教室の窓(13/18)PDFで表示縦書き表示RDF


教室の窓
作:オネイロス



第十三回 鉄パイプの制裁


 重たい。まぶたが眼球とくっついているみたいだ。足元に激痛が走る。熱くて、痛い。
 ここはどこだ?。視野を広げて、部屋の隅々を確認する。おそらく、交番だった。事態が八十パーセントは理解できた。視野を更に広げると、交番という空間に恐怖を持つようになった。白い壁、事務机、全てが怖く見えた。
「うわあ!。」
 叫び声を上げて、ベッドから勢いよく起き上がった。ギシっと、ベッドの軋む音がした。
 事務机の前に、一人の男がいる。交番だから・・・と理解した。警官は僕が起き上がったのを見ると、安心したような笑みを漏らした。椅子をコロコロと動かしながら、僕の目の前に来た。
「やっと目を覚ましたね。」
 警戒している僕を見て、クスッと笑う。とにかく、このときは平静ではいられなかった。
「いやあ、びっくりしたよ。パトロール中にね、君が倒れているのを見つけたんだ。靴も履いてないし、何でこんなところで倒れてるんだろうって、本当にびっくりしたよ。」
 僕は恥ずかしくなって、顔を伏せた。おそらく、今からいろんなことを聞かれるに違いない。こんな時間帯だし、家出をしたとか思われるのだろうか・・・めちゃくちゃカッコ悪い。
「どうしたんだ?。あんなところで、しかも裸足で。」
「何もありません。」
 素っ気なく返したけど、この警官は案外しつこかった。僕が顔を背けると、回り込んで僕の顔を見ようとする。おせっかいなおじさんだ。
「おもしろいこと言うね。なんだ、それじゃあ理由もなく裸足でウロウロしてたのか。おもしろいね。」
 わざとだろう、ハハハハと笑った。わざとだと分かるから、めちゃくちゃムカつく。僕をムキにさせて、本当のことを話させようとしているのだろう。ありきたり過ぎる罠に、怒りさえ感じた。子供をナメているとしか思えない。このときの僕は、妙にイライラしていた。自分では、何も分からなかったけど。
「平谷来っていうんだね、君の名前。」
「なんで知ってんの?。俺の名前、なんで知ってんの?」
「生徒手帳、ポケットに入ってたよ。未来中学校の生徒なんだね。」
 勝手に取りやがって・・・と思ってしまう。
「未来中学校っていえば、さっきテレビに出てたな。」
 警官は、呟くように言った。
「そうなんですか?。俺、全然知らなかった。」
「ああ、自殺した生徒の記者会見をやってたよ。なんでも、ノイローゼだったんだってな。中学生なのに、ノイローゼってなるんだな。」
 警官は、軽く笑った。なにがおもしろい・・・でも、ウチの学校はウソの記者会見をやったということだ。大声で叫びたい。こいつらが言ってることは全部ウソだって、叫び散らしたい。
 記者会見のときの、校長と教頭の顔が脳裏を過ぎる。きっと、心配そうに作った顔をしているはずだ。そんな光景を思い浮かべると、二人に殺意さえ芽生えてくる。ハゲ散らかった頭をカチ割ってやりたい。
「そろそろ、ちゃんと話してくれないか?。報告書とかいろいろ書かなきゃいけないんだよね。」
 苛立ちを押さえている声。僕には分かる。さっきまでの僕の声も、こんなかんじだった。
「・・・いろいろ、学校で嫌なことがあったんです。家にいても落ち着かなくて、気づけば道路の上にいました。」
 適当でいいよな、と自分を丸め込む。肝心なことを何も言っていない僕は、視線をあちこちにぶつけた。
「嫌なことって、気づけば道路の上にいるくらい嫌なことだったの?。」
「そうです。本当に、思い出したくも無いことなんです。」
