。僕は、自分を責めることしか出来なかった。自分をめちゃめちゃにして、自分を最低と思うことしか出来なかった。それが、せめてもの償いだと、勘違いもしていた。
また空回りしていた僕は、自分のことしか話していなかった。自分の辛いことをハヤトに言って、自分勝手だった。
「暗い話ばっかだけどさ、今考えたらちょっと笑えるんだよね。」
「何が?。」
泣きそうな声で尋ねる僕を見て、ハヤトはニッと笑った。何がおもしろいのだろう。何が笑えるのだろう。今の僕にも、笑えることがあるのだろうか。
「桜田の話だよ。俺さ、桜田と同じ小学校だったんだ。今はいじめっ子で、いい気になってるけど、昔のあいつを知ってる奴から見れば、すっげえ笑えるよ。」
ハヤトの顔が、不気味に笑った。見下すような、バカにした笑いだ。
「あいつ、小四のときにすっげえイジメを受けてたんだよ。」
ハヤトの言葉が、僕の胸を刺激した。桜田が、いじめられてた。確かに、面白い。僕の胸も、不思議なリズムで高鳴った。
「そうなんだ。」
口からぽろっと出た言葉だった。いろいろな意味で、この言葉は桜田を罵倒していた。何が面白いんだ。面白がった時点で、僕もあいつらと一緒になる。そんな理屈も、今の僕には皆無で、桜田を罵倒する喜びが勝利した。この事実が、面白くて仕方なかった。
僕は最低だ。今はそんなことも忘れて、桜田をバカにしていた。そんな自分は、桜田より最低かもしれない。そんなことにも、気づかないでいた。
「メガネでがり勉で、すげえキモかったんだよ、あいつ。男子からだけじゃなくて、女子からも散々いじめられてた。あいつも悪いと思うよ、俺から見ても。ケンカ弱いくせにケンカ売って、ボコボコにされたら親や教師にチクって、守ってももらおうとして、自分は被害者になろうとする。卑怯でサイテーな奴だって、思ってたんだよ。そしたら、そのうち誰からも相手にされなくなった。桜田が白石にやってたイジメも、桜田本人がやられたイジメだったんだよ。葬式ごっことか、人間ダーツとか、男子トイレでボコボコにするとか、全部。あいつも、被害者なのかもな・・・」
笑える話が、ハヤトの言葉によって惨い話へと変わった。傷を負ったものが、なんで他人に傷を負わすのだろうか。桜田も、イジメがどれだけ孤独で、辛いことかなんて分かってたはずなのに、なんで・・・。
人を傷つけるのに意味もなければ、傷をつけられるのにも。意味なんて無いのかもしれない。僕はただ、そんな連鎖を虚しく思う。痛みが分かるんなら、痛みを分かち合えばいい。なのになぜ、傷を抉ろうとするのだろうか。バカらしくて、笑える。バカ同士、傷つけ合ってるだけなんだろう。人間は、救いようの無いバカだ。
「そうだよな・・・みんな、バカだよな。」
そう呟いて、僕は低く笑った。久しぶりに笑った、ような気がする。
家に帰って、僕を待っていたのはキリの母親だった。母とキリの母親が暗い空気の中、リビングで何かを話していた。
「ライ、ちょっと来なさい。」
僕を見つけるなり、母は言った。キリの母親も、僕を見つめる。その視線に、僕は金縛りにあったように固まってしまった。
「ライくん、久しぶりね。」
キリの母親は、以外にも優しく、僕に微笑みかけてくれた。僕も、ガチガチの姿勢で頭を下げた。
「こんにちは。」
僕はソファに座り、母とキリの母親と向き合った。机にはウーロン茶が置いてあり、おかきや大福もあった。キリの母親が来ると知って、母が慌てて用意したのだろう。
「ライ、キリちゃんが事故に遭ったときのこと、キリちゃんのお母さんに説明しなさい。あんたが一番、近くにいたんでしょ?。」
僕は、俯き加減に、首を縦に動かした。ヤバイ、泣きそうだ。
僕は、半泣きの顔を見られたくなくて、顔をずっと下に向けたまま、あの日の事を細かに説明した。キリがノブの事を好きだったこと。ノブが自殺して、イジメサークルの奴らに殺意を抱いていて、鉄パイプで殴りかかったこと。その復讐をそそのかしたのが、僕であること。桜田に「お前も白石を殺した共犯者だ。」と言われて、僕が「そうだ。俺たちが殺したんだよ。」と言ったこと。そのことがショックで、キリが道路に飛び出したこと。全部、本当の事を言った。僕が殺したと言われても、仕方の無い事実だった。
全部言った後、母はすすり泣いていた。僕が犯した、罪の大きさに泣いていたのかもしれない。
母には相当のショックだったのかもしれない。キリの母親がいるのにもかかわらず、リビングを後にして、自分の部屋に潜り込んだ。
リビングでは、沈黙の中、僕とキリの母親の二人きりだった。キリの母親の表情を見るのが恐ろしくて、僕は下を向いていた。僕は確かに、怖い視線を感じていた。
「・・・そんなことが起きていたのね・・・」
「・・・はい。」
はい、としか言えない。僕には、他の言葉を言う資格が無い。
「どういうつもりなのよ、あなたは!。」
キリの母親が叫んだ。きっと泣いているだろう。でも僕は、その表情を見ることが出来なかった。ずっと、下を向いていた。
「私の顔を見て話しなさい!。あなたは、どういうことをしたのか分かってるの?。キリに、自分たちは信貴くんを殺した共犯者って言ったんでしょ。そんなこと言って、キリがどう思うか分かるはずよ。それなのに、どうしてそんな酷い事を言ったのよ!。」
キリの母親は、僕の目の前までやって来た。化粧がボロボロに崩れて、涙の跡がくっきり浮かび上がっている。
「親友だったんでしょ、あなたたち。なのに、なんでよ・・・」
キリの母親は、何度も僕の胸を叩いた。肩を揺さぶって、空っぽになった僕を、叱りつけていた。
「キリを返してよ!。あなたのせいで、キリは今、動かなくなってるの。ピクリとも動かないの。笑ってもくれないの。怒ってもくれないの。泣いてもくれないのよ。あなたは、どうやって責任取ってくれるのよ!。」
キリの母親は、大きな声で泣いた。
やっぱり、僕が殺したんだ・・・。
ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい。
僕の目から、こらえていた涙がどっと溢れた。狂乱なキリの母親に肩を掴まれながら、泣いていた。ごめんなさい。今、やっと責められるという事を知った。僕は、許されない事をしたんだ。許されては、いけないのだ。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんんさい・・・」
「謝っても、キリは目覚めないのよ。」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
僕の声は、もはや何を言っているのか分からない。何度も、謝っていた。何度も、ごめんなさいと言っていた。何度も、許してほしいと思っていた。許されないと分かっていて、許してほしいと思っていた。
「・・・許してください・・・お願い・・・します・・・」
僕はもう、それ以上何も言えなかった。身勝手な事を言って、そのまま、ずっと泣いていた。許してください。そう思った自分に、唾をかけてやりたい。でも、僕は、本当に許してほしかった。嘘じゃない。ただ一言、もういいのよ、と言ってほしかった。
責められたほうが楽だと思っていた自分が、嘘みたいだった。責められるということは、二度と許してくれないということだ。
許してほしかった。僕は一生、キリの母親から憎まれて、生きていくのだと思った。二度と、笑ってはくれないだろう。二度と、僕も笑えないだろう。
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