教室の窓(1/18)PDFで表示縦書き表示RDF


過激なイジメの描写がありますので、苦手な方はご遠慮ください。
教室の窓
作:オネイロス



第一回 背徳の嵐


 大きな雲が通り過ぎ、一筋の太陽が差し込んだ。春だというのに、妙に肌寒い。僕は、少し大きい学生服を着て、その寒さを感じた。
 未来中学校の校章入りのカバンを背負い込み、玄関に出た。靴を履いていると、母が僕を呼び止める。
「上靴忘れてるわよ。」
 母は、僕に上靴を手渡した。僕の手は、無愛想にそれを受け取った。朝は機嫌が悪い。なぜだか分からないけど、無償に腹が立つ。
「いってきます。」
 僕の声は低かった。僕は、気分が変わると、声質も変わるようだ。よく、分かりやすい性格だと言われる。何が分かりやすいのか、僕には分からない。
 未来中学校は、僕の家の近所だ。信号を二つほど通り、学校に繋がる大きな橋を渡ると、未来中学校が姿を見せる。桜が咲き始めた大須賀橋は、遠くに聳える未来中学を明るく照らした。僕の額に、桜の花びらが舞い落ちた。僕は、手で払い除け、足早に未来中学へ向かった。遅刻してしまう。
 ほんの、二分のことだった。目の前で、小学校低学年ほどの男の子が、交通事故に遭ったのだ。僕は、放っておけず、救急車の手配などをした。二年生になる僕は、始業式から遅刻してしまった。もちろんそれは、とても恥じるべきことだった。

 始業式が終わって、各教室に案内された。僕は、二年三組の列に並び、教室の中に入った。二年三組には、ほとんど喋ったことのない者しかいなかった。僕は、大きな不安を抱いていた。
「ライ!。」
 誰かが、僕の名前を呼んだ。
「おい、こっちだよ。」
 目の悪い僕は、コンタクトレンズを付けるのを忘れていた。朝、バタバタしていたからだ。顔が良く見えない。その人物は、僕に近づいてくる。次第に、顔がはっきりと見えてきた。
「なんだ、ノブかよ。」
 僕は、クスッと微笑を漏らした。僕の名前は、平谷来。ライって言われたり、ライやんとか言われる。珍しい名前だと、ほとんどの人が言う。珍しい名前は、よくからかわれる。理由など、ただおもしろいからだろう。
 僕を呼んだ男の名前は、白石信貴。僕は、ノブと呼んでいる。ノブは、僕と幼馴染だった。無口な僕は、中学に入っても、なかなか友達が出来なかった。しかし、去年のクラスではノブと同じだった。だから僕は、孤立せずにいられた。
 本当は、二年生になるのが不安だった。ノブと別れたら、僕は一人になるからだ。
「俺も、三組なんだ。」
 僕は、その一言に救われた。不安だった気持ちが、嘘のように吹っ飛んだ。僕は嬉しくて、笑顔を作った。
「そっか、また一緒だな。嬉しいよ。」
「冗談言うなよ。照れるだろ。」
 ノブは、顔を赤くして言った。ノブと僕は、くだらない話をしながら教室に入った。
教室は、担任教師がいなくて騒がしかった。僕は、自分の席に座った。右側で一番前の
席。ノブは、一番後ろの左端。一番離れていた、なんだか寂しくて、僕はボーっとしていた。
 数分して、教師が教室へ入ってきた。女の教師だった。先ほどの始業式で紹介したが、僕はこの教師をあまり知らなかった。知っていることは、社会科の担当ということだけだ。見た目は、三十前後。
「このクラスを受け持つことになりました。社会科担当の原田奈津江です。何でも話してくれたら、私も光栄です。よろしくお願いします。」
 この教師は、そんな教師なのか。棒は、まずそのことを気にかける。教師の考えが分かれば、僕はその教師に合わせる。だから、教師に怒られた記憶がない。
「それじゃあ、学年集会を行いますので、体育館に移動してください。」
 原田先生は、大きな声で言った。クラスメイトたちは、ぞろぞろと、面倒くさそうに立ち上がった。僕も、流されるように体育館へと向かった。
 