 コレは本当だ。でも、本当に本当のことは言っていない。それは、この警官だけじゃなくてみんなに対してもそうだ。警官は、黙々とペンを動かしている。
「そっか、分かりました。」
 ペンを机に置いて、こっちに向き直った。僕は、その視線に耐えれなくなって、顔をゆっくり背けた。
「家に連絡をしてほしいんだよね。君の生徒手帳、なんにも書いてないんだもん。」
 生徒手帳を僕に向けて投げた。とっさのことだったけど、僕はそれをキャッチした。
「一応、これは補導ってことになるからね。」
「分かりました。」
 僕は、ポケットの中の携帯電話まさぐった。あれ? ない。携帯電話が無い。
「あの、携帯電話知りませんか?。ポケットの中に入れてたんですけど。」
「知らないよ。気づけば道路にいたんだったら、携帯電話なんて持ってないでしょ。」
 そっか。そうだ、携帯電話なんて、持ってるはずがない。こんな簡単なこと、なんで分からないんだろう。
「はい、電話ならあそこにあるから。」
 警官が指差したほうを目で追うと、黒い電話があった。ベッドから立ち上がって、電話のほうへ向かい、家に電話した。

 母が来るのは、とても早かった。この交番は案外、家から近かったのだ。車で迎えに来たけど、五分もしないうちに家に着くほど。車内では、母からの取調べを受けた。あの警官よりも、核心を何度も突かれた。僕が飛び出した理由がノブの死であることは、僕が姿を消したときから分かっていたそうだ。そんなの、ウソの吐きようもない。
 家に着いて、車の扉を開けながら母は言った。
「明日、信貴の葬儀があるのよね。」
 知ってるくせに、僕の返答を促す。知ってるなら、聞く必要なんて無いのに。
「うん。明日、学校のみんなで行く。」
「辛くないの?。」
 母があまりにもサラッと言うから、僕の返答はワンテンポ遅れた。僕は車体から脱け出して言った。
「辛いに決まってんじゃん。でもさ、行かなきゃダメでしょ。」
「別に無理して行かなくてもいいのよ。葬式ぐらい、やってもやらなくても一緒なんだから。」
 なんてこと言うんだ、と思いながら、家の中へと入る。後ろには母がついて、家の中へ入る。
「そんなこと言ったら、だれも母さんの葬式やってくれないよ。」
「だって死んだ後なんだから、ぐちゃぐちゃにされようと何されようといいと思うけど。痛くもないし。土葬っていう方法が法律違反っていうのも、おかしな話よね。」
「まったく、なんてこと言うんだよ。結局、母さんの言ってることって他人事だよね。」
 僕は、少しムッとしながら言った。母の無神経な言動には、怒りを通り越して呆れてしまうものだ。
「まあ、辛くても行きたいっていうなら、行けばいいけどね。」
 僕のケンカを売るような言葉にも、なんの動揺も見せない。そんな母の態度が、癪に障る。僕の精神状態が、イライラとしてくる。
「母さんはさ、ノブのことなんとも思ってないの?。さっきから、無神経なことばっか言って。」
 語気を強めて、俺は怒ってるんだぞとメッセージを送った。
「私は思ってること言ってるだけよ。そうだ。私も、明日の葬儀に行くからね。」
「無神経なこと、おばさんの前で絶対言うなよ。」
「分かってるわよ。子供に心配されるほど、私は能無しじゃないのよ。」
 それは分かってる。けど、ノブのことを思うと心配でたまらない。おばさんやノブのことを思うと、どんなことも心配になる。
 明日の葬儀、何かが起きそうな気がする。嫌な予感が、胸の中で嵐に変わった。

 翌日、目が覚めるのも早く、肌寒い朝だった。母がクローゼットを引っ掻き回す音で目が覚めた。僕の部屋にまで聞こえる騒音で、気持ちの良い気分にはならなかった。
