第十回 葬式ごっこ
キリと会った。帰り道に会って、明日、ハヤトと一緒に遊ぶことになった。今日は金曜日だから、明日は休み。ハヤトとキリは、たぶん初対面だ。ソリが合うとは思わない。キリとハヤトは、全く違うタイプだ。クールとおちゃらけ、そんな感じだ。キリは別にいいって言ってたし、ハヤトだって女子が来るなら大歓迎とかバカ言ってたし、まあ、なんとかなると思う。
僕は家に帰ると、すぐさま制服を脱いだ。
翌日、待ち合わせ時間の午前十時に合わせて、用意を始めた。白いロンティに黒いジャケットを羽織って、チャックを上のほうまで上げた。下はジーパン。これでいいや、自分に言った。中学生っぽい服装じゃない、とよく言われる。ショルダーバッグを肩に提げ、家を出て行った。
玄関を出たらすぐそこにあるマウンテンバイクは、小学校五年生のときに買ってもらったやつだ。およそ四年間使っている。結構、頑張ってんだなって思う。鍵は、ダイヤル式になっている。1483。別に考えてつけた番号じゃない。どうでもいいことだ。
自転車に乗るのは久しぶりだった。一ヶ月ぶりくらいだ。どこかに行こうと思っても、なぜか歩いていた。よく分かんないけど。
先に、駅前でハヤトと合流した。ハヤトの私服を見るのは初めてだった。僕とは違って、いかにも中学生っぽい服装っていうやつだ。ジーパンにスニーカー、この時点で、色合いは明るいものだった。黒いTシャツに、淡い肌色のジャケットを着込んでいる。ダブルチャックになっているらしく、中央で二つに分かれている。学校にいる奴の私服を見ると、なんとなく得をした気分になる。ハヤトは、僕の私服を見ると大笑いした。
「なんだよ。なにがおかしいんだよ。」
「いやあ、中学生より大学生みたいな服だからさ、おもしろくてさ、ごめんごめん。」
ヒーヒーの声で言う。バカだ、こいつ。けど、こいつを憎めない。そこが、ハヤトのいいところだ。
「なんだよ、大学生みたいな服って。わけわかんねえよ。」
「だから、ライらしいってことだよ。落ち着いた感じっていうの?俺とは正反対だなあって。」
「適当に選んだんだよ。別に、意識したわけじゃないし・・・」
「そういうところで性格が出るんだよ。服は、その人の心を映すってな。」
「なんだそれ。意味わかんねえ。」
僕は鼻で笑った。本当のところは、ハヤトが言いたい事が分かる。すっごく分かる。僕も、意識しているわけじゃないけど、暗いめの服を好むようになった。そう、自分の心が、異常だと知った時から。
「それにしてもさ、キリとかいう女子はまだなの?。」と、ハヤトが話題を変えた。自分から フッた話なのに、自分で変える。ジコチューっていうか、マイペースっていうか、とにかく勝手だ。
「島田キリだよ。知らないの?。」
「知らねえよ。だって俺、自分のクラスの奴らでも、まだ覚えてねえ奴いるし。」
「マジで?。その無関心さ、直したほうがいいぞ。」
「別に、困ることなんてないし、どっちでもいいじゃん。無関心なら、裏切られることもないし、関心の塊よりよっぽど楽だよ。」
確かにそうだ。僕もきっと、関心しすぎなんだ。そういうところ、直したほうがいいんじゃないだろか。
「島田キリ、それぐらい覚えとけ、バーカ。」
僕は、笑いながら言った。なにがおもしろいのか、全く分からない。ハヤトも、意味不明そうな顔をしていた。確かに、さっきの僕は意味不明だ。自分でも、ごまかしにしか思えない。
「キリは、本屋行くからちょっと遅れるとか言ってたし、心配ないと思うけど。」
「ならいいけどさ。」
ハヤトが納得したように言う。納得というか、詮索するのが面倒くさくなった、みたいにも聞こえたけど。どっちにしても、ハヤトはこれ以上何も尋ねなかった。