 体育館に集まった生徒たちは、体育座りで前を向いていた。黒い学ランの制服と、藍色のセーラー服が、何かの群れのように見えた。
 前に、学年主任の岡谷という教師が立っていた。岡谷は、マイクを手にして、二年生の僕たちを見渡した。岡谷が担当するクラスは、二年一組だった。噂で聞くと、トンでもない教師らしい。前の学校で、体罰をして訴えられた。こんな噂が広がっていた。
 岡谷は、マイクのスイッチ入れた。
「体育担当教師の岡谷と言います。一組と、男子の体育を担当します。」
 岡谷は、マイクのスイッチを切った。
 二年は、五クラスまである。教師は、副担任をあわせて八人いる。僕は、教師の顔を見ることが出来なかった。昔から、教師が嫌いだった。緊張して、なかなか親しくなれない。それは、友達の面でも一緒だった。特定の友達は、三人か四人しかいない。他は、擦れ違うときに挨拶をするくらいだ。僕が悪いのだろうかと、ときどき考える。
 学年集会が終わると、授業は終了した。一日の授業が終わると、終礼と呼ばれるミーティングが行われる。その日の日直が、前に出て司会をする。今日は、原田先生がやった。五分ほど適当に済ませて、僕たちは帰った。
 僕は、ノブに声をかけた。
「帰ろう、ノブ。」
 ボーっとしているノブは、僕の声に反応した。微笑を浮かべて、「ああ」と返答した。僕は、おかしく思いながら、ノブにつられて笑ってしまった。
「キリも一緒だけど、いいよな。」
「いいよ、いつもじゃん。」
 キリとは、島田霧という女子のことだ。キリも幼馴染で、今に至っている。ノブやキリと、僕は良く遊ぶ。キリとはクラスが離れたが、この関係は変わらないと思っている。
「そういえば、キリってどこのクラスなのかな。」
 僕は、ノブに聞いた。キリが気になった。いつも一緒の僕らは、よく珍しいと言われる。二人の男子の中に、一人の女子がいる。傍から見れば、おかしいものだろう。けど僕は、一度たりともそんなこと思ったことがない。無口の僕でも、二人の前だと良くしゃべれた。僕は、二人を親友だと思っている。
「たしか、一組だったような気がする。」
 ノブが返答をよこす。僕は、一組の担任の岡谷を思い出した。大丈夫だろうか。体罰教師が担任だなんて、キリが不憫に思えた。
 一組の終礼は長かった。三組の終礼が終わってから、十分は経っている。僕とノブは、一組の前の廊下で腰を下ろす。小さな溜め息をついて「遅いなあ」と呟いた。ノブも黙って頷いた。
 ようやく、一組の 終礼が終わったようだ。僕は、混雑するクラスメイトの中から、必死にキリを探した。キリは、教室の奥にいた。岡谷が、前にいる。怒られているのだろうかと思い、僕の足は凍りついた。キリが、僕の方を見た。小さく笑いかけて、岡谷から顔を逸らす。僕も、キリに笑いかけた。そのとき、大きな怒鳴り声がした。岡谷が、キリを怒鳴っている。
「こっちを向け!。バカにしてるのか。」
 キリは小声ですいませんと言った。岡谷は、やがて静かになり、キリを帰してくれた。キリは、僕と会うなり、
「うっとうしい。何よ、あの教師。」と愚痴を零した。
「どうした。」
 僕は軽々しく尋ねた。キリは、大きな溜め息をして歩き出した。ノブと合流して、キリは、また愚痴を零す。
「学年主任の口癖って、本当にイライラする。髪を括れ、校則に従え、何かにつけては文句ばっか。言うこと聞かなかったら体罰。どっちが不良なんだか。」
「キリがそんなこと言うなんて、珍しいね。ほっとけばいいが、キリの口癖なのに。」
 僕は、興奮しているキリを落ち着かせようとした。
「今日だけは頭にきちゃってね。ほんの一センチぐらい耳にかかってるだけで、髪を括れなんて、本当にうっとうしい。」
 キリは、短い髪をしている。この中学の校則は、結構厳しいものだ。女子の髪は、耳が隠れてきたら括る。男子は、耳にかかったら切る。校則は、ざっと百以上もある。細かに書かれた校則手帳を、一年生の始業式のときにもらった。校則を違反すると、教師から厳重に叱られる。それでも直らなければ、特別指導室と言う場所に呼び出される。通称、檻カゴ。以前、檻カゴの前を通ったことがある。ベキッ、バキッという歪な音と共に、呻き声や叫び声が聞こえる。何が行われているかは、簡単に想像がつく。岡谷の仕業だ。あいつは、本当に危険だと思う。僕は、あいつと擦れ違う度に、びくびくしている。きっと、みんな一緒だと思う。
「それにしても、キリは凄いな。」
 僕は、何気なく聞いた。
「何が?。」
「だって、岡谷を怒らすなんて、いい度胸してるよ。俺だったら、絶対出来ない。」
「おかしいって思わないの?。あの先生を。」
 キリは澄ました声で言った。僕は、何と答えていいか迷った。
「みんな思ってるよ。」
 ノブが、僕の代わりにそういった。僕は、その勢いに乗って、言葉を挟んだ。
「けどみんな、何も出来ずになってるんだよ。あいつが怖いから。」
「私、あの先生を見てるとおもしろいの。力で私たちを抑えつけて、自分が王様だと思い込んでるのよ。おもしろいでしょ。」
 キリは、低く笑った。そう言われると、そうかもしれない。僕は、考え込みながら、視線をあちこちにぶつけた。