「うるさいよ、何やってんの?。」
 目をこすりながらリビングに入った。朝食も作られていない。母の騒音に気づいたのか、父もリビングにやってくる。
「うるさいなあ、朝っぱらから。」
 母は返答もよこさずにクローゼットをかじりつく。
「父さん、帰ってたんだ。十二月まで出張じゃなかったの?。」
「早くに終わったんだよ。それより大丈夫か、お前。いろんなことがあったみたいだけど。」
 母と違って、父は気を遣った発言をする。けどそれも、妙によそよそしい。
「大丈夫だよ。もう、大丈夫だから。」
 そう言った僕の唇は、ぴくぴくと震えていた。僕は大丈夫なんだろうか。自分でも分からない。きっと、こんな状態を「大丈夫じゃない」って人は言うんだろうけど。
「母さん、何探してるの?。俺も手伝おうか?。」
 ガラにもなくこんなことを言った。
「いいわよ、あんたが引っ掻き回したらぐちゃぐちゃになるじゃない。それより、早く用意しなさいよ。」
 母の憎まれ口は天下一品だと思う。僕にこんなことを言った母も、クローゼット周辺をぐちゃぐちゃにしていた。
 学校に行く用意をしようと、僕は自分の部屋に引き戻った。昨日から・・・ノブの死を聞かされてから、時間の流れが遅く感じる。考える気力も失せて、脳ミソが空っぽになったみたいだ。ときどき、目の前が真っ白になる。おかしくなったのかな、僕。
 母の探しているものは喪服だった。一緒に探さなくて良かったと思った。

 学校に行って、衝撃を受けた。マスコミの、大群とも言えるほどの数だ。校門に近づく生徒に、口々と質問をぶつけている。嫌がる生徒や、面白がってカメラに映ろうとする生徒や、いかにも悲しい素振りでインタビューを受けている生徒がいる。知りもしないことを適当に言って「俺、インタビュー受けちゃった」と友達に言いふらす奴もいた。バカだ。インタビューする奴も、マスコミも、呆れるくらいのバカ。
 イライラしながら校門をくぐろうとしたとき、見たことのあるマークの取材陣が、僕を取り囲んだ。
 うるさい声で、僕に質問をぶつける。「自殺した子って、どんな子だったの?」「イジメとかあったのかなあ?」「その子と仲良かった?」「よかったら教えてくれる?」
 母の無神経さといい勝負だ。よくもこう図々しくできるものだ。とても、一人の大人とは思えない。殺人事件を面白がってる中学生と何も変わらない。
 吐き気がするくらいうっとうしかったから、無視して校舎の中へ走った。取材陣は、再び校門にいる生徒のもとへ走っていった。
 なんで、校長はマスコミの侵入を許したのだろうか。イジメなんて無かった・・・という潔白証明のためだろうか。こんなことしても、何の意味も無い。こんなことしてまで、イジメの事実を隠そうとする学校にムカついた。ムカついたってもんじゃない。憎悪や殺意が生まれた。

 葬式中も、マスコミの影がちらほら見えた。ずっと泣いているおばさんにカメラを向けたり、ノブの遺影をアップで撮ったりする。
 不思議と、悲しいという気持ちは無かった。もしかしたら、悲しいという感覚すら消え失せてしまったのかもしれない。ずっと泣いているおばさんが、羨ましくもあった。僕も泣けたら、どれだけ楽だろうか。泣くことすら、できなかった。
 キリは、どこにもいなかった。葬式にすら顔を見せない。ショックの度合いが、比べ物にはならないのだろうか。僕よりも、キリのほうが悲しんでいるんだろうか。
 お経を読む声が妙に耳障りで、うっとうしかった。それに加えて、おばさんのすすり泣く声が、僕の心をざわつかせる。