十分くらい経っただろうか、真っ赤で目立つ自転車・・・キリの自転車が姿を見せた。いつまで使ってんだよ、あの自転車、と思いながら苦笑を浮かべた。あの自転車は、小三くらいのときからの自転車だ。母親が、何年経っても使えるようにと、当時ではかなりでかいサイズの自転車を買ったらしい。今となっては、ぴったりのサイズだけど。
「おせえよ。いつまで待たせんだよ。」
「そんなに待ってないでしょ。せいぜい、十分くらいでしょ。」
図星。キリのカンの良さには、腹が立つ。図星を言われる度に、僕はドモってしまう。
「ち、違うよ。二十分は待ってるよ。」
ほら、ドモってしまった。キリの口元が、意地悪く笑う。僕って本当にバカだ。嘘ぐらい吐かなきゃなんないのに。
「今、ドモったよね。嘘吐かなくていいんだよ、別に。私にカンづかれたのがそんなにムカつくのか、ライは。」
また、大当たり。頭の中で、ピンポーンという音が鳴り響く。
「あのさ、俺が入るスキが無いんだけど・・・」
ハヤトが、遠慮がちげに言った。キリとの駆け引きは、死ぬほど怖い。全てが悟られている、そんな気がしてならない。それに、嘘が吐けない。
「何言ってんだよ、スキだらけじゃん。早く、この口うるせえ女の相手でもしてくれよ。」
僕は、キリに小さな復讐をした。したつもりだった。キリの顔を見ると、何事も無かったかのような顔をしている。効果なし。
「何言ってんのよ。うるさくしなかったら寂しいくせに。」
うっせえ、と声にならない声で呟く。別に、寂しくなんてねえよ、と強がってみる。実は、キリが静かだと、ちょっと寂しい。キリは、うるさい方が似合ってる。
「そうだ、松木ハヤトだよね。」
思い出したように、キリは言った。ハヤトも、突然のことで小刻みに頷くだけだった。
「ライと仲良くしてくれて、ありがとね。ライさ、無口だから近寄り難いでしょ。そんなライと仲良くできるの、私とあなたくらいかも。」
ハヤトは、ガラにもなく照れていた。別に、自分には友達が少ない、なんてことは分かっている。けど、故意でそれを言われたことに、僕はムカついた。キリのやり返し、納得できる。
「島田キリだっけ、ハヤトでいいよ、別に。あなたとか、気持ち悪いし。」
「分かった。私も、キリでいいよ。ハヤト。」
ハヤトの頬が、ポッと明るくなる。なんだこいつ、キリに恋でもしたのか。そんなわけないか、と言い聞かせた。キリには、ノブがいるんだし。
「自己紹介も終わったしさ、どっか行こうぜ。ここにずっといんのも寒いしさ。」
僕は、わざと大きな声で言った。この二人のやり取りが、無償に腹が立った。仲良くなるの、早すぎる。
「どこにする?。まだ、十時二十分だけど。」
キリが、携帯電話の画面表示を見て言う。まだ、そんな時間か。どうするか迷った。正直、何をやって遊ぼうとか全然考えていなかった。この二人だから、プランなんて立てる必要も無いって甘く考えていたのが裏目に出た。ダメだな、僕。
「渋谷でも行く?。どうせ、今日は暇なんだろ、二人とも。」
憎たらしい言葉しか思いつかなかった。僕も、今日は暇だ。お前はどうなんだよって言われたら、即ノックアウト。無防備な言葉だ。
「渋谷か、久しぶりだな。別にいいけど、私は。」
キリが一票。あと、っていうかハヤトの一票だけ。ハヤトが合意したら、このまま電車に乗って、渋谷へ直行だろう。
「俺も、いいけど。いいんじゃない、渋谷で。たまにはパーッとさ。」
ハヤトが僕に笑いかけた。ウインクをしたのだろうか、と思うような笑顔は、ハヤトの特徴だ。右目だけ、頬に食い込んで閉じたように見える。小さい頃からの癖だという。
「じゃ、決まりだな。」
僕たち三人は、理由も無く渋谷へ出かけた。切符を買うのにも苦労するほど混んでいたけど、そんなことも関係なし。良く分からないけど、別の街へ行きたかった。ここじゃない、どこかへ。そこが渋谷になった。まさか、トンでもない運命に遭遇するなんて、夢にも思っていなかった。こんなに最悪な運命ってあるのかな、なんて後に思った。