 ノブには、二つ上の兄がいた。ノブと兄は、まるで違う。ノブの前では、兄の話はタブーだった。コンプレックスとは、このことだろう。
 昔から、僕とキリ、ノブとノブの兄は、よく一緒にいた。実際には、親同士が仲がいいからだろう。ノブの兄、博也は、昔からできが良かった。いわゆる「秀才くん」だ。そのせいで、ノブは、よく比べられた。兄の博也と比較され、苦しい思いをしてきた。親、親戚、友達、教師から、ノブは比較された。
 強くて頼もしい兄。体もしっかりしている。成績は優秀で、スポーツも万能だ。今では、有名な国立高校に通っている。
 それに比べたら、ノブは平凡だった。昔から貧弱で、ケンカをしたら最初に泣くのはノブ。強くも無く、頼もしくも無い。成績では下のランク。スポーツも、人並みのことしか出来ない。いくら頑張っても、兄には手が届かなかった。頑張って勉強した。しかし、兄以上にはなれなかった。親は「兄さんを見習え」「兄さんのほうが、どれも優れているじゃないか。」が口癖だった。
 ノブは、次第に虚無的になって、僕の前でしか笑顔は見せなかった。やる気が消えたんだ、と苦笑交じりで言っていた。
 僕は、ノブと遊んだ。ノブの辛さを忘れさそうとして、キリとノブと一緒に遊んだ。日が暮れても遊んで、晩メシも一緒に食べた。週末は、いつもそうだった。当ても無く自転車を漕いで、どこかへ向かっていた。
 僕らとは真逆で、キリは友達が豊富だった。だけど、僕らと一緒だった。なぜだか分からない。女子の友達も多いはずだけど、僕らと馴染みが深い。キリのことは、未だに良く分からない。十四年間、ずっと一緒だったはずなのに。