 お経が終わると、全校生徒を代表しての「別れの言葉」が朗読された。内容は大したことなかったけど、イジメが原因と知っている僕には、その言葉ひとつひとつが嘘だと分かる。
 そう思っていたとき、ヒステリックな叫び声が聞こえた。おばさんだった。
 着物の喪服を振り乱して、頭をかきむしりながら立ち上がる。昨日のキリのように。「別れの言葉」が途切れた。生徒や、葬式に来ている人たちの目が、一瞬にしておばさんに注がれる。おばさんの顔は、昨日のキリを反映させたほどそっくりだった。
「なにが別れの言葉ですか。私は知っているんですよ。」
 おばさんは、出席している未来中学の教員に詰め寄った。ゆっくりと、一歩ずつ・・・。
「マスコミの皆さん、よーくお聞きください。」
 おばさんは狂ったように笑い出す。おじさんや博也さんが、そんなおばさんを止めに入る。しかし、今のおばさんに、何をしてもムダだった。マスコミのカメラが、おばさんを一色に映す。
「私の息子は、この学校に殺されました。未来中学校という学校に殺されました。」
 一瞬にして、この場の空気が凍りつく。蒼ざめていく教師たちの顔が、ライトに照らされて青白く光る。また、一歩ずつ、おばさんは歩み寄る。
「学校でイジメがありました。うちの息子は、酷いイジメに遭っていました。そのイジメに、二人の教師が加わっていたなんて、衝撃的でしたね、びっくりしましたよ。」
 また笑う。アハハハハと、不気味に響き渡る。身震いがしたけど、不思議と止めに入ろうとは思わなかった。おじさんと博也さんが必死になっているけど、おばさんの暴走は止まらない。奥のほうにいる母も、呆然とこっちを見ているだけだった。
「トンだ学校ですよね。教師までイジメに加わっていたなんて。私は耳を疑いました。人間のすることとは思えませんでした。何が気に食わなかったんですか?。うちの息子の、どこが気に食わなかったんですか?。ねえ、教えてくださいよ、ほら。」
 おばさんは体育教師の岡谷に歩み寄る。岡谷も、怯えたように後ずさる。恐怖で、顔が真っ白だった。
 次に、おばさんは原田先生に歩み寄る。畳を擦る音が耳の奥ではじけた。
「あなたもですよね。あなたは私の息子のどこが嫌だったんですか?。教えてくださいよ。あなたたちのせいで、信貴は死んだんですよ。私の信貴が死んだんですよ。あなたたちが殺したのよ。よくも平気な顔をしてられますよね。」
 おばさんは、原田先生に掴みかかった。止めに入る人を押しのけて、原田先生に掴みかかった。ざわつく声とおばさんの奇声で、式場内はパニックに陥る。
「この、人殺し!。あんたたち全員、人殺しよ!。私の息子を殺した、人殺しよ!。」
 おばさんは膝から崩れ落ちた。そのまま、おじさんと博也さんに支えられたまま、引きずられるように別室に連れて行かれた。
「この人殺し共!。警察に捕まって、学校なんか潰れればいいんだわ!。潰れちゃえ!。」
 おばさんの高笑いと泣き声が、廊下から響き渡る。その先ずっと、おばさんの奇声しか聞こえなかった。ずっと、ずっと。
 おばさんも壊れた。もう、元に戻らないくらいに。
「潰れろ!。潰れろ潰れろ潰れろ!。」
 おばさんの声が、耳の奥で爆音になった。

 混乱した葬式の後、テレビのニュース番組はこの話題で持ちきりだった。『某公立中学校に潜むイジメの影! 教師二人に疑惑の念が!』と大々的なタイトルもつけて報道した。バカバカしくて、見る気にもならない。
 おばさんの壊れようには、正直びっくりした。見ている僕も、恐怖を感じたくらいだ。おばさんは、あの会場にいた僕たち全員を殺してやりたかったかもしれない。殺人犯が被害者の葬式に行くのと同じだ。おばさんは、僕にも殺意を向けていた。