およそ十分以上だろうか、僕の住んでいる練馬区から渋谷区までは、近いようで遠い。新宿を越えて、ようやく渋谷だ。同じ東京でも、僕らが住む街とは大違いだ。人、街並み、あと人相。全然違うなって、来る度に思う。
「やっぱ違うよな、渋谷って。」
ハヤトが呑気な声で言う。渋谷に着くなり、田舎者まる出しである。僕らの街にも、賑やかなところはある。けど、やっぱり違う。更に、田舎者の決まり言葉はコレ。
「ハチ公、久しぶりだな。二年ぶりだよ。」
ハヤトは駅を出るなり、ハチ公の銅像に向かって走り出した。おいおい、と思うと同時に声が出る。
「おいおい、何やってんだよ、あいつ。恥ずかしいじゃん。」
キリも、同意するように小さく頷く。すると、これまた小さく笑った。
「何?。どうかした。」
僕はキリに尋ねた。キリの笑顔が、大きくなる。
「私も恥ずかしかったな。小五のとき、私とライとノブで渋谷に来たことあったでしょ。私は二三回来たことあったから、この街のこと知ってたんだけどね。ライとノブったら、今のハヤトと一緒。さんざんはしゃいで、ハチ公に抱きついてたんだから。恥ずかしかったな、顔から火が出るくらい。」
「あったな、そういうことも。」
ノブ・・・その名前が出ると、僕の胸はうずく。後ろめたさ、罪悪感、胸を刺激する。チクチクと、じゃない。グサグサと、だ。
「田舎モンまる出しだよね、ハヤトも、昔のライも。」
「悪かったな、田舎モンで。キリも、最初はそうだったんじゃないの?。渋谷来たとき。」
「さあね、忘れちゃった。少なくとも、ハチ公に抱きつくようなバカなことはしなかったと思うけど。」
出た、キリの意地悪発言。熱くなったら思うツボだ。けど、ムカつく。
「うっせえよ。ノブだって・・・そうじゃん・・・」
「なんか、ノブがかわいそうだな。名前すら、ちゃんと呼んでもらえないなんて。」
正直だな、キリ。そういうの、マジ、ムカつく。でも、良い所だ。悪いところで良いところ。
「ちゃんと呼んだら、ダメなんだよ。今更、ノブに普通に接することなんてできっこない。俺は、今からノブになんにも無かったかのように接するのはダメだと思う。そんなの、ノブをナメてるとしか思えない。だから、普通にノブを呼べない。」
声が凄んでいるのが分かる。怒ったような口調だ。なに怒ってんだよ、って自分でもバカみたいだ。
「そんなの、言い訳じゃない?。本当は、今更ノブに話しかけるなんてカッコ悪いとか思ってるんじゃないの?。あと、ノブと話したら、自分もいじめられるって思ってるんだよ。怖いんでしょ、要するに。」
なんで、そういう言い方しか出来ないんだよ、と叫びたかった。けど、残念ながらキリの言うことは当たっている。叫んだところで、ただの逆ギレだろう。
僕とキリの間の重い空気に気づいたのか、ハヤトの表情は曇っていた。
「そうだよ。怖いよ、死ぬほど怖い。俺がいじめられたらって思うと、ゾッとするよ。」
「やっぱり。」とキリが呆れたように言う。もう、どうでもいい。なんと思われようと、本当に思ってること言ったほうが楽だ。
「怖いし、ノブのこと避けてるし、自分はこんなとこにいるし、俺が最悪なんて、もうとっくに分かってんだよ。」
「それを直そうとか思わないわけ?。ノブのこと助けてやろうとか、一回も思わなかったの?。」
「ノブには悪いけど、一回も思ったこと無い。俺には絶対ムリって分かってるから、そんな勇気もないし、だから一回も思ったこと無い。」
「そうなんだ・・・分かった。」
全然、納得してない。そんな顔をわざとする。マジで、この女は意地悪だ。それほど、ノブが好きだってことなんだけど。