 その次の日、三組は一時間目に学活の授業があった。原田先生は、学級内の係りを決めると言った。様々な委員会や教科係が含まれている。その中で一番最初に決められるのは、クラス委員だった。各クラスで二人。学級代表の通称で、成績のいい者が決まってなる。
「一学期は、先生の推薦でいいですね。」
 原田先生は、辺りを見回した。そっと、奥の席のノブに近づいた。原田先生は、ノブを見据えた。ノブは、顔を伏せる。原田先生はにっこり笑って、暗い表情のノブに肩を置いた。
「あなたのお兄さん、受け持ったことがあるけど、進んでクラス委員になってたの。お兄さんに負けてられないわよね。」
 先生は、ノブの合意を求めた。ノブの肩は、小刻みに震えていた。先生の、追い詰めるような視線が、ノブを追い込んだ。ノブは、小さく頷いた。ノブの肩は、相変わらず震えている。兄に対する悔しさで、ノブは泣き出しそうになっていた。
 そんな様子を、クラスメイトは見つめていた。その目は、ゾッとするものがあった。まるで、ノブを睨んでいるようだった。僕は、慌てて目を背けた。クラスメイト達は、耳打ちを始めた。僕は、背中を丸くした。
 授業と授業の間には、十分間の休憩がある。僕は、ボーっと窓枠を見つめていた。ふいに、後ろから僕を呼んでる声がした。
「おい、平谷。」
 後ろの席の弘田だった。弘田は、クラスでも明るいグループの人間だ。無口な僕とは、空気の差があった。僕は後ろに振り返り、「なに?」と聞いた。
「俺らと同じ学年で、去年に自殺した奴いたよな。確か、三浦とかいった。」
 忘れるはずが無い。三浦は、去年同じクラスだった。突然だった。突然、冬の真夜中に飛び降り自殺した。
「ああ、覚えてるよ。三浦敦也だろ。俺、同じクラスだったし。」
「そうか、だったら原因とか知ってるか?。」
 弘田の表情は、面白がるような顔に変わった。僕は、少しだけ遠ざかって、考え込んだ。原因なんて分からなかった。学校も、どうやって対処したのか知らない。公立だから、適当な対処だったと思う。
「知らないよ。本当に突然だったし。」
 弘田の目が、妙に光りだす。ギラギラと、怪しく光りだした。小声で、僕の耳元で言った。
「俺たちな、三浦が死んだ日から、ずっと原因を探ってたんだ。自殺の理由だよ。」
「暇だな。」
 僕はそう吐き棄てた。くだらない。そう思ったとき、僕の耳は興味に引きつけられた。弘田が、ニヤけた口で言う。
「イジメがあったんだよ。この学校に。」
「はあ?。」
「イジメだよ。三浦は、いじめを苦に自殺したんだ。三浦は、サッカー部だったんだ。その先輩が中心に、サッカー部全体でいじめてたって。怖いよなあ。」
 弘田は、軽く笑った。僕は、その続きが知りたかった。イジメの首謀者が知りたった。そんな最低な奴の、名前が知りたかった。
「誰だ?。その先輩って。」
「今、それを探ってんだよ。まあ、分かったらお前にも報告するよ。」
 僕は軽く返事をして、前に向き直った。正直、ショックだった。イジメなど、どこにでもあるって思ってたけど、ショックだった。この学校では、そんなことがあるなんて、ショックだった。だって、教師が生徒をいじめているんだから。体罰をして、教師が生徒をいじめてる。生徒同士のイジメなど、あってほしくなかった。生徒同士でさえ、絆で結ばれていたかったんだ。

 僕は一日中、暗い気分で過ごした。下校は、いつもどおり三人で帰った。その途中、ノブの兄と出会った。ノブは暗い表情になった。ノブの兄は、僕とキリに挨拶をする。
「伸貴、学校の帰りか?。」
「うん。そうだよ。」
 ノブは、作って明るい声を出した。僕は、そんなノブを黙って見つめるしかなかった。ノブの作り笑いは、悲しく見えた。
「ライと同じクラスでよかったな。ライとしか、遊んでるとこ見たこと無いからな。」
 ノブは、唇をかみ締めた。友達が豊富な兄。ノブは、悔しかった。全てにおけて、兄に負けている。ノブは、溢れる涙を堪えていた。肩を、大きく震わせていた。
「ライ、伸貴をヨロシク。」
 そう言うと、兄は去っていった。ノブは、悔しそうに下を向いている。兄の博也は、いつも悪気が無い。悪気が無いから、ノブは余計悔しい。自分だけ空回りしているようで、ひどくバカらしい。ノブは、かみ締めるように言った。
「兄ちゃんは、いつも優しい。俺に対して、いつもなんだ。」
 次第に、涙で湿っていく。キリは、黙ってティッシュを差し出した。ノブは、それを受け取って、涙を流した。
「いつも正しくて、俺より上にいる。兄ちゃんに見下すつもりが無くても、俺はいつも見下されてんだ。俺はいつも・・・兄ちゃんと比べられてる。兄ちゃんにびくびくしてる。兄ちゃんが怖いんだ。」
 ノブは、大きな涙を流した。「畜生」と呟いたが、声にはならなかった。僕とキリは、痛々しくそれを見ていた。しかし僕は、黙ってられなかった。ノブを、励ましたかったんだ。
「ノブ、今日は遊ぼう。嫌なことあったら、ゲーセンでも行こうぜ。ほら、シケた顔すんなよ。」
 僕は、必死だった。ノブを励まそうと、必死だった。キリも、僕と同じだったと思う。ノブを、励まそうとしたはずだ。
「そうだよ。兄さんのことなんか気にしなくていいんだから。ノブは、いちいち気にしすぎなんだから。」
 キリは、大きく微笑みかけた。やがて、僕らの想いが通じたかのように、ノブは泣き止んだ。僕らは、制服のまま、ゲームセンターへと向かった。