 そんな、頭が痛くなるような考え事をしていた。ベッドに転がると、頭に激痛が走る。僕の妄想の痛みかもしれないけど、すっごく痛かった。
 僕は今日、疑問に思ったことがある。おばさんは、決して僕たちを責めなかった。怒りで気が狂っていたはずなのに、責めたのは教師だけだった。それが、とても辛い。責めてくれたほうが楽だ。ぐちゃぐちゃに言われたほうが、よっぽど楽だ。なんで、責めないんだ・・・。
 もしかしたら、おばさんは僕たちの気持ちを気づいているのかもしれない。責めないほうが、後ろめたさや後悔が倍になって襲い掛かる。一番憎い僕たちには、最高の復讐かもしれない。もしかしたら、これが一番、責めているってことかもしれない。そう考えたら、楽かもしれない。

 僕は、変わらずに朝を迎えた。ノブの死以来、魂が抜けてしまったみたいだ。朝は特に、倦怠感が体と心を蝕んだ。辛いという次元を通り越したら、僕みたいになるのかもしれない。僕は一生、自分を責め続けて生きていくのかもしれない。人のせいにすればいいのに、自分のせいにして、損ばっかりして生きていくのかもしれない。それが、僕に対する罰だって。
 起き上がり、顔を洗う。朝食の準備をしている母の背中は、何一つ変わっていない。人が死んでも、他人なら他人事。自分じゃなきゃいい。自分じゃなかったら、おばさんが狂った姿を平気で見てられる。全部、全部、他人事。結局、ノブは僕じゃない。僕もノブじゃない。だから、だから、勝手なことを言ってられる。
 テレビのお天気キャスターは、能天気なサントラをバックにして、東京の天気を伝えていた。一日中快晴。洗濯物を干そう、というアドバイスもある。嘘くさい天気予報だ。事実、今の空は黒く濁っている。
 部屋に入って、制服を取り出す。ボタンが外れたところは、もう新しいボタンが付けられている。外れたボタンなんて、もう使われることもない。忘れられる。制服の袖に腕を通すと、自分の成長を感じた。裾が短くなっている。四月のときは、ちょっと大きい制服だったのに、今じゃ小さい。
 学校に行く道も、何一つ変わらない。今日からはいつも通りの授業だ。マスコミも多少いるかもしれないけど、それを除けば、三日前と何一つ変わらない。いずれ、ノブの存在も消えていくのだろう。そんな無神経さが、僕にも必要なのだろうか。
 校門の前では、飽きもせずにマスコミが騒いでいる。うっとうしいから、僕は裏門へと回り込んだ。普通は生徒立ち入り禁止で、門には鍵が掛かっている。でも、大した高さじゃないから、飛び越えて普通にみんな行き来できる。誰も見ていないのを確認して、門を乗り越えた。
 教室も、落ち着きの無い騒がしさに包まれていた。ノブの席には、白い一輪の花が供えられている。まるで、葬式ごっこのときのように。あのときの映像が、古いフィルムをまわすように蘇る。ノブは、泣いていた。僕を見つめて、泣いていた。
「どうしたんだよ。」
 扉の前で固まっている僕に、ハヤトが声をかけた。ハッとして、我に返った。僕の手は、小刻みに震えていた。掌には、冷たい汗が滲んでいた。
「いや、別に。」
 それだけ言い残して、僕は自分の席に向かった。後ろから、心配そうな顔をしているハヤトが追いかけてくる。どうしてだろう、冷や汗が止まらない。
「なんで、そんなに無理すんの?。昨日だってさ、葬式なんか来なくてよかったのに。」
「別に、無理なんかしてないけど。」
「してるんだよ。」
 僕の声を遮ったハヤトを、睨みつけるように見つめた。ハヤトも、睨むように僕を見つめていた。