「けど、言い訳かもしれないけど、誰もそんなこと思わないよ、きっと。昔の学園ドラマのヒーローなら分かるけど、そんなのどこにもいないじゃん。いじめてる奴に、イジメなんて止めろ、とか言っても何も変わんないし、逆に自分がいじめられる。今度は、いじめられてた奴が自分をいじめてる、なんて最悪のパターンもあるけどさ。結局、イジメと戦っても、なんも良いことなんて無いんだよ。悪いことだけなんだよ。」
「なんで、そんなに悪く考えるのよ。」
「誰も、味方なんていないんだよ。誰も、イジメを悪いなんて思ってないんだよ。」
キリは黙ってしまった。黙り込んだキリ、あまりにも不自然だ。
「分かるだろ?。逃げ道なんて、どこにもないんだよ。」
「・・・そうだね、ごめん、いろいろ言っちゃって。」
「さんざん言った後に謝まんなよ。俺、バカみてえじゃん、一人で力んじゃって。」
僕は、精いっぱい笑った。どうこう言っても、最後は笑ってごまかす。卑怯だよなあ、俺、とは毎回思う。仕方ないじゃん、と開き直ったりもする。僕の笑顔は、いつしか寂しくなっていた。笑顔の使い方を、完全に間違ってるからだ。
「はなし、終わった?。」
ハヤトが頭を掻きながら寄って来た。わざとらしく、あくびを一つしてやって来る。
「うん。大したこともないけどな。」
大問題のことを話してたんだろ、と自分にツッコミを入れたかった。バカみたいにウソばっか吐く。これが僕。
「なんか怖い顔してたからさ、そっとしといた方がいいかなって、気使ったんだよ、俺。」
「そうか、ごめんな。」
とりあえず一件落着、と思えばすぐに事件が起こる。そんな狭苦しい世界で生きてる僕らに、あまりにもショッキングな事件が起こった。腰を抜かすような。
昼ごはんはマクドで済ました。チーズバーガーとマックチキン、ポテトSサイズ、コーラ、不健康な食卓を絵に書いたような昼食だ。
店を出ると、寒い風が体を襲った。十一月は、やっぱり寒い。なんて思いながら、体を擦った。息は白いかな?、って思いながら手に息を吹きかける。
「寒いよな、十一月のクセに。」
ハヤトが肩を震わしながら言った。
「寒いのが普通なんだよ、十一月は。もっと寒いぞ、これから。」
寒いけど、ブラブラと歩いていた。ここ、どこだろう。そんな思いも募るいっぽうだ。街角が数えられないほどあるし、人が多すぎだ。何がなんだか、全く分からない。そこが渋谷だ。僕らの街と全然違う。
「とりあえず、どっか入ろうよ。寒いって、今日。」
確かに、寒い。けど、店や建物なんて腐るほどある。どこに入ればいいかなんて、分かったもんじゃない。
「この道、奥のほうに行ったら、裏の渋谷ってカンジするよ。ここと全然違うの。黒猫が走ってるみたいな街なの。」とキリが言う。さすが、キリだ。
「いいじゃん、おもしろそうで。」とハヤト。
「そうだな、道に迷わなかったら俺はいいけど。」
「迷うわけ無いでしょ。私、渋谷は常連なんだから。」
渋谷に来たときのようなテンションで、その秘密の渋谷に行くことになった。
本当に真っ直ぐ進むだけで、秘密の渋谷は姿を現した。ヤクザ系の映画やドラマで出てきそうな街だ。でかいビルの陰に隠れているせいか、ひどく薄暗い。活気というのも、渋谷とは正反対だ。一応、街だよな、と確認する。確かに街だ。けど、景色が全く違う。これほど違うものなのか、と感心した。
「危なっかしい街だなあ」と思わず口走ってしまった。
僕たちは、社会見学のようにキョロキョロとしながら街を歩いた。訳の分からない看板が立った店、変なにおいがする飲食店、B系ファッションの服が立ち並ぶ古着屋、スプレーで殴り書きされたトンネル、アキバ系のフィギュアショップ、大きなダイエー、ファミマ、ローソン・・・案外、店やコンビにはあった。けど、それが必要かどうかは、僕らには分からない。ただあるだけ、そう思えて仕方ない。
大きなビルの裏に、小さな公園があった。僕たちはベンチに腰を掛け、足を休めることにした。
「変な街だよな。暗いし、そのくせして建物はやたらあるし、わけわかんねーよ。」
ハヤトが大きく溜め息を吐く。