 制服で、繁華街やゲームセンターに行くことは禁じられている。僕らは、そのことをすっかり忘れていた。ただ、思いのままに遊びたかった。
 僕とノブは、二人用のレースゲームを始めた。キリは、ユーフォーキャッチャーをしている。僕とノブは、微笑みながらゲームを楽しんだ。ゲームが楽しいわけではない。この空気が楽しかった。笑顔でいられるこの空気が、とても心地よかった。
 次に、キリの提案でプリクラを撮ることになった。僕とノブは、あまり気乗りしなかったが、撮り始めると楽しくなっていた。満面の笑みで撮ったプリクラは、それぞれの持ち物に貼り付けた。
 ユーフォーキャッチャーをすれば、みるみるうちに金が無くなった。どうでもいい。この楽しいときを過ごせれば、金が減るなんてどうでもいい。何回かやって、僕は小さなぬいぐるみを取った。ミッキーのような、ネズミのぬいぐるみだった。
 すでに何個か取っているキリは、僕のぬいぐるみを欲しがった。僕は、別にいらないから、それをキリに手渡した。そうしている間にも、ノブはクジ引きで一等を取った。
 帰り道、僕らは数個の商品を振り回しながら道を歩いた。傍から見ると、酔っ払いのような足取りだった。キリは、多くのぬいぐるみを持っている。ノブは、一等の商品を持っている。僕は、何も持っていない。それでよかった。何となく笑って、何となくその場を過ごす。僕のポリシーだ。僕の生き方だ。短い人生で覚えた、最善の生き方だった。
 ノブはすっかり、笑顔を取り戻していた。僕は、嬉しかった。
 家に帰ると、九時を過ぎていた。母は、心配な顔つきで僕を待っていた。父は、厳しい顔つきで待っていた。
「何時だと思ってるんだ?。こんな時間まで、しかも制服で。」
 お決まりのセリフだな。僕は心の中で呟く。こういうときも、適当にこの場を促す。
「ごめん。本屋にいたら、遅くなったんだ。」
 本当に反省したような声を出す。腹が減ったから、早く目の前にある食事を摂りたい。父は、そうか、と呟いて、テレビのほうへ向いた。騙せたとは思わないが、父の態度はいつもこうだ。いつも、僕に失望しているような態度を取る。僕は、そのことが嫌で堪らない。僕は、そんな不良じゃないはずだ。けど父はいつも、僕を見ると耳では聞こえない溜め息を吐く。なぜかは、全く分からない。僕は、分かろうともしていないのかもしれない。そう思うときがある。親を理解しようとしない。僕は、そんな人間なのだろうか。