「その顔だよ。俺は無理してますって、言ってるみたいなんだよ。俺、友達なんだからさ、なんでも言ってほしいんだよ。白石が死んでから、ライの言ってること嘘にしか聞こえない・・・」
 ハヤトは、語尾をごにょごにょとごまかした。ハヤトの言いたい事は分かる。事実、ハヤトには胸のうちを明かしていない。
「俺って、ライの友達なの?。自分でも、分かんなくなってんだよ。」
「・・・友達だよ。ただ、俺が自分の気持ち話したら、傷つく人いっぱいいるんだ。俺、最悪なこと考えてる。自分は、何もやってないから罪は無いって。俺は悪くないって。最悪だよな。」
 本当のことだった。ハヤトに、本音を話していた。あれだけ口をつぐんでいたのに、いとも簡単に本音を話していた。今の僕は、完全に無防備だった。
「そんなこと、ここにいる全員が思ってるよ。いじめてた奴らなんか、簡単に、俺たちは悪くないって言うよ。そんな奴らばっかなんだよ。ここにいるのは。」
 大人びた口調だった。僕とは、全然違う角度から見ている考え方だ。たぶん、僕には一生考えられない考え方だと思う。僕には、無理だった。僕はまたしても、黙りこくっていた。ハヤトの視線から逃げるように、あちこちに視線をぶつけた。
「もしさ、ライが思ってることが最悪なことだったとするよ。ライが思ってることが、許されないくらい悪いことだとしても、俺も同じこと考えてるから。」
 ハヤトはあくびをして、改めて僕を見つめた。僕の視線は、ハヤトの笑窪へと行った。
「俺だって、自分は悪くないって思ってるよ。最悪なことだって分かってるけど、ずっと思ってるよ。ライだけじゃないんだって。俺も、こんな風に最悪じゃん?。」
 ハヤトの笑窪が、更に深くなる。泣き出しそうな僕を、慰めるように。
「だから、俺とライは共犯ってこと。最悪なこと思ってる、共犯者。二人だったらさ、罪も二分の一ってことだよ。そう考えたら、楽だろ?。」
 ハヤトのせいいっぱいの声援だった。
「自首とかすんなよ。僕が一番悪かったんですなんて言ったら、ぜってえ許さねえからな。」
 僕の目を見て、深く笑った。優しくなんて、してほしくなかった。でも、僕は無意識のうちに、小さく笑い返していた。ありがとうって言うみたいに、本当に小さく。
「・・・ありがとう。」
 ハヤトに聞こえたかどうかは分からないけど、僕の本音だった。ハヤトの言葉が、僕にありがとうと言わせてくれた。
「ハヤトって、日本一、人を励ます能力あるよな。誰よりも、励ますの上手いよな。」
「なんだよ、上手いって。それに、俺は世界一、人を励ます能力があるんだよ。日本一じゃなくて、世界一。」
 冗談っぽく、でも僕を励ますように、ハヤトは笑った。泣きそうなくらい嬉しかった。泣きそうなくらい、温かかった。世界一、人を励ます能力のあるハヤトは、僕には温かすぎた。

 帰り道、天気予報は大はずれで、雨が降っていた。嘘くさい天気予報だと思ってたのに、僕は傘を持ってきていなかった。周りの連中も同様で、「くっそ、天気予報、大はずれじゃん。」と嘆きながら、カバンを頭に当てて小走りに去っていった。
 待っていても、雨は止みそうにない。しょうがなく、僕も帰ることにした。天気予報のキャスターを恨めしく思いながら、びしゃびしゃの道路へと足を進めた。
 空は曇っていて、昼の三時半とは思えないくらいの暗さだった。蛍光灯も点いている。大須賀橋を超えたときだった。びちゃびちゃと水を切る音がして後ろを振り返ると、キリが走りながら僕を呼び止めた。息を切らしながら、僕の腕を掴んだ。痛いぐらい、ギュッと握られた。