「言ったでしょ、秘密の渋谷だって。私も、最初来たときマジ疲れたもん。この街、空気が重たいっていうの?、かたっくるしいのよね。」
僕は無言のまま、キリとハヤトの愚痴を聞いた。本当は、ボーっと周りを見てたから、何も聞いてないんだけど。
そのとき、見慣れた顔が公園を通り過ぎていった。ボーっとしていたから、本人かどうか分からないけど、あれは見慣れたノブの顔だ。足早で、何か急いでいるようにも見えた。
「ごめん、俺、ションベンしてくる。」
僕は、適当に言い訳してノブを追うことにした。公衆トイレあるよ、というキリの声も聞こえないフリをした。なんか、ノブがヤバイ気がする。とても危険な感じ。
ノブはすごく早くて、ちょっと走らないと見失いそうだった。なに急いでんだよ、と独り言で言った。なにツケてんだよ、と言われると終わりだ。
しばらくツケると、飲食店の裏へ出た。生ゴミ、魚、卵、とにかく臭い。こんなところで、一体何をする気なのだろう。言い知れぬ不安で、心がいっぱいになった。すると、一人の男が、周りを気にしながらノブに近づいた。帽子とサングラスを身に着けていたから、顔は良く分からなかった。けど、はみ出た肌は、とてつもなく黒かった。外国人?。でも、なんで?。あの黒さなら、黒人系の外国人だと思う。なんでノブと?。意味が分からない。
ノブはポケットを探って、札を取り出した。三千円・・・だと思う。三千円を男に手渡す。男は引き換えに、ビニール袋を手渡した。小さなやつだ。ん?・・・まさか、これは・・・その袋に、僕は見覚えがあった。小さなドクロマーク・・・ノブの部屋で見た、覚醒剤を包んでいた袋、だった。
マジかよ。おい、ノブ、なんて言えない。喉が圧迫されて、声が出ない。それ以前に、体が動かない。あのときと全く同じだ。覚醒剤を見て怯えている僕、何もかも一緒だ。ウソだろ?と、呟き続けていた。本当に、ウソだったらいいのに・・・。
それから、どうやって公園に帰ったか分からない。けど、キリとハヤトが心配そうにしてるから、今の僕は心配されるような顔をしているんだと思う。そこまでしか、頭が追いつかない。ノブが覚醒剤をやめていない。すごくショックだった。また、覚醒剤をしている。誰のせい?・・・僕のせいだ。クスリなんてサイテーだ。けど、きっと、僕のほうがもっとサイテーだと思う。っていうか、サイテーだ。
翌日、そこからの記憶は、ぽっかりと、空洞のように消えていた。
三日くらい経っただろうか、時の流れを感じない。もしかしたら、四日経ってるかもしれない。どっちでもいい。いつものような朝を迎えて、味気の無い食パンをかじった。
「いってきます。」
いつもより、かなり暗い声。自分でも分かった。そりゃ、暗くもなるよと、開き直りたかった。
大須賀橋は相変わらずだし、大須賀橋を通る生徒も相変わらずだ。そんな僕も、傍から見ると相変わらずなんだろう。自分的には、また暗くなったと思うんだけど。
教室は、やたらと騒がしかった。廊下の時点で結構うるさかったから、教室はもっとうるさいだろうとは思っていた。予想通りだ。
教室に入った瞬間、僕は凍りついた。これがきっと、最強のイジメなんだろう。無い知恵を必死に絞った、最強のイジメだ。マジで、コレはヤバイと思う。
「葬式ごっこ」
近くにいた河原が言った。ノブの机の上には、遺影を真似たものが置いてあった。四月の最初に撮ったクラス写真を引き伸ばしたやつだろう、手間が掛かっている。遺影、白い花、線香、完璧だった。よく見ると、クラスの全員が線香を手に持っていた。ハヤトも線香を持っている。教室に入った僕にも、線香を一本渡された。どうしよう。
「なんで、こんなことしてんだよ。いつもと、全然違うじゃん。」
水分の無い、掠れた声だった。無理やり言ったのが、自分でも分かる。クラス全員の視線が、僕に突き刺さる。怖くて、胸の動悸が爆発しそうだった。