 一週間後、朝、僕はいつものように教室に入った。そこには、いつもの空気が無かった。激しく、戦慄した空気が張り巡っていた。僕は、緊張しながら、自分の席へ着いた。何だ、この空気。気味が悪い。みんなの視線が怖い。敵視されてるような感じがした。
 後ろから、弘田が話しかけてくる。
「平谷、聞け。」
 命令口調だった。僕は、背筋を伸ばした。冷たい冷気を、背中に感じ取った。弘田は、冷たい声で言った。いつもの明るい声ではなかった。
「白石と口を利くな。絶対だ。お前も、同じようになりたくなかったらな。」
 弘田の、不気味な笑い顔が目に映る。僕は、この場から逃げ去りたかった。教室の空気が、統一している。それは、今から始まる、残酷な儀式を始めるために。僕はまだ、気づきもしなかった。
 そして、ノブがやってきた。ノブが入るなり、数名のクラスメイトがノブの席に輪を作った。男子がほとんどだった。女子は、興味深げに見つめている。ノブは、「何?」と数名のクラスメイトに尋ねた。
 そのとき、その中の山木という男子生徒が、ノブの脛を蹴りつけた。山木は、体が大きく、クラスで一番強いと言われている。
「いって・・・何すんだよ。」
 ノブは大きな声を上げた。山木の合図で、残りの男子生徒がノブ腕と足を押さえつけた。ノブは突然のことで、呆然とした。ノブは気づく。イジメという言葉が、頭の辞書から出てきた。ノブは激しくもがいた。必死に腕を動かすが、全く動かない。
「放せよ!。一体、何なんだよ。」
 ノブは、必死に叫ぶ。その声は、僕の耳に届く。僕は、耳を塞いだ。助けることが出来なかった、金縛りに遭ったように、体が動かなかった。
 山木はノブの腹にパンチを入れ込んだ。ノブは、痛みと衝撃で、みぞおちが引きつった。激しい咳をして、山木を睨む。山木は次に、ノブの腹に蹴りを入れた。ノブは、呻き声を漏らした。腹を押さえるが、痛みは引かない。更に、山木の蹴りは、ノブの腹に入った。何度も、何度も、ノブの腹は蹴られた。ノブの悲痛な声は、僕の耳に届く。何度も、僕を見たはずだ。助けてくれと、僕に言ったはずだ。けど、僕は何も出来ない。
 ノブは、崩れるように倒れこんだ。朦朧とする意識の中、ノブは踏みつけられていた。汚い上靴で、顔や背中を踏みつけられていた。ノブは、次第にぐったりとした。
 クラスメイトの半分近くが、ノブの周りに集まっていた。公開処刑。これがその名前だ。ノブは、顔を蹴りつけられた。鼻血が出てくる。ノブは、薄ら目を開けて、痛みに耐えていた。 ノブは打つむせにされて、数名の生徒に抑えられる。もう、もがく力も無かった。ノブの背中に、山木の巨体が圧し掛かる。ノブが、大きな叫び声を上げる。僕は、耳と目を伏せた。見たくない、聞きたくない。山木は、何度も圧し掛かった。ノブは、息苦しそうに、噎せ返る。ノブの目は虚ろになり、痛みで体が支配された。
 最後の仕上げに、ノブは立ち上がらされた。ふらつく足を、ある生徒が蹴る。山木が、ノブの股間を見据える。ノブは、朦朧とする意識の中、まさかと思う。そして、全ての力を振り絞って、逃げようとした。しかし、逃げられない。山木は、それを嘲笑するかのような笑い声を上げた。山木の蹴りは、ノブの股間に直撃した。
 ノブは、激痛に打ちのめされ、その場に倒れこんだ。股間を守るような形で倒れこんだ。悲痛な悲鳴が響き渡る。ノブは次第に動かなくなり、ビデオが停止するように止まった。
「こいつ、チンポ勃ってるよ。」
 ある男子生徒が言った。ノブの股間は、勃起して膨らんでいた。女子は、「気持ち悪」と言って、動かなくなったノブを軽く蹴る。
 ノブは、目を閉じていた。けど、僕を見ているような気がした。ノブが、僕に助けを求めているように見えた。僕は、動かなくなったノブにさえ、近づくことが出来なかった。僕にだって、近づいて、保健室に連れて行き、先生を呼んで、全ての事情を話すことくらい出来たはずだ。しかし、僕の体は、大きな何かに押さえつけられたように、ピクリとも動かなかった。
 やがて、チャイムが鳴り、ノブはゆっくり起き上がった。足を引きずって、腹を押さえていた。やっとの思いで席に着き、ノブは自分のティッシュで鼻血を拭った。ノブは、涙を見せていなかった。僕だったら、泣いただろうか。泣いて、親か先生にでも助けを求めただろうか。 僕は、想像も出来ない。クラスメイト全員が、自分の敵になるなんて、考えたこともなかった。きっと、ノブもそうだったはずだ。
 授業が始まっても、僕はノブをチラチラと盗み見た。ノブは、とっても悲しそうな顔をしていた。僕には、その理由が良く分かる。きっと、ノブは寂しいんだ。ノブは、孤独になっていた。僕からも見放されたノブは、きっと苦しかっただろう。僕は、先生に言うか迷った。弘田の「お前も、同じようになりたくなかったらな。」という言葉が、頭の中を駆け巡る。
 僕は、まだ気づいていなかった。この、イジメと言う残酷なゲームは、まだ始まったばかりだった。ノブを、あらゆる手を使って追い詰める。もう、限界になっても、追い詰める。彼らは楽しいのだから。このゲームがクリアするまでは、楽しみ続ける。決して、ノブは逃げられないんだ。どこまでも、ノブは追いかけられる。人の心を失った彼らは、このゲームをやめられない。ダメだと、心の中で呟きながらも、ゲームに陥ってしまう。僕も、黙って見ていた。何もせずに、黙っていた。それが、一番のイジメだった。黙ってみていることが、一番罪深いことだった。僕は、取り返しのつかないことになってから、それを気づいてしまったんだ。
 ゲームは今、滑稽な効果音でスタートを迎えた。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




TOP | NEXT


小説家になろう