「ちょっと来て。今から、大事な話するから。」
 僕が答える時間すら与えずに、腕をぐいぐいと引っ張られた。口を開く間もなく、大須
賀橋の下の公園へと連れられた。近くには騒がしい大きな道路があり、とても大事な話をするところではない。車の轟音と排気ガスをまともに浴びる、最悪な場所だ。
「私、あいつらのこと許さない。ノブのこといじめた奴ら、絶対許さない。」
「俺もだよ。そんな当たり前のこと聞きに来たのか?。」
 僕に背を向けていたキリが、振り向いた。不気味に微笑んで、また背を向けた。
「ライも手伝ってよ、私の復讐。私、あいつらのことここに呼び出したの。」
 キリは川沿いのほうへと歩き出した。僕は不思議に思い、キリの後ろに着いて行った。キリは、ガサガサと草むらを漁り出す。やがて取り出した物は、二つの鉄パイプだった。見るからに新しい鉄パイプと、見るからに古い鉄パイプの二つだった。古いほうの鉄パイプを僕に差し出して、低く言った。
「私の復讐。これで、あいつらのこと半殺しにするの。ライも憎いんでしょ?。あいつらのこと憎いんでしょ?。だったら、私と一緒にやろうよ。一緒に、あいつらのこと殴ろうよ。」
 キリの言葉にも驚いたが、それ以上に、薄ら笑いで言っているキリが恐ろしかった。恐ろしくもあって、すっごく悲しかった。キリがこんなに壊れたことが、悲しかった。
「やだよ。そんなの、絶対やだ。こんな物騒なもの、持っちゃダメだよ。」
 差し出された鉄パイプを、弾くように押しのけた。キリの表情が、鋭く尖る。
「憎いんじゃないの?。殺してやりたいぐらい、憎いんじゃないの?・・・ノブを殺したんだよ。そんな奴らに、生きる資格なんてあるの?。」
 鉄パイプが小刻みに震える。「助けて」と叫ぶように、小刻みに震える。僕に語りかけるように、小刻みに震える。僕に制裁させるように、小刻みに震える。
 そのとき、奴らはやって来た。バカみたいに踏ん反りがえって、でかい態度でやって来た。よく見ると、人数が少なかった。一人、二人、三人・・・三人しかいない。草木と篠倉の姿が、その中には無かった。
 そうだ、あいつらは今学校に来ていなかったのだ。たぶん、ノブが飛び降りた次の日から。いじめていたという罪の重さに、耐え切れなくなったのだろう、家に塞ぎ込んでいるという噂を聞いた。
「なんだよ、こんなとこに呼び出して。一組の島田キリだっけ。」
 ヘラヘラしてる態度だ。桜田はポケットに手を突っ込み、山木は校則違反のジュースを飲んで、土川はでかい山木の体に隠れて震えていた。
「あれ?。ライもいるじゃん。」
 あいつらに僕の名前を言われるのが嫌だった。顔を隠していると、冷たい風が頬を刺す。三人は下に降りて、僕とキリのほうへ歩いてきた。キリは、とっさに鉄パイプを体で隠す。その動作を見ていると、鳥肌が立った。
「で、話って何?。俺、塾あるから時間無いんだよね。」
 喋っているのは、いつも桜田だった。こう見ると、桜田が空回りしてるみたいで面白かった。恐怖に追い込まれると口数が多くなる、とっても弱い奴だ。僕は、こいつが大嫌いだ。大っ嫌いだ。
「白石信貴・・・あんたたち、この名前知ってるよね。あんたたちが殺した人の名前よ。」
 三人の顔が、大きく歪んだ。僕は息を呑み、キリが隠している鉄パイプに目を落とした。桜田の動揺は、奴の姿を見れば一目瞭然だ。
「バカ言うんじゃねえよ。俺たちが何したっていうんだよ。」
 バカでかい声だ。桜田が感じている恐怖が、音の波によって伝わってくる。大きく震えた声だった。