「クスリの犯人、白石だったんだよ。」
「えっ。」
「この学校でクスリやってた奴ってのが、白石なんだよ。マジでサイテーだよ、あいつ。」
僕は、続く声を失った。誰が言ったのか分からないけど、ウソだろと言いたい。なんで、そんなこと知ってるんだ。なんで知ってるんだ。勘弁してよ。
「白石のやつ、クスリでテンパってんだよ。あんなやつ、死んだほうがマシだっつーの。だから、俺たちで葬式やってんだ。白石君、ご冥福を祈ります・・・ってカンジ。」
桜田が言って、クラスの連中が笑い出す。僕がおかしいんだろうか、ちっとも面白くない。っていうか、笑えない。今の状況で、笑えるはずが無い。
「そうだ、ライ、お前さあ、白石と仲良かったんだよな。」
桜田が、迫るように僕に言う。僕は、一歩下がりながら、小刻みに「うん」と頷く。頷かなきゃよかったって、後で後悔した。
「友人代表で、線香立ててやれよ。白石が来てから、線香立てて手を合わせるんだよ。友達だもんな、それくらいできるよな。」
また、迫る。最強のイジメを、僕をパシッて行うつもりらしい。
「白石君、健やかにお眠りください、の一言ぐらい言えよ。じゃないと、白石が成仏できねえじゃん。」
桜田の笑い声、クラス全員の笑い声がハーモニーを作る。すごく不愉快なハーモニーを。
ノブが教室に入ってきた。絶体絶命、とでも言おうか。机の上の遺影を見た瞬間、ノブの顔は蒼ざめた。頬が、びくびくと震えている。そして、その視線は僕に向けられた。僕の持っている線香にも。
「おいおい、死んだんじゃなかったのかよ。クスリで狂った白石くん。」
桜田だ。甲高い声が、ムカつく。ノブの顔が、更に蒼くなる。震える目付きで、僕を見る。
「ウソだろ・・・ライ・・・」
ノブの、か細く小さい声が、教室中に響き渡る。違う、絶対違う、違う違う違う。
僕の線香が、ポキリと折れた。嫌な予感がする。最悪の予感。
「さっさとあの世に行っちゃえよ。目障りなんだよ、てめえ。ほら、ライ、言ってやれよ。」
桜田は。ノブのほうへ顎をしゃくった。ムリだよ、とういう言葉も喉からは出てこない。桜田に背中を押された。線香が、ノブのほうを向いた。死ねって、言ってるみたいに。
「・・・ライ、俺、信じてたのに・・・・なんで言うんだよ・・・」
ノブの声は、失望したように沈んでいく。知らない。僕は何も知らない。違うんだ、ノブ。何も言ってないし、何もしてない。なんで。なんでこうなるんだ。俺は、何もやってない。違う・・・。
「ノブ、違う。俺は、何も言ってないんだよ。」
「・・・もういい・・・もういいよ・・・」
ノブは、そのまま教室を出て行った。どこか、遠くへ行っちゃいそうで、僕は怖くなった。
「ノブ!。待てよ、おい!。」
僕が叫んでも、僕の声はノブに届かなかった。廊下や教室に響いた僕の声は、リバウンドするように跳ね返る。
「ノブ・・・違うんだよ・・・」
叫び声は、呻き声へと変わっていった。クラス全員の視線が、僕に向けられる。そんなことにも、全く気づかない。敵意むき出しの、痛い視線だった。ノブを呼び止めたから?。むちゃくちゃだ。
頭がおかしくなりそうだ。僕のせいで、僕が線香を持っていたせいで、僕のせいで、ノブが消えてしまう、そんな気がした。なんで、クスリのことがバレているんだ。僕は、誰にも言っていない。でも、ノブの頭の中の僕は、相当な悪者になっていると思う。裏切って、クスリのことをしゃべって、もう最悪だ。なんでこうなるんだ。もう、ヤだ。こんなの、辛すぎる。苦しすぎる。後悔と罪悪感で、心が押し潰されそうだ。
僕は一粒、涙を流した。誰にも気づかれないように、静かに泣いた。声を押し殺すと、ううっ、と呻き声が漏れる。とにかく苦しかった。だから、泣いちゃった。
ノブの遺影は、そんなことも素知らぬ様子で、満面の笑みを浮かべていた。すごく、腹が立つ。
|