「白石信貴を殺した。白石信貴を殺した。白石信貴を殺した。もう一回言おうか?。白石信貴を殺した殺人犯だよ、あんたたち。」
 一言言う度に、三人に歩み寄っていた。手に隠し持った鉄パイプが、怪しく光る。また一歩、もう一歩・・・。
「バカじゃねえの?。俺らが白石を殺したんなら、お前も一緒だぞ。」
 キリの足が止まった。桜田の声が、油を差したように弾んだ声になる。
「そうだよ、お前らも共犯だよ。そうだよな、お前ら親友だったんだもんな。ライも一緒だぜ。お前らに裏切られたから、白石、死にたくなったんじゃねえの。」
 笑いながら言っていた。こんなことを、平気で笑いながら言った。こいつは、本当に最低だ。
 キリの足が、大きく動いた。踏ん張るように前にのめり込み、鉄パイプを上にかざし、三人に襲い掛かった。
 キリの発狂と共に、ゴツンという鈍い音がした。キリが、力いっぱいに桜田の足を潰したのだ。桜田の叫び声が、トラックの轟音にかき消された。
 山木と土川は、びくびくと震えていた。土川は、気絶しそうなくらい。
「キリ、やめろ。」
 僕は叫んだ。キリに届くはずも無い声を、バカみたいに叫んでいた。やっぱり、キリは止まらずに、鉄パイプを振り回していた。
 僕はキリの元まで駆けていき、キリの腕を掴んだ。女とは思えないほどの、すっごい力だった。
「こんなことしても意味無いよ。お前の復讐って、こんなことなのかよ。すっげえ、幼稚じゃん。やられたらやり返すって、頭悪いガキと一緒だよ。」
「じゃあ、どうすればいいのよ!。ねえ、どうしたらいいのよ。こんな最低な奴、生きてていいはず無いでしょ。」
 うめく桜田を見て、僕もそう思った。
「お前も殺したんだよ。お前も、一緒なんだよ。」
 黙っていた山木が言った。キリはしゃがみこみ、痙攣したように震え出した。
「違う・・・違う・・・殺してなんか無い・・・」
 小刻みに震える肩を、僕はそっと落ち着かせた。
「私、ノブのこと・・・殺してなんかないよね?。」
 今にも泣きそうな声で、僕に訴える。
「私って、人殺し?。」
 また、僕に訴える。今度は、涙で湿った声で。
「私、好きな人を殺したの?。大切だった人を殺したの?。」
 そうだよ・・・なんて言えなかった。そうだ、僕たちはノブを殺した。確実に、自分の手で殺した。
「なんとか言ってよ。」
 涙で、何を言ってるか分からない。けど、僕には聞こえていた。
「・・・違う。殺してなんか無い。」
「ウソ・・・ライもウソついてる。」
 僕の顔が、くしゃくしゃに歪む。キリの声が、耳の中で軟体動物のように這い回った。
「そうだよ。俺たちが殺したんだよ!。俺らは共犯なんだよ。」
 キリの顔が、僕の顔以上にくしゃくしゃに歪む。
「俺たちのせいにすんなよな。」
 山木の、トドメの一言だった。キリは溢れる涙を手で拭い、立ち上がり、全力疾走で走り出した。僕も、反射的にキリの後を走っていた。不思議なくらい、体は軽い。

 しばらく走り、大道路の前で、キリは立ち止まった。
「私、ノブを殺したんだよね。」
 さっきとは全然違う、冷静な口調だった。嫌な予感がした。
 こっちに振り向き、小さく笑った。
「生きててダメなのって、私のことなんだよね。桜田に謝んないと。」
 キリは道路に向き直り、決意したように肩を下ろした。
 まさか、と思ったそのとき、キリは全力疾走で大道路へと突き進んでいった。吹き荒れる車の中に、キリは走り出した。
「キリ!。やめろ!。」
 僕の声をかき消すように、トラックのクラクションが鳴り響いた。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう